第3話

 

 

        「それで、エドワードは、今どこに?」
        ロイの問いに、ピナコは首を横に振った。
        「知らないね。」
        「ばっちゃん!!」
        この後に及んで、何故居場所を知らないと言うのかと、
        アルはピナコに食って掛かる。
        「私は嘘は言ってないよ。エドが今どこにいるのかは、
        私らは知らない。ただ、エドにとって思い出のある場所と
        しか聞いてないからね。」
        ピナコの言葉に、ロイは考え込む。そんなロイの姿を
        じっと見つめながら、ピナコは口を開いた。
        「だから言ったろう?万に一つの可能性を求めてみるかと。」
        ピナコは、キセルから口を離すと、フーッとタバコの
        煙を天井に向けて吐き出す。
        「マスタング大佐が、その場所を見つけることが出来れば、
        エドはあんたを思っている事になる。だが、見つけられなかったら、
        縁がなかったと思って、あの子を諦めてくれないかい?」
        ピナコの言葉に、ロイは苦しそうに顔を歪める。
        「・・・・ロックベルさん。例え、何年かかっても、私は
        必ずエドワードと我が子を探し出します。」
        「忘れる事がエドワードの願いでもかい?」
        ピナコの言葉に、ロイはコクリと頷く。
        「マスタング大佐、あの子は、一度言い出したら、
        絶対に後には引かない。そういう所は、母親にそっくりだ。
        たった一人で子供を育てたトリシャに・・・・。」
        ピナコはそこで言葉を切ると、深い溜息をつく。
        「俺、この子を1人で育てるから。」
        ピナコの脳裏には、決意に満ちた顔で、そう言い切る、
        何処か誇らしげなエドの顔が浮かぶ。
        ”全く・・・・母子ともども、同じこと言うんだからねぇ・・・・。”
        エドとアルの母親も、夫が出て行った後、どちらかの子供を
        施設に預けてはという言葉に、ニッコリと微笑みながら、
        一歩も引かなかった。
        「この子達は、私が1人で育てます。」
        その時の誇らしげな顔に、エドの顔がオーバーラップする。
        「あの子が悩みに悩んだ結果を覆すのは、並大抵のことじゃないよ。
        アンタに、その覚悟があるのかい?」
        あのトリシャの子供だ。
        一度言ったことは、絶対に通す。
        真意を探るように、鋭いピナコの視線を、真っ向から受け止め、
        ロイは微笑んだ。
        「・・・・エドワードは、私にとって全てなんですよ・・・・。」
        ロイは、そっと視線をテーブルに落とす。
        「半年前、彼女を無理矢理抱いた私が、何を言っても言い訳にしかならない。
        しかし、私はエドワードを誰よりも愛している。彼女なしでは、私のこれからの
        人生はありえない。」
        きっぱりと言い切るロイに、ピナコは満足そうに頷いた。
        「・・・・・あの子を宜しく頼むよ。」
        「はい・・・・・。」
        力強く頷くロイに、場の雰囲気が和みかけたその時、場の雰囲気を
        破壊する勢いで乱暴に机を叩く音に、ハッと一同は音のした方へと
        顔を向ける。
        「・・・アル・・・・・。」
        困惑するウィンリィの言葉に、アルはギロリと全員の顔を睨む。
        「何言ってるの?ボクには全然理解できないよ。」
        ユラリと立ち上がると、扉へと向かって歩く。
        「待ちたまえ。何処へ行く気だ?」
        慌てるロイに、アルはフッと侮蔑した笑みを浮かべる。
        「あなたに言う義務はありませんが?どこへ行こうと、ボクの
        勝手でしょう?」
        「ちょっと、アル!!」
        慌てて引きとめようとするウィンリィの手を、乱暴に振り払う。
        「いい加減にしてくれよ。姉さんは被害者なんだ!
