「姉さん・・・・・。」
出発したばかりの本日最終列車をホームで見送りながら、
アルフォンス・エルリックは、がっくりと肩を落とし、
トボトボと家路に着いた。
「どこへ行ったんだよ。姉さん・・・・・。」
溢れそうになる涙をグッと堪え、アルは夕闇に迫る
空を見上げる。
南部に行くと行ったきり、2ヶ月も音沙汰がない姉。
1カ月で帰ると言ったのに、さらに1ヶ月が経とうとしても、
姉が帰る気配すらない。何故あの時、もっと詳しい場所を
聞いておかなかったのか。何故、あの時、一緒に付いて
行かなかったのか・・・・・。ここ1カ月、アルは、駅と自宅を
行き来しながら、ずっと己を責めていた。
「アルー!!」
その声に、ハッと顔を上げると、自宅前で、幼馴染のウィンリィが、
両手をブンブン振って自分を呼んでいた。
「ウィンリィ!!」
慌てて駆け寄ると、ウィンリィは、憔悴しきったアルの様子に、
ウィンリィは泣きそうになる。
「今日もなんだ・・・・・。」
「うん・・・・・・。」
力なく頷くアルに、ウィンリィは居たたまれずに視線を反らす。
「あの時、無理矢理にでも着いていけば・・・・・・。」
ポツリと呟くアルに、ウィンリィは掛ける言葉が見つからずに、
黙り込む。
「・・・・・もう帰ってこないのかなぁ。」
悔しさのあまり、ギリッと唇を噛み締めるアルに、ウィンリィは
キッと顔を上げると、何処に隠していたのか、愛用のスパナを
振り上げると、アルの後頭部目掛けて振り下ろす。
「馬鹿アル!!」
「痛い!!何するんだよ!ウィンリィ!!」
余りの痛さにその場に蹲ったアルは、半分涙目になりながら、
ウィンリィを睨み付けて、ハッとする。ウィンリィは、ポロポロと
涙を流していたのだった。
「ウィンリィ・・・・・・。」
「何弱気になってんのよ!落ち込む前に、やるべきことが
あるでしょ!!馬鹿!!」
その言葉に、アルはハッと我に返った。
「・・・・・ごめん。ウィンリィ。ボク・・・・南部へ行って姉さんを
探してくるよ!!」
「・・・・・場所、分かってるの?」
ウィンリィの冷静なツッコミに、アルは言葉に詰まる。
「それは・・・・・。」
「・・・・ったく、しょうがないなぁ。これ。」
俯くアルに、ウィンリィは、一枚の折りたたんだメモを渡す。
「何?これ。」
「リザさんの自宅の電話番号。」
「え!!!!」
驚くアルに、ウィンリィは、にっこりと微笑んだ。
「私達、文通してんの。」
意外な交友関係に、アルは唖然となる。
「・・・・一体、何時の間に・・・・・。」
「ん?エドが国家資格取った頃にね。」
苦笑するウィンリィに、アルは全てを悟る。
「それって・・・・・。」
「心優しい幼馴染は心配してたんだからね!
ずっと!!」
だから、ホークアイに連絡を定期的に連絡をして、エド達の
現状を聞いていたのだ。
「リザさんなら、エドの行く先とか知っているでしょ。」
「ありがとう。ウィンリィ。本当はどうしようかと悩んでいた
んだ。」
本当は、何度も軍に問い合わせようと思っていたのだが、
軍とアルの接触を一切嫌うエドは、アルには軍の連絡先
など、軍に関係するものを教えていなかった。かと言って、
直接行っても、誰もアルの生身の姿を知る者はいない。
身元を確認するだけで、かなり時間がかかる上、
人体練成をした事がばれてしまう可能性が高い。
八方塞で、アルは本当に困っていたのだった。
「私も何回か電話したんだけど、繋がらなくって・・・・。
でも、二人でやれば、繋がる可能性が高くなるでしょ?」
「そうだね。今夜にでも電話して見るよ。」
やっと笑ったアルに、ウィンリィはホッと胸を撫で下ろす。
「それじゃあ、私仕事に戻るから。」
「うん!ありがとう!ウィンリィ!!」
帰っていく後姿を見送ると、アルは急いで家の中に入る。
「今日って確か木曜日だよね・・・・・。」
確か、木曜日がホークアイの公休日だと、以前聞いたことが
ある。事件さえ起きなければ、家にいる可能性は高い。
アルは逸る気持ちを抑えつつ、メモ通りにダイヤルを回す。
「もしもし。ホークアイですが。」
コール3回で、繋がった事に、アルフォンスは喜びを隠し切れない。
「中尉!!ホークアイ中尉!!お久し振りです。ボク、
アルフォンス・エルリックです!!」
その言葉に、電話の向こうで一瞬絶句するが、すぐに鼓膜が
破けるんじゃないかと思うくらいの一喝が電話の向こうから
聞こえてきた。
「アルフォンス君!!無事なら無事って、どうして報告しなかったの!!」
でも・・・無事で良かった・・・・・と、電話の向こうで泣いている
ホークアイに、アルは茫然となる。
今、中尉は何と言った?
