「・・・きょういち・・・。」
情けない顔で、京一を見上げているのは龍麻である。
「どうした?ひーちゃん。」
対する京一は、ニコニコと上機嫌である。
「やっぱ・・・。」
帰ろうという言葉は、京一の言葉で、完全に消されてしまった。
「まさか、嫌ってことはないだろう?ひーちゃん。」
黙ったままの、龍麻に、京一はさらに言葉を繋げた。
「だって、ひーちゃんが言い出したことだもんなー。」
うっ・・・と、言葉に詰まる龍麻を、半ば楽しむように、京一は龍麻に肩に腕を回した。
「だって・・・・。」
消え入りそうな龍麻に声に、京一は、笑いを含んだ声で言った。
「女性限定の店だなんて、知らなかった・・・・ってか?」
「笑うことないだろ!!」
頬を膨らませる龍麻に、京一は、優しく微笑んだ。
「まっ、罰ゲームなんだから、仕方ねぇだろ。でもさ、俺は嬉しいぜ。」
そして、龍麻の耳元で囁くように呟く。
「ひーちゃんと、デート出来るんだからな。」
その言葉に、真っ赤になった龍麻を、京一は、満足そうに微笑むと、肩を抱いたまま、歩き出した。
ことの起こりは、お昼休みにまで遡る。
「なんかさ、ただゲームをやっているっていうのも、面白くないよねー。」
トランプを配りながら、小蒔は、何気なく呟いた。その言葉に、過剰反応した美里は、菩薩眼を光らせ、にやりと笑った。
「それもそうね・・・。こういうのは、どうかしら?」
両手をポンと叩くと、美里はふふふふと不気味な笑みを浮かべながら言った。
「次の大富豪で、大貧民になった人が、大富豪になった人に、樹庵で、ケーキを奢るっていうのは。」
ちなみに、今までの成績結果は、圧倒的確立で、美里が大富豪、龍麻が富豪、小蒔が平民、醍醐が貧民、京一が大貧民である。
「どうかしら?みんな。」
グルリと、仲間を見渡す美里の眼は、無言の圧力をかけていた。
「別にいいじゃん。」
実力NO.2の龍麻は、すぐさま同意した。どう転んでも、自分が大貧民になるなど、ありえない。うまくすれば、奢ってもらえるだろう程度の事しか考えていなかった。
「・・・もしも、男同士になったら、どうするんだ?」
死活問題、大貧民京一の言葉に、菩薩様は、にっこりと微笑んだ。
「あら?それならそれで、罰ゲームじゃないの?」
「よしっ!やるぜ!!」
その言葉に、何故か気合い入りまくりの京一に、内心龍麻は訝しげに思いつつも、深く追求することはなかった。
「よっしゃー!!」
「…嘘だろ…。」
勝利の女神の微笑みは、どうやら京一に微笑んだらしい。大富豪の京一の大騒ぎと裏腹に、大貧民の龍麻は、カードを手に、呆然としている。そんな龍麻に同情的な視線を送る、平民小蒔と貧民醍醐。富豪美里は、菩薩眼をさらに光らせ、不敵に笑っていた。
「うふふふ。勝負あったわね。」
龍麻はガックリと肩を落としながら、京一に向かって言った。
「判った。京一にケーキを奢ればいいんだろう。」
そんな龍麻に、追い討ちをかけるように、美里は爆弾発言をした。
「樹庵って、女性しか入れない喫茶店なのよ。」
「へっ。じゃあ、どうするんだ?」
もしかして、罰ゲームをしなくって良いのかと、淡い期待を抱きながら、龍麻は尋ねた。
「うふふふ。ただし、女性同伴なら、男性も入れるの。」
嫌な予感に、龍麻は、1歩交替する。
「ま・・・まさか・・・・。」
「うふふふ。察しがいいわね。これは罰ゲームなんだし、緋勇君が女装をすれば、問題ないことよ。」
「ちょっと待て!!」
龍麻の制止を無視して、菩薩眼は、ウキウキと小蒔と話し出した。
「こんな事もあろうかと、用意は万端よ!」
「さっすが葵!よっ!歴代第一位の生徒会長!」
暗く肩を落とす龍麻に、昼休み終了のチャイムが、無情にも響き渡った。
「はぁああああ。京一の裏切り者!」
睨みつめる龍麻に、真剣な表情の京一が尋ねた。
「なぁ、ひーちゃん。そんなに俺とデートなの、嫌な訳?」
「そ・・そうじゃないけど・・・。」
「どんな格好をしていようが、俺の惚れたひーちゃんだぜ?気にすることないじゃん。」
「京一・・・。でも・・・・。」
まだ納得のいかない龍麻の髪をくしゃりとかき混ぜた。
「ちょ!京一!鬘がずれる。」
「なぁ、そんなに嫌なら、エスケープしちゃおうか?」
ハッと龍麻は顔を上げた。そこには、いつもと同じ、穏やかな表情の京一が立っていた。
「俺、ひーちゃんさえ側にいてくれればいい。」
「京一・・・・。」
龍麻は、軽く溜息をつくと、京一の腕に腕を絡ませた。男同士という負い目を未だ引き摺っている龍麻は、人前で、腕を組んだことなど、一度もない。その龍麻が、自分から腕を絡ませた事に、京一は、軽く眼を見張る。
「京一、俺、変じゃない?」
真っ赤な顔で尋ねる龍麻に、京一は、極上の笑みで答えた。
「メチャメチャ可愛い。」
「・・・。これは、罰ゲームなんだからな。わかっているな。京一。」
龍麻の精一杯の譲歩に、京一は幸せそうに微笑む。
「あぁ、わかっている。ひーちゃん。・・・愛しているぜ。」
京一は、龍麻の頬に、軽く口付けすると、新宿の街を歩き出した。
FIN.