「京一〜。京一〜。」 そろそろ最後の種目、男女混合リレーに出場する生徒の召集がかかろうと いう時刻になっても、京一は所定の場所に現れなかった。 よって、龍麻が心配して京一を捜しに校庭をキョロキョロ見て回ったのだが、 運の悪い事に、行く先々で仲間に掴まってしまい、予想以外に時間を 取られてしまった。 「じゃあ、優勝祝いを如月骨董品店でやらないか?」 という若旦那の提案に、その場にいた人間は盛り上がった。 「賛成です!いいよね、さやかちゃん。」 「霧島くんがいいのなら・・・・。」 本当は京一と霧島を合わせたくないさやかだったが、霧島のお願いには とことん弱いため、同意した。 「ワイ、アニキの為に、腕によりをかけて中華料理を作るで〜!!」 と劉が言えば、負けじと雷人がいつのまにか取り出したエレキギターを 片手に力説する。 「今日のこの感動と、龍麻サンの優勝を祝して、龍麻サンに捧げる歌を 作って場を盛り上げるぜ!!」 「龍麻・・・・。今度二人っきりで優勝祝いをしないか?」 壬生がさり気なく龍麻の両手を握りながら言うと、すかさず村雨がその手を 剥ぎ取り、変わりに龍麻を腕の中に抱きしめようとしたが、素早く如月が 手裏剣を投げつけ、村雨と龍麻の間に割り込む。 「ふっ。危なかったね。大丈夫かい?龍麻。」 ニッコリと微笑みながら、龍麻を抱きしめようとする如月に、今度は壬生と 村雨の二人に両脇から抱えられてしまった。 「おい、その手を離せ!!」 「・・・・僕に喧嘩を売ろうなんて、いい度胸だね。」 「へっ、俺の目の黒い内は、指1本先生に近づけさせねぇぜ。」 3人の睨み合いに、龍麻は引きつった笑みを浮かべながら、そそくさと その場を後にした。 「じゃ・・・俺、そろそろ時間だから・・・・。」 「アニキ〜頑張ってな〜!!ワイ、応援してるで〜。」 「龍麻サンファイト!!」 劉と雷人が手を振って激励する。 「緋勇先輩、京一先輩に頑張って下さいと伝えてください!」 「応援してます。龍麻さん。がんばって。」 あくまでも京一しか眼に入っていない霧島の横で、さやかは仕方ないわねっと ばかりに肩を竦ませながら、龍麻に軽く会釈する。 「頑張れよ、龍麻。」 「龍麻、今度二人っきりで・・・。」 「しつけーんだよ、壬生。先生、今度二人だけで・・・。」 「お前も人のこと言えないぞ。龍麻、後で店に必ず来てくれよ。出来れば一人 だけで。」 にこやかに手を振る紫暮の横で、壬生、村雨、如月はお互いを牽制しあっていた。 「じゃ・・・じゃまた後で・・・。」 龍麻は今度こそ、京一の姿を捜し求めて走り出した。 “全く・・・京一が悪いんだ。” 八当たりだと思いつつも、この場にいない恋人に、龍麻は悪態をつく。 “折角の体育祭で、ずっと一緒にいられると思ったのに・・・・。” 実際一緒にいられたのは、お昼の時と共通の競技の間だけ。その他は、京一は 競技に出ているか、応援団長として、グラウンドを駆け回っているか、どちらかで、 ちっとも一緒にいられない。 「京一の馬鹿・・・・・。」 龍麻がそう呟いた時、目の端に何かが動いた。どこにいても直ぐに目立つ茶色の髪。 その見覚えのありすぎる後ろ姿に、龍麻は嬉しくなって、慌てて後を追いかけた。 「こんなところに、一体何の用だろう・・・・。」 京一は、人気のない校舎裏へと歩いている。龍麻はその横に並んで歩いている 人物に気がつき、ますます不信を募らせた。 「美里・・・?」 嫌な予感に、龍麻は気配を消して二人の後を追う。二人は人目を忍んで、校舎裏へ とやってきていた。 「うふふふ。京一君のお陰で、3−Cの優勝は決定ね。」 美里の言葉に、京一も不敵な笑みを浮かべる。 「へっ、当然だぜ。この俺が本気になればこれくらいチョロイぜ。」 美里は手にしていた紙の束を捲りながら言った。 「予想していたとは言え、やっぱり京一君はすごいわね。約束通り全部の競技で 1位を取るなんて・・・・。もう、MVPは京一君のものだわ。」 「へっ、そういう約束だろ?それよりも、俺は約束を守ったんだ。そっちも約束を守れよ!!」 京一の言葉に、龍麻は自分の耳を疑った。 “約束って・・・・。京一・・・。” ふらふらとその場を龍麻は後にする。 “俺との約束を守るために、頑張ってたんじゃなかったのか・・・。” 龍麻の目から大粒の涙が、後から後から溢れ出す。 “俺の約束って、美里との約束のついでだったんだな・・・・。” だから、あれほど1位に固執したのか・・・・。 「どうした?龍麻。」 