伝えたいのに・・・・・。
何故、この【想い】を伝えられなかったんだろう・・・。
もしも、伝えることが出来たなら、
あいつに、【罪】を犯させることもなかったのに。
白い。
どこまでも白い雪。
この白い雪のように、
どこまでも清い強さがあったならば。
この白い雪のように、
何もかも包み込むような優しさがあったならば。
もう少し、違う【未来(あした)】が
あったのだろうか?
それとも・・・・。
真夜中、ふと目が醒めた。
「嫌な夢だった・・・・・。」
どこまでも、降り積もる雪。
そして・・・・・。
「あれ?」
そこまで思って、俺は首を傾げた。
夢に引き摺られたのか、胸の奥が痛むような
苦しむような、そんな嫌な気分はあるのに、
肝心の夢の内容が憶えていない。
「まぁ、あんまり楽しい夢じゃないから、
いいけど・・・・・。」
そう呟いてみたものの、何故か夢の内容が気になって
しまう。嫌な夢だという自覚はあるのに。
「真っ白い雪・・・・。」
憶えているのはそれだけ。
そして、【誰か】に【何か】を伝えなければ
という【想い】だけが、俺の胸を締め付ける。
「・・・・・まっ、仕方ないか。」
忘れてしまったのだから、仕方がない。
俺は軽く溜息をつくと、再び寝直そうと、
寝返りを打った。
「・・・・・きょう・・・いち・・・?」
何故か隣に眠っているはずの京一の姿が見えず、
俺は慌てて飛び起きた。
「京一?」
俺は、ベランダに人影を見つけて、ゆっくりと
近づく。
「どうしたんだ?京一。」
俺の声に、それまで月を見上げていた京一が、
ゆっくりと振り返る。
丁度逆光になっていて、京一の表情は見えないが、
一瞬、俺は京一に【誰か】の面影を重ね合わせ、息が
止まるかのように驚いた。
“驚いた・・・・。一瞬、・・・・かと思った・・・・。”
そこまで考えて、俺はハッと我に返った。
今、自分は【誰】と京一を間違えた?
俺の戸惑いに気付かず、京一は俺に近づくと、
ゆっくりと俺の顎に手をかけ上を向かせると、
覗き込むように視線を合わせてきた。
「きょう・・・い・・・ち・・?」
何だか、京一が怖い。俺は震える声で
京一の名前を呼んだ。
「なぁ、明日雪が降るぜ。」
「ゆ・・き・・・?」
何故、この時期に雪が降るのか。
聞きたいけど、聞いてはいけないような気がした。
何だか、夢に捕まりそうで、俺は京一から逃れようと
試みたが、まるで金縛りにあったかのように、
京一から眼が離れない。
「あぁ、【叶えの雪】が・・・・。」
そう言って、ニヤリと笑う京一は、いつもの京一
ではなく、誰か別の人物のような気がして、
俺は知らず身震いをする。
「なぁ・・・・お前の【願い】って、何だ?」
ゆっくりと京一は、俺の唇を塞ぐ。
「俺の願い・・・・。」
何だろう。俺の頭は霞みがかかったかのように、
ぼんやりとなってきた。
「俺の願いは・・・・・。」
言ってはいけない。そう思うのに、何故か
言葉が口から零れ落ちる。
俺ノ願イハ・・・・・オ前ノ腕ノ中デ、死ヌコト・・・・・。
言った瞬間、誰かの悲鳴を聞いたような気がした。
「ひーちゃん。おい、ひーちゃん!!」
その声に、ぼんやりと覚醒した俺の目に、
一番先に飛び込んできたのは、心配顔の京一だった。
「きょう・・い・・・・ち・・・・・・・?」
何をそんなに悲しそうな顔をしているんだろう?
