捻挫をしたエドを1人で置いておくのは心配と、半ば
強引にロイはエドを職場へと連れて行こうとした。
「大丈夫だって!別に歩けない訳ではないし!!」
エドの猛反対に、ロイも負けじと声を荒げる。
「何を言っている!そんなに足を腫らせておいて!!」
「だから!大人しく家で留守番するって言っているだろ!!」
プイと横を向くエドに、ロイは意地の悪い笑みを浮かべる。
「君が大人しかった時が、今までにあったかね。」
「・・・・馬鹿にすんなよ。准将!オレだって大人しく・・・・。」
エドの言葉を、ロイはこれ見よがしに大きな溜息をついて
遮る。
「ただの軽い捻挫だったのに、ここまで酷くしたのは、
一体どうしてなのかね?鋼の。」
「うっ・・・。オレだって、別に好きで酷くした訳では・・・。
第一、あのヤローがいけないんだっ!!」
オレは悪くない!とますます膨れるエドに、ロイは心配そうに
呟く。
「エディ。私は心配なんだよ。スリを捕まえる為とはいえ、
君には怪我人としての自覚はないのかね?」
「大丈夫だと・・・思った・・・んだ・・け・・・ど・・・・。」
しゅんとなるエドに、ロイは大きな溜息をつく。
「とにかく、怪我が治るまで常に私と行動してもらうよ。」
「えーっ!!」
途端、不服そうに睨むエドに、ロイはにっこりと微笑む。
「文句は言わせん!恨むなら、自分の喧嘩っ早い性格を
恨みたまえ。」
「くそーっ!!覚えてろよ!!」
悔しがるエドに、ロイは満足そうに微笑むと、エドを抱き上げ、
出勤したのだった。そんな事情があって、ロイの執務室では、
先程からホークアイがソファーに座っているエドに、甲斐甲斐しく
世話を焼いていた。
「本当に、大丈夫なの?」
心配そうなホークアイに、エドはにっこりと微笑む。
「大丈夫!ロ・・・・じゃない、准将が1人で大げさなだけだって!」
「だが、実際には、君は昨夜、熱を出したではないか。」
書類に目を通していたロイは顔を上げると、心配そうな顔で
エドを見るが、さりげなくホークアイがエドをロイの視線から
隠すように立った為、ロイの顔が超不機嫌へと変化する。
決まり悪げなエドの手を握ると、ホークアイはロイに当て付ける様に
言った。
「私、午後から半休なの。良かったら、一緒に帰らない?帰りに
一緒に買い物をしましょう。」
「でも、折角の休みなんだろ?悪いよ。1人で大丈夫。」
済まなそうなエドに、ホークアイはブンブンと首を横に振る。
「そんな怪我をしているのに、1人で買い物になんか行かせられません!!
それに、私も買いたいものがあるから、是非エドワード君のアドバイスが
欲しいのよ。荷物持ちには、ハボック少尉が是非にと言っていたから、
心配しないでね。」
にっこりと微笑むホークアイに、エドはチラリとハボックを見る。
「・・・・・気にすんな。大将。いつもお昼を作ってくれる礼だよ。」
エドからは見えないが、ロイとホークアイの両方から睨まれて、ハボックは
背中に冷や汗を流しながら、エドに引きつった笑みを向ける。
途端、凄まじい嫉妬の瞳でロイからは睨まれ、口裏を合わせたホークアイから
は、満足そうな笑みを向けられ、ハボックは内心溜息をつく。
(すんません!准将。オレ、命惜しいッス。)
そっと心の中でロイに詫びるハボックだった。円滑に軍の中で生活して
いく為には、例え大総統の命令に逆らっても、ホークアイの命令には
絶対服従という、暗黙の掟が存在していたというのもあるが、
やはり、捻挫をしている少女を1人で買い物へ行かせるのは、男としても
見過ごせない事だと思うハボックだった。
「では、あと少し待っててね。」
勝利の喜びに震えるホークアイに、エドは済まなそうな顔で謝る。
「ごめんなさい。実は、今日これから大総統に呼ばれているんだ・・・。」
「「「大総統!!」」」
途端、その場にいる全員の視線を一斉に浴びて、エドは吃驚する。
「何故、大総統が君を呼ぶんだね?」
いち早くショックから立ち上がったロイは、椅子から立ち上がると、
ホークアイを押しのけるように、エドの手を握る。
「それは・・・さっき資料室で大総統に会って、お茶に誘われたんだ。」
テヘッと笑うエドに、ホークアイは愛用の銃を素早く確認すると、
大総統の元へ殴り込みをかけようと、踵を返したところ、タイミングを
謀ったかのようなタイミングで、大総統が現われた。
「「「大総統閣下!!」」」
慌てて敬礼するロイ達に、大総統はニッコリと片手を上げると、
ソファーに座っているエドに微笑みかける。
