第2話

 

 

 

「ところでさぁ、京一。今日のテスト大丈夫?」
登校途中、俺は気になって、横を歩く京一に尋ねる。
「ん?あぁ、大丈夫・・・・・。」
ハハハハ・・・・と、乾いた笑いに、俺は盛大な溜息をつく。この分だと、補習確定だな。
「なぁ、ひーちゃん。今日・・・・。」
「学校なら、休まないよ。」
先手必勝、俺はでっかい釘をさした。そんな俺に、京一は苦笑する。
「違うって。今日は、一日中、俺と一緒にいろよ。」
「いいけど、何で?」
言われなくったって、いつも一緒じゃん。
「あのなぁ。昨日、教えただろ?今日が真神七不思議の第一日目だって。」
「何も、俺が犠牲者になるって決まったわけじゃないだろ?」
苦笑する俺に、京一は真剣な眼差しで、俺を引き寄せると、耳元で囁いた。う・・・・。通行人の目が痛い・・・。
「用心に越したことはないだろ?それに・・・・。」
そこで何か言いかけた時、後ろから声が聞こえた。
“助けて・・・・。”
そう言われた気がして、俺は後ろを振り返った。
「どうした?ひーちゃん?」
「今・・・声が・・・・。」
“助けて・・・・。”
うん。やっぱ聞こえる。助けてって。
「俺には何も聞こえねぇぜ。」
不信そうな京一の声が、俺には遠くで聞こえる。代わりに、先ほどの声がよりはっきりと聞こえてきた。
「助けて・・・。お願い。早く・・・・ここへ・・・。」
“ここ”?それは一体・・・・。
「早く・・・。ここへ・・・。ずっと待っていた・・・。」
だから、“ここ”って何処なんだよ!助けようにも、場所が分からなくっちゃ・・・・。
「おい!ひーちゃん!!」
耳元で怒鳴られて、俺はハッと我に返った。あれ?どうしてそんなに怖い顔しているんだ?京一。
「京一?」
きょとんとしているのだー。と、京一は思いっきり俺の頬を叩いた。
「痛い!」
「・・・・どうやら、正気に戻ったらしいな。」
え・・・・?正気って?
「いきなり倒れ込んだと思ったら、焦点が定まらない目で、ふらふらと歩き出すから、マジで焦ったぜ。」
え・・・?そうか?倒れた記憶がないんだけど・・・。
そして、京一はすまなそうに俺の頬に触れた。
「すまねぇ。・・・・痛かっただろう。」
俺は京一の手を、そっと握ると、首を横に振った。
「大丈夫だよ。」
本当は、ジクジク痛むんだけど、それだけ京一が心配してくれたって事で、俺はすごく嬉しかった。
「で?一体何があったんだ。」
「何って・・・・。」
う・・・ん。自分でも良く分からないんだよね・・・。
「何でここに来たんだ?」
「ここって・・・・。」
そこで、俺は自分達が旧校舎の入り口に立っていることに気づき、思わず京一にしがみついた。一体、何故ここに・・・。普段通い慣れている旧校舎だが、今日に限って、何故かとてつもなく、恐ろしく感じた。
「どうして、ここに・・・・。」
知らず、京一にしがみつく。何でこんな所にいるんだ?そんな俺を、京一は暫く凝視していたが、やがて俺の腕を掴むと、校門に向かって駆け出した。
「ちょ・・・ちょっと、京一!」
俺の抗議にも、京一は走るスピードを落とさない。
「訳は後で話す。とにかく、<ここ>から出るんだ!」
え・・・。それって、エスケープ?まずくないか?今日、テストあるし・・・・。
キーンコーン  カーンコーン・・・・。
その時、丁度チャイムが鳴った。
「急ぐぞ!ひーちゃん!!」
チャイムの音を合図に、京一のスピードが早まる。
「随分と教師を舐めてくれるな・・・。蓬莱寺に緋勇。」
あと少しで校門という所で、突然犬神先生が俺達の前に立ち塞がる。やっぱ、無理だったか・・・・。すごすご俺は教室に帰ろうとするのだが、京一は、その場から動こうとしない。それどころか、犬神先生を睨みつけている。いくら、天敵だからって、それって、ちょっと拙いんじゃないか?京一。生物の単位が貰えずに、留年したら、どうするつもりだ?俺がそう京一に注意しようとした時、あろうことか、京一は愛用の木刀を、犬神先生に突き付けた。
