「エド・・・・・・・。」
扉を開けたウィンリィに、エドはにこやかに
片手を挙げる。
「久し振り。ウィンリィ。」
一ヶ月前、暗い表情をしていたエドだったが、
吹っ切れたのか、久し振りの明るい顔に、
ウィンリィは、ほっとして家に入るように
促した。
「おや、エド。よくきたね。」
エドが入ってきた事に気づいたピナコは、
穏やかなエドの表情に、内心安堵の溜息を洩らす。
「あのさ・・・・。二人に聞いて欲しい事があるんだ。」
ソファーに座ると同時に、エドは口を開く。そんな
真剣な表情のエドに、ウィンリィとピナコも、真剣な顔で
頷く。
「・・・・・・俺、この子を1人で育てるから。」
愛しそうに自分の下腹部を撫でるエドに、ウィンリィは
驚いて詰め寄る。
「ちょっと!何馬鹿な事言ってんのよ!!」
てっきり子供の父親に報告して、結婚をするのだと
ばかり思っていただけに、エドの爆弾発言に、
ウィンリィの怒りが爆発する。
「子供の父親は!?何て言ってんのよ!!」
まさか堕ろせと言われたのだろうか。
だからエドがこんな事を言い出したのかと、
ウィンリィは泣きそうになる。
「あいつには、何も言ってないし、これからも、
何も言う気はない・・・・・・。」
静かに言うエドに、ピナコは静かに問いかける。
「父親が誰か、わたしらにでも、言えないかい?」
「ああ。」
きっぱりと言うエドに、ウィンリィは絶叫する。
「エド!!」
「・・・・・・・ごめん。ウィンリィ。あいつに迷惑を
かけられないんだ・・・・・・。」
悲しそうな笑みに、ウィンリィは、ギュッと唇を噛み締める。
「・・・・・軍関係の人・・・・・?」
「・・・・・・・・・・・。」
黙り込むエドに、ウィンリィはさらに詰め寄る。
「そうなんでしょ!!ねぇ、エド、答えてよ!!
エドが言えないなら、その人に私が言ってあげるから!!」
そう叫び出すウィンリィに、珍しくエドが怒鳴りだす。
「やめろよ!!そんな事すれば、いくらウィンリィだって、
絶対に許さない!!」
まるで親の敵を見るかのような目で見られ、ウィンリィは
唖然とする。ショックのあまり茫然と佇むウィンリィを、
優しく椅子に座らせると、ピナコはエドに確認をする。
「・・・・・・子供を堕ろそうとは、思わないんだね?」
「嫌だ!絶対に!!」
真っ青な顔でお腹を庇いつつ、首を横に振り続けるエドに、
ピナコは溜息をつく。
「エド。子供を育てるのは、簡単じゃないんだ。」
その言葉に、エドの身体はピクリと震える。
「それに、父親に何も話さないという事も、あたしは
感心しないねぇ。」
「でも・・・・あいつ、優しいから、こんな事になったら、
結婚しようって言い出すに決まっている・・・・・。」
俯くエドに、ウィンリィは説得を試みる。
「ならいいじゃない。結婚すれば。」
「・・・・・・好きだから・・・・。誰よりも好きだから、結婚は
したくない・・・・。」
俯くエドに、ウィンリィは遠慮がちに尋ねる。
「もしかして、相手の人に奥さんとか・・・いるの・・・・・?」
「ううん・・・・。でも、時間の問題・・・・・。」
泣き出しそうなエドに、ウィンリィは絶句する。
「ちょ・・・ちょっと待ってよ!相手の男って、エドの事は
遊びだって言うの?」
やはり許せない!特大スパナで殴ってやる!!と
興奮するウィンリィに、エドは悲しそうな顔で
言った。
「俺の事を愛してるって言ってくれた。」
ポツリと呟かれるエドの言葉に、ウィンリィは、じれったそうに
言う。
「じゃあ、何が問題なのよ!!」
「俺、絶対にあいつの足手まといになる・・・・・。」
人体練成を行ったし・・・・・。
その言葉に、ウィンリィとピナコは絶句する。
確かに、人体練成を行ったことがバレれば、相手の男は
もちろん、エド達の身も危ない。
「あいつは、有能で、モテるから、俺なんかの事を忘れて、
相応しい人と結婚するよ。」
「エド・・・・・。」
泣きそうな顔のエドに、ウィンリィも涙を堪えながら、