「ちゅ・・・中尉・・・・・。それって、どういう事ですか・・・・?」
まさか、派遣先の南部で何か事件でも?
ガタガタと震えながら、アルは漸くそれだけを口にする。
「アルフォンス君?」
そこで漸くアルの様子がおかしい事に気づいたホークアイは、
アルの名前を呼ぶ。
「南部で・・・・南部で何があったんですかっ!!!」
アルの叫びに、ホークアイは訝しげな声を出す。
「南部?何を言っているの?北部でしょ?」
その言葉に、アルフォンスはさらにパニック状態になる。
「北部!?何で北部なんですか!?姉さ・・・いえ、兄さんは、
南部に行ったんですよねぇ!!」
あやうく姉と言いそうになり、アルはハッと我に返ると、
慌てて兄と言い直した。まだエドの本当の性別までは
知らないホークアイに姉と言っても通じないだろう。
「南部?どういう事なの?あなた達は北部に向かったのでは
ないの?エドワード君は北部へ行くと言っていたけど?」
困惑気味なホークアイの言葉に、アルは引っ掛かりを感じた。
「北部へ行く?行けではなく?」
確認するようなアルの言葉に、ホークアイは困惑気味に言う。
「あなた達は、賢者の石を求めて、北部へ行ったのではないの?」
その言葉に、アルの目の前が真っ暗になる。
「・・・・・兄から、何も聞いていないんですか・・・?」
茫然と呟くアルに、ホークアイは言いようもない不安に駆られる。
「エドワード君から何を?彼はそこにいるの?代わって頂戴。」
嫌な予感に襲われながら、ホークアイは縋るような気持ちで
エドワードに代わるように懇願する。
「・・・・・僕達、4ヶ月前に、賢者の石を使って、無事に元の
身体に戻れました・・・・・・。」
抑揚のない声でアルフォンスは呟く。
「本当なの!?」
驚くホークアイに、アルは麻痺した感覚で、淡々と呟く。
「2ヶ月前、東方司令部へ行った時、兄は言いました。
国家錬金術資格を返上する前に、仕事を押し付けられたと。
南部で死んだ錬金術師の研究を纏める仕事だそうで、1カ月
したら帰ると言って、兄は南部行きの列車に乗りました。
でも、中尉・・・・・・。」
溢れる涙を拭こうともせず、アルは嗚咽交じりに叫んだ。
「何で未だ帰らないんですか・・・・・。兄は、何処へ行ったんですか!!」
悲痛なまでのアルの叫び声に、ホークアイは漸く状況を察知する。
「アルフォンス君、あなたは今何処に?」
優しく尋ねるホークアイに、アルはポツリポツリと呟く。
「・・・リゼンブールです・・・・。家を建て直して住んでいます・・・・。」
「そう。分かったわ。明日一番の列車でそちらに向かいます。
出来る限りの情報を持って。・・・・待てるわね?アルフォンス君。」
決して早まった行動をするなというホークアイに、アルは
弱弱しく分かりましたと呟いて、ゆっくりと受話器を元に戻す。
「姉さん!!姉さん!!」
アルフォンスは、崩れるようにその場に座り込むと、何度も血が出るまで
拳を床に叩きつけた。
「・・・・・エルリック兄弟は、まだみつからん。ロイ。」
目の前の、憔悴しきった顔の親友を前に、
それしか言えない自分に、ヒューズは悔しさに、
唇を噛む。
北部に向かったというエルリック兄弟。
直ぐに北部行きの列車を全て止めたが、エルリック兄弟を
