「最近、マスタング准将って、冷たいって思わない〜?」
いつものごとく、ロイへ昼食を、持って来たエドは、
どこからか聞こえるロイの名前に、ピタリと歩みを止めた。
「そうだよね〜。デートだってしてくれないし。」
そっと薄く開かれた扉から中を覗くと、給湯室なのだろう。
顔見知りの受付の女性数人が、お湯が沸くまでの間、同僚と
世間話をして盛り上がっていた。
「そういえばさ、知ってる?」
そのうちの1人が口に指を当ててニヤリと笑う。
「マスタング准将に、本命が出来たって噂。」
ドキン!!とエドの胸が鷲掴みになる。
「「「「ええ!!知らない!!誰!?」」」」
途端に騒ぎ出すみんなに、爆弾宣言をかました女性が、悪戯っぽい
笑みを浮かべる。
「みんなも良く知っている、フォード大将のお孫さんですって。名前は確か・・・
そう!エリーゼ・サラ・フォード様!!」
「えっ!!あの名門の!?」
驚く周りに、女性はさらに得意げに話を続けた。
「ええ。だって、私見たんですもの。2人が昨日デートしているところを。」
その言葉に、エドはショックを隠しきれずに、フラフラとその場を後に
した。
「どうしたの?エドワード君?」
中庭をトボトボ歩いていると、丁度ブラックハヤテ号のエサを与えていた
ホークアイがエドに気がつき、ニコニコと声をかける。
「あ・・・こんにちわ・・・・。」
ペコリと頭を下げるエドに、ホークアイは眉を顰める。
「どうしたの?具合でも悪いの?」
「え・・・?ううん。何でもない・・・・・。」
無理に笑おうとするエドに、ホークアイは慌てて駆け寄ると、
そっとエドの身体を抱き締めた。
「エドワード君、私の前では隠さなくてもいいのよ?」
「ホークアイ大尉・・・・。あの・・・・。准将は・・・・・?」
エドの言葉に、ホークアイは腕時計で時間を確認する。
「もうそろそろ視察からお戻りになるはずだけど?」
「・・・そっか・・・・。ごめん。俺、これから用があるから、これ、みんなで
食べて・・・・・・。」
ホークアイに、半ば押し付けるように、エドはバスケットを渡すと、
そのままクルリと踵を返した。
「ちょ!!エドワード君!?」
慌てるホークアイをその場に残し、エドは走って角を曲がろうとした所、
丁度向こうから歩いてきた人物にぶつかり、エドは尻餅をついた。
「ごめんなさい!!」
慌てて謝るエドに、ぶつかられた人物は、クスリと笑いながら、エドに
手を差し伸べる。
「私は大丈夫よ。それよりも、あなたはどう?どこか痛くない?」
ほっそりとした手を差し伸べられて、エドは困惑したような顔で
見上げた。サラリと長い金の髪が静かに揺れる。まるで青空を模したような、
美しい青い瞳をした美人を前に、エドは真っ赤になって俯いた。
例え男装していても、エドも女の子。自分の泥まみれの身体に気づき、
恥ずかしくなって俯いていると、向こうから、切羽詰ったロイの声が
聞こえてきた。
「鋼の!!」
ロイは怒りを露にした顔でチラリとエドを見ると、次に心配そうに女性を
見つめた。
「お怪我はありませんか?ミス・エリーゼ。」
先程、給湯室で聞いた名前に、エドはピクリと身体を反応させた。
「ええ。マスタング准将。私は大丈夫ですわ。それよりも・・・・。」
心配そうに自分を見るエリーゼに釣られるように、どこか不機嫌な顔をした
ロイが、エドに手を差し伸べる。
「全く・・・何時まで座っている気だ。」
ロイはエドの腕を取ると、有無を言わせずに立ち上がらせる。
「ごめん。准将。それから・・・・エリーゼさん・・・?ごめんなさい。」
頭を下げるエドに、エリーゼは優しく微笑む。
「私は大丈夫よ。それよりも、もしかして、あなた・・・・・。」
「エドワード君!!」
慌てて駆けつけたホークアイは、その場にロイとエリーゼの姿を見つけ、
慌てて敬礼をする。
「失礼しました!マスタング准将。エリーゼ様。」
「こんにちわ。ホークアイ大尉。」
