最近、俺って変だ・・・・・。 京一の側にいるだけで、それこそ心臓がどうにかなったのかと、本気で心配するほど 鼓動が激しくなるのに、京一が誰かと話をしている姿を見ると、胸が張り裂けそうに痛む。 これって、どういう事なんだろう・・・・・。 「じゃあ、京一先輩、あとで差し入れ持って行きますねー!」 京一が廊下を歩くだけで、下級生の女の子達から、声を掛けられる。 「おう!期待しているぜ!」 そんな彼女達に、京一も律儀に答えを返す。 ムカ。ムカ。ムカ。 面白くない。俺はだんだんと不機嫌になる。そんな俺に、心配そうに声をかけてくる奴が いた。醍醐雄矢だった。 「どうした?龍麻。怖い顔をして。」 「・・・・別に。ただ、外を眺めているだけだ。」 俺は京一をじっと見つめながら、答えにならない答えを醍醐に返す。そんな俺の視線の 先に京一がいることに気がついた醍醐は、ハハハと笑いながら、俺の背中をバンバン叩く。 痛いじゃないかっ!俺、心臓が弱いんだぞ!そんなに力強く叩いたら、絶対に病院送りに なる。そんな気持ちで醍醐を睨んだんだが、当の醍醐はニコニコと笑っている。何がそんなに 可笑しいんだろう? 「嫉妬か?」 はぁあああ?何それ?嫉妬ぉおおお?だが、俺の気持ちとは裏腹に何故かその言葉を 聞いた瞬間、俺の心がズキリと痛んだ。 うわぁあ、マジでやばい。さっきの醍醐の攻撃が致命傷になったか? 「まぁ、あれでは嫉妬するなと言われても、無理な話だが・・・・。」 醍醐の言葉に視線を京一に戻すと、何時の間にか京一は女生徒達に囲まれていた。 ムカ。ムカ。ムカ。ムカ。 またしてもムカムカしてきた。今朝、朝食を食べすぎたからか? 「・・・・京一に嫉妬したくなるな。あれでは。」 京一に、嫉妬?何か違うような気がするけど・・・・。 「だがな、龍麻も京一に負けていないぞ。まぁ、転校して間がないから仕方ないが、 あと暫くもすれば、龍麻もあれくらいの・・・・・。」 醍醐の言葉がどこか遠くに聞こえる。あれ・・・目が回って・・・・。 耳鳴りが酷い。吐きそう・・・・。 「龍麻!!」 ぐにゃりと曲がる周囲の中で、騒ぎに気づいて、京一が自分の方に血相を変えて 走ってくるのが、何故かはっきりと見えた。その事が涙が出るほど嬉しいって、 どういうことだろう・・・。 そんな事を考えながら、俺は意識がゆっくりと深淵の闇に沈み込むのがわかった。 櫻が散る・・・・。 闇に舞う櫻の花弁に、俺は以前どこかで同じような光景を目にしたなと、ぼんやりと 考えていた。 いつ・・・どこで・・・・誰と・・・・。 あと少しで思い出せそうなのに。 何故か思い出したくないと強く思っている自分に気がつく。 わからない。 わからない。 わからない・・・・・。 自分はどこの誰で、どこに行こうとしているのか・・・。 風に舞う櫻の花弁は、何も語ってはくれない。 ただ、風に舞う。 立ち尽くす自分を嘲笑うかのように、軽やかに、優雅に、 そして・・・・・恐ろしい程美しく、櫻が散る。 何かの暗示か。 それとも、過去に既に起こった出来事か。 または、未来に起こる事なのか・・・・・。 ふと何気なく手を見ると、血で真っ赤に染まっていた。 驚いて2・3歩よろけると、足元に何かが当たって、俺はバランスを崩して 転んでしまった。 「な・・・京一!!」 そこには、胸から血を流し、京一が倒れていた。 「京一!京一!!」 慌てて京一を抱き起こしたが、既に事切れた京一の身体は重く冷たかった。 「京一!京一!!」 狂ったように叫ぶ俺の上に櫻の花弁が容赦なく降り注ぐ。櫻の花弁が積もった 所から徐々に京一の身体が消えていく。俺は半狂乱になりながら必死で櫻の 花弁から京一の身体を守ろうと、固く抱き締めた。 「まだ・・・何も伝えていないのに・・・。京一!!」 「京一!!」 自分の声で目が醒めた俺は、慌てて飛び起きた。目覚めた場所は保健室だったが、 どうやら保健医は席を外しているようだ。部屋の中に人影はない。肩で息を切らし、 ようやく夢から覚めた事に、そっと安堵の息を漏らす。壁にかかっている時計を見ると、 そろそろ4時限目が終わろうかという時間になっていた。窓が半開きになっており、 気持ちの良い風が時折吹いてきて、俺の汗で濡れた前髪を攫う。校庭からは、 体育の授業の笛が鳴り響き、生徒達の歓声が聞こえてきた。 平和な時・・・・。 普通の日常・・・・。 夢とは違うそのギャップに、俺は自分が今どこにいるのか一瞬忘れかけた。 「・・・・嫌な夢を見た・・・・。」 俺は悪夢を忘れる為に、軽く頭を振ってみた。そして、枕元に気持ちよさそうに眠っている 人物に気づき心臓が止まるかと思った。 枕元に椅子を持ち出して、看病していたのだろう。手に塗れたタオルを持って、京一が うつ伏せに眠っていた。夢とは違う幸せそうな寝顔に、俺はおずおずと首筋に手を置いた。 ドクン。ドクン。ドクン。 首筋から伝わる京一の規則正しい鼓動に、俺は安堵の溜息を洩らした。 「良かった生きている・・・・。」 そして、マジマジと京一の寝顔を見つめる。 “京一に、嫉妬したくなるな・・・・。” 唐突に、醍醐の言葉が脳裏に響く。 「嫉妬?京一に?」 いや、違う。嫉妬していたのは女生徒にだった。京一の側に堂々といる彼女達に 嫉妬したのだ。 「・・・・俺は・・・・。」 何故、女の子達に嫉妬したのか、その理由が漸くわかった。 「・・・・俺は・・・・京一が・・・・。」 何故、京一を見つめるとドキドキするのかも。 「俺は、京一が・・・・。」 何故、京一を目で追うのか。それは夢が全てを示してくれた。 「・・・・・好きなんだ・・・・。」 でも・・・・。 この恋は絶望的だ・・・・・・・。 俺は京一の寝顔を見つめながら、静かに涙を流し続けた。 FIN. |