星の契り
部屋の中に満ちている月明かりの中、
そっとベットから抜け出した。
隣に眠っている最愛の恋人を起さないように、
細心の注意を払って。
そして、素早く身支度を整えると、
幸せそうに眠っている恋人の顔を覗き込む。
うん。大丈夫。ぐっすりと眠っている。
そっと足音を忍ばせて
そう、起さないように。
ゆっくりと。
家から出た俺は、外の空気に触れると、
思い出したかのように、そっと息を吐く。
「脱出成功。」
悪戯が成功したような気分の良さに、
俺の口元に笑みが広がる。
クス クス クス クス
ふと見上げると、日本では見られない、
満天の星たちが、俺の行動に笑いを零す。
クス クス クス クス
「しーっ。」
そんな星達に、俺は片目を瞑りながら、
口元に人差し指を当てた。
・・・・・・だって、静かにしてくれなくっちゃ、
京一が起きてしまうだろ?
「さてっと・・・・・。行くか。」
俺は大きく伸びをすると、ゆっくりと歩き出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「すっごい!綺麗だ!!」
俺が向かった先は、小高い丘の上で、
まるで星に手が届きそうに、周囲を
星に囲まれていた。
「京一にも見せたいな・・・・。」
家に置いてきた恋人の顔を思い浮かべ、
俺は苦笑した。
感の鋭い京一が、眼を醒まさないのは、
俺に心を許している証拠。
それを確かめたい訳ではない。
でも、時々不安になるのも確かだ。
自分は本当にここにいて良いのだろうか。
自分は京一にとって本当に必要なのだろうか。
自分は京一に何をしてあげられるだろう・・・。
夜中、ふと一人だけ目が醒めてしまった夜は、
そんな疑惑に、心がざわめく。
俺の落ち込む気配に、京一は目を醒ますと、
ただ黙って俺を抱き締めてくれる。
それがすごく嬉しいと同時に、やはり思ってしまう。
自分は京一に迷惑をかけていると。
自分だけが京一に甘えていると。
俺はそんな自分が嫌だった。
俺はいつだって、京一と対等でいたい。
京一に支えてもらうだけでなく、京一を支えたい。
そんな思いから、俺はそっと家を抜け出すと、
こうして夜空を見上げるようになった。
星を見上げると不思議に心が落ち着いてくる。
まるで、星の一つ一つに見守られているように。
まるで、星一つ一つの光から、元気を貰ったように。
これは儀式だ。
京一の側にいられる為の。
これは儀式。
京一と対等でいられる為の。
・・・・・・儀式だ。
「さて、そろそろ戻ろうか・・・・。」
俺は大きく深呼吸をした。
そろそろ戻らないと、京一が眼を醒ましてしまうかも
しれない。
目が醒めて俺がいないことに気付いたら、
一体どんな顔をするだろうか。
焦る?
怒る?
それとも・・・・悲しむ?
きっとどれも当たって、
どれも間違っているんだろうな・・・・。
そんな気がして、俺は思わずクスリと笑った。
「何笑ってんだよ。ひーちゃん。」
突然後ろから掛けられた声に、俺は驚いて
後ろを振り返った。
そこには、毛布に身を包んだ京一が、ニヤニヤと
笑いながら立っていた。
「な・・・・なんで・・・・。」
なんでここに京一がいるんだろう・・・・。
驚きのあまり、茫然と突っ立っている俺に、
京一は微笑みながら近づくと、俺の身体を
ゆっくりと抱き締めた。
「こんなに冷えて・・・・・。風邪引くだろ。」
耳元で囁かれる声に、俺はビクッと
身体を竦ませた。
「・・・ごめん。京一・・・・。怒ってるか・・・?」
そっと上目遣いで京一の顔を覗き込むと、
京一は微笑みながら、俺の頬にキスをくれた。
「怒る・・・?っていうか、心配したぜ。
時々、夜中抜け出すからよ。」
「え・・・・?」
もしかして、京一、気付いてたのか?