        それなのに、なんでみんな、この人を責めないんだよ!!」
        ロイを指差しながら、吐き出すように言うアルに、
        誰も何も言えなかった。
        気まずい沈黙が流れる中、アルはヒューズに顔を向ける。
        「ヒューズ中佐。もしも、エリシアちゃんが大佐にレイプされたら、
        今のように、平然としていられますか?」
        「・・・・・真っ先にロイを殺すだろうよ。」
        ヒューズの言葉に、アルは嬉しそうに笑う。
        「そうだよね。ボクは間違ってないよ。だからね・・・・・。」
        アルはパンと手を打つと、壁から槍を練成する。
        「おい!アル!!」
        槍をロイに向けるアルに、ヒューズは焦る。
        すかさずホークアイはロイとアルの間に入って、アルに銃を向ける。
        「アルフォンス君、落ち着いて頂戴。」
        「ホークアイ中尉って、大佐の事が好きなんでしょ?」
        アルの言葉に、ホークアイの目が険しくなる。
        「・・・・・・男女の恋愛としては、ノーだわ。でもね、部下としてなら、
        イエスよ。」
        一触即発の事態に、終止符を打ったのは、ロイの言葉だった。
        「いいだろう。私を殺したまえ。」
        「!!大佐!!」
        「おい!ロイ!!」
        慌てるホークアイとヒューズに、ロイはチラリと見ると小さく頷く。
        「だが、一度だけ私にチャンスをくれないかい?」
        「チャンス?」
        不機嫌なアルに、ロイは頷く。
        「一度だけでいい。私にエドワードを探させてくれないか?」
        もしも、見つけられなかったら、私は殺されても構わない。と
        言い切るロイに、アルフォンスは、溜まらず笑い出す。
        「何を言っているんですか?大佐。ボクの話を全然聞いていない
        んですね。ボクはね、二度と姉さんに会わないで欲しいって、
        言っているんですよ。」
        アルは手にした槍を再びロイの心臓へと狙いを定める。
        「姉さんは、ボクが必ず見つけ出します。南部にいる事は
        間違いないのだから、何年かかっても、見つけてみせるよ。」
        だから、安心して死んでよと、アルは槍を握る手に力を込める。
        「・・・・エドワードは、南部にはいない。」
        呟かれるロイの言葉に、アルの動きが止まる。
        「なんで、そんなことがアンタに分かるんだよ!!」
        憤慨するアルに、ロイは穏やかな笑みを浮かべる。
        「そこは、私にとってもっとも思い出深い所だからだよ。
        多分、エドワードはそこにいる。」
        きっぱりと言い切るロイに、アルは茫然と槍を床に落とすと、
        ツカツカとロイに歩み寄ると、胸倉を掴んだ。
        「なんで、弟であるボクが分からないのに、他人のアンタが
        分かるんだよ!!ボクは誰よりも姉さんを理解している!!」
        ポロポロと涙を流しながら、アルは崩れるように床に腰を降ろす。
        「アル・・・・。」
        慌ててウィンリィがアルの背中を支える。
        「・・・・・・大佐は、姉さんがどこにいると思っているんですか・・・?」
        暫く俯いていたアルは、やがて顔を上げると、じっとロイの顔を見上げる。
        「・・・・ここからそう遠くに離れていない、エリュシオンという村だよ。」
        「・・・・エリュシオン・・・・?」
        どこかで聞き覚えのある村の名前に、アルフォンスはぼんやりと
        その言葉を繰り返す。
        「・・・・・・本当に何もない村だ。だが、このリゼンブールのように、
        村人達は、優しさに満ちている。」
        「そこで、姉さんと何が・・・・・・?」
        ロイは自嘲の笑みを浮かべる。
        「別に何もないさ。」
        「えっ?」
        ロイの言葉に、アルは驚きの余り、目を見開く。思い出の地と
        いうのだから、二人にとって特別な事があったと思っていただけに、
        ロイの言葉にアルを始め、その場にいる者は、戸惑いを隠せない。
        「彼女にとっては、ほんの些細な出来事さ。でも、私にとっては
        違うんだ。」
        見ている人間が幸せになるくらい、ロイは穏やかな笑みを浮かべていた。
        だが、それ以上言いたくないのか、ロイはそのまま口を閉ざす。
        「・・・・・・大佐、ボク、ちょっと頭を冷やしてきます・・・・。」
        やがてポツリとアルは呟くと、のろのろと立ち上がり、ゆっくりと
        家から出て行く。
        「アル!!」
        「アルフォンス君!!」
        その後を、慌ててウィンリィとホークアイが追いかける。
        「・・・・・さて、そろそろ私は帰るよ。あんた達はここに泊まるといい。」
        その言葉に、ロイは慌てて首を横に振った。
        「いえ!私は・・・・・。」
        「言っとくが、この村には泊まるとこなんてないよ。」
        ロイの言葉を遮り、ピナコはピシャリと言った。
        「ですが、アルフォンス君が・・・・。」
        姉を強姦した男とは一緒にいたくはないだろう。
        そんな言葉を察し、ピナコは苦笑する。
        「アルはうちに泊めるから、安心するんだね。」
        それ以上、聞く耳を持たないと、ピナコはさっさと家を出て行く。
        「ロイ・・・・・。」
