第9話  錬金術師の罪と罰

 

 

      「ロイが・・・ロイが・・・俺を・・・好き・・・・?」
      驚いて管理小屋を飛び出したエドは、パニック状態になりながら、
      やみくもに走っていると、先程までいたモンキーポッドの木の
      前まで来ていた。
      「嘘・・・・。嘘だよな・・・・・。」
      だが、同時に思う。
      ロイは本気だったと。
      「どうし・・て・・・・。こんな・・・・・。」
      エドは、涙で濡れた瞳を拭おうともせず、目の前の木の幹に、
      寄りかかる。
      「俺、どうしたら・・・・・。」
      エドが木に語りかけるように顔を上げると、先程まで開いていた葉っぱが、
      閉じているのに気づき、あっと驚きに眼を見張る。
      「何で・・・・・?」
      「・・・・・モンキーポッドは、昼間は大きく葉を広げているが、暗くなったり、
      雨が降ったりすると、葉を閉じるんだよ。エディ。」
      その声に、ギクリとしてエドが振り返ると、悲しそうな顔をしたロイが立っていた。
      「ロイ・・・どうして・・・・・。」
      再び逃げ出そうとする前に、ロイの腕が伸びてきて、簡単にエドは拘束される。
      「離して!!ロイ!!」
      泣きながら暴れるエドを、ロイはきつく抱きしめる。
      「エディ。頼むから、私の話を聞いて欲しい。」
      「俺に話しなんて・・・・・ない・・・・・。」
      頑ななまでのエドの態度に、ロイは悲しそうな顔でそっと腕を離す。ロイの
      拘束から逃れたエドは、自分を抱きしめるように両腕をクロスさせると、数歩
      ロイから離れ、顔を横に反らした。
      気まずい雰囲気を最初に破ったのは、意外にもエドの方だった。
      「・・・・俺、辞めるから・・・・。」
      「エディ?」
      訳が分からず茫然としているロイに、エドは悲しそうな顔で微笑んだ。
      「俺、国家錬金術師を辞める。」
      きっぱりとした声に、ロイは一瞬眼を見張るが、次に厳しい表情を向ける。
      「君は、誰かを守りたくて、国家錬金術師を続けるのではなかったのかね?」
      「そう・・・・。でも、もう・・・いい・・・・・。」
      俯くエドに、ロイは溜息をつく。
      「私のせいか?」
      その言葉に無言のエドに、ロイはゆっくりとエドに近づくと、エドの顎を捉えた。
      「私が君に想いを寄せているからか?私が君に無理矢理関係を迫ると
      でも思っているのか!!」
      ロイはエドの顎を上げると、涙で潤んだ瞳をきつく見据えた。
      「私は君を愛している。絶対に諦めたくはない。だが、君の心を無視して
      自分のものにしようとは思わない!!」
      ロイの本気の怒りに、エドはポロポロと涙を流す。
      「ロイ・・・・これは・・・俺の罪・・・・。俺の罰なんだ・・・・・・。」
      「エディ・・・・・。」
      エドは我慢しきれずに、ロイの胸の中に飛び込んだ。
      「俺・・・俺は最大の禁忌である、人体練成を行った。」
      ポツリと呟かれるエドの言葉を静かに聞きながら、ロイは優しくエドの髪を
      撫でる。
      「罪人の俺なのに・・・・そんな事が分かっているのに・・・・・。俺は、
      どうしても、ロイの傍にいたかった・・・・・。」
      「エディ!!」
      エドの告白に、歓喜の表情を浮かべるロイに、エドは顔を上げると、首を
      横に振り続けた。
      「でも・・・もう、駄目だ・・・。傍にいられない・・・・・。」
      「何故だ!!エディ!!」
      必死の表情で自分を見つめるロイに、エドは視線を反らせる。
      「ロイの事が好きで・・・・少しでも役に立ちたくって・・・・例え軍の狗と
      罵られようと、ロイの捨て駒として、生きていく決心をしたんだ!!それなの
      に!!」
      錬金術しか取り得のない自分がロイの役に立つには、優秀な部下でなくては
      いけない。大総統への階段を上るロイの為に、嫌な事は全て自分が引き受けようと
      そう決心していたのだ。
      「俺の気持ちをロイに知られて・・・・・。おまけにロイに告白されて・・・・・。
      俺は弱くなってしまう。もうアンタを守れない・・・・・。」
      ロイの気持ちを聞いてしまった今、自分は貪欲にロイを求めてしまう。罪人なのに。
      ロイは、将来後ろ盾のしっかりとした令嬢と結婚しなければならないのに。
      それを笑って祝福しなければならないのに・・・・・。
      エドは胸の中の想いを口にしながら、ロイの胸をポカポカ殴る。
      「どうして!どうして!俺、決心したのに!!」
      ロイの胸に顔を埋めて泣きながら、エドはそんな自分が滑稽だった。
      ほら、自分はこんなにも無力だ。泣く事しか出来なくなった。
      「エディ・・・・。君はこれは罪で罰だと言ったね・・・・・。」
      自分の腕を掴んでいるロイの手に力が込められ、あまりの痛さにエドは
      顔を顰める。だが、そんなことは構わずに、ロイはエドの顎を捉え、自分の
      方へ向けさせる。
      「ロ・・・ロイ・・・・・・・。」
      怒りの表情のロイに、エドは本格的に怯えるが、心を傷つけられたロイは、
      エドを労わる事が出来ず、自分の気持ちをぶつける。
      「これは私の罪で、罰なのか?イシュヴァールの戦いで、大勢の人を殺した
      私への罰なのか?」
      「ロイ・・・?何を言って・・・・・・。」
      呆然となるエドに、ロイは悲しそうな眼を向ける。
      「私には、愛する人と共にいることすら許されないのか?」
      悲痛な叫びのロイに、エドは何も答えられずに俯く。