唇を噛み締める。大切な幼馴染が、こんなに苦しんでいるのに、
自分は何も出来ないことが、ウィンリィはとても悲しかった。
「それに、俺にはこいつがいる・・・・。」
エドは愛しそうに、自分のお腹を撫でる。
「生まれて初めて好きになった人の子どもだもん。
絶対に産みたい・・・・・。」
だから、もういいのだ。ときっぱりと言い切るエドに、
ピナコは諦めたように溜息をつく。
「全く・・・・・。本当に母子だよ。トリシャと同じ事を言う。」
「母さんと・・・・・?」
首を傾げるエドに、ピナコは苦笑する。
「あぁ、子供たちは自分1人で育てると言い切った母親と、
今のエドは同じ顔をしているよ。」
「母さんと・・・・・。」
ピナコの言葉に、母親から勇気をもらった気がして、
エドは微笑んだ。
「・・・・それでさ、ばっちゃんにウィンリィ・・・・・・。」
エドは意を決して深々と頭を下げる。
「アルの事、宜しく頼む。」
「なんだって?どういうことだい。エド。」
エドはゆっくりと顔を上げると、ピナコを見つめて言った。
「俺、ここを出て行こうと思っているんだ。アルに内緒で。」
「・・・・・どうして!?ねぇ!どうしてよ!!」
ウィンリィは、泣きながらエドに縋りついた。
「エド、ここで産めばいいじゃない!馬鹿なこと考えないで!!」
「そうだよ。エド。せめてここで産んで私らを安心させてくれないか?」
ウィンリィとピナコの両方から懇願されて、エドは困ったように
俯く。
「アルに知られると、血の雨が降る・・・・・。」
確かに、超シスコンのアルフォンスがこのことを知ったら、
お腹の子供の父親は、無事では済まないだろう。下手すると、
殺されるかもしれない。
「確かに、アルを殺人者にしたくないって気持ちは分かる
けど・・・・・。」
困惑するウィンリィに、エドは苦笑する。
「大丈夫。あいつはアルよりも強いから・・・・・。」
でも、どちらも無傷では済まないだろうというエドに、
ウィンリィは溜息をつく。
「でも、アルの気持ちを考えてあげて。」
ウィンリィは静かに言う。確かに怒ったアルフォンスは怖いが、
ちゃんとエドの気持ちを伝えれば、判ってくれるはずだ。
「アルなら一緒に子供を育てようと言ってくれるよ。」
だから、ここでみんなで子供を育てようと言うウィンリィに、
エドは首を縦には振らなかった。
「ここにいれば、必ずあいつにこの事がバレル・・・・・。」
「でも!」
必死のウィンリィに、エドは苦笑する。
「・・・・・それに、咎人の俺が、これ以上幸せになっては
いけないんだ。」
ウィンリィは、エドにしがみ付く。
「エドの馬鹿、馬鹿、馬鹿ーーッ!!」
「ウィンリィ・・・・・。」
えぐえぐと泣きながら、ウィンリィはエドに言う。
「いい?エド。幸せになっちゃいけない人って、いないんだよ。
そんな悲しいこと言わないで・・・・・・。」
「ごめん・・・ウィンリィ・・・・。俺はこれだけで幸せなんだ・・・。
だから、これ以上の幸せはいらない。それだけだ。」
穏やかな笑みを浮かべるエドに、ピナコは溜息をつく。
「全く・・・おまえときたら・・・・。あの時と同じだね。
機械鎧の手術を受けると決めた時も、家を焼いた時も、
国家錬金術師になると言った時も、1人で決めて、1人で
遣り遂げてしまう・・・・・・。」
ピナコはエドの肩を優しく叩く。
「何処へ行くつもりだい?」
「・・・・・・俺の一番思い出のある場所。ごめん。
それ以上、言えないや・・・・・。」
場所すら言おうとしないエドに、ピナコは決意の程を感じ、
息を呑む。
「わかったよ。思う通りにやってごらん。ただし、これだけは
約束しておくれ。子供が生まれたら、必ず知らせる事。
それから、何年先でもいい。子供と共にここに、戻ってくると。」
「ばっちゃん・・・・・。」
ピナコの優しさに、エドは流れる涙を拭おうともせずに、ただ
首を縦に振り続けた。
「うん!約束するよ。必ず戻ってくる。子供と一緒に・・・・・。」
エドはピナコに抱きつくと、声を上げて泣き出した。
