素直なままで

 

                 第16話

 

         「小蒔!!」
         教室に入ってくるなり、開口一番、美里は親友である小蒔の名を叫んだ。
         「葵!良かった。風邪が直ったんだね!」
         嬉しそうに駆け寄ってくる小蒔を、美里は強引に教室の外へと連れ出す。
         「どうしたんだい?葵。そろそろHRが・・・。」
         「HRなんて、どうでもいいのよ!!」
         美里はギロリと小蒔を睨むと、そのまま生徒会室へと連行する。
         「一体どうしたの?」
         訳が判らず、キョトンとなる小蒔に、美里は静かに尋ねる。
         「緋勇君の好きな人って誰?」
         「え?そ・・それは・・・。」
         視線を逸らす小蒔に、美里は不信な眼を向ける。
         「まさか・・・嘘なの・・・?」
         「嘘じゃないよ!!確かに、緋勇君には好きな人がいるよ!!」
         必死の小蒔に、美里は醒めた瞳を向けた。
         「じゃあ、誰?」
         「そ・・・それは・・言えない。言えないよ。」
         “だって、緋勇君が好きなのが京一だって知ったら、葵、ショックで寝込んじゃうよ。
         やっぱ、友達として、これ以上葵に傷ついてほしくないよ・・・。”
         そんな親友の心の中の言葉までは、いくら美里でも読み取れる訳もなく、さらに小蒔を
         問い詰めた。
         「一昨日、小蒔から緋勇君には、他に好きな人がいるって聞いて、昨日学校にも
         来ないで、考えてたのよ。」
         「風邪じゃなかったの?サボリ?」
         呆れる小蒔に、美里は微笑む。
         「超優等生の私が、学校をサボる訳ないじゃない。自主休校よ。」
         “・・・そういうのを、サボリって言うんだよ。葵・・・。”
         非難を込めた小蒔の視線に、美里は軽く咳払いをする。
         「と・・とにかく、小蒔が普段の緋勇君の様子を見ていれば判るっていうから、昨日一日中、
         ずっと考えていたのよ。でも、判らないの。」
         そこで、美里は悲しそうな顔で、小蒔の両手を強く握った。
         「私達、大親友よね・・・・。お願い・・・。教えて・・・。」
         「し・・知ってどうするのさ・・・。」
         付き合いが長い分、美里の性格を完全に把握している小蒔は、嫌な予感に、恐る恐る
         尋ねる。美里は、不敵な笑みを浮かべると、きっぱりと言い切った。
         「そんなの、決まっているわ!私から緋勇君を奪う女は、菩薩眼の名にかけて、天誅を
         下すわ!!」 
         “菩薩眼”とは、一体何の事か判らないが、どうやら血の雨が降るのは確実のようである。
         「やっぱし・・・・。」
         小蒔はがっくりと肩を落とす。
         「だから、ね♪お願い〜。」
         ニッコリと微笑みながらも、美里の目は凶悪に光っている。
         “ひ・・ひえぇえええええ〜!!”
         こうなれば、絶対に逃げきれない。やはり我が身が可愛い小蒔は、観念して口を開きかけた。
         「俺、知っているぜ。」
         ハッとして二人が声のする方を見ると、何時の間に着来たのか、愛用の木刀を肩に担いだ
         京一が、不貞腐れたような表情でドアの前に立っていた。
         「京一!!」
         「・・・それ、本当のなの?京一君!!」
         詰め寄る美里に、京一は意地の悪い笑みを浮かべる。
         「あぁ、本当だぜ。昨日、二人が楽しそうにデートしている所、俺見たもん。」
         “えっ?”
         京一の言葉に、小蒔は我が耳を疑った。
         「そ・・そんな・・・。デ・・・デートなんて・・・・・。嘘よ〜!!」
         あまりの事に、美里は泣きながら生徒会室を出て行った。そんな美里の後ろ姿を、溜息と共に
         見送っていた京一は、自身も出て行こうとしたが、小蒔に呼び止められて振り返った。
         「今の話、本当なの?」
         少し蒼ざめた小蒔を、京一は訝しげに思いながらも、頷いた。
         「本当だぜ。昨日、俺はこの目で見たんだからな。」
         「そ・・そんな・・・。緋勇君が好きなのって・・・・。」
         「どうした?小蒔。さては、お前も龍麻が好きだったのか?・・・・残念だったな。」
         自嘲する京一に、堪えきれずに、小蒔は叫んだ。
         「緋勇君が好きな人って・・・・京一じゃないかっ!!」
         「・・・なんだってぇ?」
         驚く京一に、小蒔はさらに言葉を繋げる。
         「京一も、緋勇君の事好きなんでしょう!それなのに、なんで・・・。」
         「おいおい。一体、何を根拠にそんな事・・・。」
         キッと小蒔は京一を睨みつける。
         「普段の二人の様子を見ていれば、判るよ。誰だって!!」
         そんな小蒔に、京一は悲しそうな顔で言った。
         「確かに、俺は龍麻を愛している。でもな・・・。」
         「両思いじゃんか!」
         「だ〜か〜ら〜!人の話を聞けっ!!俺は龍麻に振られたんだっ!!」 
         怒鳴る京一に、小蒔は信じられないと呟いた。
         「本当だって。」
         「だって・・。緋勇君、いっつも京一の事を見てたんだよ?あれは絶対に恋する者の
         眼だよ・・・・。」
         「・・・・・。」
         無言のままの京一に、小蒔はじれったそうに言った。
         「とにかく、もう1度二人良く話し合ったら?絶対に何か誤解していると思う。折角両想い
         なのに・・・、このまま擦れ違ったままなんて・・・絶対に駄目だよぉおお。」
         言っているうちに、だんだん興奮してきて、ポロポロと涙を流す小蒔に、京一は穏やかな
         瞳を向けた。
         「・・・何、泣いてんだよ・・・。」
         「泣いてなんか・・・・。」
         乱暴に涙を拭うと、小蒔は京一を睨みつけた。
         「昨日、京一が風邪で休んだと聞いて、見てるこっちが辛くなるみたいに、緋勇君、ずっと
         悲しそうだった。休み時間でも、京一のことしか話さないし。・・・京一、これでもまだ何も
         行動を起さないの?」
         「でもよぉ・・・。」
         まだ、躊躇っている京一に、小蒔はもう1度言う。
         「京一。とにかく、もう1度二人だけでゆっくりと話し合うべきだよ。誤解があるなら、根気良く
         誤解を解くことから始めなくっちゃ。」
         「・・・・・わかった。忠告ありがとうよ。」
         ニッと笑う京一に、小蒔は今度こそ安堵の笑みを浮かべた。



