“こんなに、ここの廊下は長かっただろうか・・・・。” 壬生紅葉は、拳武館高校の薄暗い廊下を歩きながら、ふとそんな事を思った。 だが、直ぐそんな考えを打ち消すように、頭を軽く振った。 「クククク・・・。どうした?優等生。」 壬生の前を歩いていた、3年巳組の八剣右近が、ニヤリと笑いながら振り返った。 「・・・・何でもない。」 壬生は、ぶっきらぼうにそう答えると、右近の前を歩き出す。そんな壬生の様子に、右近は、最後尾を歩いていた、3年猪組、武蔵山太一に、目配せをする。武蔵山は、ニヤリと卑下た笑みを浮かべる。 「・・・・楽しみでごわすな。」 「クククク・・・。」 そんな二人の不穏な気配を、壬生は背中で感じつつ、先ほどから感じる違和感に、嫌悪感を隠しきれなかった。 “こいつら・・・。こんな奴らだっただろうか・・・。」 同じ暗殺組に属しているとは言え、お世辞にも仲が良いとは言えないが、以前の二人は、こんなに≪陰≫の≪氣≫を纏ってはいなかったはずだ。 “一体、何が起こっているんだ・・・・。” そう思って良く周りを伺って見れば、暫く来ないうちに、拳武館全体を取り巻く≪氣≫が、≪陰氣≫へと変わっている。歩くたびに纏わりつく≪陰気≫に、壬生は吐き気を感じた。 「どうした?どこまで行く気だ?」 右近の声に、壬生はハッとなって後ろを振り返った。二人は副館長室前で立ち止まり、ニヤニヤと壬生を見ていた。 「副館長室・・・・?」 壬生はゾクリと後ろに下がった。副館長室の扉から、≪陰氣≫が流れ出ているのを感じたのだ。 「ああ、そうだぜ。副館長がお待ちなんだ。」 そう言って、右近達は躊躇いもせず副館長室へと入っていく。 “何だ・・・。あの異常なまでの≪陰氣≫は・・・・。” 本能では、入りたくなかったが、何故か誘われるように、壬生は副館長室の前に立つと、扉をノックする。 「壬生紅葉です。」 「・・・入れ。」 部屋の中から、副館長の声がする。 ドクン・・・・。 その途端、壬生の心臓が、激しく波打った。 “な・・・何・・・・。あ・・・頭が・・・・。” ドクン・・・。 ドクン・・・。 心臓発作を起こしたような、胸の痛み。激しい頭痛。あまりの苦しさに、一瞬、壬生の視界がグニャリと歪む。 “全テハ、オ前ノ望ムママニ・・・・・。” 一瞬の隙をついて、壬生の脳裏に刻み付けられた言葉。 “望むまま・・・・。” その声に、導かれるよう、壬生は震える手で、ドアノブを回し、扉の向こうへと姿を消した。 “ククククク・・・・。” “全テハ、宿星ノ導クママニ・・・・。” 「・・・・。」 祝詞を唱えていた、西の陰陽師の頭領、安倍泰晴は、不吉な予感に、その優美なる眉を潜めた。来年、成人式を迎える泰晴は、歳以上の落ちつきを感じさせるとの評判だが、今の泰晴は、歳相応の焦りを顔に現わしていた。知らず泰晴は、ギリッと奥歯を噛む。 “まだまだ修行が足りないようですね・・・。” 泰晴は、精神を落ちつかせるため、静かに息を吐く。だが、少し金色を帯びた二つの瞳は、目の前に横たわっている龍麻を通り越して、闇に蠢く異形のモノを見ているかのように、緊張と共に細められる。 暫く≪闇≫との睨み合いが続き中、均衡を破ったのは、泰晴だった。 「誰か。」 ポツリと呟かれる声に同調するかのように、御簾が風もないのに捲られ、そこから1人の女性が静かに現れると、泰晴の側に控えた。 「御前に。」 肩越しに振り返ると、泰晴は、女に向かって命じる。 「東の頭領、御門晴明殿の元へ。十二神将が1人、芙蓉よ。急急如律令。」 「御意。」 女は泰晴に一礼すると、静かにその姿を消す。 「・・・・間に合えば良いが・・・・。」 泰晴の呟きは、闇の中に静かに消えていった。 |