月の裏側シリーズ番外編

          遥か、君のもとへ・・・・ 

 

 

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            「・・・・ロイ?」
            生まれたばかりの我が子をあやしながら、エドは
            傍らで考えに耽っているロイに気づくと、首を傾げる。
            「・・・・・・・・。」
            「ロ〜イ?」
            テクテクと側に寄ると、心配そうに顔を覗き込む。
            「・・・・・・エディ!!」
            ハッと我に返ったロイは、慌ててエドを抱きしめる。
            「もう!どうしたんだよ!疲れているなら、早く休めよ。」
            もう!と唇を尖らせるエドに、ロイは苦笑する。
            「いや・・・・そうじゃないんだ。そうじゃ・・・・。」
            ギュッとエドの身体を抱きしめながら、ロイはため息をつく。
            「ロイ?それのど〜こ〜が、疲れてないって!?」
            ギンと自分を上目遣いで睨み付ける最愛の妻に、ロイは
            苦笑する。
            「・・・・・すまないね。流石にちょっと疲れたようだ。」
            ロイは、疲れた笑みを浮かべながら、椅子から立ち上がる。
            「もう、休むよ・・・・。」
            そう言って、部屋を後にするロイに、エドの眉間の皺が深くなる。
            「最近のロイ・・・・おかしい。」
            ここ数週間、ロイの態度が明らかにおかしい。
            話しかけても上の空だし、抱きしめてくれる回数も
            減っていた。仕事が忙しいだけなのか、それとも、
            自分には言えない事なのだろうかと、シュンとなっていると、
            腕の中のカイルがむずかり始める。
            「ふええええええ。」
            「あっ!カイル!」
            よしよしとあやしながら、エドは不安そうな顔で、ロイが出て行った
            扉をじっと見つめる。
            ここ数週間、ロイとまともに話した事がない事実に、エドの心は
            ギュッと痛んだ。










             「え?視察?これから?」
             次の日、幾分顔色の良くなったロイは、朝食の席で、エドに
             すまなそうに頭を下げる。
             「ああ、急で悪いのだが・・・・。3日くらいで戻るようにする。」
             シュンと項垂れるロイに、エドはクスリと笑う。
             「何馬鹿なこと言ってんだ。仕事だろ?ちゃんとしてこい!」
             「あ・・・ああ。本当にすまない。」
             明らかにほっとしたロイの表情に、エドはおや?と眉を顰める。
             いつもなら、視察なんか嫌だと駄々を捏ねるのに、今回は
             違うようだ。
             「なぁ、視察って、どこに行くんだ?」
             カイルに授乳しながら、エドはさり気なく聞いてみる。
             どこか楽しげなロイの様子に、エドは違和感を覚えたのである。
             「ウィクルドだよ。」
             「ふ〜ん。あっ、カイル、もういいのか?」
             エドは素早く衣服を整えると、ポンポンとカイルの背中を叩く。
             本来王族の者は、いくら我が子と言えども、授乳をしたりはしない。
             ちゃんと乳母がいるのだが、以前新婚旅行で出逢った、とある夫婦の
             子育ての様子を見て感動したエドが、子どもは自分の乳で育てたいと
             ロイに懇願したのだった。
             「寂しい想いをさせてすまない。」
             ロイはエドから子どもを受け取りながら、謝罪を口にする。
             すまなそうなロイの様子に、エドは勘ぐりすぎかと考えを改める。
             「何心配してるんだ。お仕事頑張れよ。カイルと帰りを待っているから。」
             だから、無理しなくてもいいけど、ちゃんと仕事をしなければ駄目だけど、
             と言いながら、最後は、早く帰ってきてね?と真っ赤な顔で呟くエドに、
             ロイは感極まったように、きつく抱きしめるのだった。













              数時間後、慌しく視察に向かったロイを見送ったエドは、
              気晴らしに中庭を散策していた。
              今は丁度カイルも昼寝の時間なので、少しくらい
              のんびりしても良いかと、考えたのだ。
              中庭を散策しながら、エドは、ふと女官たちの声が聞こえ、
              何の気なしにそちらの方へと足を向けた。
              「では、陛下は出かけられたの?【あの方】のところへ?」
              幾分険を含んだ女官の声に、エドは眉を顰める。
              「ええ・・・いくら事情がおありでも・・・・あれでは王妃様が・・・。」
              そっとため息を洩らすのは、自分付きの女官だ。
              その女官の隣では、エドと仲が良い料理場のおばちゃんまで
              いて、エドは面食らう。一体、何の集まりかと、そっと息を顰めて
              様子を伺う。
              「ったく!陛下ももう少し考えてくださらないと!毎年のこととは言え、
              今年はお子様も生まれた大切な年だと言うのに!!」
              今年は取りやめるものだと思っていたと憤慨するおばちゃんの
              言葉に、その場にいた女官たちはウンウンと大きく頷く。
              「とにかく、私達【エドワード王妃様親衛隊】の名にかけて、
              これ以上、陛下と【あの方】の事を黙って見ているわけには
              参りません!」
              陛下が帰ったら、直談判よ!!と拳を振り上げて雄叫びを上げる
              女官たちの側では、顔面蒼白になりながら、ガタガタと震えている
              エドの姿があった。








              「ど・・・いうこと・・・・?」
              女官たちの話を立ち聞きした後からエドの記憶はない。
              気がつくと、城の一番奥まった図書室で、震える手で
              領地年鑑を捲っていた。
              「確か・・・・ウィクルド・・・・・。」
              震える手を叱咤しながら、エドはゆっくりとページを
              捲っていく。
              「ロイに限って・・・そんな・・・・。」
              女官たちの言葉に、ロイが浮気をしているのではと
              嫌な考えが浮かぶが、エドはフルフルと頭を振って
              追い払う。
              「お仕事が・・・忙しいだけなんだよ・・・な・・・?」
              エドは流れる涙をグイッと袖で拭いながら、目当ての
              資料に目を通していく。
              「元は、直轄地・・・・・。ロイが即位した直後、現在の
              領主に与えてる・・・・。現在の領主の名前・・・・・
              女の人・・・?」
              エドは次いで貴族名鑑を捲っていく。
              「ロイが即位した直後に、公爵の称号を与えられてる・・・・
              それ以前の経歴・・・不明!?」
              エドは力なく、その場に座り込む。
              「どういうこと・・・?」
              貴族に名を連ねている者であれば、祖から現在までの
              系譜は事細かに記されているのが普通である。それなのに、
              公爵ともあろう人間の以前の経歴が不明ということは、
              ありえない。
              そして、一番気になる一文。
              「娘・・・・。」
              今年6歳になる娘の存在が、エドを更なる不安に陥れていた。