        ポンと肩を叩く親友に、ロイは微笑む。
        「なぁ、ヒューズ・・・・・。」
        「ん?」
        ロイは視線を床に落とすと呟く。
        「こんな事を言うと、とても不謹慎だという事は、分かっている。
        だが、私はとても嬉しいのだよ・・・・。」
        「嬉しい?」
        ロイは穏やかに微笑みながら言う。
        「あぁ、そうだ。愛する人が、私の子供を産んでくれるのが。」
        「・・・・あぁ、そうだな。ロイ。」
        だが・・・・と、ロイは辛そうな表情をする。
        「私は命令とはいえ、多くの人達の命を奪ってきた。
        この血塗られた手で、愛する人や子供を抱き締めてもよいのだろうか。」
        「何、今更弱気になってんだよ。さっき、絶対に諦めないって言った
        ばかりじゃねーか。」
        バンバンと背中を叩くヒューズに、ロイは弱弱しく微笑む。
        「あぁ・・・・。私は父親になるのだからな。弱気になどなっていられないな。」
        「そうだぞ!よし!今夜は徹夜だ!新米パパの為に、先輩パパの
        俺が、子育てのレクチャーをしてやろう!!」
        「・・・・いや・・・・その・・・ヒューズ・・・・。」
        それは、散々聞いたからと、逃げ腰になるロイの背中をバンバンと
        叩くと、椅子に無理矢理座らせる。
        「いいから。いいから。遠慮すんなって!そう、エリシアちゃんを身篭った
        時のグレイシアの美しさといったら・・・・。なんていうの?まるで女神様の
        ようで、日に日に美しさに磨きがかかってさぁ〜・・・・・・。」
        延々と繰り返されるヒューズの愛妻&愛娘激ノロケトークをBGMに、
        ロイはエドに想いを馳せていた。
        「エディ・・・・・。」
        今頃君は何をしているのだろうか。
        「絶対に見つけ出す。そして、決して離しはしない。」
        ロイは決意も新たに、手を握り締めた。









        
        「アル・・・・・?」
        丘の上にひざを抱えるように座っているアルの後ろ姿に、
        ウィンリィとホークアイは、声をかけられず、暫く全てを拒絶して
        いるアルの背中を見つめていた。
        「・・・・・マスタング大佐だったんだ・・・・・。」
        やがて、ポツリと呟かれるアルの言葉に、ウィンリィとホークアイは
        顔を見合わせる。
        だが、アルは二人が聞いていても、聞いてなくても、お構い無しに、
        ポツリポツリと話し出す。
        「姉さんが、行方不明になった時、ボク姉さんの荷物を調べたんだ。
        軍への連絡先がないかどうか・・・・・。そこで、気づいたんだ。
        姉さんの荷物の中で、たった一つだけなくなっているものが
        あるって。」
        「無くなっているもの・・・・・?」
        ホークアイは聞き返す。
        「うん。ただのしおりなんだけどね・・・・・。姉さん、いつもそれ見て、
        幸せそうに微笑んでいた。」
        どんなにボロボロになっても決して捨てようとはしなかった姉。
        練成で直すこともせず、肌身離さず持っていたしおりに、アルは
        それが大切な人から貰ったものだということに、薄々気づいていた。
        「お守りだから・・・・・。」
        先程見たロイの顔が、愛しそうにしおりを見つめる姉の顔と、
        同じように、とても穏やかな目をしていると気づいた時、ロイが
        しおりの贈り主だと気づいた、アルフォンスだった。
        「今から考えてみると、姉さんがしおりを手にした場所って、
        エリュシオンだった気がする。」
        その頃、自分たちは、遅々として進まない、賢者の石の探索に、
        憤りを感じていた。日に日に深まる絶望や焦り。それに加え、
        旅から旅への生活は、確実にエドワードの体力を奪っていった。
        日毎に塞ぎこんでいくエドワードに、成す術がない自分に、
        アルは己を激しく責めていた。そんな矢先、些細なことで
        姉弟喧嘩をしてしまい、怒って走り出す列車からエドが飛び降りた
        のは、天の花園という意味を持つ『エリュシオン』だった。
        慌てて次の駅から引き返したアルが見たものは、穏やかな顔の
        エドワードであったことを覚えている。
        「・・・・その時から姉さんは変わった。どんなに苦しくても、
        どんなに辛くても、決して諦めない強さを持つようになった。」
        もしも、姉を変えたのが、ロイであるのならば、自分は適わない。
        アルフォンスは、涙を堪えるように、夜空を見上げた。
        「・・・・・それで、アルフォンス君はどうするつもりなの?」
        静かに尋ねるホークアイに、アルは弱弱しく溜息をつく。
        「わかりません。ただ、これだけは言えます。ボクは世界で一番
        姉さんが大好きです。だから、姉さんは幸せになって欲しい。」
        アルはゆっくりと二人を振り返った。
        「ウィンリィ・・・・。聞かせてくれないか?姉さんがウィンリィに
        何を言ったのかを。」
        一瞬、ウィンリィは戸惑ったが、縋るようなアルの目に、
        ゆっくりと頷いた。
        「今から、二ヶ月前の事よ・・・・・・・。」
        ウィンリィはゆっくりと語りだした。