ふと気がつくと、入場門にきていたらしい。龍麻の顔を一目見るなり、醍醐が驚いて、 声をかけてきた。 「べ・・・別に・・・。ただ目にゴミが入って・・・・痛いんだ。」 本当は目じゃなくって、心が痛い。京一が自分よりも美里を優先していたことに、 龍麻はショックを隠しきれない。 「大丈夫か?」 そんな龍麻の落ち込みに気づいてくれたのか、醍醐がそっとハンカチを差し出してくれた。 「・・・・ありがとう。醍醐。」 ニッコリ微笑んで龍麻がハンカチで顔を拭っていると、背後で京一と美里の気配を感じ、 龍麻は振り返ることができなかった。 「うふふふ。いよいよ最終種目ね。」 「おうっ!今度も一位を狙うぜ!なっ、ひーちゃ・・・ひーちゃん?」 振り向かない龍麻に気づき、京一は肩に手をかけようとした瞬間、集合の合図がかかった。 「さぁ、行くか。」 醍醐の合図で、龍麻は無言で俯きながら列に並ぶ。京一の視線を痛いほど感じたが、 龍麻はとうとう顔を上げる事が出来なかった。 “なんで、この順番なんだろう・・・・。” 第一走者小蒔、第二走者醍醐、第3走者美里、第4走者龍麻、そして、アンカーが 京一の順番に、龍麻はため息をつく。 “よりにもよって、なんで俺が美里と京一の間に挟まれなくっちゃならないんだ よ・・・・。” ついさっきまで、京一にバトンを渡せる事が嬉しかったのだが、実際に美里と京一の 仲の良さを目撃してしまった後では、かなり精神的にきついものがあった。 “ちゃんと、走れるかなぁ、俺・・・。” はぁ、とため息をつく龍麻の沈んだ様子に、観客席の龍麻FANはどよめいていた。 「アニキ・・・一体どうしたんやろ。」 劉は心配そうに呟いたが、落ち込んだ表情のアニキもええなぁと写真をビシバシ 撮りまくる。 「龍麻サン、きっと緊張してるんだぜ。」 負けじと雷人も今日3本目の使い捨てカメラのシャッターをおしまくる。 「フッ、龍麻らしい。優勝は決まっていても、いつでも全力を出そうとする。」 「先生は、どうして、ああも謙虚なのかねぇ。ここはでかく構えていりゃあいいのに。 きっと、ここで転んだらどうしようかとでも、考えてんじゃねぇの?」 龍麻を見つめながらそう評する如月と村雨の前に立って、壬生がビデオカメラ片手に 応援する。 「大丈夫だよ。龍麻。この僕がついている。」 心の中では、龍麻の前を走る人物を転ばそうと密かに狙っているらしい。ふふふふと 不気味な笑みを浮かべている壬生の横で、霧島が撮影スタッフに指示を飛ばす。 「いいですかっ!!狙いはアンカーの京一先輩ですっ!!絶対にうまく撮って下さい!」 そんな霧島にあてつけとばかりに、さやかは紫暮と仲良く雑談をしていた。 「ええっ!さやかのCDを発売日に一番に並んで買って下さったんですか!! 感激です!」 「い・・いや・・。FANとして、それは当然の事だ。」 真っ赤になりながら、紫暮はニコニコと嬉しそうに話をしながら、時々さやかと ツーショットの写真を撮ってもらっていた。 「ひーちゃん!!」 京一の声に、ハッと龍麻は我に返る。何時の間にか自分の出番がきたらしい。 慌ててコースに入ると間髪を入れずに、美里が一番で走ってきた。 “ここで、わざとバトンを落としたら・・・・。” ふとそんな事が脳裏を掠める。 “でも・・・・。” 美里がバトンを前に差し出す。 “でも、そうしたら・・・・。” 美里からしっかりとバトンを受け取ると、龍麻は左手にバトンを持ち替え、 全速力で駆け出した。 “京一・・・・。” もう既に龍麻には京一しか目に入らない。京一が自分を待っている。一分でも 一秒でも早く京一の元へ急がなくては!!その想いだけで、龍麻は100Mを 駆けぬける。 「京一!!後はまかせたっ!!」 「まかせろ!龍麻!!」 バトンを渡す瞬間、交わす眼差しに、龍麻は安堵を覚えた。大丈夫、京一は 何も変わっていない。そのまま目は京一の姿だけを追う。アンカーだけが 200Mを走るため、龍麻はじっくりと京一の走る姿を見る事が出来て嬉しそうに 微笑んだ。 “やっぱ、京一ってカッコいいな・・・。” ラスト50M。走ってくる京一に、真先に駆けつけようとゴール近くで待ち受ける。 予想通り、ブッちぎりの一着でテープを切った京一だったが、その直後、ものの 見事に転んでしまった。 「京一!!」 慌てて龍麻は助け起そうと駆け寄る。 「痛てぇ。足を少し捻ったようだ。」 途端、青ざめる龍麻に、京一は済まなそうに頼んだ。 「ひーちゃん、悪いが、保健室まで一緒に行ってくれねェか?」 