捕まえることは出来なかった。既に出発してしまったのかと、
慌てて乗客名簿を見たが、二人が乗ったという形跡はない。
ならば、まだイーストシティに滞在しているのかと、虱潰しに
探したが、どこにもいない。
別のルートで北部に行ったのかと、焦る思いで北部の情勢を
見守っていたロイの元に、吉報が飛び込んできた。
直ぐに不穏分子を鎮圧したため、対して被害が出なかったと
言うのだ。ほっと胸を撫で下ろしつつ、それでもエド達の無事な
姿を見るまではと、進んで事後処理を行っていたが、ようとして
エド達の行方は掴めなかった。
「・・・・・一体何処に・・・・・。」
深い溜息をつくロイに、ヒューズは掛ける言葉が見つからない。
「・・・豆のことだ。急に賢者の石の情報を掴んで、違う処へ
行ったのかもしれないぞ。」
だが、いつもなら二週間に一度の割合で、電話連絡を
欠かしたことがないエドからは、ここ2ヵ月連絡すらない。
それが、さらに悪い方へと考えてしまう要因になっていることも
事実だ。
気休め程度と分かっていても、今のヒューズには、それしか言えなかった。
「失礼します!!大佐!!」
そんな時、珍しくホークアイ中尉が、ノックもせずに。執務室へと
飛び込んできた。
「中尉?今日は非番の日では・・・・・。」
肩で息を整えながら、ホークアイはツカツカとロイの前まで来ると、
一気に言う。
「大佐。アルフォンス君の居場所が分かりました。」
「なんだと!!何処にいる!!」
慌てて椅子から立ち上がるロイに、ホークアイはジッと探るような
目を向ける。
「リゼンブールだそうです。」
「リゼンブール?里帰りかよ。ったく、人騒がせな豆だな、ロイ。」
ホッとするヒューズに、ホークアイは硬い表情で言葉を繋げる。
「ただ、エドワード君は、2ヵ月前に軍の命令で南部へ行ってから、
行方不明になっているそうです。」
「行方不明!?」
その言葉に、ロイとヒューズは唖然とする。
「ちょっと待ちたまえ、何だ、その軍の命令というのは。」
自分を通してでしか、エドワードに命令が行かないようにしている。
それなのに、自分が知らない処で、エドが軍の仕事をすることは
ありえない。
「何でも、南部で亡くなった錬金術師の研究を纏めるというもの
だそうです。」
「そんな命令は出していないぞ。第一、南部にいる国家錬金術師
で死んだ奴はいない!!」
バンと机を叩くロイに、ホークアイは、鋭い視線を送る。
「大佐、それともう一つ、重大な事が・・・・・。」
「何だね?」
ホークアイは意を決して、口を開く。
「エルリック兄弟は、4カ月前に賢者の石で、無事元の身体に
戻れたそうです。」
その衝撃の事実に、ロイとヒューズは頭の中が真っ白になる。
「では・・・・2ヶ月前のあの時は・・・・・・。」
掠れるような声のロイに、ホークアイは頷く。
「ええ。賢者の石を探す理由はないという事です。」
事実を淡々と述べるホークアイに、ロイは力なく椅子に
座り込む。
「ちょっと待てよ。俺らやアルに嘘をついて行方を眩ませたと
いうことは・・・・・。」
ヒューズの言葉に、ホークアイは頷く。
「つまり、決死の覚悟という事です。」
ホークアイの言葉に、ロイはピクリと反応する。
「決死の覚悟・・・・・。」
あの日、エドワードは何を言った?
