「・・・落ち着いたかい?龍麻。」 龍麻は、恥ずかしそうにコクリと頷いた。 「・・・・ごめん。紅葉。いきなり泣き出してしまって・・・。」 「いや、気にしなくてもいい。・・・・それよりも・・・・。」 そこで、壬生は言葉を切ると、龍麻の顔を覗き込む。 「出来れば、理由を教えてくれれば、ありがたいんだが・・・。」 途端、龍麻は真っ赤になった。 「あ・・あの・・・その・・・。」 そんな龍麻に、壬生は溜息をつくと、ゆっくりと龍麻の身体を横たえた。 「・・・わかった。理由は聞かない。」 そのまま、立ち上がろうとする壬生を、龍麻は慌てて呼びとめた。 「ごめん!紅葉!ちゃんと話すから。」 龍麻は、慌てて起き上がろうとして、自分の身体が全く動かないことに、驚愕した。 「え・・・何で・・・。身体が・・・。」 壬生は、改めて龍麻の枕元に座り直すと、龍麻の身体を起こして、自分の胸に寄りかからせた。 「龍麻。君が事故に遭って、3ヶ月以上経っているんだ。その間、意識不明の重体だったんだよ。だから、意識が戻っても、身体の機能は回復していないんだ。」 「・・・そう・・だったのか・・・。」 そこで、ふと龍麻は部屋を見回すと、心細げに壬生を見上げた。 「ところで、ここは一体どこなんだ?」 見たことのない調度の数々に、龍麻は困惑を隠しきれない。壬生の言う通り、3ヶ月間も意識不明の重体ならば、自分がいる場所は病院であるはずである。だが、どうみてもこの場所は、病院には見えない。 「・・・龍麻、鳴瀧館長から、全てを聞いたよ。」 その一言に、龍麻は驚いて壬生を見上げた。 「君が<新宿>へ行かなければならない理由。そして、君の<宿星>も・・・。」 壬生は、龍麻を抱き締める腕に、力を込めた。 「館長が言うには、あの<事故>も、<敵>の策略によるものらしい。君を<新宿>へ行かせない為の・・・。」 「・・・・・・。」 龍麻は黙って、壬生の声に耳を傾ける。 「<敵>は先手を打ってきた。後手に回ったこちらはどう見ても不利だ。そこで、西の陰陽師の棟梁の力を借りて、君の身の安全を守るため、<ここ>に君を連れてきた。」 「<ここ>は一体・・・。」 壬生は首を横に振った。 「地名で言えば、奈良県の明日香。だが、<ここ>は、現実世界では存在しない<空間>。」 「・・・意味が良く判らない・・・。」 「西の陰陽師の棟梁が自ら張った、<結界>の中だ。ここなら、そう簡単に<敵>も中に入って来れないから、安心して養生するんだ。」 龍麻は、溜息をつくと、視線を自分の手に落とした。 「・・・今、<新宿>はどうなっているんだ?」 「今のところ、なんら変わった所はないけど?」 その言葉に、龍麻は深い溜息をついた。 「龍麻?」 「・・・・・やっぱ、<夢>だったんだな・・・・。」 ポツリと呟く龍麻に、壬生は訝しげの視線を向けた。 「・・・俺、ずっと<夢>を見ていたんだ。<夢>の中の俺も、<人ならざる力>と戦う為に、<新宿>へ転校するんだ。」 龍麻の話に、今度は壬生が無言で耳を傾ける。 「最初は、1人で戦うのを覚悟してたんだけど、一緒に戦ってくれる<仲間>も出来たんだ。」 龍麻は、にっこりと微笑む。 「生徒会長の美里さんに、その親友で、弓道部の部長の桜井さん。レスリング部の部長の醍醐に、そして・・・・。」 そこで言葉を切ると、龍麻は幸せそうに微笑んだ。 「剣道部の部長、京一。」 そんな龍麻に、壬生は心臓が鷲掴みされるような、胸の痛みを覚える。 「京一って、普段は授業をサボったりして、不真面目なんだけど、いざ、戦闘になると、すごく頼りになるんだ。」 「・・・龍麻・・・。」 そっと、壬生は龍麻の名前を呼ぶが、龍麻は自分の話に夢中で、そんな壬生に気づかない。 「一番最初に、一緒に戦ってくれたのも、京一なんだ。京一になら、自分の背中を預けられる・・・。」 「龍麻!!」 突然怒鳴り出す壬生に、驚いて龍麻は壬生の顔を見つめる。 「あっ・・・いや・・・。大きな声を出して、済まなかった。」 「・・・紅葉・・・。」 壬生は、龍麻の身体をゆっくりと横たえる。 「・・・龍麻。夢にまで<宿星>に捕らわれる事ないだろ?<夢>も<宿星>も、今は全てを忘れて、ゆっくりと傷を癒すんだ。いいね。」 壬生の言葉に、龍麻は素直に頷く。そんな龍麻に、ホッと安堵の溜息を漏らすと、壬生は微笑みながら龍麻に尋ねる。 「・・・何か欲しいものはあるかい?食べたいものとか・・・。」 龍麻は首を横に振った。 「いや・・・。欲しいものはないよ。それよりも、紅葉。」 「なんだい?」 「心配をかけて済まない・・・。病気のお母さんの事でも大変なのに、その上俺まで・・・・。」 落ち込む龍麻に、壬生は微笑んだ。 「龍麻。<心配>って、それほど嫌なものじゃないんだよ。」 意味が判らず、キョトンと龍麻は壬生を見つめた。 「だって、それだけその人の事が<大事>ってことだろ?<大事な人>がいるって、<幸せ>なことだと思うよ。」 壬生は、そっと龍麻の頬に触れた。 「勿論、<大事な人>が、傷つくのを見るのは辛い。だからこそ、<強く>なろうと思う。<大事な人>を守る為に・・・。」 「<強く>・・・・。」 壬生の言葉を噛み締めるように、龍麻は呟く。そんな龍麻を、優しい眼差しで見つめると、龍麻の身体に布団を掛け直した。 「とにかく、早く良くなってくれ。いいね。」 「ありがとう。壬生・・・・。」 「礼はいいよ。暫く側についているから、安心してお休み。」 その言葉に、安心したのか、龍麻はゆっくりと眼を閉じると、再び眠りについた。 「お休み。龍麻。良い<夢>を・・・・。」 <夢>で、あの人に逢えるでしょうか・・・。 願わくば、もう1度だけ・・・・。 「ひーちゃん!!」 切羽詰った京一の声に、龍麻はハッと我に返った。 “俺、一体何を・・・・。” 一瞬自分のいる場所を掴みかねて、龍麻は困惑したように周りを見回すと、ある一点に目を凝らした。 「比良坂!!」 炎の向こう側に、比良坂が兄を抱き締めながら、優しく微笑んでいた。 「待っていろ!今助け・・・。」 比良坂を助けようと、慌てて駆け出す龍麻の身体を、京一は背後から、羽交い締めにした。 「離せ!!」 京一の手から逃れようと、暴れ出す龍麻を、京一は信じられない強さで押さえ込むと、そのまま研究所から脱出する。 「比良坂〜!!」 崩れ落ちる研究所を、龍麻は呆然と立ち尽くしたまま、見上げた。 空に向かって、勢い良く燃え盛る炎に、龍麻は地獄の煉火を見た気がした。 「比良坂・・・・。」 何故、助けられなかったのだろうか。 「どうして・・・・。」 これは、自分の傲慢さが招いた事なのだろうか。 「比良坂〜!!」 崩れ落ちるように地面に座り込む龍麻を、京一は背後から、ただ無言で抱き締めていた。 |