夢

 

               「京一。」
               俺の声に振り返らず、京一は無言のまま、歩いていく。
               「京一!」
               少し強めの声にも、京一は無視したままだ。
               「ねぇ!京一ってば!!」
               再三の俺の言葉に、漸く京一は振り返ると、不信そうな瞳でたった一言。
               「お前、誰だ?」

               ・・・・・なんて、夢を見た。


               不安な気持ちのまま目覚めてしまった俺は、悪いと思いつつも、
               朝早くから、京一の携帯に掛けた。時計をチラリと見ると、6時30分。
               ・・・・絶対にまだ寝ているな・・・。
               仕方ない。掛け直すか。と、切ろうとした時、コール3回という脅威的な早さで、
               相手が出た。
               「もしもし?」
               開口一番の、不機嫌そうな京一の声に、俺は夢の中の京一を思い出して、
               咄嗟に言葉が出てこない。
               「・・・・。」
               無言のままの俺に、京一は苛立ったようだったが、次の瞬間、いきなり
               電話口で叫びだした。
               「ひ・・・ひーちゃんかっ!!」
               俺はびっくりしながらも、何とか声を出した。
               「ご・・ごめん・・・。こんな朝早く・・・・。」
               「いいって!それよりもひーちゃん、俺が誰か判るか?」
               「・・・・京一だろ?」
               俺の言葉に、京一は安堵したように、息をつく。
               「そう・・・そうだよ・・・な・・・。判るよな・・・。」 
               1人勝手に納得している京一に、俺は訳が判らない。
               「・・・何がどうしたって?」
               俺の問いに、電話の向こうの京一は、やけにさっぱりとした様子で、
               答えた。
               「いや。気にするな。」
               メチャメチャ気になるんですけど。京一さん。
               「・・・・言って。京一。」
               俺の再三のお願いに、京一は、別に大した話じゃないんだけど、
               と、前置きして、話し始めた。
               「・・・夢の話なんだよ。」
               「夢?」
               <夢>という単語に、俺はドキリとする。
               「夢の中でさぁ、ひーちゃん、俺を無視して、一人でどんどん歩いていくんだよ。」
               それって・・・俺の見た夢と、同じ?
               「俺が何度も何度も呼んでいるのに、ひーちゃん、無視してさ。で、むかついた俺は、
               ひーちゃんに追いつくとひーちゃんを問答無用で抱き締めたんだ。」
               ・・・・ちょっと、そこは違うけど、でも大筋は同じだ・・・。
               「で、その時、ひーちゃん、俺に向かって・・・・。」
               「『お前、誰?』」
               京一の言葉を奪って、夢で俺が京一に言われた言葉を言う。途端、
               京一は絶句した。
               「・・・な・・・なんで・・・。」
               「なんで、わかったんだ?って、言いたいんだろ?」
               俺は溜息をつきながら言った。
               「だって・・・。今見た<夢>で、京一にそう言われたんだ・・・。」
               その時の事を思い出し、俺の心はズシリと痛んだ。
               「だから・・・・俺・・・・。」
               その時になって、漸く自分は、涙を流していることに気が付いた。
               「・・・・泣くなよ・・・・。」
               ふわりと耳元で囁かれる言葉と一緒に、背後から優しく抱き締められた。
               「えっ・・・・。」
               慌てて振り返ると、何故か京一が俺を抱き締めていた。
               「きょ・・京一・・・?」
               本物だよ・・・ね・・・?
               「どうし・・・。」
               俺の言葉は、京一によって消されてしまった。
               「・・・・ひーちゃん・・・。」
               京一は、俺をきつく抱き締めながら、執拗に唇を求めてきた。先ほどの
               <夢>のショックから立ち直れない俺は、訝しげに思いつつも、喜んで
               京一の求めに応じた。
               「・・・・不安になったんだ。」
               漸く唇を離すと、京一はポツリと呟いた。
               「だから、ひーちゃんの寝顔でも見れれば、安心するかもって・・・。」
               「・・・・来たって訳か?」
               俺の言葉に、京一は大きく頷く。はぁあああああ。お前って奴は・・・。
               まぁ、俺も人の事言えないよなぁ。不安になって、早朝から、京一の
               携帯にかけたし・・・。
               「・・・怒ったのか?ひーちゃん?」
               不安そうな京一に、俺はにっこりと微笑むと、自分から京一の首に腕を回した。
               「・・・俺も逢いたかった。京一に・・・。」
               そっと京一の頬に、軽くキスをする。
               「俺も同じ夢見てた。京一に、『お前、誰だ?』って聞かれる夢・・・。」
               俺は、ギュッと京一を抱き締めた。そんな俺の背中を、京一はあやす様に、
               ポンポンと軽く叩いてくれる。
               「・・・・大丈夫だ。ひーちゃん・・・。」
               京一の心地好い声に安心して、俺はうっとりと瞳を閉じた。
               「・・・・京一・・。好き・・・・。」
               「あぁ・・・。俺も、ひーちゃんを愛している・・・。だから・・・。」
               京一は、俺の身体を抱き締めると、耳元で囁いた。
               「だから、一緒に住もう・・・。」
               その言葉に、俺は一気に覚醒すると、まじまじと京一の顔を見つめた。
               「・・・・京一?」
               困惑する俺に、京一は俺専用の特上の笑み付きで、さらに言った。
               「だいたい、あんな変な夢を見るのは、離れているからなんだぜ!」
               京一はゆっくりと俺の顔に自分の顔を近づけると、耳元で囁いた。
               「だから・・・な?ひーちゃん・・・・。」
               う・・今の声、モロに腰にきた・・・。普段、赤点ばかり取る頭は、
               こういう時にのみ、働くらしい。こうなると、俺が断れないのを知っていて、
               わざとこういう事をする。この、知能犯め!だが、素直じゃない俺は
               憎まれ口を叩く。
               「・・・変な夢を見て、寝不足なんだ・・・・。俺の安眠を約束してくれる
               なら・・・・一緒に住んでやってもいい・・・。」
               「へへッ。任せろ!ひーちゃん!!」
               そう言って、嬉々として、俺の服を脱がせにかかる。・・・ちょっと、待て。
               これのどこが安眠を約束するんだ?
               「・・・愛しているぜ!ひーちゃん♪」 
               ・・・・いいか。俺は溜息をつくと、京一の首に腕を回した。
               絶対に、責任を取れよ。京一♪俺は幸せな気分のまま、ゆっくりと瞳を閉じた。



                                                 FIN