First impression U  後編

 

 

          「おう、ひーちゃんは、映画に出てくれるってさ!!」
          夕食の後片付けを終えた俺は、嬉々として葛城に電話を掛けている京一の後ろに
          座ると、テーブルの上に置かれたままの『いつか重なり合う未来(あした)へ・・・。
          U』の台本を手に取った。
          “・・・・ったく、なんでまた女装をしなくっちゃいけないんだ・・・。”
          ガックリと肩を落とす俺の耳に、京一の聞き捨てならない言葉が飛び込んできた。
          「じゃ、約束のモノ、頼んだぞ!」
          “約束のモノ?”
          何だろう。京一と葛城って、趣味とかも全然違うしな・・・・。何を約束したんだろう。
          なんとなく嫌な予感がする。
          「じゃ、また明日。」
          やっと電話を切った京一に、俺は尋ねてみることにした。
          「“約束のモノ”って?」
          「うわあぁああ。ひーちゃん!!一体何時からそこに!!」
          京一のあまりの驚きように、俺は不信感を抱く。
          怪しい。怪しい。怪しい。絶対に怪しい!!
          「いいだろ。そんな事は。それよりも、“約束のモノ”って何かな〜。京一君〜。」
          さぁ、吐け、吐くんだ!京一〜!!
          俺は京一の両肩に手をかけると、美里直伝の、“人を脅し、なおかつ自分に従わ
          せる為の微笑み”パート1を実践してみた。
          「“約束のモノ”?な・な・な・何のことかな〜。」
          このごに及んで、まだしらを切る気だな!そうか。わかったよ。そっちがその気なら、
          こっちだって。
          「正直に言わないと、俺映画に出ないぞ!!」
          「そりゃあ、困るぜ。出てくれないと、写真が貰えないじゃないかっ!!」
          思わず叫んだ京一は、次の瞬間、ハッとして慌てて口を噤んだが、時既に遅い。
          俺はしっかりこの耳で聞いたぞ。
          「写真?一体何の写真かなぁ〜。」
          美里直伝の“人を脅し、なおかつ自分に従わせる為の微笑み”パート2。
          俺の笑みは、さらに凶悪な笑みに変わる。京一の顔から、血の気が引いていき、
          後ろに逃げ様とするのだが、俺に両肩を掴まれたままなので、逃げられない。
          観念した京一は、ポツリと呟いた。
          「・・・・だって。俺、ひーちゃんの小さい頃の写真って、持ってねぇし・・・。
          俺が持ってないのを、葛城が持ってるっていうのが、癪に障るんだよ。」
          「京一・・・・。」
          京一は、いきなり俺を抱き締めた。
          「俺、ひーちゃんの事を、全部知りたいんだ。」
          京一・・・・。俺は何だか嬉しくなって、京一の腕の中で大人しく納まって
          いたのだが、次の瞬間、あることに気づいて、京一の胸倉を掴んだ。
          「ちょっと待て、京一!俺達が付き合っているのを、葛城に話したのか!!」
          「まさか!俺は言っても構わないが、ひーちゃん、そういうの嫌だろ?
          何でか知らないが、向こうから、映画に出演してくれれば、ひーちゃんの
          小さい頃の写真を渡すって言ってきたんだぜ。」
          な・・・何だってぇ?
          俺は開いた口が塞がらなかった。一体、どういうつもりだ!葛城!!
          「葛城の奴、一体何を考えているんだ・・・・。」
          茫然と呟いた瞬間、タイミング良く、電話がなった。どうせまた葛城だろう。
          一言文句が言いたくってて、俺は素早く電話を取った。
          「もしもし!」
          多少、不機嫌な声になったって、構うもんか!
          「もしもし?」
          え・・・。この声まさか・・・・。
          「もしもし?龍麻?壬生だけど・・・・。」 
          やばい、壬生に向かって文句をいうところだった。
          「も・・もしもし。聞こえている。どうしたんだ?壬生。」
          「・・・単刀直入に聞くが、葛城翔という人物に、心当たりはあるか?」
          「?あぁ。幼馴染だけど?」
          「そうか・・・・。」
          それっきり沈黙する壬生に、俺は言い知れぬ不安を感じた。葛城・・・。お前
          何やったんだ?拳武館NO1のアサシンに狙われる程の悪事でもしたんだろう
          か・・・・。いや・・・。まさか・・・・。でも、あの悪事をする時の目の輝きようは、
          普通の神経では出来ないよな・・・・。(作者注意:龍麻の言う葛城の悪事とは、
          龍麻を騙して女装をさせた事を指す。)
          「実は・・・鳴瀧館長経由で聞いたんだが、葛城翔が撮る映画に出演するように、
          頼まれたんだが・・・・。」
          「はぁ?映画に出演?」
          良かった。悪事を働いたって訳じゃないんだ。良かった。やっぱ、友達は悪人だって
          信じたくないよな・・・。
          ・・・・・・・。
          ・・・・・・・。
          待てよ・・・・。
          今、壬生は何て言った?
          「え・・・映画に出演〜!!」
          「なっ・・・。どうしたんだ!ひーちゃん!!」
          突然、俺が叫んだものだから、京一が慌てて俺から受話器を奪うと、電話の向こうの
          壬生に怒鳴った。
          「おい!壬生!!ひーちゃんに何言ったんだ?え?ああ。そうだ。・・・・・あぁ・・・・・。
          わかった。とにかく、明日の2時にうちに来てくれ。話はそれからだ。じゃあ。切るぞ。」
          電話を切った京一を、俺は睨みつけた。
          「何で葛城が壬生を知っているんだ?しかも、鳴瀧さんまで知っているなんて・・・。
          まさか。京一が話したのか?」
          俺の言葉に、京一はブンブンと首を激しく横に振った。
          「言うわけないじゃんかっ!なんで俺が壬生の話をしなきゃなんねんだよっ!!」
          「じゃあ、どうしてなんだよっ!!」
          「知るかっ!」
          訳わかんないよっ。一体何がどうなっているんだ?
          半泣き状態の俺を、京一は優しく抱きしめてくれた。それでやっと俺は落ち着くこと
          ができた。ありがとう。京一。
          「兎に角、明日の2時に、葛城と壬生がやってくる。話はそれからだな。」
          京一の言葉に、俺は小さく頷いた。葛城、覚えていろよ!!