         「・・・ここは・・・・。」
         意識を取り戻した龍麻は、ぼんやりとした頭で、周りを見回した。
         「俺は・・・どうして・・・。」
         まだ頭に霞みがかかったようで、どうも思考がはっきりとしない。軽く頭を振る龍麻に、
         声がかけられた。
         「緋勇さん。気づいたみたいね。」
         そこには、比良坂がにっこりと微笑みながら、立っていた。
         「比良坂さ・・・ん・・・?」
         確か、比良坂とデートしてて・・・。不意に後頭部を殴られ意識を失ったことを思い出す。
         「そうだ!!あの時、薬品の匂いがして・・・。急に後を殴られたんだ!比良坂さん、
         無事なのか!」
         慌てて比良坂に駆け寄ろうとして、立ち上がろうとしたが、身体の自由が利かないことに
         気がついた。可笑しいと思って、自分の身体を見まわすと、両手両足をベットに鎖で繋がれて
         いるのに気が付いた。
         「これは・・・!!」
         「ごめんなさいね。緋勇さん。こうでもしないと、逃げられると思って。」
         比良坂は、ゆっくりと龍麻に近づくと、そっと龍麻の頬に触れた。
         「緋勇さん・・・。怖い顔・・・。」
         「当たり前だろ!!いいから、俺を自由に・・・。」
         「出来ないわ。」
         比良坂はキッパリ言った。
         「でも、安心して。蓬莱寺さんが来てくれたら、解放してあげるから。」
         「京一?何で、京一を!!」
         怒鳴る龍麻に、比良坂は安心させようと龍麻の頭を優しく撫でる。それが余計龍麻の気に
         触り、睨みつける眼に力を入れる。
         「京一に何をする気だ!!」
         「別に危害を加えないから、安心して。ただ私は・・・・。」
         比良坂は、そう言うと、ベットの横に置いてあるサイドボードから古ぼけた和綴じ本を取り出した。
         「ねぇ。緋勇さん、奇跡って信じますか?」
         「・・・・・・。」
         無言のままの龍麻に、お構いなしに、比良坂は眼をきらきらさせて言った。
         「私、小さい時に飛行機事故で生死をさ迷った経験があるんです。その間、ずっと夢を見て
         いました。一つの恋が終わってしまう夢を・・・。」
         比良坂は大事そうに本を抱え込む。
         「眼が醒めたら、両親が死んだと言う事を聞かされた事よりも、夢の内容の方が気になって
         仕方がなかった。」
         比良坂は、龍麻の傍らに座る。
         「夢の中で、私はその恋について日記を書いているんです。それを、ある場所に埋めてい
         て・・・。身体が治った時、兄に頼んで夢で日記を埋めた場所に連れていってもらったんです。
         そこは、夢と同じに大きな竹林の奥深くに草原が広がっているんです。そして、その草原の
         中央に1本の大きな櫻の樹があるんです。丁度行った時が桜の季節だったんですよ。舞散る
         櫻の花片がすごく綺麗でした・・・・。」
         その時の状況を思い出したのか、比良坂はうっとりと目を細めた。
         「それで、夢にあったように櫻の樹の下を掘ってみたら、出てきたんです。」
         比良坂は、龍麻に抱えていた本を見せる。
         「これが・・・。開いてみるとびっくりしました。私、古文とか苦手なのに、すらすらと読めたんです
         もの。それで、確信したんです。あの≪夢≫は、前世の私の記憶だって・・・。」