「怪我は大丈夫かね?エドワード君。」
「はい!お陰さまで。」
にっこり微笑むエドに、ロイは内心嫉妬の視線を大総統に向ける。
(私でさえ、最近になって、漸く笑顔を向けてくれるようになったのに、
なんでこのオヤジには、あっさりと笑顔を向けるんだ・・・・。)
はっきり言って、日頃の行いの差なのだが、嫉妬に狂った男には
そんな事は関係ない。ロイはさりげなくエドと大総統の間に
入ると、敬礼しながら、大総統に話しかける。
「実は、折角のお誘いなのですが、エドワード・エルリックは、先程急に
足が痛み出しまして、お茶をご一緒することが出来ないようです。」
「なっ!!」
何勝手に断っているんだよ!!と叫びそうになるエドの口を、あろう事か、
ホークアイが手で押さえ込む。どうやら、共通の敵を前に、ロイとホークアイは
一時休戦をしたようだ。だが、腐っても大総統。軍で一番の狸オヤジに
それは通用しない。大総統は心配そうな顔をエドに向けると、そっとその手を
握る。
「おお。それはいけないね。大事にしたまえよ。エドワード君。そうだ。
私の執務室に捻挫に良く効く薬があるのだよ。塗ってあげるから、
一緒に来たまえ。・・・そこの・・ハボック少尉だったかね?」
「は・・はい!!」
まさか自分が声を掛けられるとは思っていなかったハボックは、慌てて
背筋を伸ばす。
「エドワード君を抱えて、一緒に付いて来たまえ。」
「ゲッ!!」
なんて事を言うんだ!このオヤジ!!オレに死ねって言うのか!?
ハボックは恐る恐るロイとホークアイに視線を向ける。案の定、
2人の視線が痛い。
(だから、オレのせいじゃないですよ〜。)
ハボックの心の声が聞こえたのか、次に大総統は、ホークアイに、
微笑む掛ける。
「それから、ホークアイ大尉。もし良かったら君も一緒にどうかね?
エドワード君も知り合いがいた方が、リラックスするだろう。」
その言葉に、ホークアイはにっこりと微笑む。どうやら、ホークアイは
ロイを見限って、さっさと大総統に寝返ったようだ。
「それでは、お言葉に甘えて、ご一緒させて頂きます。」
ホークアイの言葉に満足そうに頷くと、大総統はロイににっこりと
笑いかける。
「では、マスタング准将。邪魔をしたね。では行こうか。三人とも。」
「「イエッサー」」
嬉々として三人を従えて執務室を出て行く大総統に、ロイはギリリと
唇を噛み締める。
「おのれ・・・・・・。」
ロイは、一刻も早くエドを取り戻すべく、書類の山に手を伸ばした。
「それで・・・大総統。さっきの話だけど・・・・。」
大総統、エド、ホークアイ、ハボックの4人で、お茶を飲んで、
暫くたった頃、エドは思いつめたような顔で大総統に
話しかける。
「さっきの話?」
その言葉に、ホークアイは首を傾げる。
「う・・・ん・・・。実は・・・・・・。」
エドはティーカップに目を落としながら、ポツリと呟いた。
「午前中、准将、会議だったから、オレ、ハボック少尉に頼んで、
資料室まで連れて行って貰っただろ?」
「ああ・・・。」
ハボックは頷いた。
「そこで・・・オレ・・・・・。将軍達が話しているのを聞いちゃったんだ・・・・。
今回の査定の事・・・・・。」
エドはキッと顔を上げると、大総統をじっと見つめる。
「准将が、俺の資格の剥奪を撤回させるために、上層部全員に
頭を下げて回ったって・・・・本当なの・・・・?」
ポロポロと涙を流すエドに、そんな話は初耳だったホークアイと
ハボックが顔を見合す。
「・・・・・・本当だとしたら、どうするつもりだね?」
大総統の静かな声に、エドは唇を噛み締めるように言う。
「もしも、本当だとしたら・・・・・。」
エドの脳裏に将軍達の嘲りの声が蘇る。エドの為に頭を下げた
ロイの姿が、よほど溜飲を下げたのか、声高々にロイを貶めている
言葉に、エドはショックでその場に倒れそうになった。実際、
いつの間にか後ろにいた大総統に支えてもらわなければ、
エドは確実に意識を失っていただろう。ロイを守りたいと思っている
自分がロイを窮地に追い込んでいる事実に、エドは悔しくて
唇を噛み締める。やはり自分はロイの元にいないほうがいいのでは
と、エドが口を開きかけた時、大総統は紅茶をゆっくりと飲み干した。
「・・・・・マスタング准将は、私にこう言ったのだよ。鋼の錬金術師には、
自分で自分の道を決めて欲しいと。もしかしたら、国家錬金術師を
辞めるつもりなのかもしれない。だがそれは剥奪という形ではなく、
自分の意思で辞めて欲しいと。」
その言葉に、エドはハッと顔を上げると、慈愛に満ちた大総統の
