第7話  錬金術師の決意

 

 

          「どうかしたかね?」
          その言葉に、エドは自分がぼんやりしていたことに
          気づき、慌てて目の前で食後のコーヒーを飲んでいる
          ロイに視線を向ける。
          「あ・・・ごめん。ボーっとして・・・・・。」
          エドはぎこちなく微笑むと、慌ててトーストを齧る。
          そんなエドを、ロイは切なそうな顔で見つめていたが、
          やがてふと表情を和らげると、エドににっこりと微笑んだ。
          「昨日は、1人にして済まなかったね。」
          「そんなことない!俺の方こそロイに迷惑をかけて
          すまないと思っているよ!」
          首を横に振るエドに、ロイはふと考え込むように窓の
          外を眺める。
          「今日はいい天気だな。エディ。食べ終わったら、この辺りを
          散策しないか?」
          「で・・・でも・・・・・。」
          自分はここに遊びに来たわけではないと言うエドに、ロイは
          苦笑する。
          「エディ。気分転換は必要だよ。そうだ。お弁当を持って、
          お昼は外で食べよう。いい穴場があるのだよ。」
          まるで子どものようにニコニコと笑うロイに、呆気に取られた
          エドだったが、直ぐににっこりと笑う。
          「わかった。お弁当は俺に任せてくれ。」
          「楽しみだ。」
          上機嫌なロイに、エドは穏やかに微笑むと、ふと思い出した
          かのように、ロイに尋ねた。
          「そう言えば、今日の夜、何かあるのか?」
          「何かとは?」
          エドの質問の意味が分からず、ロイは聞き返す。
          「昨日、ディアナさんが、明日、つまり、今日が満月なんですよ。
          って言うからさ・・・・・。」
          「満月だから何だと?」
          ますます訳が分からないロイに、エドも一緒に首をひねる。
          「なんかさ、意味ありげに、夜中にマスタング様とボートに乗りなさい
          とか言ってたから、何かお祭りでもあるのかと思ったんだけど・・・・・って
          ロイ?どうかしたのか?」
          ふとロイの顔を見ると、僅かに固まった様子に、エドは
          首を傾げる。
          「い・・・いや・・・。何でもない。何でもないんだよ。そうか・・。
          今日は満月なんだ・・・・・。」
          1人納得しているロイに、エドの機嫌が悪くなる。
          「・・・・何があるって?」
          不機嫌なエドの様子に気づき、ロイは笑って誤魔化そうとした。
          「別に何でもないさ。」
          「あやしい。」
          不審な目を向けるエドに、ロイは苦笑する。
          「私はずっとここに住んでいる訳ではないのだよ。地元の祭りには
          全く詳しくないんだ。多分、湖から見る月が綺麗だからという
          意味じゃないのかな?」
          「そっかなぁ・・・・・。」
          月なんで、どこから見ても同じじゃんと、ブツブツ呟くエドに、
          ロイは話をそらすべくチラリと時計を見た。
          「エディ。食べ終わったのなら、そろそろ出かける準備をしないか?」
          「え?あっ!ちょっと待って!俺、弁当を作る!!」
          エドは慌てて立ち上がると、食べ終わったお皿を手にキッチンへと
          パタパタと走り出した。その後姿を見ながら、ロイは苦笑する。
          「・・・・満月の光の中、湖の中央でキスをした恋人達は、
          永遠に結ばれる・・・・か。」
          この土地に昔から伝わる伝説。今では広くこの国に知れ渡っている
          伝説の一つなのだが、伝説は伝説でも賢者の石のみに執着している
          エドは、どうやら知らなかったらしい。しきりに首を傾げている姿を
          思い出し、ロイはクククと笑う。
          「ならば、今日中に決着をつけなければ、ならないということか・・・・。」
          伝説を狙った訳ではないが、折角のシュチュエーションだ。活用させて
          もらおう。ロイは獲物を狙う目でニヤリと笑った。





          「こんなところがあったのか・・・・・。」
          ロイの別荘から歩いて1時間。鬱蒼と茂った森を抜けると、そこは
          一面の花畑だった。近くには、湖へ続く小川が流れており、
          時折聞こえてくる小鳥の囀りに、エドの機嫌が最高に良くなる。
          「気に入ったかい?」
          「うん!すごい!!」
          目をキラキラさせるエドに、ロイは嬉しそうに微笑んだ。偶然この
          場所を見つけた時、真っ先に思ったことは、この場所にエドを
          連れてきたいということだった。その念願だった望みが叶い、
          ロイは幸せそうな笑みを浮かべた。
          「疲れただろう。エディ。あの木のところで少し休もう。」
          ロイが指差したのは、小川のほとりにある、一本の大きな木。
          「大きいな。なんて木なんだろう。」
          まるで一本の大きな傘のように広がる枝を持つその木に、
          エドは興味津々に眺めた。
          「確か、モンキーポッドとか・・・・。マメ科だったか?」
          その言葉に、エドはピクリと反応する。
          「誰がミジンコ豆だぁああああああ!!」
          「・・・・そんなこと言っていないだろう・・・。」
          暴れるエドの身体を抱きしめながら、それでも愛しい少女を
          抱きしめられる幸せに、ロイは微笑んだ。






