世界で一番、お前が好き

 

                  第2話

 

遠い昔、読んだ童話。
今、再び開いてみる気になったのは、何故なんだろう・・・・。


“世界で一番、お前が好き。だから、泣かないで。”
“そんな月の言葉を聞いても、地球は泣き続けます。”
“何故泣いているの?どうすれば、笑ってくれるの?”
“その言葉に、地球は泣きながら答えます。”
“だって・・・・。寂しいから・・・・。”
“寂しい。寂しいと、地球は泣き続けます。”
“それ以外、言葉を知らないかのように、地球は泣き続けます。”
“そんな地球に、月は困り果ててしまいました・・・・。”



「地球にとって、月は何なんだろう・・・・・。」
「月がなんだって?」
突然かけられた言葉に、俺は驚いて読んでいた本を落としてしまった。
「あ〜あ、落ちたぜ。ひーちゃん。」
「きょ・・・きょ・・・京一・・・・。」
帰ったはずの京一が、なんでうちの玄関に立っているんだろう・・・。そんなことをぼんやり考えていると、勝手知ったるなんとかで、京一は靴を脱いで俺の前まで来ると、俺が落とした本を拾った。
「なんだ、絵本じゃねぇか。えっと、『月の祈りと地球の涙』?これって、面白いのか?」
俺の落とした本の表紙を見ながら、京一は俺に本を渡してくれた。
「・・・どうして?」
どうして、京一が目の前にいるんだ?帰ったじゃん。さっき、俺を置いて・・・・。
その時、ズキリと胸が痛んだ。だが、そんな俺の様子も京一に分かるはずもなく、能天気に本についてしつこく尋ねてくる。
「なぁ、それってどんな話なんだ?」
「・・・・別に。只の月と地球の話だよ。」
ついぶっきらぼうに答えてしまう。だが、京一は気にせず、興味深そうに、本を見つめている。
「只の話じゃないんだろ?だって、ひーちゃんが大切にしている本だしさ。」
大切?それとは違うんだよ、京一・・・・。
「大切・・・って訳じゃないけど・・・。」
「いや、大切なはずだ。」
やけにきっぱりと京一が言い切る。・・・・何故そう強く言い切れるんだろう・・・。俺にない強さ。だから、こんなにも惹かれるのだろうか・・・。
「で?どんな話なんだ?」
好奇心に眼を輝かせて、再度問い掛ける京一に、俺は溜息をつきつつ、簡単に粗筋を教えた。
「・・・・何故、海の水がしょっぱいのか、何故月が常に同じ面を地球に向けているのか、っていう子ども騙しの内容。」
「ひーちゃん、簡潔すぎ・・・・。」
京一が肩を落として、溜息をつく。
「だって、要約するとそうなるんだもん。俺のせいじゃないよ。」
「じゃあ、月は何を祈ったんだ?」
「・・・・地球の笑顔。いや、違うな。自分の心の平穏だろう。」
そう、きっと月は地球に本気で惚れていたんじゃない。本気で惚れていて、あんなことを祈れるはずがない。
「じゃあ、地球は何故泣いているんだ?」
「・・・・・・寂しいから・・・?」
寂しい・・・。本当にそれだけなんだろうか・・・。
「・・・・俺はこの本が大嫌いだ・・・・・。」
そう、俺はこの本が大切だから手元に置いているんじゃない。多分、大嫌いだから、置いているんだ。きっと・・・そうだ・・・。
俯く俺を、京一は暫く凝視していたみたいだが、やがて、俺から本を奪い取った。
「京一?」
「なぁ、ひーちゃん。この本、俺に貸してくれ。」
京一はにっこりと微笑んだ。
「いいけど・・・。それ童話だぞ?」
教科書さえも読まない京一が本?しかも、童話?あまりにもミスマッチだ。そんな俺の心の声が聞こえたのか、少し決まり悪げに京一は言った。
「い・・・いいじゃんかっ!たまには!それに、」
京一は、大切そうに本を見つめた。
「これは、ひーちゃんが一番大切にしている本で、一番大好きな本だからな。」
「ち・・・ちがう!俺は!!」
一体、何言っているんだ?今さっき、俺はこの本が大嫌いだと言ったばかりじゃん。
「じゃあ、俺帰るな。」
嬉々として玄関に向かう京一の後を、俺は慌てて追った。
「ちょっと待てよ。何か俺に用事があったんじゃないか?」
だから、わざわざここまで来たんだろ?
「ちょっと言うことがあったが、それは今度にするぜ。・・・そうだな、この本が読み終わって、ひーちゃんが自分の間違いに気づいた時にでも・・・・。」
「間違いって?」
俺が何時、何を間違えたって?
「じゃあ、お休み、ひーちゃん。」
「ちょっと!京一!!」
京一は、それだけ言うと、さっさと部屋から出ていった。
「何がどう間違えているって?」
後に残された俺は、京一の謎の言葉が意味する事が掴めず、その場に暫く立ち尽くした。




                         FIN.