      重苦しい沈黙の中、やがてロイがポツリと呟いた。
      「・・・・・・エディ。この木は、私と同じなのだよ。」
      その言葉に、ゆっくりとエドが顔を上げると、ロイは切なそうな瞳で
      モンキーポッドを見上げていた。
      「さっきも言ったが、この木は、暗くなったり雨が降ったりすると、葉を
      閉じてしまうのだよ。」
      「確かに、雨の日は無能・・・・・。」
      一瞬、雨で葉を閉ざして垂れ下がっている目の前の木に、雨の日は無能と言われ
      へこんでいるロイの姿が重なり、エドはつい本音を洩らす。その言葉に、
      ロイのムッとした顔を向けるが、咳払いで誤魔化す。
      「そうでなくてだね!いいかい。この木は光が当たっている間だけ、葉を広げる
      のだよ。」
      ロイは苦笑しながら、キョトンとしているエドの頬に手を添える。
      「私も君という光があれば、頑張る事が出来る。私は優秀な部下が欲しい訳では
      ない。私と共に歩んでいけるパートナーを・・・・・私に光をもたらしてくれる、
      愛する人と共にいたいと願っている。」
      ロイはエドの身体をそっと壊れ物を扱うように抱きしめる。
      「軍人のロイ・マスタングではなく、私はただのロイ・マスタングとして、君を
      欲している。だから、君も軍人ではなく、ただのロイ・マスタングという男を
      見て欲しい・・・・・・・。」
      ロイは想いを込めてエドの耳元で囁いた。
      「君を愛している。」
      エドは泣きそうな顔で、ギュッとロイの背中のシャツを掴む。
      「愛している。エディ・・・・・・。」
      何度も教え込むようにエドの耳元でロイは囁き続ける。
      「でも・・・俺・・・・・・。」
      頑なな態度のエドを、ロイはきつく抱きしめると、エドの肩に頭を乗せる。
      「エディ。罪人は君だけではない。私もそうだ。」
      「ロイは違う!!」
      首を激しく横に振るエドに、ロイは身体を起こすと、エドの顔を覗き込む。
      泣きそうな顔のエドの頬に、ロイは軽く口付ける。
      「ロ・・・ロイ・・・・・。」
      途端、真っ赤な顔になるエドに、ロイはエドの頭を自分の胸に押し付けるように
      抱きしめた。
      「私は罪人だよ。罪人だからこそ、この国のトップに立ち、戦争のない平和な
      国を作ろうと思った。その為に、私はずっと上だけを目指していた。
      だが、人は弱い。弱いからこそ支えが必要だ。だが、それを自分に求めるのは
      いけないと、心のどこかで思っていた。自分は罪人なのだから苦しい想いを
      するのは、当たり前だと。心の拠り所を求めてはいけない。そう、私は激しく
      自分を律していた。」
      その言葉に、エドの身体はピクリと反応する。
      「だが、ヒューズに言われたよ。自分を幸せに出来なくて、みんなを幸せに
      出来るのか?と。」
      ロイは、ゆっくりとエドの身体を離すと、両肩に手を置き、エドの顔を見つめた。
      「最初はヒューズの言葉に耳を貸さなかった。だが、君に出会って、ヒューズの
      言った言葉が、初めて理解できた。人は1人では生きていけないと。」
      ロイは跪くと、恭しくエドの左腕をとり、そっと薬指に口付ける。
      「幸せから眼を背けるだけが償いではない。罪を犯したと思うのならば、それ以上の
      幸福を他の人へもたらせばいいんだ。エディ・・・・私を受け入れて欲しい。」
      エドはポロポロと泣きながら何度も頷くと、ロイの首に腕を回して抱きついた。
      「ロイ・・・・。ロイ・・・・・。」
      泣きじゃくるエドの髪を優しく撫でながら、ロイは漸く手に入れた愛しい少女の
      耳元で囁いた。
      「愛している。エディ。」
      硬く抱きしめ合う2人を、雨が上がり漸く日差しを受けて葉を開いたモンキーポッドの
      木が、優しく見守っていた。







