素直なままで ・ 番外編

 

             櫻月夜

 

 

                 龍麻の章

 

 

 


        何かに呼ばれる気がした・・・・。
        なんだろう・・・・。
        懐かしいような、ひどく哀しいような・・・・。
        <誰か>が、<俺>を呼ぶ<声>・・・・。
        その<声>に導かれるように、俺は、1本の櫻の樹の下に佇んでいた。
        <声>は、この樹から発せられたのだろうか。
        俺はじっと天空を見上げる。枝の間から見える満月は、冴え冴えと透き
        通るような、美しい光を周囲に注いでいた。
        太陽のように力強い光ではないが、闇に震える者を、優しく包み込むような
        淡い光。
        俺は、次に視線を月から櫻へと移した。
        「櫻の樹の下には、死体が埋まっているというが・・・・。」
        俺は視線を枝から幹へ、最後には根元へと移動させた。
        神秘的な雰囲気を醸し出しているが、櫻に<魔>の気配は感じられない。
        「何が、俺を<ここ>に呼んだんだ・・・・?」
        溜息と共に呟く言葉が、合図だったのか、その<気配>は唐突に
        背後から感じられた。
        慎重に相手の<氣>を探る。
        太陽のような、真っ直ぐな<氣>。一片の迷いのない、力強い<氣>に、
        俺は緊張を解いた。どうやら、<魔>ではないらしい。
        俺は安心して、ゆっくりと振り向いた。
        そこには、一人の男が佇んでいた。
        その男の顔を見た瞬間、俺は驚きに眼を見張る。
        “俺は・・・・奴を知って・・・いる・・・?”
        奴から眼が離せない。こんなことって・・・・。
        茫然と立っている俺に、奴はポツリと呟いた。
        「やっと、会えた・・・・・。」
        その声を聞いた途端、俺は確信した。
        俺を<ここ>に呼んだのは、目の前の男だと。
        そして、同時に思う。俺もこいつに会いたかったのだと。
        そう、<やっと会えた>のだ。<こいつ>に・・・・。
        知らず、俺は微笑んでいた。
        奴は、おずおずと俺に手を伸ばす。
        俺も手を伸ばしたかったが、何故か身体が言う事をきかない。
        だが、心は歓喜に震えていた。
        早く<俺>を抱き締めて欲しいと。
        そして、二度と離さないでほしいと。
        あと数cmで、奴の手が俺の頬に触れる所で、突如、俺の
        背後にあった櫻の樹から、膨大な量の光が溢れて、俺達
        二人を飲み込んでいった。




        「・・・・夢・・・・か・・・?」
        カーテンから零れる光で、目が醒めた俺は、軽く伸びをすると、
        ベットから降り、カーテンを開けた。
        「あれ?何の夢だったんだっけ・・・・。」
        太陽の光を浴びた途端、何故か<夢>の内容を、きれい
        さっぱり忘れてしまったようだ。
        「う・・・ん。悪い夢じゃなかったよ・・・な。確か・・・・。」
        思い出そうとすればするほど、どんどん記憶が深い闇に沈んでいく。
        「まっ、いいか。どうせ、ただの<夢>なんだし・・・。
        そんなことよりも、転校第1日目から遅刻はヤバイよな。」
        龍麻は、窓を開けると、思いっきり朝の空気を吸い込んだ。
        「今日もいい天気だ。<仲間>が見つかるような気がしてきたぜ!!」
        龍麻は窓を閉めると、朝食の準備をするため、キッチンへと姿を消した。



        ・・・・・その日、龍麻の<運命>の歯車が、静かに回り出した。





                                     FIN.