”俺の望みは唯一つだ。それを妨げるものは、何であっても
許さない。それだけだ。”
脳裏に、きつい、だが、どこか泣きそうな顔のエドの顔が
浮かび上がる。
”望み・・・・・。”
エドの言葉の真意を探ろうと、自分の考えに没頭している
ロイに、ホークアイは声をかける。
「大佐、心当たりは。」
その言葉に、ロイは目だけをホークアイに向ける。
「2ヵ月前、明らかにお二人の様子はおかしかったと
記憶しております。」
一体、何があったのかと詰め寄るホークアイに、ロイは
視線を反らす。
原因は、半年前の出来事だろうと、ロイと確信している。
自分から逃れるために、エドワードは姿を消したのだろうと、
思ったのだが、直ぐにそれは違うと本能が告げる。
何故、弟ニマデ嘘ヲツイテ、失踪シタノカ・・・・・・。
”まさか・・・・。”
考えられる、一つの可能性が頭に浮かぶ。
「大佐!!」
「おい、ロイ!!」
いきなり椅子から立ち上がるロイに、ホークアイと
ヒューズは、驚く。
「これから、アルフォンス君の元へ行く。」
思いつめた表情のロイに、ホークアイは何事かを
悟る。
「私もお供します。宜しいですね。」
「オイ!俺も一緒に行くぞ!!」
こんな状況のロイを一人で行かせるのは危険と
判断した二人は、それぞれ同行申し出る。
だが、ロイは何も言わずに一瞥すると、そのまま
執務室を後にする。そして、その後をホークアイと
ヒューズは慌てて追いかけるのだった。
三人がリゼンブールのエド達の家についたのは、
次の日の夕方だった。
「・・・・・どうぞ・・・・。」
出迎えに出たアルフォンスは、夕べから一睡も
していないのだろう。目の下に隈を作り、憔悴
仕切った顔で三人を家の中へと案内する。
「一体・・・何処へ・・・。」
アルは泣きはらした顔で呟くと、ホークアイが
宥めるように、肩を抱き締める。
「アルフォンス君。君にいくつか質問があるのだが。」
ロイの言葉に、アルはノロノロと顔を上げる。
「鋼のが失踪する理由に心当たりは?」
「ありません・・・・・。」
力なく首を横に振るアルにロイは次の質問をぶつける。
「では、次の質問だ。鋼のは、ここ3.4ヶ月の間、
気分が優れなかったり、情緒が不安定だったという
事は・・・・?」
ロイの質問にアルはそう言えばと、心当たりを口にする。
「人体練成が成功して、暫く経った時、よく物を吐いて
いたような気がする。人体練成の後遺症とか
本人は言っていたけど・・・・・。」
そこで、ポンとアルは手を叩く。
「そうだよ!ピナコばっちゃんに診てもらってから、
様子が変だった。溜息をつくようになったし・・・・
食べても吐いちゃうし・・・・。あと、グレープフルーツとか、
スッパイモノのしか受け付けなくなったみたいだし・・・・。」
まさか、悪い病気かも!!!そう、アルは結論付けると、
真っ青な顔でピナコのところへ行こうとする。
「待ちたまえ、アルフォンス君。ロックベル氏の処には、
私が行く。」
ガタリと席を立つロイに、アルは首を横に振った。
「いえ、僕が行きます。何か悪い病気だとしたら・・・・。」
「鋼のは、悪い病気ではないよ。」
アルフォンスの言葉を遮り、ロイは静かに言う。
「大佐、エドワード君の失踪に、やはり心当たりが
あるようですね。」
それまで黙って事の成り行きを見守っていた
ホークアイは、ロイの前に進み出ると、アルフォンスの
横に立つ。
「本当か?ロイ!!」
驚くヒューズに、ロイは頷くと、ゆっくりと一同を眺めて
口を開く。
「・・・・鋼のが失踪したのは、私が原因だ。」
「・・・・二人の間に、一体何が起こったんだ。ロイ・・・。」
ヒューズの問いかけに、ロイはじっとアルフォンスを
見つめながら言う。
「鋼の・・・いや、エドワードは、私の子を身篭っている。」
ロイの衝撃の告白に、一同は驚きのあまり、声が出ない。
「それって・・・・それって・・・・・・。」
ガタガタと真っ青な顔で震えるアルに一歩近づくと、
ロイはアルから目を反らさずに静かに言う。
「半年前、私は、君の姉を無理矢理犯した・・・・・・。」