「今日は、おめでとうございます。」
真っ赤な顔で、ペコリとお辞儀をするエドに、本日の主役である
エリーゼ・サラ・フォードは、純白のウエディングドレスを身に纏い、
緊張した面持ちで、控え室に現われたエドを、暖かく迎え入れた。
「エドワードちゃん。この前は、ゆっくりとお話出来なかったけど、
来てくれて嬉しいわ。」
にっこりとエリーゼに微笑まれて、エドは真っ赤になって俯く。
初対面の時の己の失態を思い出したのだった。
「あの時は、本当にごめんなさい。それから、本をありがとうございました。
とても、参考になりました。」
深々と頭を下げるエドに、エリーゼは、クスクスと笑い出す。
「そんなに固くならないでね?私は、あなたとゆっくりと話せて、とても
嬉しいのだから。」
まだ式まで時間があるから、話し相手になってくれると、嬉しいのだけど。
そう、ウィンクするエリーゼに、親しみやすさを感じ、エドはにっこりと
微笑んだ。
「うふふふ。式の前に、どうしてもあなたと逢って、じっくりと話したかった
から、無理して准将に連れてきてもらっちゃったの。」
「・・・・・話したいこと?」
一体、何だろうと首を傾げるエドに、エリーゼは真剣な眼差しで、エドを
見つめながら、口を開いた。
「エドワードちゃんは、マスタング准将の事が好き?」
「えっ!?」
思ってもみなかった、突然の質問に、エドは驚きの瞳をエリーゼに
向けると、エリーゼは、真剣な表情で、エドワードを射抜く。
その真剣な様子に、エドも表情を改めると、コクリと頷いた。
「好き・・・・。オレ、こんなガキだし、女の子っぽくないけど、でも、
准将が・・・ロイが好き!!」
エドの言葉に、エリーゼは満足そうに微笑んだ。
「・・・・今日、ここに来てもらったのは、変な噂があなたの耳に入る
前に、どうしても私からあなたに話しておきたいことがあったの。」
「噂・・・?」
訳が分からず、キョトンと首を傾げるエドに、エリーゼは大きく頷いた。
「私とマスタング准将は、実は、婚約間近までいった事があるの。」
「婚約・・・間近・・・・・。」
エリーゼの言葉に、エドはショックの為に、真っ青な顔になる。
ロイとエリーゼの親密具合から、何かあるとは思っていたが、
まさか、婚約直前までいった仲だとは思わず、エドは俯く。
そんなエドに、エリーゼは、優しく微笑みながら、エドに一歩
近づくと、そっと肩を抱き寄せた。
「婚約直前と言っても、政略結婚だから、私とマスタング准将の
間に、恋愛感情はなかったわ。」
その言葉に、ハッとエドは顔を上げる。
「私は、フォード家の娘として、小さい頃から政略結婚の道具として、
誰に嫁いでも良いような教育を受けてきたわ。例え、夫に愛人が
いても、決して取り乱してはならないとか・・・・。跡取りさえ産めば、
それでいいとか・・・・・。」
「そんな・・・・!!」
悲しそうなエドに、エリーゼは苦笑する。
「私の両親も政略結婚でね、父は外に愛人が何人かいたし、母は
母で、弟が生まれた後、義務は果たしたと、家を出て行ったわ。
勿論、世間体の為に、公式の場には、父と一緒に出席していた
ようだけど・・・・。だから、私もそれが普通の家庭のあり方だと、
ずっと思っていたの。」
エリーゼは、ギュッとエドを抱きしめた。
「将来有望とされるマスタングさんとの結婚話が持ち上がっても、
私の意志は、初めからなかったの。それに、私も政略結婚することに、
何の疑問を抱かなかったから。」
エリーゼは、そこまで言って、深い溜息をついた。
「そんなある日・・・そうね・・・。今から5・6年ほど前かしら・・・・・。
マスタングさんがいきなり訪ねていらして、私との結婚の話を断ってきたわ。」
「えっ!?」
驚いて顔を上げるエドに、エリーゼは、優しく微笑む。
「私も驚いたわ。彼には野望があると分かっていたし、私との結婚を
断念する理由を、すごく知りたいと思ったわ。」
そう言って、懐かしむようにエリーゼは、遠い目をしながら話を続ける。
「マスタングさんは言ったの。愛する人が出来たので、結婚の話は、
なかったことにして欲しいと。」
「愛する人・・・・?」
途端、悲しそうな顔をするエドに、エリーゼはクスクス笑う。
「あなたの事よ。エドワードちゃん。」
「お・・・オレ!?」
驚くエドに、エリーゼはにっこりと微笑んだ。
「ええ。マスタングさんは、はっきりと言ったわ。リゼンブールで
出会った少女に一目ぼれをしたと。将来その子を妻に迎える
つもりだから、結婚はなかったことにと言われたわ。
私には、その理由が信じられなかった。結婚はただ家と家を
結びつけるもの。そこに愛なんてものは、存在しないと。そう
思って私は言ったの。
私と結婚しても、その人を愛人にしても構わないと。」
途端、エドの顔がサッと強張る。反対に、エリーゼはというと、
