遠い昔、読んだ童話。 今、再び開いてみる気になったのは、何故なんだろう・・・・。 “世界で一番、お前が好き。だから、泣かないで。” “そんな月の言葉を聞いても、地球は泣き続けます。” “何故泣いているの?どうすれば、笑ってくれるの?” “その言葉に、地球は泣きながら答えます。” “だって・・・・。寂しいから・・・・。” “寂しい。寂しいと、地球は泣き続けます。” “それ以外、言葉を知らないかのように、地球は泣き続けます。” “そんな地球に、月は困り果ててしまいました・・・・。” 「地球にとって、月は何なんだろう・・・・・。」 「月がなんだって?」 突然かけられた言葉に、俺は驚いて読んでいた本を落としてしまった。 「あ〜あ、落ちたぜ。ひーちゃん。」 「きょ・・・きょ・・・京一・・・・。」 帰ったはずの京一が、なんでうちの玄関に立っているんだろう・・・。そんなことをぼんやり考えていると、勝手知ったるなんとかで、京一は靴を脱いで俺の前まで来ると、俺が落とした本を拾った。 「なんだ、絵本じゃねぇか。えっと、『月の祈りと地球の涙』?これって、面白いのか?」 俺の落とした本の表紙を見ながら、京一は俺に本を渡してくれた。 「・・・どうして?」 どうして、京一が目の前にいるんだ?帰ったじゃん。さっき、俺を置いて・・・・。 その時、ズキリと胸が痛んだ。だが、そんな俺の様子も京一に分かるはずもなく、能天気に本についてしつこく尋ねてくる。 「なぁ、それってどんな話なんだ?」 「・・・・別に。只の月と地球の話だよ。」 ついぶっきらぼうに答えてしまう。だが、京一は気にせず、興味深そうに、本を見つめている。 「只の話じゃないんだろ?だって、ひーちゃんが大切にしている本だしさ。」 大切?それとは違うんだよ、京一・・・・。 「大切・・・って訳じゃないけど・・・。」 「いや、大切なはずだ。」 やけにきっぱりと京一が言い切る。・・・・何故そう強く言い切れるんだろう・・・。俺にない強さ。だから、こんなにも惹かれるのだろうか・・・。 「で?どんな話なんだ?」 好奇心に眼を輝かせて、再度問い掛ける京一に、俺は溜息をつきつつ、簡単に粗筋を教えた。 「・・・・何故、海の水がしょっぱいのか、何故月が常に同じ面を地球に向けているのか、っていう子ども騙しの内容。」 「ひーちゃん、簡潔すぎ・・・・。」 京一が肩を落として、溜息をつく。 「だって、要約するとそうなるんだもん。俺のせいじゃないよ。」 「じゃあ、月は何を祈ったんだ?」 「・・・・地球の笑顔。いや、違うな。自分の心の平穏だろう。」 そう、きっと月は地球に本気で惚れていたんじゃない。本気で惚れていて、あんなことを祈れるはずがない。 「じゃあ、地球は何故泣いているんだ?」 「・・・・・・寂しいから・・・?」 寂しい・・・。本当にそれだけなんだろうか・・・。 「・・・・俺はこの本が大嫌いだ・・・・・。」 そう、俺はこの本が大切だから手元に置いているんじゃない。多分、大嫌いだから、置いているんだ。きっと・・・そうだ・・・。 俯く俺を、京一は暫く凝視していたみたいだが、やがて、俺から本を奪い取った。 「京一?」 「なぁ、ひーちゃん。この本、俺に貸してくれ。」 京一はにっこりと微笑んだ。 「いいけど・・・。それ童話だぞ?」 教科書さえも読まない京一が本?しかも、童話?あまりにもミスマッチだ。そんな俺の心の声が聞こえたのか、少し決まり悪げに京一は言った。 「い・・・いいじゃんかっ!たまには!それに、」 京一は、大切そうに本を見つめた。 「これは、ひーちゃんが一番大切にしている本で、一番大好きな本だからな。」 「ち・・・ちがう!俺は!!」 一体、何言っているんだ?今さっき、俺はこの本が大嫌いだと言ったばかりじゃん。 「じゃあ、俺帰るな。」 嬉々として玄関に向かう京一の後を、俺は慌てて追った。 「ちょっと待てよ。何か俺に用事があったんじゃないか?」 だから、わざわざここまで来たんだろ? 「ちょっと言うことがあったが、それは今度にするぜ。・・・そうだな、この本が読み終わって、ひーちゃんが自分の間違いに気づいた時にでも・・・・。」 「間違いって?」 俺が何時、何を間違えたって? 「じゃあ、お休み、ひーちゃん。」 「ちょっと!京一!!」 京一は、それだけ言うと、さっさと部屋から出ていった。 「何がどう間違えているって?」 後に残された俺は、京一の謎の言葉が意味する事が掴めず、その場に暫く立ち尽くした。 FIN. |