にっこりと微笑むエリーゼに、ロイは声をかける。
「では、そろそろ参りましょうか。ホークアイ大尉、後は任せる。」
先程から自分を見ないエドに、ロイは半ばイライラしながら、表面上は
エリーゼに微笑みかけながらその場を後にする。
「エドワード君・・・?」
俯いているエドは、ホークアイに弱々しく微笑むと、ゆっくりと門へ向かって
歩き出そうとした。
ズキリと右足首に痛みが走ったが、エドは何事もなかった様に歩き出す。
「待って!!エドワード君!!」
ホークアイは、慌ててエドワードを引き止めようとしたが、エドはクルリと
ホークアイに振り向くと、いつものようにニヤリと笑う。
「ごめん!これからタイムサービスの時間なんだ。早く行かないと・・・・・。
そんな訳だから、ごめん!!」
そう言って、今度こそ振り向かずに歩いていく後姿を見ながら、ホークアイは
追いかけようとしたが、エドの背中が全てを拒絶しているようで、その場に、
茫然と佇んだ。
「ったく!!あの無能!!」
しょんぼりとしたエドの後姿を見送ったホークアイは、次の瞬間、愛用の銃を
片手にロイの執務室へと踵を返した。
「ご無理を言って、申し訳ありません。ミス・エリーゼ。」
ロイ個人の執務室では、ほっそりとした指で優雅に紅茶を
飲んでいるエリーゼに、ロイは頭を下げる。そんなロイに、
エリーゼはクスクス笑うと、傍らにあった数冊の本をロイに
渡す。
「うふふ。マスタング准将の慌てた顔が見れて、とても役得
でしたわ。それにしても、彼女、大丈夫かしら。派手に転んで
しまったから・・・・・。」
その言葉に、ロイは途端にバツの悪そうな顔をする。
エドと鉢合わせする前に、どんなにエドが素晴らしい女性であるか
力説していただけに、まるで子どものような仕草をしたエドの
姿に、目の前の女性はどう感じたかと、ロイは内心頭を抱えていた。
「ミス・エリーゼ、彼女は、ああ見えても・・・・・。」
「ええ。分かっていますわ。あなたが一目惚れした相手ですもの。
とても素晴らしい方だと一目見ただけで分かりますわ。」
にっこりと微笑むと、エリーゼはゆっくりと立ち上がった。
「では、私はそろそろ失礼しますわ。」
「では、そこまでお見送りを。」
慌てて立ち上がるロイに、エリーゼはにっこりと笑うと、ロイの
執務机に山のように溜まっている書類を指差す。
「私はここで結構ですわ。それよりも、あの書類の山を片付けないと、
愛しいエドワードさんの元へは、帰れませんわよ?それでも、
宜しいのかしら?」
「しかし・・・・。」
そこへ、ノックの音がしてホークアイが入って来た。
「失礼します。マスタング准将。」
ホークアイは僅かに不機嫌な顔で入ってきたのだが、部屋の中に
エリーゼの姿を見つけ、表情を改めた。
「丁度いい所へ。ホークアイ大尉。」
エリーゼはニコニコと微笑むと、ホークアイの方を向いた。
「申し訳ありませんが、玄関まで送って下さる?」
「それは・・・構いませんが・・・・・。」
困惑気味に頷くホークアイに、エリーゼは満足そうに頷くと、
ロイに向かってニッコリと笑う。
「これで、仕事に専念できますわね。さぁ。行きましょうか。大尉。」
ホークアイを急かして扉を出て行こうとするエリーゼは、ふと気づいた
かのように、首だけを振り返らせる。
「もしかしたら、彼女、私達の事を誤解しているかも。帰ったら、
ちゃんとフォローなさって下さいね。もしも喧嘩して私が差し上げた本が
無駄になったとしたら・・・・・・・・お分かりですわね?」
ニッコリと微笑みながら、物騒な事を言うエリーゼに、恐怖を感じたロイは、
半ば引きつりながら、ガクガクと首を縦に振り続けた。
「・・・・・・これでよし!後は・・・・。うん!出来た!!」
エドは鍋に蓋をすると、手早く火を消した。
それから、ゆっくりとキッチンを見回しながら指先確認をする。
「えっと、火の始末はOK!戸締りもしたし。後は・・・・。」
