「気持ちいい・・・・・・・。」
眼下に広がる草原を駆け抜ける風に吹かれ、俺は気持ち良さに、
目を閉じると、胸一杯に新鮮な空気を吸った。
中国へ来て、1週間目。少し遠出をしようと、足の向くまま、気の向くまま、
ここまで来たのだが、目の前に広がる光景に、俺と京一は、しばし言葉を
忘れて佇む。
太陽さえも届かぬ鬱蒼と茂った森を抜けた所が、見渡す限りの広い草原で、
遠くの方から川のせせらぎが聞こえてくる、そんな長閑な場所だった。
「眩しいな。」
京一の声に、俺は京一の方を振り返った。その時、突風が、草の海を渡り、
俺達の方へと駆け抜けていく。
「うわぁ。」
太陽をバックに、吹きつけてくる風に身動き一つせず立っている京一の姿が、
今まで見たどんな場面よりもカッコ良く、俺はつい感嘆の声を上げる。
「どうした?」
まるでわかっていない京一の顔に、俺はクスクス笑いながら、首を振る。
「何でもない。ちょっと、風に驚いただけ。それよりも・・・。」
俺は、京一の後ろにある太陽を見つめながら、ふと思った事を口にする。
「あのさー。京一。俺の事好き?」
「当ったり前だろ?一体・・・何を・・・。」
訝しげに首を傾げる京一の唇を、そっと人差し指で塞ぐ。
「だったらさ、俺欲しいものがあるんだけど・・・。」
「欲しいもの?」
俺は頷くと、にっこり微笑みながら京一の首に腕を回した。
「指輪がほしい。でも、ただの指輪じゃないよ。」
「ただの指輪じゃないって・・・。もしかして、伏姫の指輪とか、そういう類の
モンか?」
だったら、ひーちゃんの為に、俺が取ってきてやる!と、息巻く京一に、
俺は更にクスクス笑いながら、首を振る。
「違う。そういう意味じゃあ、普通の指輪。2012年の金環食まで待って
やるからさ。」
「普通の指輪・・・なのに、ただじゃない?」
ますます訳がわからないと言ったように、首を傾げる京一の頬に、
俺はそっと唇を寄せる。
「太陽のリング。まるで、京一のような・・・。」
「・・・ひーちゃん。」
一瞬、呆気に取られる京一の側から離れると、俺は草の海へと身を
躍らせる。
「ひーちゃん!!」
焦る京一の顔に、俺は、悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「そう!俺にピッタリだろ?・・・だから、京一、頂戴。」
京一の答えを待たず、俺は草原の中を走り出す。
「待てよ!ひーちゃん!!」
慌てて俺を追いかける京一の顔を、肩越しに見ながら、俺は更に走る
スピードを早めた。
“追いかけて。いつでも。いつまでも。そして、捕まえたら、俺を
離さないで・・・。”
「ひーちゃん!」
草原の中心で、漸く俺に追いついた京一は、俺の身体を引き寄せると、
きつく抱き締めた。
「ひーちゃん。捕まえた。」
そして、京一は、二ヤリと俺の顔を覗き込むと、そっと俺の左手を取った。
「へへっ。二度と離れないって、証だ。」
そして、薬指に嵌められた指輪は、何の装飾もない、金の指輪で・・・。
「どうして・・・。」
何故、これが、ここにあるんだろう。俺は、たった今、思いついたと
いうのに・・・。
「へへっ。何時、ひーちゃんに渡そうかって思っていたんだ。」
そう言って、俺の身体を抱き締める京一が、愛しくって、俺は首に抱きついた。
「ありがとう。京一・・・。」
「喜んでくれたか?」
京一の言葉に、何度も頷く。
「大好き。もう、離れない。」
「あぁ、絶対に離さねぇ・・・。」
太陽の下、俺達は永遠の口付けを交し合った。
FIN.