「愛しているんだ・・・・・。」
初めてあの人に抱かれた時、
何度も囁かれる言葉に、嬉しくて涙が流れた・・・・・・。
「ここ・・・・どこ・・・・?」
ふと目が覚めたエドワードは、ぼんやりとした頭で辺りを見回す。
見慣れない部屋に、エドは首を傾げつつ、記憶を遡る。
「俺・・・確か・・・・・・。」
唐突に自分がロイに抱かれた事を思い出し、慌ててベットから身を
起こすが、下半身に鈍い痛みを感じ、身体を丸ませる。
「イタ・・・・・・・。」
自分の姿を見回すと、どうやら眠っている間に、ロイが処理をしたらしく
真新しい、たぶんロイのであろう、パシャマの上だけを着せられていた。
自分の服はと辺りを見回すと、ベットの脇に置いてある椅子の背に、
服がかけてあり、ほっと安堵の溜息をつく。
「ところで、ここ何処?」
ゆっくりとベットから抜け出すと、窓へと素足のまま歩いていく。
窓からの景色に、全く見覚えはなく、困惑気味に部屋の中を
見回す。月明かりの中、ぼんやりと浮かび上がる書棚の中身が、
錬金術関係のものが大半である事実に、ロイの自宅であると
直感したエドは、慌てて服を着替え始める。
今、ロイと鉢合わせしたら、自分はどうなってしまうのか。
その恐怖に、エドは手早く服だけを着替え終わると、窓を開ける。
ひんやりとした夜風が、エドの編まれていない髪を揺らす。
運の良い事に、この部屋は一階であった為、エドは窓の桟に
足を乗せると、思いっきり床を蹴って、外へと飛び降りる。
柔らかい芝生の上にエドが着地したと同時に、部屋のドアが
静かに開けられる。
「エディ?」
手に水差しとコップを載せたトレイを手に、ロイはゆっくりと
部屋の中へ入ったのだが、空のベットに、ロイは慌てて
サイドテーブルにトレイを置くと、開けられた窓から、身を乗り出す
ように外を見回すが、愛しい少女の姿は何処にもなかった。
「エディ・・・・。エディ・・・・・。」
唇を噛み締め、俯くロイの姿に、物陰から見ていたエドは、
ズキリと心が痛んだ。今すぐにでも、ロイの腕の中へ飛び込みたい。
そう思うと同時に、罪で穢れた自分が、果たしてその隣に立って
良いのかという恐怖が、エドの心を覆い尽くす。
結局、逃げるようにロイの家を後にしたエドは、その後直ぐに
賢者の石を見つけ、アルと自分の身体を元に戻す事に成功
する訳なのだが、今度は、その事が重くエドの心に圧し掛かる。
成功したとはいえ、人体練成は禁忌。バレれば、自分達姉弟は
元より、後見人であるロイの身も危ない。彼を守る為、エドは
アルと共に身を隠す決心をしたが、その直後、自分がロイの
子供を妊娠している事に気がついた。1カ月悩んだ末、自分
1人で育てる事を決意したエドは、姿を消す前に、最後に一目
だけでもロイに会いたくて、東方司令部へと足を向けたのだが、
そこで、エドは衝撃を受ける事になる。
ドキドキする胸を押さえつつ、そっとロイ個人の執務室の扉を
開けたエドだったが、そこから聞こえるロイの言葉に、エドは
中に入る事が出来なかった。
「愛している。誰よりも。」
”誰を?”