ひえぇぇえええええ!!きょ・・・京一!そんなことしたら、留年どころか、即退学だぞ!!
「・・・ひーちゃんの一大事だ。そこをどいてもらおうか。」
京一の言葉に、犬神先生は大人の余裕なのか、白衣のポケットから、タバコを取り出すと、火を点けた。そして、ニヤリと笑いながら、煙を俺達の方に吐き出す。
「何を馬鹿なことを言っているんだ。さっさと教室に行け。」
だが、京一は怯まない。俺を抱き寄せると、犬神先生に対して、技を繰り出そうとした。
「ちょ・・・。待て!京一!!!」
いくらなんでも、一般人相手に、<天地無双>は、マズイだろうがっ!!!俺は条件反射的に、京一に<八雲>を放つ。
「うわぁああああああああああああ〜!!!!!」
宙を飛ぶ京一。思わず、たっまや〜!と叫びたくなる。
「犬神先生。申し訳ありません。後でしつけしておきます。」
京一の退学だけは、何とか阻止したい。俺は犬神先生に頭を下げた。すると、犬神先生は、フッと笑うと、俺の頭を軽く叩いた。
「・・・・今年はお前か。まっ、せいぜい頑張ることだな。」
そんな意味深な言葉を残して、犬神先生は、校舎に向かって歩き出した。何なんだ?一体・・・・。
「ひ〜ちゃ〜ん!!」
「うわああああ!!」
ボーッと犬神先生の後姿を見送っていると、背後から、京一の腕が伸びてきた。
「ひーちゃん!愛が感じられん!」
泣き真似をしながら、背後から俺を抱きしめている京一に、俺は後ろを見ずに、京一の頭をポンポン叩いた。
「ごめん。でも、京一が悪いんだぜ。いきなり技を出そうとするから・・・。」
「ひーちゃんの一大事に、そんな細かい事気にすんな。」
いや、だから俺の一大事って何?
「さっ、行こうぜ!ひーちゃん。」
そう言うと、京一は俺の腕を取り、校門を出ようとして、足を1歩前に出そうとしたが、どうしてもその1歩が踏み出せないらしい。剥きになって足を降ろそうとしている京一の姿は、悪いけど、パントマイムしているピエロに見え、内心、俺は馬鹿ウケした。
「ちっ、遅かったか・・・・。」
だが、京一の顔は真剣そのもので、イライラと親指を噛むと、眼差しを校門へと向けた。
「京一・・・・?」
どうしたんだろう・・・。俺は不思議に思って、京一の顔を覗き込んだ。
「ひーちゃん。俺達、ここに閉じ込められた。」
え?だって、校門開いてるじゃん。
俺の不信な顔に、京一は、ムッとした顔で呟いた。
「・・・・結界が張られてんだよ。」
嘘!マジ?俺も京一に習って、校門を出ようとしたが、先ほどの京一のように、校門から出ることができない。
「どうして・・・・。」
どうしてこんなことに?
「それだけじゃないぜ。見ろよ。ひーちゃん。」
京一が指差す方に視線を動かすと、そのありえない光景に、俺は固まってしまった。
「な・・・なんで・・・・。」
「どうやら、今年は、俺達が選ばれてしまったようだな・・・・。真神七不思議に。」
そんなの、ちっとも嬉しくない!だが、この状況を見ると、そうとしか思えない。第一、3年間全くそんな事に縁がない生徒だっているだろうに、何で、今年転校してきた俺なんだよ!!!
理不尽な怒りをどこにぶつけていいか分からず、取りあえず俺は本来そこにあるべきではない、旧校舎を睨みつけた。
「大丈夫だ。ひーちゃん。何があっても、俺が必ず守ってみせる。」
そう言って、京一は俺の身体を抱き寄せた。それだけで、俺は安心でき・・・・・。
「どうした?ひーちゃん?」
ニヤリと笑う顔は・・・京一。でも・・・・。
「どうしたって言うんだよ。ひーちゃん。」
でも、こいつは・・・・・。
俺は反射的に京一の手を振り払うと、ジリジリと後退りをした。
「お前は・・・・。誰だ?」
「一体どうしたんだ?」
相変わらずニヤニヤ笑いながら、ゆっくりと京一が近づく。だが、俺は騙されない。お前は京一じゃない!!
「それ以上、近づくな。お前は京一じゃない!!」
そう叫んだ瞬間、視界がグニャリと歪んだ。一体、何がどうなんているんだ?本物の京一は・・・・。




