ゆずれない想い

 

                 第1話

 

 

                   キョーコがその仕事の話を受けたのは、
                   1ヶ月前のことだった。
                   「・・・・・・・もう一度言ってくれませんか?」
                   キョーコから胸倉を捕まれた挙句、血走った眼で
                   見つめられて、タレント部主任、椹(さがら)武憲は、命の
                   危険を感じて、助けを求めようと、さっと視線を部下へと
                   向けるが、椹と眼が合った瞬間、全員が慌てて視線を
                   逸らす。
                   ”くーっ!!薄情者〜!!”
                   「もう一度!!」
                   涙目になりながら、部下を睨む椹に、キョーコの叱咤が
                   飛ぶ。
                   「は・・はい!!君と琴南君に映画の仕事が・・。」
                   「もう一度!!」
                   ギリリリと更に血走しった顔のキョーコに、更に胸倉を
                   捕まれて、椹は息も絶え絶えに繰り返す。
                   「映画の仕事・・・・・。」
                   「そこじゃない!!」
                   カッとキョーコの眼が見開かれる。
                   「その前!モー子さんと一緒の仕事って、本当ですかっ!!」
                   ガクガクと前後に揺すられながら、賢明に椹は、コクコクと
                   頷く。
                   「・・・モー子さんと、一緒の仕事・・・・・。」
                   茫然と呟きながら、キョーコは、手の力を緩める。
                   途端、椹の身体が重力に沿って、床に落ちる。
                   ゴンと凄い音を立てて、床に転がる椹など、眼に入らない
                   ほど、キョーコの目はキラキラと輝いて、天井に向かって
                   両手を広げ、喜びを表現する。
                   「仕事!モー子さんと一緒に仕事が出来るなんて!!」
                   ここ数ヶ月の間、お互いの仕事が忙しく、携帯のみで、
                   姿が見えない今の状況に、キョーコは、完全にモー子
                   欠乏症にかかっていた。その、モー子と一緒に仕事が
                   出来るとあって、キョーコは舞い上がっていた。
                   何処からともなく、キョーコに向かってスポットライトが
                   当たり、その後ろでは、ピュアキョ達が、キョーコに
                   向かって、花を降り注ぎながら、口々に良かったね!!と
                   はしゃいでいた。
                   「で、映画の内容なんだが・・・・・・。」
                   上機嫌なキョーコに、恐る恐る声をかける椹の言葉に、瞬間、
                   キョーコはピクリと反応する。
                   「さ〜が〜ら〜しゅ〜に〜ん〜。」
                   先程までの上機嫌が、まるで嘘かと思うくらい、オドロオドロしい
                   オーラを身に纏ったキョーコが振り返る。
                   ”ヒエエエエエエエエ!!”
                   半泣きになる椹に、キョーコは一歩近づく。
                   「私とモー子さんの役はどんなのですか?」
                   まさか、大事なモー子さんを苛める役だったら、絶対に
                   断る!!とキョーコは眼で訴える。途端、キョーコの身体から
                   怨キョ達が一斉に飛び出て、椹の身体に纏わり付いた。
                   ここまで人を喜ばせておいて、まさか敵役じゃないわよね!
                   もしもそんな役を回すんだったら、呪っちゃうから!クスクス。
                   ゆ〜る〜さ〜な〜い〜!!
                   怨キョ達の大合唱に、椹は、生命の危機を感じ、一歩下がる。
                   「君達の・・・役どころは・・・・親友だよ。」
                   何とかそれだけを言う椹に、キョーコはニッコリと微笑む。
                   途端、怨キョ達も引っ込み、代わりにピュアキョ達が花を手に、
                   キョーコを祝福する。
                   「詳しいお話をお伺いします!!」
                   満心の笑みを浮かべるキョーコに対して、椹は、疲れきった
                   顔で、力なく椅子に座り直した。





                   「・・・今回のキョーコ君の役どころは、ある旧家のご令嬢という
                   設定なんだ。」
                   場所を会議室に移して、椹は資料をキョーコに渡しながら、
                   簡単な説明をする。
                   「・・・・・・普恩寺登喜子。」
                   資料をじっと見つめるキョーコに、椹は大きく頷く。
                   「ああ。この登喜子という子は、世間知らずのお嬢様で、
                   ミュージシャン希望の男と恋に落ちるのだが、男は最初から
                   登喜子を利用する事だけを考えて、彼女に近づくんだ。」
                   椹の言葉に、キョーコは、ピクリと反応する。だが、それに
                   気づかず、椹は資料を見ながら、説明を続ける。
                   「成功した男は、登喜子を捨てるわけなんだが・・・・。」
                   ふと顔を上げた椹は、キョーコのオドロオドロシイ気配に、
                   ギョッとする。
                   「話を続けて下さい・・・・・。」
                   ギロリとキョーコに睨まれて、椹はコクコクと頷く。
                   ”チッ!よりもよって何でこんな役を!!”
                   キョーコは、ショータローとの因縁を思い出し、ギリリと
                   唇を噛み締める。
                   「そ・・それで、男に捨てられた登喜子は、それまで天使の
                   ような心を変貌させてしまう訳なのだが・・・・・。」
                   「つまり!男へ復讐する話なんですね!!」
                   キラリとキョーコの目が光る。そういう話なら、大歓迎だ。
                   ショータローの事を思えば、いくらでも演技、いや、本気が
                   出せる!!そう、不敵な笑みを浮かべるキョーコに、
                   椹は、違う違うと首を横に振る。
                   「いや、復讐どころじゃないよ。登喜子は、男に捨てられて、
                   自分の殻に閉じこもってしまうんだよ。何も見えないし、
                   何も聞こえない。何も感じないってね。」
                   途端、面白くなさそうな顔をするキョーコに、椹は苦笑する。
                   「そんなの、面白くないです。ここまでコケにされて
                   黙っていられるなんて、その主人公はおかしいです!!」
                   「まぁ・・・お嬢様だからね・・・。その登喜子を献身的に
                   支えるのが、親友の赤橋素子。琴南君の役だ。」
                   「モ・・モー子さんの!!」
                   途端、キョーコの顔がパッと明るくなる。後ろでは、ピュアキョ
                   達が、高らかにラッパを吹き鳴らしている。
                   「モー子さんの献身的な愛で、人間の心を取り戻す・・・・。」
                   「・・・まぁ、正確に言うと、素子の兄で精神科医の崇の力で
                   心を取り戻すんだが・・・・・聞いているかい?キョーコ君。」
                   だが、夢見る瞳でトリップするキョーコには、素子の部分の話しか
                   耳に入っておらず、続く椹の言葉は全く聞いていなかった。
                   「この崇の役は敦賀君なんだよ。君と敦賀君の純愛
                   ラブストーリーだから、頑張ってくれよ。」
                   トリップしているキョーコは、ポンと肩を叩かれ、ハッと我に
                   返ると、慌てて頭を下げた。
                   「はい!私、頑張ります!!」
                   ニコニコと笑うキョーコは、一ヵ月後に襲い掛かってくる
                   悪夢を知る由もなかった。
                   
                   

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スキップビートを知らない方への補足説明になっていない説明。
 ピュアキョ:キョーコのピュアな心を具現化したもの。
        天使の姿をしている。
 怨キョ:キョーコのダークな心を具現化したもの。
      怨霊の姿をしている。相手を金縛させたり、パンチ攻撃をしたりと、
      実に多彩な芸をみせる。この怨キョを出現させたブラックキョーコは
      上杉のお気に入り。