バレンタイン狂騒曲 

 

 

               「2月14日か。」
               カレンダーを片手に、骨董品店の若旦那は、ニヤリと笑う。
               「何を笑っているんですか?如月さん?」
               そんな若旦那の様子に気がついた、たまたま遊びに来ていた暗殺者は、
               首を傾げながら、如月が持っているカレンダーを覗き込んだ。
               「あぁ・・。そうか。」
               如月の笑みの意味を察し、壬生はそそくさと、帰り支度を始める。
               「どうしたんだい?壬生君。そんなに慌てて。」
               さり気なく壬生の背後に回ると、その進路を妨害する為に、襖の前に立ち塞がる。
               「いえ。別に。ちょっと用事を思い出して・・・。」
               にこやかに微笑みながら、壬生も負けじと、引き戸に手をかける。
               「フッ。折角お茶を入れたんだ。飲んでいったらどうだい?」
               引き戸を掴んで離さない壬生の腕を力づくで、押さえ込むと、いつの間に
               煎れたのか、湯呑み片手に、にっこりと微笑みながら、如月は無理矢理
               壬生に飲ませ様とする。
               「いえ、お構いなく。」
               対する壬生も、にこやかに微笑みながら、湯呑みから離れようと、顔を背ける。
               「そう遠慮せずに。」
               如月が、ガシッと壬生の頭を掴むと、湯呑みを近づける。
               「遠慮なんてしてませんから。」
               壬生は、両手で湯呑みを如月に押し返す。
               「・・・・・・お前等、何やってんだ?」
               そこへ、丁度村雨が、ガラリと襖を開けて入ってくると、湯呑みを押しつけあっている
               二人に、不審な目を向ける。
               「丁度いい。村雨さん。如月さんがお茶をどうぞと言っていますよ。」
               壬生は、如月から湯呑みをひったくると、村雨に飲ませようとしたが、
               それよりも先に、村雨は、壬生の足を引っ掛けて転ばせる事に成功する。
               「うわあああ。」
               壬生の手から離れた湯のみの中身は、丁度村雨の後から入ってきた
               御門の顔に掛かってしまった。
               「・・・ったく、この家は、客人にこのような・・・・・。」
               文句を口にしかけた御門は、次の瞬間、思いきり後に倒れ込んだ。
               「おい!大丈夫か!!」
               御門の顔を覗き込んだ村雨は、御門が眠っている事に気づき、不審な目を
               壬生と如月に向ける。
               「こいつは、一体・・・・。」
               「ふっ。東の陰陽師の棟梁は、だいぶお疲れのようだな。」
               「折角ですから、暫く寝かせておいたらどうですか?」
               対する如月と壬生は、平然とそんな事を言う。
               「では、僕はこれで・・・・。」
               村雨が何か言う前に、壬生はそそくさと部屋から出ていこうとしたが、
               村雨に阻止されてしまった。
               「まぁ、待てよ。」
               壬生の腕を掴んだ村雨は、二ヤリと笑った。
               「そう、急いだって、先生は家にいねぇぜ。」
               「「!!」」
               村雨の言葉に、壬生と如月は驚いて顔を見合わせる。
               「おい。劉。出て来い。」
               村雨は、背後を振り返ると、襖に向かって声を掛けながら、左手をズボンの
               ポケットから出すと、左手に巻かれている紐をグイッと引っ張った。
               「うわぁああ!」
               両手を紐で縛られた劉が、村雨に引っ張られ、廊下から出てきたのだが、
               足元に転がっている御門に躓き、盛大な音を立てて、転んでしまった。
               「村雨、これは・・・。」
               訳が判らず、村雨を見る如月と壬生に、村雨は不敵な笑みを浮かべながら、
               事の顛末を語った。
               「先生ん家に行ったら留守でよ。で、ブラブラしてたら、急いでいるコイツに
               逢ってな。どうせ先生絡みだと思って尋ねたら・・・・。」
               「脅迫やろ!ったく、いきなり奥義をかますのは、ルール違反とちゃうやろか。」
               村雨の言葉を、劉は小声で訂正する。だが、そんな劉の声を、三人は無視した。
               「案の定、先生からバレンタインのチョコを貰おうとしていたらしい。ご丁寧に、
               蓬莱寺を閉じ込めてな。」
               村雨の言葉に、如月は驚く。
               「蓬莱寺を閉じ込めているのか!」
               「それは、また・・・・。」
               壬生も言葉を無くして劉を無言で見詰める。