クスクスと笑い出した。
「そしたら、マスタングさん、烈火のごとく怒り狂ってしまわれて、
私は、その時、本当に怖かったわ。」
「そんな・・・信じられない・・・・。」
女性には、常に優しいロイが、怒りを露にした事が、エドには
信じられなかった。
「・・・・そんなに怖がらせてしまっていたとは・・・。申し訳ありません
でした。エリーゼ。」
聞き覚えのある声に、エドが後ろを振り向くと、困惑気味な
ロイが、入り口に立っていた。
「あら、マスタングさん。立ち聞きとは、関心しませんわね。」
ニコニコと笑うエリーゼに、ロイは優雅にお辞儀をする。
「これは失礼を。本日はおめでとうございます。エリーゼ。」
「うふふ。ありがとう。マスタング准将。心配しなくても、あなたの
大切なエドワードちゃんは、きちんとお返ししますわよ。」
照れたような顔で部屋に入ってくるロイに、エリーゼは、
エドをクルリと反転させると、エドの背中を押してロイに渡す。
「マスタングさん、幸せ?」
エリーゼの問いに、ロイは幸せそうにエドを抱きしめながら、
大きく頷いた。
「ええ。勿論。」
そのロイの様子に、エリーゼはロイに深々と頭を下げる。
「エリーゼ?」
「エリーゼさん!?」
驚くロイとエドに、エリーゼはにっこりと微笑む。
「マスタングさんが、あの時怒ってくれなかったら、私の
世界は未だに狭いままでした。今頃は、誰かの妻と
なって、子を産む道具としての人生しか生きられなかった。
でも、今私はとても幸せです。愛する人と結婚できるなんて、
本当に・・・・嬉しくて・・・・・。」
幸せそうなエリーゼの微笑みに、ロイは穏やかに微笑んだ。
「この幸せは、あなたの力です。あなたと、そして、あなたの愛する
人との・・・・・・。」
ロイの言葉に、エリーゼはにっこりと微笑むと、エドに視線を
向けた。
「エドワードちゃん。マスタングさんとお幸せにね。」
「ありがとう。エリーゼさん。」
幸せそうに微笑むエドに、エリーゼも微笑み返す。
「そろそろ式のお時間です。」
そこへ、係りの者が、エリーゼに声をかける。
「わかりました。」
エリーゼは、係りの者に誘導されながら、部屋を出て行く。
そして、ニ三歩行きかけたところで、くるりと振り返ると、
エリーゼは、くるりと振り返ると、エドに声をかける。
「エドワードちゃん!後でプレゼントを投げるから、
絶対に取ってね♪」
「プレゼント!?」
訳が分からずキョトンとなるエドに、エリーゼは楽しそうに笑うと、
くるりと背を向けて係りの者の後に続いた。
「エドワードちゃん!受け取れ〜!!」
真っ青な空の下、エリーゼの祈りと共に投げられたブーケは、
綺麗な曲線を描き、ストンとエドワードの手の中に落ちた。
いきなりの事で、固まってしまったエドワードに、ロイは苦笑すると、
誰にも気づかれないように、そっとエドワードをその場から連れ出した。
「知っているかい?ブーケを受け取った女性は、次の花嫁になれると
いう事を。」
漸くパニックから脱したエドと肩を並べながら、教会が一望できる
小高い丘に登ったロイは、木陰にエドを座らせ、自分はその横に
腰を降ろすと、そっとエドワードの身体を引き寄せる。そして、耳元で
囁かれるロイの言葉で、真っ赤な顔で俯くエドに、ロイは、上着の胸ポケット
から小箱を取り出すと、包み紙を開ける。中からは、ジュエリーボックスが
出てきて、ロイが蓋を開けると、中から、婚約指輪を取り出した。
「エディ。結婚しよう。」
「・・・・ロイ・・・・。」
真っ赤な顔で小さく頷くエドに、ロイは幸せな笑みを浮かべて、
エドの唇を軽く啄ばむ。そして、ロイはエドの左腕を掴むと、そっと
薬指に口付けを落とし、ゆっくりと指輪を嵌める。
「愛している。エディ・・・・。」
「オレも・・・・ロイ・・・・・。」
ギュッとロイの背中に腕を回すエドの顎を捉えると、ロイは蕩けるような
笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと唇を重ね合わせる恋人達に、
教会の鐘の音が、祝福するかのように、鳴り響いた。
それから半年後、ロイとエドの結婚式の前夜、その事件が起こった。
『花嫁は預かった。返して欲しければ、ロイ・マスタング准将
1人で下記のところまで来い!!なお、警察などに知らせたら、
花嫁の命は保障しない。』
「ふざけたことを・・・・・。私のエディに手を出した報い、
必ずうけて貰う!!:
ものけの空のエドの部屋の机に置かれた脅迫状に、
気づいたロイは、ギリリと唇を噛み締めると、慌てて部屋を
出て行った。
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長くなったので、一回切ります。次回こそ、最終回です。