      「綺麗・・・・・。」
      夕飯の後、ボートに乗ろうと誘われたエドは、湖の真ん中でボートを止めた
      ところで、ロイに抱きしめられていた。頭上に淡い光を放つ満月を見つめながら、
      エドは夢見る瞳をロイに向けた。
      「幸せすぎて・・・・なんだか怖い・・・・・。」
      ギュッと自分にしがみ付いてくる、腕の中の恋人に、ロイは月の光を受けて、
      神々しく輝く黄金の髪を一房掬うと、そっと唇を寄せた。
      「大丈夫。必ず私が君を守る。」
      「・・・・俺だって、ロイを守る。」
      守られるだけの存在は嫌だと言うエドに、ロイは穏やかに微笑む。
      「そう言えば、知っているかい?この湖の伝説を。」
      「伝説?」
      首を傾げるエドに、ロイはゆっくりと顔を近づけると、その可憐な唇に己の
      唇を深く重ね合わせた。エドの唇に舌を這わせ、口を開けさせると、逃げ惑う
      エドの舌を捉える。初めてのディープキスに、エドは息苦しさのあまり、涙目に
      なりながら、ロイの胸を叩くが、さらにロイはエドを求める。エドの身体の力が
      抜けた頃、漸くロイはエドを解放した。
      「・・・・い・・・いきなり・・・なに・・を・・・。」
      肩で息を整えるエドに、ロイはにっこりと笑う。
      「満月の夜に、湖の中央でキスを交わすと、永遠に結ばれるらしいぞ。」
      「は?」
      びっくりするエドを、ロイは嬉々として再び抱き寄せた。
      「永遠に離さない。エディ・・・・・・。」
      波音一つ立たない、まるで鏡のような湖水の中央にあるボートを、月の光が
      優しく包み込む。その月の祝福を受け、ロイはエドに再び唇を重ね合わせた。





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みなさま!お待たせしました!漸く両想いです。
小雨が降りしきる中の一世一代の大告白大会というより、丸め込んだ?
まぁ、幸せなら全てOK?ってことで。(ご都合主義)
さて、次回はいよいよ最強主婦である、あの方の登場です。
お楽しみに!!

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