LOVE'S PHILOSOPHY

            プロローグ 〜サウダージ〜

 

 

              諦めて恋心よ 青い期待は私を切り裂くだけ
              あの人に伝えて・・・・寂しい・・・大丈夫・・・・寂しい








              4ヶ月振りに会うエドワードを前に、
              ロイは緊張していたが、当の本人である
              エドワードは、4ヶ月前の事など忘れたかのように、
              いつものように振舞っていた。その様子に、
              聊か気分を害したロイは、苛立ちを隠そうともせずに、
              エドを引き摺るように執務室へと連行した。
              「鋼の・・・・。」
              ロイの呼びかけに、エドはいつものように、キョトンと
              した顔を向ける。
              「どうしたんだよ?大佐。真面目な顔をしちゃって。」
              クククと笑うエドとは対照的に、ロイは真剣な表情で
              見つめる。
              「エディ・・・・・。私は本気なんだよ。」
              ピクリと肩を震わせるエドを、ロイは抱き締めようと
              手を伸ばすが、それより前にエドの左手で激しく
              振り払われる。
              「触るな!俺に!!」
              「・・・・・っ!!」
              激しいエドの拒絶に、ロイは痛そうな顔で謝罪する。
              「・・・・すまない。だが、私は!!」
              顔を合わせようとしないエドに、ロイは想いのたけをぶつける
              べく、口を開いたと同時に、扉をノックする音が聞こえる。
              「・・・・・入りたまえ。」
              深い溜息をつくと、ロイはクルリとエドから背を向けて、
              自分の椅子に腰を降ろした。それと同時に、カチャリと
              ドアを開ける音がして、ロイの優秀な右腕、ホークアイが
              入ってくる。
              「失礼します。追加分の書類をお持ちしました。」
              敬礼して一歩部屋の中に足を踏み出したホークアイは、
              部屋に漂う険悪な雰囲気に眉を潜める。
              「エドワード君・・・・・?どうしたの?」
              顔を反らし、床をじっと見つめているエドに気づき、ホークアイは
              気遣うように声を掛ける。
              エドはピクリと身体を揺らすと、ゆっくりと顔を上げ、弱弱しい
              笑顔をホークアイに向ける。
              「・・・・別に・・・・何でもないから・・・・・・。」
              「・・・・でも・・・・・。」
              頑なな態度のエドに、更に何か言おうと口を開きかけた
              ホークアイに、ロイの苛立った声が飛ぶ。
              「中尉、書類を。」
              「ハッ!失礼しました。」
              エドに心を残しながら、ホークアイはロイに書類を渡すべく、
              ロイに近づく。そのまま二人、難しい表情で仕事の打ち合わせを
              している姿に、エドは心臓を鷲掴みにされたような痛みを感じ、
              再び顔を背けると、耐えるように、唇を噛み締める。
              どれくらい時間が経ったのだろうか。
              漸く二人の会話に区切りが付いたところを見計らい、エドは
              溜息を一つつくと、わざと明るくロイに声を掛ける。
              「そんじゃ、俺、そろそろ行くな!」
              「ちょっと待て!鋼の!!」
              スタスタと扉へ向かうエドに、ロイは慌てて引き止める。
              「何?駅でアルを待たせてあるんだけど。」
              嫌そうに振り返るエドに、ロイは悲痛な顔を向ける。
              「大事な話があるんだ。出発を遅らせる訳にはいかないか?」
              「冗談。大佐、これ以上俺の邪魔をすんな。」
              きつく自分を睨み付けるエドに、ロイは絶句する。
              「・・・・邪魔?」
              「俺の望みは唯一つだ。それを妨げるものは、何であっても
              許さない。それだけだ。」
              エドの人を射殺さんばかりの視線に、ロイは唇を噛み締める。
              「・・・・・。」
              俯くロイに、エドは無理やり視線を反らせると、クルリと背を向けて
              扉に手をかける。
              「・・・・・今度は何処へ?」
              ポツリと呟くロイに、エドは振り返らずにぶっきら棒に一言告げる。
              「・・・・北部。」
              「・・・・・賢者の石が早く見つかる事を祈っているよ。
              気をつけて行っておいで。ホークアイ中尉、彼を玄関まで
              見送ってくれ。」
              ロイはクルリと椅子を反転させると、立ち上がり窓の外を眺める。
              「了解しました。さぁ、エドワード君。」
              「・・・・それじゃあ。」
              ホークアイはエドを促して部屋を出て行く。出て行く直前、
              エドは悲しそうな顔でロイを振り返ったが、全てを拒む彼の背中に
              一瞬開きかけた口を閉ざし、ホークアイと共に部屋を後にする。
              二人の足音が遠ざかると、ロイは詰めていた息を吐き出し、
              目の前の窓ガラスを拳で叩く。
              「くそっ!!」
              そのまま窓ガラスに額をくっ付けると、ロイは血を吐く想いで
              呟く。
              「愛しているのだよ・・・・・。エディ・・・・・。」
              ロイの呟きは、誰の耳にも届かなかった。