俺の問いに、京一は苦笑した。
「当ったり前だろ。俺からひーちゃんが
離れたっていうのに、俺が一人でグースカ
寝てられると思うのか?」
そい言いながら、京一は軽く唇を合わせる。
「ごめん・・・・。」
知らなかった。俺、京一にまた迷惑を・・・・。
知らず落ち込む俺に、京一はまるで太陽のように
眩しい笑顔で俺を見つめた。
「でも、俺ひーちゃんを信じているぜ。」
「京一・・・・。」
「ひーちゃんなら、必ず克服するってな。」
そこで、一旦言葉を切ると、ニヤリと笑った。
「なんせ、俺が唯一、一緒にいたいと思った
奴だからな。」
京一の言葉に、俺は涙が溢れてくるのを
止められなかった。
「京一には適わない。」
多分、一生。
「俺だって、ひーちゃんには適わないぜ。」
溜息をつく俺に、京一は苦笑する。
「はぁ?それってどういう・・・・・。」
「言葉通りの意味だぜ。ひーちゃんの存在で
俺がどんなに救われているか、わかってんのか?」
軽く頭を小突かれ、俺は混乱して、まじまじと
京一の顔を見つめた。
「まさか・・・・・。」
「本当だ。それとも、俺が嘘をついているとでも?」
反射的に首を横に振る俺を、京一は優しく微笑んだ。
「俺が俺でいられるのは、全てひーちゃんがいてくれる
からだ。」
「京一・・・・・。」
「ひーちゃんが俺を必要としてくれているのと同じで、
俺だってひーちゃんが必要なんだ。」
京一は俺を抱き締める腕に、力を込めた。
「二人ともお互いが必要なんだ。それさえ判って
いれば、十分だろ?」
違うか?と問われ、俺は胸のつかえが取れたような
感じがした。
「・・・・そう。そうだよ・・・。京一・・・・。」
溢れる涙を拭いもせず、俺は京一を見つめると、
にっこりと微笑んだ。
俺は何を悩んでいたんだろう。
俺の悩みは、一見京一を思いやっているようで、
実はただ怖かっただけだったんだ。
京一が自分から離れていくかもしれない、
そんな、あるかどうか分からない、一つの可能性に、
俺は捕らわれていただけだったんだ。
「愛している。ひーちゃん。」
ゆっくりと京一の顔が近づき、俺の唇に己の唇を
重ね合わせた。最初は啄ばむような口付けが、
だんだんと深くなり、俺が立ってられなくなった
ところで、漸く京一は唇と離した。
「・・・・・満天の星空だな・・・。」
暫くきつく抱き合っていた俺達だったが、京一の声に、
俺はのろのろと顔を京一が見ている方向へ向けた。
「ああ・・・・。綺麗だろ?」
無数の星群に、俺と京一は暫し見惚れた。
「そう言えば、今日届いた美里達からの手紙に、
書いてあったな。俺達全員の名前を星に送るって。」
京一の言葉に、俺は美里の手紙の内容を思い出す。
「確か、【星の王子様に会いに行こう】キャンペーン
だっけ?応募者全員の名前をボールに刻んで、
小惑星調査の時に、その惑星に置いてくるってやつ。」
京一は星を見ながら俺の身体をさらに引き寄せた。
「例え、俺達の肉体や、この地球が滅んでも、
俺達がいたという証は、残るんだよな。それが
名前だけだとしても。」
「そうだね・・・。京一・・・・。」
ゆっくりと頷く俺に、京一は軽く頬にキスをくれた。
「どの星なんだろうなぁ。」
ポツリと星を見上げながら呟く京一に、
俺も星を見上げた。
「永遠に一緒だな。ひーちゃん。」
満天の星に見守られ、俺達は再び見詰め合うと、
ゆっくりと重なり合った。、
親愛なる星の王子様へ
例え、名前だけでも、忘れないで。
俺達は確かに≪ここ≫にいたということを・・・。