「・・・・エドね、言ってたの。お腹の子供は、『生まれて初めて
好きになった人の子ども』だって。『絶対に産みたい』と、
幸せそうに言っていたよ。」
ウィンリィの言葉を、アルは静かに聞いていた。
「だからね、私エドの願いを叶えてあげたいって、
その時思ったの。でもね、アルの姿見てると、
どうしても黙っていられなくって・・・・・。」
俯くウィンリィをホークアイは優しく肩を抱き寄せる。
「それに、私やっぱりエドには、好きな人と結婚して欲しかったの。
だから・・・・・。」
「賭けに出たのね?」
ウィンリィの言葉を、ホークアイは繋げた。
「アルに知らせれば、もしかしたら、子供の父親が来るかも
しれないって思った。」
だから、真剣にエドを愛しているロイの姿を見て、とても
嬉しかったのだと、ウィンリィは言った。
「・・・・・・・ホークアイ中尉。」
「何?」
ポツリと呟くアルの言葉に、ホークアイは顔を上げる。
「明日出発する大佐に、伝言を頼めますか?」
「いいわよ。」
頷くホークアイに、アルは穏やかな笑みを浮かべて伝言を
託す。
「絶対に姉さんを連れ戻してきてくださいって。もしも、見つけられ
なかったら、『義兄(あに)』とは認めないって。」
その言葉に、ウィンリィもあたしもあたしもと手を上げる。
「あたしも!伝言!!もしもエドを泣かせたら、特大
スパナをぶつけるって、言って置いてください!」
その言葉に、ホークアイはにっこりと微笑む。
「わかったわ。確かに伝えるわね。でも、もしも
大佐がエドワード君を連れてこれなかったら・・・・・。」
そう言うと、ホークアイは愛用の銃を取り出す。
「ウィンリィちゃんのスパナより先に、私の銃が大佐の頭に
風穴を開けることになるだろうけどね。」
フフフフフと、黒い笑みを浮かべるホークアイに、
アルは心の底から笑う。そして、星空を見上げると
どこかにいる姉へと想いを馳せる。
”姉さん・・・・・。”
アルの頭上を、流れ星がキラリと横切った。
「ん?誰・・・?」
ふと誰かに呼ばれた気がして、エドワードは顔を上げた。
「はっ、馬鹿みてぇ。誰もいる訳ないのに・・・・。」
自嘲するエドのお腹に、軽い衝撃が走る。
「ごめん。ごめん。お前がいるよな。」
エドは、自分のお腹を蹴ったお腹の中の子供に、
苦笑しながら話しかける。
「お前がいて、ママはとても幸せだよ。」
優しくお腹を摩りながら、エドは幸せそうに微笑んだ。
「・・・パパはいないけど、その分、ママがお前を
愛するからね。」
エドワードは、そう言うと、ポケットからボロボロのしおりを
取り出して、切なそうに眺めた。
「今頃、大佐も好きな人と結婚してるかな・・・・・・。」
ふと脳裏に、2ヶ月前のロイの姿が浮かび上がる。
”愛している。誰よりも。”
ふと垣間見てしまったロイの姿。電話の相手に向かって、
幸せそうな顔をするロイに、エドは全身冷水を浴びたような
ショックを受けた。
「やはり、俺の事はなんとも思っていなかったんだ・・・・。」
ロイの出世の為に、黙って身を引こうと決意したエドだったが、
ロイの自分に対する想いを疑った事はなかっただけに、
エドのショックは計り知れない。
「あ〜あ、止め!止め!辛気臭い!最初から1人で
育てるつもりだったし、いいじゃん!俺にはこの子がいれば、
それで十分!!」
悩むのは性に合わないとばかりに、エドは編み物を再開する。
子供の為にと、編み物をしている自分の姿に、
エドは内心苦笑する。
「まさか、この俺が編み物をするなんてな・・・・・。」
今までのエドなら、練成すればいいと思っていたが、やはり
愛する我が子の為に、不恰好だが、心を込めて編んであげた
物を着せてあげたいと思うようになっていた。
「さて、そろそろ寝ようかな。夜更かしは身体に悪いし。」
エドは軽く伸びをすると、編み物を片付けて、部屋の明かりを消す。
パタンと閉じられた部屋から見える窓からは、優しい月明かりが
差込み、遠くの空にキラリと流れ星が横切った。