エドは悲しそうな顔でテーブルの上に置いたスペアキーをチラリと
見ながら、エプロンを無造作に畳むと、キッチンの隅に置いてある
自分のトランクに入れた。
「・・・・書置きくらいしないとな・・・。」
そう言って、エドはトランクの中から万年筆と、レポート用紙を取り出すと、
テーブルに座って書き出す。
「えっと・・・・。マスタング准将へっと・・・・。」
さらさらと文面を書き終わると、もう一度確認の為、読み返そうと
万年筆を置いたところで、横から出てきた腕に手紙を取られ、エドは
驚いて顔を上げると、怒りを露にしたロイが、手紙に目を走らせていた。
「准将!!」
気配すら感じなかったロイに、エドは驚きの声を上げるが、ロイは
チラリとエドを横目で睨むと、クシャリと手紙を丸めて、灰皿へ投げる。
そして、ポケットから発火布の手袋を出して装着すると、パチンと
指を鳴らす。赤々と燃え上がる手紙に、エドは怒って席を立つ。
「ちょ!!何すんだよ!!」
「それはこちらの台詞だっ!!何故私に黙って出て行こうとした!!」
怒り心頭のロイに、エドはばつが悪そうな顔で横を向く。
「悪かったよ。まだ帰らないと思ったから・・・・・。」
「エディ!私が言っているのは、何故出て行こうとしたかなのだが?」
自分を睨みつけるロイの視線を、肌で感じながら、エドは早口で言った。
「それは・・その・・・あれだ。リゼンブールの家にも時々帰らないと、
家が荒れるし・・・・・。」
「・・・ロックベル氏に頼んでおこう。それでいいな?」
その言葉に、エドはムッとする。
「良くない!!」
「何故!!」
両者睨みあう中、最初に折れたのは、意外にもエドだった。
「ごめん。ウィンリィに家の鍵を預けてないし・・・それに・・・・。」
「鍵を郵送すればいいことだろ?お願いだから出て行かないでくれないか?」
悲しそうなロイに、エドはわざと明るく言う。
「そんなに心配しなくっても、研究はちゃんとするって。出来たら郵送するからさ。」
「エディ。何が気に入らないんだ?」
ロイは溜息をつくと、頑ななまでのエドに、辛抱強く尋ねる。
「・・・・別に気に入らないって訳では・・・・。ただ・・・・・。」
「ただ、なんだい?」
優しく微笑むロイの顔を正視出来ずに、エドは俯きながらポツリと呟く。
「俺がここにいると、准将、デートも出来ないだろ?」
その言葉に、ロイはショックを受ける。だが、そんな事に気づかないエドは、
ニッコリと微笑みながら顔を上げる。
「じゃ、そんな訳だから!俺行くぜ!」
クルリと背を向けるエドに、ロイは反射的に抱き締めた。
「待ちたまえ!誤解だ!!」
「なっ!!離せよ!!」
ジタバタと暴れるエドに、ロイはさらにきつく抱き締める。
「離せば、君が逃げる・・・・。」
「准将・・・?」
悲痛なまでのロイの声に、思わずエドの抵抗が止まる。
「・・・・私の話を聞いてくれないか?」
暫くエドの身体を抱き締めた腕を緩めて、ロイはエドを
椅子に座らせると、自分も椅子をエドの前まで持ってきて座ると、
じっと顔を見つめる。
「君が何も気にする事はないんだ。デートをする予定は、今のところ
ないからね。」
「え?だって・・・・エリーゼさんは?准将の本命だろ?」
デートしないと、逃げられちゃうよ?と上目遣いで見るエドに、ロイは
頭を抱えたくなった。どうしてこの想い人はこんなに鈍感なのだろうか。
「彼女と私は何の関係もないよ。第一、彼女は来月式を挙げるんだ。」
「・・・・・振られちゃったのか?」
心配そうな目で自分を見つめるエドに、ロイは本気で脱力した。
「そうではない!彼女には、ある頼みごとをしていたんだよ。」
ロイは溜息をつくと、いつの間に置いたのか、テーブルの上に
ある数冊の本をエドに差し出した。
「何?これ。」
「彼女は、著名な料理研究家でね。・・・・・君がレシピで悩んでいるみたい
