第2話

 

 

 
           「鋼の・・・いや、エドワードは、私の子を身篭っている。」




           その言葉に、アルフォンスは酷い衝撃を受ける。
           目の前の男は、一体何を言っているんだ?
           アルは茫然とロイを見つめる。



           エドワードは私の子を身篭っている。

           エドワードハ 私ノ子ヲ 身篭ッテイル。
           
           エドワードハ ワタシノコヲ ミゴモッテイル・・・・。


           誰が?

           ・・・・・エドワードガ


           誰の子を 身篭っていると・・・・?

           ワタシノコヲ・・・・・
           



           ただの言葉の羅列。
           決して意味のある言葉ではない。

           そう、思いたかった。


           しかし・・・・・・。


           気が付くと、アルフォンスは、ロイに尋ねていた。
           それが嘘である事を祈るように。


            「それって・・・・それって・・・・・・。」

            だが、真実は時として、残酷である。
            ガタガタと真っ青な顔で震えるアルに一歩近づくと、
            ロイはアルから目を反らさずに静かに言う。



            「半年前、私は、君の姉を無理矢理犯した・・・・・・。」



            「嘘だぁああああああああ!!」
            その言葉を聞いた瞬間、アルフォンスは、ロイにタックルをかけ、
            床に仰向けに倒れこんだロイに馬乗りになると、
            狂ったように拳をロイの顔面に容赦なく叩き下ろす。


            「やめろ!アルフォンス!!それ以上やると、死んでしまう!!」
            慌ててヒューズが止めに入ろうとするが、
            その事が、アルフォンスの怒りを、更に増幅させる。
            何故、こんな男が庇われなければならないのだ!!
            アルフォンスは、ヒューズの手を乱暴に振り払うと、
            さらにロイに向かって拳を下ろそうとした。