微笑むがあった。
「それから、こうも言っていたな。もしも自分の意思で軍に残ると
言うのならば、必ずや軍と民衆の架け橋になる国家錬金術師に
なると。それはこの国を平和に導く礎となると・・・・・。だから、
チャンスを与えて欲しいと、そう言ったのだよ。」
その言葉に、エドはポロポロと涙を流す。
「ロ・・ロイが・・・・・。」
大総統は真剣な表情をエドに向けると、全てを見透かす隻眼を
向ける。
「鋼の錬金術師よ。私は改めて君に問いたい。国家錬金術師を
続ける意志があるのか。」
その言葉の裏には、ロイの期待に応えられるのかと隠されて
おり、エドは涙を乱暴に拭うと、真剣な目を大総統に向けた。
「はい!俺、国家錬金術師を続けます!!」
迷いのないエドの表情に、大総統は、満足気に頷く。
「よし!査定は合格だ。」
「えっ?」
驚くエドに、大総統はソファーから立ち上がると、机の上にあった
書類をエドに渡す。
「でも・・あの・・・研究・・・・・。」
シドロモドロに尋ねるエドに、大総統は、はっはっはっと笑う。
「心配せんでも、君とマスタング准将2人とも合格だ。だが、
折角君が研究したのは勿体無い。後で提出しなさい。」
「は・・・はい!!ありがとうございます!!」
にっこりと笑うエドに、ホークアイも嬉しそうに微笑む。
「良かったわね。エドワード君。」
その横で、ハボックもエドの頭を撫でながら祝福する。
「やったな!エド!!」
「ありがとう。2人とも・・・ありがとう・・・・。」
嬉し泣きするエドに、ホークアイはギュッとエドの手を握り締める。
「研究をする必要もなくなったし、今日から私の所に
泊まりなさいね。」
その言葉に、エドは少し考え込むと、首を横に振った。
「合格したけど、あと少しで研究が終わるんだ。どうせなら、最後まで
したい!」
強い意志を秘めたエドの顔に、ホークアイは何かを言いかけたが、
やがて、溜息をつくと苦笑した。
「分かったわ。でも、全部終わったら、今度こそ、私の家に来てもらう
わよ?いいわね?」
ホークアイの言葉に、エドはコクリと頷く。そこへ、まるで扉が壊れるのでは
と思うほど強く叩かれて、驚きの余り、エドは後ろを振り返った。
「入りたまえ。」
大総統の言葉に、荒々しく扉を開けると、ロイが敬礼をしながら、部屋の中へと
入ってきた。
「ロ・・・准将!!」
ロイはツカツカと大総統の前まで来ると敬礼する。
「そろそろ終業時間ですので、鋼の錬金術師、エドワード・エルリックを
迎えに参りました。」
「そうか。もうそんな時間か。では、お茶会はこれでお開きだな。楽しかった
よ。四人とも。また、一緒にお茶を飲んでくれたまえ。」
ニコニコと笑う大総統に、ロイはピクリと眉を顰めたが、再び敬礼すると、
ソファーに座っているエドを抱き上げ、そのままスタスタと退出して行った。
「いいんですか?ホークアイ大尉・・・・。」
エドを奪われて、ホークアイの怒りが自分に飛ぶのではと、危惧したハボックは、
優雅にお茶を飲んでいるホークアイに尋ねた。
「・・・・・・今日だけは特別よ。」
「・・・・そうッスね・・・・。」
エドの為に頭を下げて回ったロイに敬意を示して、ハボックはすっかり冷えてしまった
紅茶を一気に飲み干した。
車に乗り込んだロイは、隣に座っているエドに、心配そうな顔を向けた。
「大総統に何か言われたかね?」
「・・・・なんで?」
首を傾げるエドの頬を、ロイの指が優しく撫でる。
「涙の跡が・・・・・。」
「・・・・ねぇ、ロイ。嬉しくても涙って出るんだな・・・・・。」
エドは、ロイににっこりと微笑みかける。
「なぁ、今日はロイの好きなものを作る!何がいい?」
「いきなりどうしたんだね?だが、君は怪我人・・・・。」
困惑するロイに、エドはピシャリと言う。
「いいから!今日は記念日なんだからな!」
「記念日・・・?」
ますます混乱するロイに、エドは幸せそうに微笑んだ。
今日は記念日。
また一つあなたを好きになった日だから・・・・・・。
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乙女エド〜。どうやら、上杉はエドの為にロイが頭を下げる
シュチュエーションがお気に入りのようです。
テレビでロイが准将に昇進したお祝いを兼ねて。
と、言うか、こういうエピソードがなければ、この2人は中々
くっつかない気がするので・・・・・・・・。
感想などを送ってくださると、とても励みになります。
上杉茉璃