          翌日、俺の部屋に、俺、京一、壬生、葛城の4人が集まった。お通夜のように
          難しい顔をしている俺達3人とは対照的に、葛城はにこにこと上機嫌で微笑んでいる。
          「あのさ。単刀直入に聞くけど、何で壬生を知っていたんだ?」
          俺の問いに、葛城はにっこりと微笑む。
          「ひーちゃん。お袋さんに、この前手紙を出しただろ?」
          そう言えば、近状報告を兼ねて手紙を出したけど・・・・。
          「それで、お袋さんに話を聞いた上杉が、作家的好奇心を掻き立てられたと言って・・・・。」
          ちょっと待て!俺はそんな作家的好奇心を掻き立てるような事は一切手紙には書いて
          いないぞ!お袋、上杉に何言ったんだ?
          葛城は『いつかさU』の台本を片手に話を続けた。
          「この、『いつか重なり合う未来(あした)へ・・・。U』を書き上げたんだ。で、作者の
          権限で、恋のライバル役を是非壬生君にお願いしたいっていうんで、壬生君に出演を
          依頼したって訳。いやぁ、2人が同じ師匠に習っていたなんて、ラッキーだよなっ!
          お陰で連絡がスムーズに行くのなんのって・・・・。」
          豪快に笑う葛城の頭を思いっきり叩く。
          「痛いなぁ。何怒っているんだ?」
          じょ・・・冗談じゃない!京一だけなら兎も角、壬生にまで女装を見られるなんて、
          冗談じゃない!!絶対に映画に出ない!決めた!!
          「恋のライバル〜?んな話聞いてないぞ。」
          形の良い眉を顰めた京一が言った。
          「上杉曰く、「恋は拗れれば拗れるだけ面白い」だ、そうだ。」
          上杉・・・。お前って奴は・・・。彼氏が出来ない理由が判ったぜ。
          「・・・悪いけど、俺達、映画に出るのやめるぜ。」
          俺が口を開く前に、京一は思いっきり不機嫌な表情で言った。良く言った!京一!!
          流石俺のダーリンだっ!!(意味不明)
          「ふふふ・・・。」
          だが、葛城の器はデカイ。京一の不機嫌な顔を一瞥すると、にっこりと微笑みながら、
          テーブルの上に、小型テープレコーダーを置くと再生した。
          「ひーちゃんも映画に出てくれるって言うし、絶対に映画を成功させようなっ!!」
          テープレコーダーから流れる京一の声。これって、昨日の電話の・・・・・。
          「蓬莱寺君。約束してくれたよね。映画を成功させようって。」
          テープを止めると、葛城はニッコリと微笑んだ。
          途端、京一は言葉に詰まって、そっぽを向いた。しっかりしろ!京一!!
          「・・・・ところで、映画の内容は、どんなものなんだい?」
          それまで、無言だった壬生が口を開いた。
          「内容をざっと説明すると、記憶を失った主人公が、不良に絡まれている所を、
          蓬莱寺君に助けられる。で、お互い一目惚れした二人は、その日一日、デートを
          楽しむ訳だ。その途中で主人公は記憶が戻り、いつか必ずまた会おうって約束して
          別れるってとこまでが、Tの内容。Uでは、実は主人公に思いを寄せる男がいて、
          あっ、これが壬生君の役なんだけど、主人公と蓬莱寺君は、その人のせいで、
          会えそうで会えない。果たして、2人の愛の行方はいかに!」
          台本を片手に力説する葛城。言っては悪いが、それってありきたりの話で全然
          面白くないぞ。本当に見たい人間がいるのか?
          「・・・判った。映画に出よう。」
          「「壬生!!」」
          クスクス笑いながら言う壬生に、俺と京一の声がハモった。
          「・・・蓬莱寺、自信がないから出ないのか?」
          「なんだとぉ!」
          京一に挑発的な目を向ける壬生。2人の間に火花が散って、ものすごく怖いん
          ですけど・・・。俺達って、仲間だよ・・・な・・・。なんでこう険悪な雰囲気になるんだ?
          もっとフレンドリーに行こうぜ!!・・・って、聞いてます?二人とも。
          「いやぁ、壬生君なら、そう言ってくれると思っていたよ!」
          葛城!火に油を注ぐんじゃないっ!!
          「ふざけるな!壬生!!お前になんか絶対に負けねぇ!」
          「ふっ。望むところだ。」
          あぁああああ。京一〜。映画に出るのやめようよ〜。
          「いやぁ。上手く話が纏まって良かった。良かった。」
          ハハハハと豪快に笑う葛城の頭を、俺は近くにあった台本を丸めてパコーンと叩いた。
          くっそぉ〜!お前ら全員あとで覚えていろよ!!
          俺は深い溜息をついた。



                                     First impression U 後編 完