         比良坂は、龍麻の耳元で囁いた。
         「日記にかかれている、悲恋の二人って、誰だと思いますか?」
         「・・・・・。」
         「あなたと、蓬莱寺さんです。」
         やっぱり、と龍麻は固く眼を閉じた。そんな龍麻に、比良坂はクスクス笑う。
         「前世では結ばれなかった二人。現世では、どうでしょうか?」
         「・・・現世も同じだよ。俺達は恋人じゃないんだし・・・。」
         自暴自棄の龍麻に、比良坂は急に怒り出した。
         「いけません!!緋勇さん。そんな弱気では!!」
         「ひ・・・比良坂・・?」
         比良坂は立ちあがると、本を胸に抱いたまま、そこら中を歩き回った。
         「全く、どうして緋勇さんは素直じゃないんですかっ!!前世でも蓬莱寺さんの求愛を受け
         なかったし・・・。」
         比良坂の言葉に、龍麻は驚く。二人は恋人同士だったのではなかったのか?
         「違います!!二人とも、想い合っているのは、誰の目から見ても明らかなのに、緋勇さん、
         ちっとも素直じゃなくって、ずっと蓬莱寺さんを無視したり、喧嘩したり。二人の間がギクシャク
         していたから、前世では蓬莱寺さんが先に死んじゃって・・・。」
         比良坂は、キッと龍麻を睨んだ。
         「だから、私決めたんです!お二人を絶対にくっつけようって!前世では力及ばず無理でした
         けど、現世なら!」
         そう言う比良坂は燃えに燃えていた。
         「私はやります!!この作戦で、一気に纏まってもらいます!!」
         「さ・・作戦って・・・。」
         恐る恐る聞く龍麻に、比良坂は凶悪な笑みを浮かべた。
         「さっき、蓬莱寺さんに、手紙を届けたんです。“緋勇龍麻を返して欲しければここに
         来い!”って。昨日、私と緋勇さんのデートを目撃してライバル登場に、嫉妬の塊に
         なっている京一さん。そこに手紙で緋勇さんのピンチを知り、緋勇さんを助ける為に、
         危険を顧みず京一さんがカッコ良く登場!感動した龍麻さんが京一さんに賭けよって、
         二人はラブラブよ!!っていうのが、私のシナリオなんです!本当は、緋勇さんにも、
         この計画を黙っているつもりはなかったんですけど、まっ、いいか。さぁ、兄さん!
         用意はいい?」
         比良坂の呼びかけに、兄の死蝋がフランケン腐童を伴い、やってきた。
         「フッ。用意はいつでもいいさ。」
         その時、警報が部屋中を響き渡る。
         「どうやら来たみたいね。じゃあ、あとでね!緋勇さん。今度こそ、素直になってね!」
         高笑いをしながら、比良坂は兄達を伴い、部屋から出て行った。
         後に残された龍麻は、そっと溜息をついた。
         「でも・・・俺、京一・・・振っちゃったんだ・・・・。絶対に、助けに来ないよ・・・・。」
         「誰が、助けに来ないって?」
         その声に、ハッと窓に眼を向けると、窓から上半身を覗かせた京一が笑っていた。
         「きょ・・・京一・・・。」
         「へへっ。助けに来たぜ!龍麻!!」
         そう言って、窓から部屋に入った京一は、龍麻の傍らに移動すると、真剣な表情で
         龍麻を見つめた。
         「俺、お前に聞きたいことがあるんだ・・・。」
         「京一・・・・。」
         真剣な眼差しの京一を、龍麻は真剣な表情で見つめた。



