「・・・・さて、どうしよう・・・。」 京一と別れてから、俺は新宿の街を、1人さ迷っていた。京一の真意が掴めず、俺は些かウンザリと溜息を漏らした。 「・・・・何考えているんだよ。京一・・・。」 「何だよ!俺の気持ちわかんねぇのかよっ!それで良く、俺の事好きだって、言えるなっ!!」 “な・・・何!?” 突然、背後から聞こえる声に、思わず振り返ると、何時の間に出来たのか、人だかりが出来ていた。声は、その向こうから聞こえてくる。 “何なんだ?一体” 人垣の間を覗き込むと、テレビか何かの撮影が行われているらしく、カメラの前で男女が激しく言い争っていた。一方的に女を罵る男。それにただ黙っているだけの女。どこにでもある、ありふれた日常。なのに、どうして、この場から立ち去る事が出来ないんだろう・・・・。 “それで良く、俺の事好きだって、言えるなっ!!” あぁ・・・そうか。さっきの台詞が、気になるんだ・・・・。 一瞬、京一に言われたのかと思った、あの台詞。 “俺、京一のこと、どれだけわかっているんだろう・・・。” 俺は、目の前で繰り広げられている修羅場を、じっと見つめながら、ぼんやりとそんな事を思った。 実際、俺と京一は付き合っていない訳だから、目の前の修羅場に、俺と京一を重ね合わせていることが、大きな間違いなんだと思うけど、何故だろう、一瞬何かを掴みかけた気がした。 「・・・わかるはずないじゃないっ!だって・・・だって、私達、別の人間なんだよっ!言葉で伝えてくれなくっちゃ・・・・わかんないよ!!」 ついに泣き出す女。そんな女に、男も黙り込む。周りの雰囲気も、それに飲まれたように、シーンとなる頃、カットの声が飛んだ。 「・・・違うだろ!そうじゃない!!」 監督らしき人が、主役の二人に演技指導をする。 「いいか。これは、只の痴話喧嘩じゃないんだ。お互いを大事にするあまり、すれ違ってしまい、ここで喧嘩することによって、お互いの気持ちが一つになる、そういった、一番重要な場面なんだ。もっと、こう、伝えたいのに、伝えられない。そんな切なさや、相手を想う気持ちを出してくれ。」 監督の言葉に、俺は雷に打たれたような、奇妙な錯覚を起こした。 “伝えたいのに、伝えられない・・・・。” 俺は、知らず鞄を抱き締めていた。今、頭の中に、パズルのパーツがぐるぐる回っている、そんな感じがする。 「・・・・答えは・・・・この本の中に・・・・。」 最後のパーツは、全てこの本の中にある。そう、確信した俺は、駆け出した。 「『月の祈り 地球の涙』・・・・。」 幼い頃から、読み親しんだ童話。何故か、これだけは手放せなかった。 ずっと嫌いだと思っていたのに・・・・。 「素直な気持ち・・・・。」 京一の声が頭に蘇る。俺は深呼吸すると、ゆっくりと表紙を開いた。 「京一・・・・?」 携帯にかけると、京一はすぐに出てくれた。 「どうした?ひーちゃん。」 まるで耳元で囁かれているような錯覚に、一瞬顔が赤くなる。 “あぁ・・・やっぱ、京一の事がすごく好きだ・・・。” 「ひーちゃん?」 訝しげな京一の声に、ハッと我に返るが、何から話していいのか、判らずに、一瞬躊躇する。だが、そんな俺に、京一は辛抱強く待ってくれている。 「焦んなくっていいぞ。」 「あ・・あの・・あのさ・・・。今からちょっとうちに来られる?」 心臓がバクバク言っている。 「何で?」 ちょっと笑いを含んだ声。理由、知っていてわざと聞いているなこいつ。 「京一に、話したいことがあるんだ。駄目か?」 お願いだから、断らないでくれ。 「わかった。3分後には着くぜ。」 へっ?3分?俺は慌てて窓から下を見下ろした。そこには、携帯片手に、京一が手を振っていた。 「一体、いつから・・・。」 俺の呟きに、京一はただ笑っている。 「まっ、その話はあとだ。じゃ、今から行くぜ。」 一方的に通話を切られ、俺は呆然と京一の姿を見送った。京一の姿が視界から消えると、急に不安に襲われ、身震いをした。 “もしも、俺の考え違いだったら・・・。” そしたら、京一を永遠に失ってしまう。だが・・・・。 「逃げちゃ駄目なんだよ。絶対に・・・。」 自分自身に言い聞かせるように呟いた、その時、チャイムが鳴った。 「俺、京一が好き・・・。」 祈るような気持ちで呟くと、意を決して扉へと向かった。 FIN. |