          「いい風だな。」
          食後、リンゴを切っていたエドは、ふと通り過ぎる風に
          身を委ねるように、目を閉じた。
          「ああ。久し振りだ。こんなにのんびり出来たのは。」
          エドの傍らで仰向けになっていたロイも、同じように目を瞑って
          風を感じていた。穏やかに過ぎる時間に、エドは幸せそうに
          微笑みながら言った。
          「ありがとうな。ロイ。ここに連れてきてくれて。」
          ロイは寝転がったまま、エドから差し出される、ウサギのリンゴを
          受け取りながら、エドに微笑んだ。
          「君には、いろいろと世話になったからね。これくらい・・・・。
          ウサギのリンゴか・・・・。懐かしいな。」
          一口齧ると、口いっぱいに甘酸っぱいリンゴの果汁が広がる。
          「うまいな。」
          満足そうなロイに、エドは嬉しそうに微笑むと、ふと真顔になって
          ロイを見つめる。
          「なぁ、俺、決めたから。」
          その言葉に、ロイは残りのリンゴを食べきると、ゆっくりと身体を起こした。
          「俺、国家錬金術師を続ける。」
          きっぱりと言い切るエドに、ロイは一瞬瞠目する。
          「・・・・理由を聞いても・・・?」
          掠れるようなロイの言葉に、エドは迷いのない瞳を向ける。
          「・・・・守りたい人がいる。」
          その言葉に、ロイは痛ましいものを見る眼を向ける。
          「エディ・・・・。君が守りたいという人間は・・・・・・。」
          ロイがそこまで言った瞬間、凄まじい光と共に、いきなり大雨が降ってきた。
          「え!?何で!?今日、雨だったっけ!?」
          いきなり振り出した雨に、軽いパニック状態に陥ったエドに、ロイは着ていた
          麻のジャケットを脱ぐと、頭からすっぽりと被せる。
          「いいよ!!ロイが濡れる!!」
          慌ててジャケットを取ろうとするエドの手を引き寄せると、ロイは手早く荷物を
          纏め、エドを庇う様に肩を抱くと、元来た道を走り出した。
          「たしか、この先に管理人小屋があるはずだ。そこまで走るぞ!
          エディ!!」
          「う・・・うん・・・・。」
          密着する身体に、エドは顔を真っ赤に染めながら、ロイのジャケットを
          頭からすっぽりと被っている為、真っ赤になった顔をロイの見られずにすんで、
          良かったと安堵した。






          シーズンオフという事もあり、管理人小屋は不在だった。簡単な戸締りだったので、
          悪いと思いつつ、エドが壁に入り口を練成して2人は駆け込むように
          中に入った。
          「良かった。薪がある。」
          多分、管理人がここを去ってから、そんなに日付は経っていないのだろう。
          まだ埃が被っていない部屋を見回して、ロイは必要な薪やタオル等を素早く
          探し出し、暖炉に薪をくべると火を熾す。
          「ロイ・・・。これ、ありがとう・・・・。」
          エドは、おずおずとロイのジャケットを差し出すと、ロイは苦笑しながら、
          エドの頭にタオルを被せ、自分のジャケットをエドの肩に羽織らせた。
          「濡れてて悪いと思うが、まだ寒い。着ていなさい。」
          「でも!ロイがっ!!」
          自分はロイのジャケットのお陰であまり濡れていないが、反対にロイの
          方が頭からつま先まで、全身びっしょりと濡れている。早くタオルで
          拭かないと、確実に風邪を引くと思い、エドは慌ててタオルでロイの身体を
          拭こうとしたが、その腕をロイがやんわりと制した。
          「私は後でもいいから。まず自分を拭きなさい。」
          「でも!!」
          心配そうな顔でじっと自分を見つめるエドに、ロイは微笑んだ。
          「女の子は、身体を冷やしてはいけない・・・・・。」
          「な・・・なんで・・・・・・。」
          ロイの言葉に、エドの手からタオルが滑り落ちる。
          時折神鳴りの光が小屋の中を照らし、雨はますますその力を強め、
          止む気配は全くなかった。





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モンキーポッドとは、おなじみのこの〜木なんの木〜♪のあれです。
避暑地なのに、モンキーポッド?ありえねー!きっと、この土地はハワイと
同じ気候なんだけど、湖と森がある分、別荘地は快適という、ご都合主義的
設定と思い、あまり突っ込んだ事には、目を瞑ってください。お願いします。
普通に、ねむの木でも良かったのかな?植物系は良く分からないので、
矛盾が多いですが、気にしないで頂けると、ありがたいです。