俺と京一の関係は、ずっと背中合わせの関係だと思っていた。
決して視線が交わる事はない。
だけど、一番近くにいる関係。
それだけで、自分は満足していた。
はずだったのに・・・・・。
「京一先輩!」
今日も下級生からの呼び出しに、京一は嬉しそうに、教室を飛び出していく。そんな京一の後姿を、沈んだ気持ちで見送っていると、後ろから背中を叩かれた。
「うふふふ。どうしたの?龍麻?」
振り返ると、美里が例の菩薩笑いを口元に称えながら、立っていた。一般的に、その笑みは聖女のそれとされているようだが、黄龍の器である俺には、それがただ単に、面白いものを見つけた、子どものような残酷にも似た笑みに見える。あぁ、恐ろしい。
「京一君って、モテルのねぇ。」
チラリと俺の顔を盗み見るように、美里は呟いた。
ズキリ。
分かっていることでも、他人が言うとなると、何故こんなに心が痛むんだろう。
俺は、我慢できなくって、美里の眼から逃れるように、教室を後にしようとした。が、その前に、美里が俺の腕を強く引く。
「顔色が悪いわ。保健室でも行く?」
保健室かぁ・・・。堂々とサボれていいかも。そう思い、俺はコクリと頷く。
「そう・・・。じゃあ、京一君。お願いできるかしら?」
え?京一?
俺は慌てて後ろを振り返ると、何時の間に戻ってきたのか、京一が心配そうな顔で俺を見つめていた。
「大丈夫なのか?
ひーちゃん。」
俺の肩に手を置こうとする京一の手を振り切るように、俺は慌てて教室を飛び出した。
「おい!ひーちゃん!!」
背後で京一の慌てた声が聞こえたが、今の俺にはそれすらも苦痛で、逃げるように屋上へと走り出した。
「どうして、こうなんだろう・・・・。」
もう、京一と普通に相棒をやっていく自信がない。
「辛いよ・・・。京一・・・。」
蹲るように座り込んでいると、ふと背中がすごく温かくなった。
「ひーちゃん・・・。」
目の前で交差されている腕。
耳元で囁かれる京一の声。
それで俺は京一に背後から抱き締められていることに気づいた。
「すっげー心配したぞ。ひーちゃん・・・。」
多分、俺を探し回ったのだろう。肩で息をしている京一に、俺は申し訳なさで一杯になる反面、どうして俺を見つけてしまうんだろうかという、怒りが、静かに俺の心を満たしていく。
「何があったんだ?ひーちゃん。最近、様子が変だった。」
京一の言葉に、ピクリと反応する。
まさか、本人を目の前に言える訳がない。俺は京一の腕から逃れようと暴れたが、ますます強く京一に抱き締められる結果となり、すっかり困惑してしまった。
「は・・離せ・・・。」
辛うじてそれだけ言う俺に、京一は頭を払った。
「駄目だ。俺の前から逃げる気だろう。」
「京一・・・お願いだから・・・。」
それでも逃げようとする俺に、根負けしたのか、京一が腕を僅かに緩めた。しめた!この隙に!と思ったのも束の間、京一は俺の身体を反転させると、再び俺の身体を抱き締めた。目の前にある京一の顔に、俺はただドキドキして、正視出来ずに、俯こうとしたが、京一の指がそれを許さず、俺の顎を捉えると、ゆっくりと覆い被さった。
「っ・・く・・っ。」
だんだんと深くなる口付けに、俺の頭はパニックに陥る。何故?どうして京一が俺にキスするんだ?
呆然と見上げている俺に、京一は優しく微笑みながら、言ってくれた。
「愛している。」
「きょう・・・。」
信じられない思いで京一の顔をジッと見つめる。京一の顔は、今まで見たどんな顔よりも真剣な顔をしていて、決して嘘や冗談を言っているようには見えなかった。だが、俺が口に出した言葉は、一言、
「嘘だ・・・。」
だった。
「嘘じゃねぇよ。」
心持ち、憮然とした表情で京一は言う。
「嘘だ。だったら、何故!!」
下級生の女の子の呼び出しを受けるのか・・・・。
口に出すのは容易いけれど、どうしても言えずに俺は俯いた。そんな俺に京一は苦笑した。
「ひーちゃんが好きだから、今まで女の子達の告白を断ってたんだろ?」
そう言われて、ハッと俺は顔を上げた。
「ひーちゃん。愛している。」
真剣な表情で、京一はもう一度言ってくれた。それが涙が出るほど嬉しいと思っていたら、どうやら本当に泣いているらしい。京一の指が優しく俺の涙を拭う。
「俺・・・。」
俺は京一の首に腕を回した。
「京一のこと・・・。」
ゆっくりと顔を京一に近づける。
「・・・・。」
答えは京一に口移しで教えると、京一はきつく抱き締めてくれた。
こうして、背中合わせの関係が、抱き締め合う関係に変わった頃、俺と京一は相棒から恋人へと変わったのだった。
FIN.