           だが、一発の銃声が、それを留める。
           アルフォンスの右頬ギリギリに銃弾が掠め飛ぶ。




           「・・・・ホークアイ中尉。」
           空ろな瞳で、自分に発砲したホークアイを見つめる。
           「アルフォンス君、気持ちは分かるけど、落ち着いて頂戴。」
           ホークアイの言葉に、アルは笑い出す。
           「ホークアイ中尉も、大佐の味方なんだ・・・・・・。」
           「おい!アル!!」
           様子がおかしいアルに、ヒューズは肩に手を掛けようとするが、
           寸前で振り払われる。
           「ボクの気持ちが分かる?分かるわけないでしょ!!
           たった一人の姉が・・・・・・事もあろうに、信じていた人に
           裏切られて!!」
           ポタポタと流れ落ちる涙をそのままに、アルは叫ぶ。
           「・・・・・・そうね。アルフォンス君には、大佐を憎む権利が
           あるわ。でもね・・・・・。」
           ホークアイはゆっくりとアルに近づくと、そっとアルフォンスの
           身体を抱き締めた。
           「大佐をどうこうする権利があるのは、エドワード君だけなのよ。」
           「・・・・・・中尉・・・・・・。」
           アルフォンスは、がっくりと項垂れると、ホークアイに支えられながら、
           ゆっくりと立ち上がる。
           「ロイ・・・・・・。」
           ヒューズは、倒れているロイに手を貸して、起き上がらせると、
           その鳩尾に容赦のない一撃を与える。
           「・・・・・・ナイフで刺されなかっただけ、マシと思え。」
           いくら親友とは言え、ロイの行った行為に、ヒューズは激しい
           怒りを覚える。まして、エドを実の子供同様に可愛がっていたのだ。
           「・・・・・あぁ。分かっている。」
           ロイは血でぬれた唇を拭いながら、アルフォンスに一歩近寄る。
           「アルフォンス君。」
           ロイの声に、アルは殺気だった目を向ける。
           「ボクはあなたを絶対に許さない!!ここから、出て行け!!」
           「・・・・・・私は、本気でエドワードを愛している。」
           これだけは、分かって欲しいというロイの言葉に、アルは
           暗い笑みを浮かべる。
           「愛していれば、何をしてもいいという訳ですか?」
           「・・・・・・・・・・。」
           痛い所をつかれ、ロイは唇を噛み締める。
           「姉の気持ちを、あなたは考えた事があるのですか?」
           「それは・・・・・。」
           エドワードの気持ちを無視して、コトに及んだ自分に、
           ロイは吐き気がするほど嫌悪を感じる。
           「・・・・・もういい。姉はボクが必ず探します。だからあなたは
           二度とボク達の前に、現われないで下さい。」
           吐き捨てるように言うアルに、ロイは首を横に振る。
           「いや。それはできない。」
           「!!」
           ロイの言葉に、アルは鋭い視線を向ける。人を殺せそうなほど
           鋭い眼光に、ロイは一歩の引かず、真っ向から受け止める。
           「私は、エドワードを諦めることが出来ないんだ・・・・・・。」
           ロイの言葉に、再びアルフォンスの怒りが爆発する。
           「もう!いい加減にしてくれ!!これ以上姉さんを苦しめるなよ!!」
           「・・・・・・エドがどう思っているのか、アルに分かるの?」
           その場に、不釣合いなくらい、穏やかな声がして、
           アルは反射的に扉を振り返った。
           「ウィンリィ・・・・・。それに、ばっちゃん・・・・・・。」
           そこに、ウィンリィとピナコの姿を認め、アルは茫然と呟く。
           「アル、ごめんね。実はエドのこと、私知ってたの。」
           頭を下げるウィンリィを、アルは信じられないといった
           顔で見つめる。
           「・・・・知ってた?」 
           「うん。ごめん。」
           俯くウィンリィに、アルは溜息をつく。
           「ここ1カ月、ずっとボクが悩んでいたのを、ウィンリィは、知ってたよね。」
           「うん。そうだね。アル、すごく悩んでた。でもね、エドはそれ以上に
           悩んでいたんだよ。」
           だから、エドの思うとおりにしたのだというウィンリィに、アルは
           泣きそうな顔になる。
           「どうして、ボクにだけ知らされなかったんだよ!!」
           「アル、ウィンリィを責めるんじゃないよ。」
           ピナコはアルに語りかける。
           「本当なら、ずっと知らない振りをしているはずだった。だがね、
           ウィンリィはアルの悩んでいる姿を見て、どうしても知らない振りを
           し続けることが出来なかった。だから、賭けに出たんだよ。」
           「賭け?」
           その言葉に、ホークアイは反応する。
           だが、ピナコは、その問いに答えず、ゆっくりとロイの前に立った。
           「・・・・・久し振りだね。マスタング中佐、いや、大佐なんだっけ?」
           「・・・・・お久し振りです。ロックベルさん。」
           頭を下げるロイを、ピナコはじっと見定めるように見つめると、
           口を開く。
           「・・・・まさか、お前さんが子供の父親だったとはね・・・・・。」
           「・・・・・・。」
           無言のロイに、ピナコはニヤリと笑う。
           「エドは、父親に関しては、ガンとして口を割らなかったからね。
           でも、大体は想像していた通りだったが。さて、マスタング大佐。」
           「・・・・・はい。」
           神妙な顔のロイに、ピナコは意を決して口を開いた。
           「エドに本気だという言葉に、嘘偽りはないね?」
           「勿論です!!」
           即答するロイに、ピナコは更に言葉を繋げる。
           「エドに憎まれていてもかい?」
           「どうしても諦め切れません。例え何年かかっても、私は
           エドワードにこの想いを分かってもらうつもりです。」
           キッパリと言い切るロイに、ピナコは満足気に頷く。
           「そうかい。そこまで言うからには、相当の覚悟が
           あると思っていいのかい?」
           頷くロイに、ピナコは溜息をつく。
           「さて、どうしようかね。エドとの約束を破るわけにはいかないし。
           かといって、このままでは収まらない。」
           ピナコは、ロイをチラリと見ながら不敵に笑う。
           「どうだい?万に一つの可能性を求めてみるかい?」
           ピナコの言葉に、ロイは大きく頷いた。