だったから・・・・・頼んだのだよ。何か良いレシピがないかと・・・・。」
「え?俺の・・・ため・・・?」
エドが顔を上げると、ロイは頬を紅く染めて横を向いていた。
「君1人に研究を任せきりにして、済まなかったと・・・・思っている。
これくらいしか・・・・私には出来ないが・・・・。」
どうやら、以前エドがロイの事を火を点ける事しか出来ないと言った
事をまだ気にしているらしい。
「ありがとう・・・・・。准将・・・・・。」
エドは花が綻ぶように笑うと、勢い良く立ち上がった。
「俺、頑張る・・・・・痛ッ!!」
「エディ?」
いきなり右の足首を押さえて床に蹲るエドに、ロイは慌ててエドを
抱き上げた。
「大丈夫か!?」
「うん・・・。ちょっと・・・。」
へへへ・・・と笑って誤魔化そうとしたエドだったが、ロイは鋭い視線を向け
ると、無言のままリビングへと向かった。
「大丈夫だって!」
必死に降りようとするエドを許さず、ロイはそっと長ソファーの上にエドを
下ろすと、右の靴をゆっくりと脱がせる。
「これは・・・・・。」
腫れ上がっている足首を目にして、ロイは眉を顰める。
「・・・・・ア・・・それは・・・その・・・・・。」
だらだらと汗を流すエドに、ロイは無言で立ち上がると、戸棚の中から
救急箱を手に戻ってくる。
「あの時か・・・・・。」
手早く手当てをしながら、ロイは深い後悔に襲われた。何故もっと早く
気づいてやれなかったのかと、ロイは唇を噛み締める。
「大丈夫だって!軽い捻挫だし・・・・。」
「捻挫を甘くみるな!!」
ピシャリと言うロイに、エドはしゅんとなった。
「ごめん・・・・。俺、迷惑かけて・・・・・。」
「エディ・・・・・。少しは私に心を開いてくれないのか?」
溜息をつくロイに、エドはキョトンと首を横に傾げる。
「准将・・・?」
「まだ二週間だが、そろそろお互いに、もっと本音を言い合ってもいい
頃ではないか?」
「本音って・・・?」
ロイの言葉の意味が分からず、エドは困惑する。
「少なくとも、怪我をしたら隠して欲しくないな。」
「そ・・・それは・・・・。」
別に隠していた訳ではないのだが、結果的に隠していた事になって、
何も言えずに、エドは黙って俯く。
「それと。」
まだ何かあるのかと、エドが顔を上げると、真剣な表情のロイと目が合った。
「家にいるときくらい、名前で呼んで欲しい・・・・・。」
「名前って・・・・・。」
困惑するエドに、ロイは苦笑する。
「家に帰ってまで准将と呼ばれると、寛げないのだが・・・・。」
「う・・・・ごめん。准将・・・・。あっ・・・・。」
准将と言ってしまって、慌てて口を塞ぐエドに、ロイは苦笑する。
「今すぐでなくていい・・・・。」
「ごめん・・・・その・・・ろ・・・ろ・・・ロイ・・・・・。」
真っ赤になって俯くエドに、ロイは幸せそうに微笑んだ。
「さて、すっかりお腹が空いたね。」
ロイは嬉々としてエドを抱き上げると、再びキッチンへと戻る。
「下ろせよ!!ロイ!!」
喚くエドに、ロイは嬉しそうな顔でニヤける。
「怪我人は大人しく言う事を聞いていたまえ。」
「大丈夫だって言ってるだろ!!」
ギャンギャン喚くエドに、ロイは「ああそうだ忘れていた」と、立ち止まると、
にっこりと微笑んだ。
「ただいま。エディ。」
「お・・・・お帰りなさい。ロイ・・・・・。」
一瞬、ロイに釣られて、茫然と呟いたエドだったが、次の瞬間
ハッと我に返ると、真っ赤な顔で俯いた。
「さぁ、食事にしよう。」
ロイは腕の中に真っ赤な顔で納まっているエドに、上機嫌な顔で
微笑んだ。
*******************************
二週間後に、漸く名前を読んでもらえたロイ。
でも、まだこの2人両想いになってないのに、
何故新婚バカップルなのでしょうか・・・・・。
今回、リザさんの活躍がなかったのが、残念です。
感想などを送ってくださると、嬉しいです!!