「当たり前だよ!大丈夫か?京一!!」 京一に肩を貸して、龍麻はゆっくりと保健室へと歩き出した。 「うふふふ。京一君ったら、なかなかやるわね。」 そんな二人の後ろ姿を菩薩様は、不気味な笑みを浮かべながら見つめていた。 「先生ーっ!!急患です!!」 保健室をガラッと開けたが、そこに保健医の姿はなかった。 「俺、ちょっと先生を連れてくるから、京一はここに座っていろ!!」 龍麻は京一をベットに腰掛けさせると、慌てて保健室から出て行こうとしたが、 その前に、京一の腕に阻まれてしまった。 「!!」 「その必要はねぇ。」 京一はそう言うと、スタスタと一人で歩いて、保健室のドアを閉めると、鍵をかけた。 「・・・嘘ついたのか?」 睨みつける龍麻に、京一は苦笑すると、その身体を抱きしめた。 「すまねェな。どうしても早く二人っきりになりたかったんだ。」 「俺は!本気で心配して!!」 京一は真剣な表情で龍麻を見つめた。 「なぁ、ひーちゃん、何を怒ってるんだ?」 「何って・・・。」 「男女混同リレーが始まる前から様子がおかしかった。」 京一の指摘に、龍麻は目を逸らす。 「泣きそうな顔で、俺に向かって走ってくるひーちゃんを、本当は抱きしめたかった。」 そう言いながら、きつく龍麻を抱きしめた。 「なぁ、何を怒ってるんだ?」 もう1度尋ねてくる京一に、龍麻はポツリと呟いた。 「・・・・約束・・・・。」 「約束?ちゃんとひーちゃんとも約束は果たしたぜ。出場する全部の競技に 1位を取っただろ?」 「違う!!」 龍麻は京一の腕から逃れると、悲しそうな瞳を向けた。 「京一と美里との約束・・・。」 「美里って・・・・あぁ。あれか。」 京一はニヤリと笑った。 「何?もしかして、妬いてた?」 「!!」 図星を指されて、龍麻は真っ赤になりながら横を向いた。 「確かに、俺は美里と約束をした。3−C組が優勝して俺がMVPを取ることが 出来たら、俺の好きなものを賞品にしてくれるってな。」 「好きなもの?」 首を傾げる龍麻に、京一は嬉しそうに抱き寄せた。 「ディズニーランドのパスポート、ペアで。」 「ディズニーランド?」 きょとんとする龍麻に、京一は苦笑する。 「前に言ってただろ?行ったことがないって。」 確かにそう言った記憶はあるけど・・・・。 「前々から一緒に行こうって約束してたのに、果たせなかったしな。」 京一は龍麻の手を取ると、真剣な表情で見つめた。 「本当は後で驚かせるつもりだったけどいいか・・・。なぁ、ひーちゃん。明後日の 日曜日、俺とディズニーランドでデートしてくれないか?」 「・・・京一・・・。」 今日の京一の頑張りは、美里との約束の為ではなくって、全て自分だけのため だったと聞いて、龍麻の心の中に巣くっていた不安が完全に消える。 「ありがとう!京一・・・。」 感極まって、龍麻は自分からのキスで京一の想いに答えようとする。 「へへっ。俺は約束を守ったし、後はひーちゃんが約束を守る番だぜ。」 ニコニコしながら言う京一に、龍麻の顔が真っ赤になる。 「今夜は、寝かせないぜ!ひーちゃん♪」 「・・・・でもさ、俺約束守れるかわかんないよ。」 龍麻の言葉に、京一が大声を上げる。 「何で!!」 「・・・だって、如月の店で皆が祝勝会を開いてくれるって・・・。」 「はぁ?んなの無視だっ!掴まらないうちに、さっさと帰ろうぜ!」 京一は龍麻の手を取りながら、保健室を出ようとしたその時、背後から声がした。 「フッ。この僕から逃げられると思っているのか?」 恐る恐る振り返ると、そこには如月が腰に手を当てて立っていた。 「アニキ〜!!」 「龍麻サン!!」 「京一先輩!」 その後から、劉、雷人、霧島が駆け寄ってくるのが見えた。 「やべぇ!!行くぞひーちゃん!」 「ちょ・・・京一!!」 慌てて京一は龍麻の手を引きながら走り出す。 「ふっ。逃がさん。」 その後を如月達が追いかける。 「と・・兎に角、学校さえ出ちまえば!!」 だが、この京一の考えはかなり甘かった。校舎から校門までの間には、トクダネ 写真を狙っているアン子を筆頭に、京一や龍麻と一緒に写真を撮ろうと、一般生徒が 待ち構えているし、校門から龍麻のマンションには、壬生や村雨と言った、一筋縄では いかない連中が潜んでいた。どさくさに紛れて柳生の刺客までいるから大変だ。さて、 京一は無事に龍麻と二人だけで優勝祝いが出来るのかっ!! ・・・・・その結果は、みなさんの心の中にあります。 FIN. |