いい日 旅立ち    

 

  

              京一との出会いから1年・・・・。
              また櫻の季節が巡ってきた・・・・・・。

 

 

             その日、空は果てしなく蒼く。
             日差しはまるで包み込むように暖かかった。

 

             それなのに・・・・・・。

 

             「ひーちゃん。元気でな・・・・。」
             京一は、俺をきつく抱き締めながら、耳元で呟いた。
             今日、京一は中国へ旅立つ。
             この俺を置いて・・・・・。
             「京一・・・・・。」
             本当は俺も一緒に行きたかった。でも・・・・。
             「ごめん・・・。京一・・・・。」
             ここ数日、口癖になっている言葉を、俺は涙と共に呟く。
             「・・・・。ひーちゃん・・・。」
             わかっていると言う様に、京一はただ優しく抱き締めてくれる。
             「気にするな。ひーちゃん。仕方ないだろ?」
             「でも・・・・。」
             本当は、全てを捨てて京一に着いて行きたい。でも、それは
             出来ない相談だった。だって俺は・・・・。
             どんどんマイナス思考に陥る俺に気づいたのか、京一は
             俺の顎を捉えると、深く唇を重ね合わせる。
             「・・・・っ・・・ん・・・。」
             十分俺の唇を堪能した京一は、名残惜しそうに、ゆっくりと
             唇を離した。
             「そんな顔すんなよ。・・・・・このまま浚ってしまいそうになる。」
             苦笑する京一に、俺は真っ赤な顔で俯いた。
             「・・・・じゃあ、そろそろ行くか。ひーちゃん。」
             甘い時間は終りを告げ、俺は急速に心が冷えていくのを感じ、
             思わずぎゅっと目を閉じた。
             「ひーちゃん。さぁ。」
             京一に促されて、俺は深く溜息をつくと、閉じていた目を開け、
             俺に手を差し伸べている京一を見つめた。
             改めて見る京一の顔は、1年前、初めて出会った頃よりも、
             大人びており、俺は思わずドキリと胸が高鳴った。
             「ひーちゃん?」
             自分の手を取らない俺に、京一は訝しげに見つめてくる。
             「何でもない。京一。」
             慌てて俺は京一の手を取ると、ふと後ろを振り返った。
             既に荷物を送っており、何もない空間を見つめ、俺は知らず
             涙で頬を濡らす。
             「忘れないから・・・。」
             ポツリと呟く。
             今は何もない空間。
             でも、確かにここで俺と京一は幸せな日々を送っていた。
             俺はこの部屋の事を、絶対に一生忘れないだろう。
             それだけ、この部屋で過ごした時間は、自分にとって大切だったのだ。
             「ひーちゃん。行こう。」
             再度京一が促す。
             俺は乱暴に涙を拭うと、にっこりと京一に微笑みかけた。 
             「行こう。京一・・・・。」
             さよなら。
             ここでの楽しかった日々。
             そして、ありがとう。
             忘れないよ、一生・・・・。
             俺は心の中で、部屋に別れを告げた。


             「ねぇ、京一。まだ時間ある?」
             「あぁ。まだ1時間くらい余裕だな。どうした?」
             俺の顔を覗き込む京一に、にっこりと微笑むと、
             耳元で囁いた。
             最後に、どうしても、行きたい所があると。
             「学校か?」
             間髪入れずに答えを言い当てる京一に、俺は目を見張った。
             「どうして・・・・?」
             「決まっているだろ?俺とひーちゃんの始まりの場所だからだ。」
             ニヤリと京一が笑う。
             



              ほんの1週間前に、卒業したばかりだというのに、
              もう、何年も訪れてないかのように、懐かしい気がする。
              「綺麗だな・・・・・。」
              1週間前に見たよりも、さらに綺麗に咲き誇る櫻に、
              俺はうっとりと櫻を見上げる。
              「ひーちゃん。」
              京一は、櫻を見上げている俺の背後からそっと身体を抱き締めると、
              耳元で囁いた。
              「櫻なんかより、俺を見ろよ。」
              少し拗ねたような京一の声に、俺はクスクス笑う。
              ・・・・・そうしていないと、泣いてしまいそうになったからだ。
              「京一・・・・。俺のいない間、浮気するなよ?」
              「あったりまえだろーが。ひーちゃんこそ、すんなよ。」
              甘えるように、京一は俺の耳朶を軽く噛む。
              「・・・・・・。もう1年か。」
              櫻を見上げながら、ふと京一は呟いた。
              「1年前のあの日、俺達はここから始まった。そして、今日、
              また新しくここから始めよう。」
              俺達の新しい関係を・・・・・・。
              そう言って、京一はきつく俺の身体を抱き締めた。
              暫くされるがままになっていた俺は、ポツリと呟いた。
              「・・・・・・本当なら、今日俺も中国へ行くはずだったのに・・・・・。」
              溜息と共に呟く。
              「そう言うなって。仕方ないだろ?日にちが重なったんだから。」
              苦笑する京一に、俺は頬を膨らませる。
              「まさか、姉さんの結婚式が明日になるなんて、思わなかったんだよ!」
              大体、予定だと来年のはずだったのに・・・・。
              「そう言うなって。中国へ行ったら、なかなか帰って来ないと思って、
              早めにしたんじゃないのか?全ては、可愛い弟のお前の為だろ?」
              ニヤニヤ笑う京一に、俺は照れのために、わざと不機嫌な声で言った。
              「それに、今春休みで旅行シーズンだから、チケット1週間後の便しか
              取れなくって・・・・・。」
              「ひーちゃん・・・・。」
              俺は京一の腕を外すと、後ろを振り返り、京一の腕の中に飛び込んだ。
              「1週間・・・・。1週間も京一に会えないなんて・・・・・。
              京一の腕の中で泣き出す俺を、あやす様に、京一は俺の身体を
              抱き締める腕に力を込めた。
              「1週間なんて、あっという間だぜ。取りあえず、俺が先に行って、
              新居の準備とかするから、安心して後から来い。なっ。ひーちゃん。」
              京一の言葉に、俺はコクンと頷いた。そんな俺に、京一は
              優しく微笑むと、軽く唇を合わせた。
              「愛している。ひーちゃん。」
              「京一・・・・。俺も・・・・・。」
              俺達は幸せそうに微笑むと、ゆっくりと唇を重ね合わせた。




              その日は、雲一つない青空だった。
              1年前、初めて出会った時も、こんなに綺麗な青空だった。

              日差しが暖かく、
              空は果てしなく高く蒼い。
              櫻も俺達の出会いを祝福するかのように、花片を
              地上に降り注がせていた。


              あの日、相棒として始まった俺達の関係。

              1年後、同じ櫻の樹の下で誓い合った。

              これからは、生涯支え合う伴侶として、
              ここから、始めようと。

              今日もいい天気だ。
              あの日と同じに雲一つない青空。
              暖かな日差し。
              美しい櫻吹雪。


              そして、あなたの笑顔・・・・・。


              世界中が輝いている。
              そう思った瞬間。


              そして、それは、俺達がこの想いを抱き続けている限り、
              永遠に変わらないだろう・・・・・・。
                          

 

                                                  FIN.