             「大佐と何かあったの?」
             二人で並んで歩きながら、先ほどから俯いて歩いているエドを
             横目で見ながら、ホークアイは声をかける。
             「・・・・・別に何もないけど?」
             顔を上げてニッコリと微笑むエドに、ホークアイは痛ましいものでも
             見るかのように、エドを見つめる。
             「大佐が、ここ数ヶ月おかしいのよ。」
             その言葉に、エドはピクリと反応する。
             それに構わずホークアイは言葉を繋げる。
             「大佐との間に、何があったかは聞かないわ。」
             黙ったままのエドに、ホークアイは溜息をつきながら言う。
             「でも、これだけは分かってあげて頂戴。大佐は誰よりもあなたを
             大切にしているわ。」
             「・・・・・ホークアイ中尉は、誰よりも大佐のことが分かるんだね。」
             「エドワード君!?」
             泣きそうな顔で自分を見上げるエドに、ホークアイはうろたえる。
             「中尉、俺ここでいいから。それじゃあ。」
             「待って!エドワード君!!」
             振り切るように走り去るエドに、ホークアイは慌てて
             追いかけようとするが、丁度向こうの廊下から切羽詰った
             部下の一人がホークアイを見つけて駆け寄ってきた。
             「大変です!中尉!!内乱がっ!!」
             「なんですって!!直ぐに大佐に報告を!!」
             二人は慌ててロイの元へと走り出した。




             「それで、内乱の場所はっ!!」
             ロイの言葉に、兵士は直立不動のまま答えた。
             「はい!北部全域だそうです!!」
             その言葉に、ロイから表情が消える。
             「何!北部だと!!」
             「大佐!!」
             北部という言葉に、ホークアイも激しく反応する。
             確かエルリック兄弟の次の目的地は北部だったはず。
             もっと早く知っていれば、エドを止めたのに。
             ホークアイはギリッと唇を噛む。
             「中尉、直ぐに駅に通達を!!北部に向かう列車を全て
             止めろ。それから、エルリック兄弟の保護を!急げ!!」
             「「ハッ!!」」
             二人は、敬礼すると、慌てて部屋から飛び出していく。
             「エディ・・・・。間に合ってくれ・・・・・・。」
             ロイは疲れたように祈るように両手を組むと、普段は
             信じていない”神”に無心で祈った。







             「姉さん!!こっち!こっち!!」
             トボトボと駅に着いたエドを、金髪の少年が、大きく手を
             振り回して自分の存在を知らしめる。
             「ごめん!アル。遅くなった。」
             「ううん。大丈夫だよ。姉さん。みんな、元気だった?」
             ニコニコと笑う弟に、エドはぎこちなく笑みを浮かべる。
             「ん?あぁ、みんな元気だったよ。早く元に戻った
             アルに会いたがっていた。」
             「そっかぁ。ボクも会いたかったな。」
             しょんぼりとするアルに、エドは宥めるように、肩を抱く。
             「仕方ないさ。いくら知り合いが多いからって、東方司令部には、
             誰の眼があるかわからない。人体練成した事がばれたら
             みんなに迷惑がかかる。」
             「・・・・そうだね。」
             溜息をつく弟に、エドはバンバン背中を叩きながら慰める。
             「だから、ほとぼりが醒めたら、ゆっくりとみんなに会えば
             いいだろ?時間はたくさんあるんだから。」
             「・・・・そうだね。時間はたくさんあるんだよね。でもさ、
             今度みんなに会う時、すごく驚くんじゃない?実は兄さん
             じゃなくって、姉さんだったことに。」
             もしかしたら、大佐に口説かれるかもね〜と、おどける弟に、
             エドの表情が硬くなる。
             「姉さん?」
             固まるエドに、アルは訝しげな声を掛ける。
             「ん?嫌なんでもない。ところでさ、アル。」
             「何?」
             キョトンと首を傾げるアルに、エドは言いづらそうな顔で
             言う。
             「国家錬金術師の事なんだけど・・・・・。」
             途端、アルは不機嫌な顔になる。
             「何?もしかして、やめられなかったの?」
             途端、黒いオーラを放つ弟に、エドは慌てて首を振る。
             「いや、止める前に、仕事を押し付けられちゃって・・・・。」
             「まさか、危険なことじゃ・・・・。」
             ボクも一緒に行く!!と言い出すアルに、エドは笑う。
             「違うって。南部の何とかって錬金術師が、亡くなったらしくって、
             その人の研究を纏めるって仕事だよ。一ヶ月くらいで
             終わるから、それを提出したら、即自由だ。」
             「ボクも行きたい。」
             それならボクも手伝うよというアルの言葉に、エドは首を
             決して縦には振らなかった。
             「大丈夫だって。それよりも、お前はこのままリゼンブールに
             帰って、これからの生活の準備とかやっておいてくれよ。なっ。」
             「・・・・・姉さん、もしかして、面倒な事を全てボクに押し付ける
             気じゃ・・・・・。」
             恨みがましい眼で見つめるアルに、エドはにっこりと笑う。
             「良く分かったな。アル♪」
             「酷いよ!姉さん!!」
             憤慨するアルに、エドは笑いながら、南部へ向かう列車に向かう。
             「そんじゃあ、アル。俺行くわ。」
             「うん!気をつけてね!姉さん。」
             ブンブン手を振る弟に、一瞬辛そうな顔を見せるが、直ぐに
             エドは明るく笑うと、今まさに発車しようとしている列車に
             飛び乗る。
             ガランと誰もいない車両に、ほっと安堵の溜息をつくと、
             エドは近くの席に座る。
             「ごめん。ごめん。アル・・・・・。でも、俺、コイツを絶対に
             守りたいんだ・・・・・・・。」
             ポロポロと涙を流しながら、エドはそっと下腹部を
             愛しそうに撫ぜる。







             それを境に、エドは完全に姿を消したのだった。