もしも、お前に出会えなかったら、一体俺達は、どんな人生を歩むのだろう・・・・。
「そりゃあ、平凡な人生を歩むんじゃねーの?」
京一の言葉に、俺はそっと溜息を漏らす。
「どうしたんだよ。ひーちゃん。溜息なんてついて。」
「そりゃあ、溜息もつきたくなるさ。」
そして、もう一度俺は大げさに溜息をついた。
「訳分かんねー奴だな。一体、何が気に入らないんだ?」
京一の腕が俺に伸ばされる瞬間、俺は身を翻し、京一の腕から間一髪逃れる。
「ひーちゃん!!」
むっとする京一に、俺は悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「嫌だよ。すぐにいやらしい事するから・・・。」
「俺の愛情表現が嫌なのか?」
京一の腐った台詞をシカトすると、俺は携帯電話を取り出した。
「どこにかける気だ?」
心なしか、不機嫌な京一に、俺は一言。
「内緒。」
「ひーちゃん!!」
携帯を取り上げようとする京一の手から逃れた時、丁度相手に繋がった。
「あっ、もしもし!俺!」
「おい!ひーちゃん!!」
執拗なまでの京一の手から逃れつつ、俺はクスクス笑いながら、相手との話に興じる。勿論、京一が嫉妬するであろう事を、計算に入れて。
「じゃあ、今から行くから♪」
携帯を切ると、俺はにっこりと微笑みながら後ろを振り返った。案の定、京一の顔が強張っている。
「ひーちゃ・・。」
「そんじゃあ、京一、俺出かけてくるね。バイバイ〜。」
京一が何か言う前に、軽く京一の頬に行ってきますのキスをすると、素早く部屋を飛び出した。
「ひーちゃん!!」
焦っている京一の声を聞きながら、俺は堪え切れない涙に、肩を震わせながら、全速力で走った。
「で?それで飛び出したのかい?」
骨董品店の若き店主、如月翡翠が、肩を震わせながら言った。
「何が可笑しいんだ?」
失礼な奴だなぁ〜。
ムッとした俺の顔に気づいた如月は、表情を改めた。が、眼が笑っているので、俺の機嫌は更に悪くなった。
「もしかして、龍麻、怒っているのかい?」
如月の台詞に俺は横を向いた。
「当ったり前だろ。人の話を面白がって・・・。」
如月は笑いながら、首を横に振った。
「違うよ。僕にじゃない。蓬莱寺にだろ?」
いきなり、核心を突かれて、俺は対処できずに下を向いた。
「蓬莱寺がそんなに嫌なのかい?」
「違う!違うんだ!俺はただ・・・。」
「ただ、言って欲しかったんだろ?」
如月は、優しく微笑む。その笑顔に勇気付けられるように、俺は口を開いた。
「だって、忘れているから・・・。」
そう、京一が言ったことじゃん。あの時に・・・。
「だ、そうだ。判っているのか?蓬莱寺。」
襖に向かって言う如月に、俺は反射的に腰を浮かしかけた。溜息をつきながら、如月が開けた襖の奥には、憮然とした顔の京一がいて、俺は訳が分からず、二人の顔を見比べた。
「な・・な・・何で・・・。」
焦って、言葉がうまく繋がらない俺に、如月はにっこりと微笑む。
「龍麻、ここは、骨董品店で、痴話喧嘩仲裁所じゃないんだよ。」
ひぇえええええ〜。如月、マジで怒っている〜。怖い〜。
「・・・・悪かったな。如月。」
ぶっきらぼうに言う京一に、如月はニヤリと笑う。
「龍麻1人なら、いつでも大歓迎さ。判るだろ?この意味。」
その言葉に、京一は如月を睨みつけると、乱暴に俺の腕を取ると、そのまま引き摺るように、店を出た。
「何で、奴のとこにいるんだよ。」
店から出た途端、京一に責められ、俺はムッとして横を向いた。
「・・・・。なぁ、ちょっと付き合ってくれ。」
無言のままの俺に、京一は溜息をつくと、そのまま俺の腕を引いて歩き出した。
着いた先は、俺達の良く知る、真神にある京一お気に入りの樹の前。
「1ヶ月前、俺がひーちゃんに言った言葉、覚えているか?」
「・・・・。」
俯く俺をぎゅっと抱き締めながら、京一は耳元で囁く。
「あの時の言葉、信じてくれねぇのか?」
「・・・・・。」
何だよ。あの時の言葉忘れたの、京一じゃん。
「言ったよな。俺、ひーちゃんを愛しているって。もしもひーちゃんに会えなくっても、俺は絶対にひーちゃんを探し出すって。」
そこで、言葉を切ると、京一は悪戯っ子のような顔で俺を見つめた。
「ひーちゃん。何か誤解してるだろ。」
「誤解?」
「そっ。言っただろ?会えなかった17年間もの間、<平凡>な人生だったって。ひーちゃんに出会えたから、俺の人生が<特別>になったって。」
俺は頷いた。
「ひーちゃんさぁ、今日俺に言っただろ。もしも会えなかったら、俺達はどうなってたかって。」
コクンとまた頷いた。
「会えないから、<平凡な人生>なんだぜ?」
ハッとなって俺は顔を上げた。
「意味、分かるか?会えたから、<特別>なんだろ?」
京一の言わんとすることに気づき、俺は京一の身体にしがみついた。
「ご・・ごめん。ごめん。京一・・・。」
そんな俺を、京一は優しく抱き締めてくれた。
「俺こそ、すまねぇ。言葉が足りなくって、ひーちゃんを泣かせた。」
俺は激しく首を横に振った。
「でも、これだけは忘れないでくれ。運命を敵に回しても、俺はひーちゃんと共に生きる。」
言いきった京一の顔は、俺は一生忘れることができないだろう。こんなに、輝きに満ちている顔を。
「で?誤解が解けたところで、龍麻さん。」
にっこりと微笑みながら、京一は俺に顔を近づける。
「付き合って、今日で丁度1ヶ月だ。だから、記念に・・・・・。」
みなまで言わせず、俺は京一の両頬を挟むと、付き合い出して、初めて自分からのキスを、京一に贈った。
FIN.