         「なんで・・・なんで、あなたかここにいるのよ!!」
         絶叫する比良坂の前には、不敵な笑みを浮かべる美里が立っていた。
         「うふふ。菩薩眼をなめるんじゃないわよ!あなたが緋勇君の彼女〜?そんなの
         絶対に許せないわ!!神に仕える大いなる力、四方を守護する偉大なる五人の
         聖天使達よ・・・ジハード!!」
         美里の攻撃を、腐童を盾に、何とか攻撃をかわすと、比良坂は反撃に出た。
         「仲間内で最強を誇る私が、あなたに負ける訳ないわ!!♪レソソ」
         「それは、こちらの台詞!!愛の精霊の燃える翼と12の星をもって、魔を妬き尽く
         せ!!」
         美里の攻撃を難なく交わすと、比良坂は不敵な笑みを浮かべる。
         「前世でも、あなたは、二人の邪魔ばかりしていた・・・。折角私が二人をネタに本を
         出版して儲けようとしていたのに・・・。それを悉く邪魔して・・・・許さないわ!!♪ラソソ」
         とても、自称レベル3同士の戦いではない。死蝋は、そんな二人の戦いで、壊されて
         いく自分の研究所を、放心状態で眺めていた。



         「なぁ、俺はお前のことを愛しているって言ったよな。」
         京一は龍麻を解放すると、真っ直ぐ龍麻の眼を見つめて言った。
         「俺は、お前を愛している。この気持ちだけは、変えられねぇ。」
         「京一・・・。」
         「お前の気持ちは?」
         俯く龍麻を許さず、京一は龍麻の顎を持ち上げた。
         「俺の目を見て言え。」
         「俺は・・・・。」 
         龍麻の脳裏に、先ほどの比良坂の言葉が蘇る。比良坂は素直になれと言った。
         でも・・・。
         「前世と同じ過ちを繰り返したくないんだ。」
         龍麻の言葉に、京一の形の良い眉が顰められる。
         「前世だぁ?何言ってんだ!俺が聞きたいのは、現在の事だ。ここに、俺の目の前に
         いる龍麻が、俺の事をどう想っているのか知りたい。前世なんて関係ないだろ!!」
         「関係あるよ!!」
         龍麻は泣きながら叫ぶ。
         「前世では、京一、俺を庇って死んでしまって・・・。俺なんか好きになるから・・・。」
         そんな龍麻を京一は優しく抱きしめる。
         「・・・龍麻、人の一生、状況だけで判断するもんじゃねぇ。前世の事はわかんねぇけど、
         もしも、俺の前世がお前を庇って死んだとしても、俺は不幸だと想って死んだんじゃねぇ。
         むしろ、逆だ。」
         京一の言葉を、龍麻は静かに耳を傾ける。京一の言葉の一つ一つが、ゆっくりと龍麻の
         心に浸透していく。
         「俺は幸せな想いで死んだに違いねェ。自分の心に素直な人生を生きたと思う。いいか、
         龍麻。もしも、長生きしたって、自分の心に素直に生きなきゃ、生きる意味がねぇと俺は
         思うぜ。」
         そこで言葉を切ると、京一は照れ臭そうに笑った。
         「すまねぇな。俺、上手く言えねぇけど・・・お前の事本気だし、ずっと一緒にいたいと
         思っている。龍麻はどうなんだ?」
         不安そうな顔の京一を暫くじっと見つめていた龍麻だったが、、意を決したように
         自分からキスをする。
         「・・龍麻!!」
         「俺も・・・京一が好き。ずっと一緒にいたい・・・。」
         真っ赤になって俯く龍麻に、京一は嬉しそうに微笑むと、ゆっくりと唇を重ね合わせた。





                                                    fin.