素直なままで・番外編
目の前に広がる、その幻想的な光景に、
俺はただ茫然と佇むことしか出来なかった。
月の明かりに浮かび上がる、満開の櫻。
恐ろしい程、美しい。
俺は、何かに誘われるように、櫻に近付いて行った
昔から、櫻の樹の下には、死体が埋まっているという。
櫻は、死体の血を吸うから、花片が薄ピンク色だと
誰かが言っていたっけ。
櫻の下に眠る魂が俺を呼ぶのだろうか・・・・・。
だから、こんなにも心惹かれるのだろうか・・・。
俺は改めて、櫻の樹を見つめた。
ふと、櫻の下に、人影があることに気がついた。
“櫻に取り込まれた、魂か?”
ぼんやりと、そんなことを思う。
向こうも、俺の近付く気配に気付いたのか、
ゆっくりと振り向く。
舞い散る櫻の花片の中、振り返った奴の顔を一目見た途端、
俺の泣きたくなるような、愛しさで、心が一杯になった。
「やっと、会えた・・・・・・。」
気がつくと、俺はそう呟いていた。
長い前髪で、表情は良く判らないが、奴の口許は、微笑んでいた。
俺は、おずおずと、手を伸ばす。
奴は、相変わらず穏やかな笑みを浮かべて微動だにしない。
あと、少しで奴に触れられると思った瞬間、俺達は櫻の樹から
発せられた光の渦に飲み込まれていった。
「京一!京一!起きなさい!!」
耳元の大音量と、急に寒くなった身体で、目が醒めた。
“なんで・・・おふくろがここにいんだよ・・・・・。”
寒いと感じたのは、母親が京一の布団を剥ぎ取ったからだと
気がついた。
“・・・・ったく・・・。今何時だ?”
寝ぼけ眼で時計を見ると、まだ朝の6時50分を回ったところだ。
京一は、元凶である母親を睨みつけた。
「・・・・・・うっせぇなぁ・・・・。まだ7時前だぜ・・・・・。」
母親は、腰に手を当てると、京一を叱りつけた。
「何馬鹿なこと言ってんの!そろそろ仕度しないと、学校に
遅れるでしょ!」
京一は、母親から布団を奪い取ると、そのまま頭まですっぽり
被った。
「今日は、具合が悪いから、俺休む。」
だが、母は強かった。京一から布団を取り上げると、またもや
京一の耳元で怒鳴った。
「京一!今日はあんたにとって、“運命の日”なのよ!判ったら、
さっさと起きなさい!」
「・・・・・何だよ。“運命の日”っていうのはよぉ・・・・。」
寝るのを諦めて、京一はのろのろと身を起こす。そんな京一に、
母親は、満足そうな笑みを浮かべる。
「ふふふ・・・・。気になるんだったら、早く下に降りてらっしゃい。
そん時に教えてあげるわ。」
母親は、言うだけ言うと、意味深な笑みを浮かべながら、部屋を
出て行った。
「・・・・・・ったく。勘弁してくれよ〜。」
京一は、髪の毛をわしゃわしゃとかきあげる。
「折角、いい夢を見てたっていうのに・・・・・・・。夢?」
ハッと気付いて、京一は顔を上げる。
「・・・・何の夢だっけ・・・・・。」
夢の内容は、全く憶えていなかったが、<いい夢>だったこと
だけは、憶えている。
「すっげー損した気分だ。これも全ておふくろのせいだ。
くだらねぇ話だったら、俺は怒るぞ!!」
ブツブツ文句を言いながら、京一は手早く制服に着替えると、
急いで部屋を出ていく。
そして、運命の歯車が動き出した・・・・。
FIN.