第2話

 

 

伝えたい気持ちがある。
伝えたい気持ちがあった。

    全ては遅すぎたのか。
    全ては無駄だったのか。

それさえも判らず、
ただ月日は流れ。

    その流れた時間の分だけ
    自分達の心は、
    雪が降り積もっていき。


いつしか、伝えたかった言葉は
    忘れ果ててしまったけど。


それでも、伝えたいという<想い>だけは
     何時までも消えずに残っていて・・・・・。


そこで、漸く気づく。
<言葉>を伝えたかったのではない。
伝えたかったのは、
    この<想い>・・・・。

あなたへの<想い>を伝えたかったのだと。
その手段が<言葉>だったのだと。


もう、遅いですか?
あなたに届かないですか?


   誰か


   誰か

   お願いだから。


       伝えて欲しい・・・・・。






ふと、何かに呼ばれた気がして、 俺は後ろを振り向いた。
だが、見知った顔があるわけでもなく、 気のせいかと、
再び学校へ向かおうと 踵を返そうとしたとき、 背後に、
すさまじい殺気を感じ、 反射的に、そちらへ振り返った。


”誰・・・・・?”


電柱の影に隠れるように立つ人物に気づき、 じっと観察する。
真神の制服を着た、男子生徒。
だが、その眼差しを見た瞬間、背筋が凍るのを感じ、
知らず、唇を噛み締める。
動いたらいけない。
本能がそう告げていた。
「どうした?龍麻。」
いきなり背後から肩を叩かれ、 俺は反射的に後ろを振り返った。
「何だ、醍醐か。脅かさないでくれよ・・・。」
ほっと安堵の溜息をつく俺に、醍醐は訝しげな顔で 俺の顔を
覗き込んだ。
「何かあったのか?顔色が悪いぞ。」
その言葉に、俺はふと表情を緩めると、 醍醐の肩を叩いた。
「いや、何でもない。ちょっと、気になる事が・・・。」
「気になること?」
俺は一瞬、言おうか迷ったが、あの常人にしては、 凄まじいまでの
殺気の主に、俺は醍醐にも忠告 したほうがいいと判断して、そっと
顎で電柱を 指す。
「あの電柱の影にいる男なんだけど・・・・。」
チラリと醍醐も電柱に視線を移すが、すぐに困惑した 顔で俺を見た。
「龍麻、誰もいないみたいだが・・・・。」
「そんな、馬鹿な・・・。」
今さっきまで、確かにそこに存在していたのに、 既に殺気の主は姿を
消した後だった。
「それで、その電柱の影に隠れていた男が、
どうしたんだ?」
電柱を驚きのあまり凝視している俺に気遣って、 醍醐が話の先を促す。
「あ・・・あぁ・・・。俺に凄まじい殺気を 送っていたんだ・・・・。」
「殺気を・・・・?」
眉を顰める醍醐に、俺は電柱を凝視しながら頷く。
既に男は立ち去った後だが、何故かその男の残留思念のようなものが、
まだそこに満ちている気がして、 先程から目を反らす事が出来ない。
「それで、その男の特徴は?」
俺の様子に、醍醐も真剣な表情で尋ねてくる。
「真神の制服を着ていた・・・・。顔は・・・。 あれ・・・?」
「どうした?」
急に黙り込んだ俺に、醍醐は声をかける。
「う・・・ん・・・。確かに顔を見たんだけど、
何故か顔が靄がかかったように、おぼろげにしか 分からない。そんな事、
今までに一度もなかったのに。唖然となる俺に、醍醐は溜息をついた。
「・・・・兎に角、俺も身辺には、十分注意する ことにしよう。龍麻も、
十分気をつけろ。」
「あぁ・・・・。」
俺は顔を覚えていないショックに、ぼんやりとした 目で頷いた。
おかしい。人一倍記憶力がいいと自負していたのに、 何故さきほどの
男の顔を覚えていないのか。
困惑する俺に、醍醐は困ったような顔をした。
「そう、あまり落ち込むな。きっと平凡な顔つき の男で、これと言った
特徴がないだけなのかもしれん。」
「だが・・・・。」
俺は納得がいかず、拗ねたように黙り込んだ。
あの眼は、一度見たら忘れられないほど、 狂気に彩られたものだった。
「それなのに、何で分からなくなったのかなぁ・・・。」
龍麻は、溜息をつくと、急ににこやかな笑みを浮かべて、醍醐の腕を取る。
「さて、学校へ行こうか。醍醐。京一達が待って いるし・・・・。」
「龍麻・・・?」
訝しげな表情で俺を見る醍醐に気づかず、俺は 醍醐を引き摺るようにして
歩き出した。
「全く、普段はサボるくせに、今日に限って、 京一は朝練で早く行くから、
変な事が起こったんだ。」
ぶつぶつ文句を言う俺に、醍醐は思いつめた顔で 俺を呼び止める。
「龍麻・・・・。」
「何だ?」
歩みを止めると、醍醐は急に俺の腕を逆に引っ張ると、手を俺の額に
当てて、次に自分の額にも当てる。
「熱はないようだな。」
1人ウンウン頷いている醍醐に、俺はカチンときた。
「何だよ!!俺が熱のために幻を見たとでも 言うのか?!」
「いや・・・そういう訳ではないのだが・・・・。」
醍醐は意を決して、口を開く。
「京一とは、一体誰の事だ・・・・?」
その言葉に、俺は固まった。
「何を言って・・・・。」
何を言い出すんだろう。醍醐は・・・・。
俺は醍醐の真意が分からず、困惑した眼を向けると、 向こうも更に
困惑した目を俺に向けてきた。
「すまないが、俺には京一という名前の知り合いは いないのだが・・・・。」
「何言って・・・冗談キツッ・・・・。」
俺は醍醐の言葉が信じられなくて、首を横に 振りながら、慌てて学校へと
駆け出した。
「龍麻!!」
後ろで切羽詰った醍醐の声が聞こえたが、俺は その声を振り切るように、
走るスピードを速めた。 教室に行けば、京一に逢える。ただ、それだけを
信じて、俺は走り続けた。




                                                   【第2話 完 】