首を傾げる俺に、京一は安堵の溜息をつく。
「良かった・・・。ひーちゃん・・・・。」
ゆっくりと俺を抱きしめると、京一は何度も何度も
俺の名前を呼び続ける。
「どうかしたのか?京一?」
そんな京一の様子に、俺はとてつもない不安を感じ、
ぎゅっと京一の背中を抱き締めた。
「ひーちゃんがいなくなったかと思った。」
ぽつりと呟かれる京一の言葉に、俺は、ますます
京一を抱き締める腕に力を込める。
「俺、ここにいるよ。京一を一人置いて、
何処にも行くわけないじゃん・・・・。」
「いや・・・そうじゃなくって・・・・。」
珍しく口篭もる京一に、俺は訝しげに問い掛けた。
「一体、どうしたんだ?」
「・・・・・・・俺がひーちゃんを殺す夢を見た。」
ギクリと俺の身体は反応する。それに気づかず、
京一はますますきつく俺を抱き締める。
「俺は・・・・・ひーちゃんを殺してしまった。」
「京一・・・・。それはただの夢・・・・。」
だが、俺の言葉は、次の瞬間、凍りついた。
「俺は・・・・。」
俺は、信じられない物を見て、京一の腕から逃れようと
したが、京一の腕は、ますます強く俺を抱き締めて、
放さなかった。
「ひーちゃんを・・・・。」
京一の目が紅く光り、俺の顔を見ながら、
ニヤリと笑う。
「・・・・・・・・殺す。」
一瞬、京一の顔に誰かの面影が重なり、
俺は恐怖のあまり、意識が遠のくのを感じた。
「全ては、お前の【望み】のままに・・・・・。」
意識を手放す直前、京一のそんな言葉を、
聞いたような気がした。
気がつくと、カーテンの隙間から、朝日が
入り込んでいた。
慌てて飛び起きた俺だったが、
傍らにある温もりに気づき、恐る恐る
その寝顔を覗き込む。
「・・・・京一・・・?」
幸せそうに眠る京一に、そっと安堵の溜息をつく。
どうやら、ずっと夢を見ていたようだ。
「全く、なんだって、あんな【夢】を・・・・。」
“【夢】ッテ、願望ノ現レダッテ、知ッテタ?”
どこからともなく聞こえる【声】に、一瞬、
動きが止まる。
「な・・・に・・・・・?」
慌てて周りを見回したが、勿論誰もいるはずが
なく、俺は軽く頭を払った。
「まだ、寝ぼけてるのか?俺・・・・。」
嫌だなぁ。夢見が悪かった上、さらに幻聴まで
聞こえるなんて、今日、学校行きたくないなぁ・・・・。
サボろうかなぁ。いいや。サボっちゃえ!
そう決めると、寝直す為に、京一の横に潜り込んだ。
暖かい。とても安心す・・・る・・・・・。
京一の心音が心地よくて、俺はゆっくりと眼を閉じると、
急速に眠りが訪れるのを感じた。
「ひーちゃん!おい!起きろよ!!」
う・・・ん。人が折角気持ち良く寝ているのに、
何なんだよぉ・・・・。
眠気眼を擦りながら、身体を起こすと、
身体に何かを掛けられた。
「何だ?」
よくよく見ると、俺の制服だった。
「漸く起きたか。おはよう。ひーちゃん。
早く仕度しねぇと、遅刻するぜ?」
まだはっきりしない頭で、ゆっくりと声がした方に
首を巡らせると、既に仕度を終えた京一が、
木刀を肩に掛けながら、ベットの横に立っていた。
「ほえぇ?京一?早くないか?」
サイドテーブルにある時計では、まだ6:30少し
過ぎだ。
「あぁ、ちょっと野暮用で部活に出なければ
ならねぇんだよ。あっ、朝食作っといたからな。
じゃあ、先に行くぜ。」
言うだけ言うと、さっさと部屋を出て行った。
「・・・・折角京一とサボろうと思ったのに・・・・。」
肝心の京一は、朝早く学校へと向かったしまった。
別にサボってもいいけど、京一に心配かけちゃうし・・・・。
うーん、どうしよう。
「・・・仕方ない。行くか。学校・・・・。」
軽く伸びをすると、京一が作ってくれた朝食を食べるべく、
俺はベットから降りた。
【第1話 完
】