「ひーちゃん!おい!ひーちゃん!!」
あ・・あれ?京一の声・・・?本物?
俺がもう一度目を開けると、心配そうな京一の顔が飛び込んできた。
「良かった!ひーちゃん!!」
そう言うと、京一は俺の身体をきつく抱きしめた。この≪氣≫、間違いない!本物の京一だ!!
「良かった。本物の京一だ・・・・。」
俺の呟きに、京一は、俺の顔をマジマジと覗き込んだ。
「悪い夢でも見たのか?うなされてたから心配したぜ。」
うなされてって・・・・。全部夢だったのか?そう言われれば、俺達まだパジャマ姿だ。
「ひーちゃん?」
呆然としている俺を、京一は優しく抱きしめてくれた。
「一体、どんな夢を見たんだ?」
京一の腕に優しく包み込まれ、俺は安堵の溜息をついた。
夢で良かった。
「俺が【真神七不思議】に巻き込まれる夢。」
ポツリと呟く俺に、京一はますます俺を抱きしめる腕に力を込めた。
「すまねぇ。俺がさっきあんな話をしたばっかりに・・・・。」
項垂れる京一の顔を、俺は下から覗き込むと、安心させるようににっこりと笑った。
「でも、京一は、ちゃんと俺を助けてくれたよ。」
最後の偽京一の事は、この際黙っておく。どうせ夢だし、これ以上京一の辛い顔は見たくない。
「・・・・・本当に、済まなかった。俺はただ・・・・。」
ただ・・・・・?ただ、何だっていうんだろう。
「ただ・・・・。いや、何でもねぇ。」
むっ。気になる。よし、こうなったら・・・。
俺はにっこりと微笑みながら、京一の首に腕を回した。
「ただ、何かなぁ〜。きょういちくん?」
ふふふふ・・・・と、美里直伝の【菩薩笑】も、プラス。俺に隠し事はよくないよ、京一。
「た・・・ただ、予備知識もなしに、明日を迎えたら、ひーちゃんが困るだろうと・・・・・。」
「・・・・・どういうこと?」
何か引っかかるな。その言い方。
「まるで、明日の犠牲者が俺だって、言うように聞こえるんだけど?」
すると、京一は困ったように、視線を逸らせた。
「どうなんだよ!」
俺の問いにも、京一は困ったような顔をしただけで、何も答えない。
「・・・・・俺を信じろ。ひーちゃん。」
そう呟くと、京一は俺の身体をきつく抱きしめた。
「どんな俺でも、絶対、俺を信じてくれ・・・・・。」
懇願するような京一の声に、俺はまじまじと京一の顔を見つめた。苦悩に歪む京一の顔を見て、俺は何も言えずに、ただ黙って、京一の背中を、優しく抱きしめた。



                                       FIN.