               「そうやない!ただ、京一はんに邪魔されとうなくて・・・・。」
               必死に弁解する劉を無視して、如月と壬生は騒ぎ出す。
               「と言う事は、邪魔者はいないということか・・・。」
               「こうしては、いられない。劉、よくやったな。後はこの僕に任せるんだ!」
               壬生が再び部屋から出て行こうとするのを、またしても村雨に阻止されて
               しまう。
               「・・・そこ、どいてくれませんか?村雨さん。」
               フフフと不敵な笑みを浮かべながら、壬生はゆっくりと村雨との戦闘に備え,
               間合いを取り始める。
               「落ち着けって。さっきも言っただろ?今、先生は出かけているって。」
               そんな壬生に、苦笑しながら、村雨は一人ちゃぶ台の前に座る。
               「まっ、落ち着いて俺の話を聞いてから行動しても、損はしねぇぜ。」
               村雨の言葉に、如月と壬生は顔を見合わせると、村雨に習い、
               ちゃぶ台の前に座った。
               「劉、お前もだ。」
               まだ立ったままの劉に、村雨は座るように促す。その言葉に、しぶしぶ劉は
               壬生と村雨の間に腰を下ろした。
               「で?話とは?」
               全員が座ったのを見計らい、如月は村雨に声を掛ける。
               「ここにいる全員、先生に好意を持っている奴らだ。全員が、先生からチョコを
               貰いたいと思っている。」
               村雨の言葉に、一同神妙に頷く。
               「で、俺は考えた。今ここで、麻雀をして、勝った者が、先生とバレンタインを
               過ごす事が出来るっていうのはどうだ?負けた者は、潔く諦める。」
               村雨の言葉に、壬生は真先に異を唱える。
               「麻雀って・・・・村雨さんが一番強いではないですかっ!」
               「へっ、怖気ついたのかい?」
               壬生の抗議に、村雨はニヤリと笑う。
               「な訳ないでしょう。そこまで言うならいいでしょう。その挑戦受けて
               立ちましょう。その代わり、僕が勝ったら、邪魔はしないで下さいよ。」
               「男に二言はねぇよ。で、後のお二人さんはどうする?」
               村雨の言葉に、劉が頷いた。
               「ワイもやるでぇ〜!アニキを一人占め出来る唯一のチャンスや!」
               燃えに燃えている劉の向かい側で、如月が冷めた目で村雨を見つめた。
               「その計画、大きな落とし穴があるぞ。」
               「落とし穴?何だそれは。」
               自分の計画に見落としがある訳がない!とばかりに、村雨は不快そうに尋ねる。
               「蓬莱寺さ。」
               その言葉に、壬生の形の良い眉は顰められた。
               「蓬莱寺が、なんらかの邪魔をするんじゃないかい?」
               「その点なら、大丈夫や!」
               如月の疑問に、答えを出したのは、意外にも劉だった。
               「京一はんなら、おとなしゅう、ワイの・・・って言っても、道心のじっちゃんの家やけど
               ・・・・メチャメチャ多い課題を黙々とやっとる。」
               「なんだい?その課題って。」
               壬生が首を傾げた。
               「京一はん、卒業したら、中国へ行くんやと。で、中国語を、ワイに習っとるんや。
               そんな訳で、京一はんには、直ぐには終わらない課題を与えて、その隙にアニキの
               所へ行こうとしたら・・・・・・。」
               劉は、横目で恨めしそうに村雨を睨みつけた。
               「・・・村雨さんに掴まったって訳か・・・・。」
               劉の言葉を壬生が引き継いだ。
               「へっ。そう言う訳だからな。やるんなら、さっさとやろうぜ。先生と二人だけの
               時間を削られたくないだろ?」
               「そういうことなら!」
               「ふっ。望むところ。」
               「よっしゃぁ!」
               燃えに燃えた四人による、龍麻との甘いバレンタインをかけた麻雀大会の
               火蓋が、切って落とされた。
               だが、ここで大きな見落としがあることに、4人は全く気づかなかった。
               龍麻に関する事なら、異常なまでの強運を誇る京一と、京一しか眼に入って
               いない龍麻を相手に、果たして自分達の思惑通りに事が上手く運ぶのだろうか。
               その事に4人が気づいたのは、15分後に劉の携帯にかかってきた、京一からの
               電話だった。



                                                    FIN