咄嗟に顔を上げて扉の隙間から中を覗くと、ロイが幸せそうな笑みを
浮かべて電話をしている最中だった。
”俺じゃなかった・・・・・・。”
多分、電話の相手が本命なのだろう。自分はロイに愛されていると、
何で思い上がっていたんだろう。全身に冷水を浴びせられたような
ショックに、ふらふらと中庭を歩いているところを、ハボックに見つかり、
そのまま司令部へと連行されてしまった。
”一体、ロイの本命って誰なんだろう・・・・。”
「どうしたの?エドワード君。」
ぼんやりと考えているところ、ホークアイが声をかけてきた。
「な・・・なんでもないよ。」
エドはニッコリと微笑みながら、紅茶を飲む振りして、横目で
ホークアイの様子を伺う。
”やっぱ、中尉みたいに、綺麗で大佐の事を良く理解してて、
隣に立ってもなんら遜色のない、完璧な大人の女の人なのかなぁ・・・。”
ぼんやりとそんな事を思っていたエドだったが、次に聞こえてきた、
いくらか苛立ちを含んだロイの声に、驚いて腰を浮かせる。
「鋼の、執務室へ来てもらうぞ。」
走ってきたのか、肩で息を整えたロイが入り口に立っていた。
「え〜。面倒〜。」
いつものように振舞えただろうか。エドは内心ビクビクしながら、
いつも通りに憎まれ口を叩く。
「いいから、来るんだ!!」
ロイは丁度紅茶をテーブルに置こうとしたエドの左腕を掴むと、乱暴に椅子から
立ち上がらせる。
「痛いよ!大佐!!」
「いいから・・・・。来てくれ・・・・・・。」
憤慨するエドに、ロイはそう呟くと、エドを引き摺るようにして、
個人の執務室へと足を向ける。
「鋼の・・・・。」
ロイの呼びかけに、エドは一瞬先程のショックを思い出し、唇を噛み締めるが、
直ぐに何でもないような風を装った。
「どうしたんだよ?大佐。真面目な顔をしちゃって。」
内心の動揺を悟られまいと、わざと明るくクククと笑うエドとは対照的に、
ロイの表情は、どこまでも真剣でエドをじっと見つめる。
そのロイの表情で、エドはロイの言いたい事を察知する。
”そっか・・・そうだよな。こんなガキに手を出したなんて、
本命に知られたくないってことか・・・・・。”
「エディ・・・・・。私は本気なんだよ。」
”大佐、本気で相手の事を・・・・・・。”
だんだんと瞳に涙が溜まりそうになるエドに、心配になったのか、
ロイが自分に向かって手を伸ばすのを、エドは反射的に払いのける。
「触るな!俺に!!」
「・・・・・っ!!」
激しいエドの拒絶に、ロイは痛そうな顔で謝罪する。
「・・・・すまない。だが、私は!!」
ロイの悲痛な表情に、エドはギリッと奥歯を噛み締める。
”言い訳なんか、聞きたくない。俺は大佐に選ばれなかった。
ただそれだけ・・・・・・。”
「大佐・・・・・。」
自分の声で、ハッと目が醒めたエドは、ぼんやりする頭を
軽く払うと、ゆっくりとベットから起き上がった。
「また・・・・あの夢・・・・・・・。」
繰り返し、頻繁に見る夢に、エドは深い溜息をつく。
原因は分かっている。最後に見たロイの悲痛な表情と、
全てを拒むかのような後ろ姿が原因だ。
自分の心に精一杯で、ロイから逃げるように身を隠した事に、
エドは罪悪感を感じていた。
「でも、俺さえいなければ、大佐は好きな人と結婚できるん
だよな・・・・・。」
大佐は優しい人間だから、強姦した事実に、責任を感じて
いるだけだ。ただ、それだけ・・・・・。
「あれ?変だな・・・・。何で涙が・・・・。しっかりしろ!!俺、
お母さんになるんだから、これくらいで・・・泣いちゃ・・・・・。」
エドは我慢しきれず、嗚咽を洩らしていると、コンコンと控えめな
ノックの音が聞こえ、慌てて乱暴に涙を拭く。
「私です。クリストファーです。」
その声に、慌ててエドは扉を開く。
「こんにちは。お加減は如何ですか?あっ、これ貰い物ですが、
リンゴです。」
ニコニコと笑いながら立っているクリストファーに、エドは
ニッコリと笑いながら、家の中へ招き入れる。
「いつもすみません。先生。だいぶ体調がいいです。」
「どうかしたんですか?目が真っ赤ですが。」
心配そうに自分の顔を覗き込むクリストファーに、エドはぎこちない
笑みを浮かべる。
「さっき、クリームシチューを作ろうとして、玉ねぎを切って
たんですよ。」
「それなら、良いのですが・・・・・。」
それ以上、追求せず、クリストファーは、テーブルの上にリンゴが
入った籠を載せると、エドの大きいお腹を愛しそうに撫でる。
「健やかに育って下さいね。」
「変な事を頼んで、本当にすみません・・・・・。」
真っ赤になるエドに、クリストファーは、頭を払う。
「いいえ。これくらい大したことではありませんよ。でも、そんなに、
私の声が、お腹の子の父親の声と似ているんですか?」
「ええ・・・・・。初めて聞いた時は、驚きました。」
当時を思い出したのか、エドは頬を紅く染めた。
「せめて、子どもには声だけでも聞かせたくて・・・・・。」
父親を知らずに育つ我が子の為、せめて声だけでもと、無意識に
思ったのだろう。
だから、命を助けてもらったお礼をと言うクリストファーに、
子供がお腹にいる間、時々は語りかけて欲しいと、無理なお願いを
してしまったのだ。
「私は別に良いのですけど、子どもにとってはどうでしょうか・・・・。」
「先生?」
クリストファーの言葉に、エドはキョトンと首を傾げる。
「いくら声が似ているとは言っても、他人の声よりも、実の父親の
愛情溢れる言葉の方が、子どもにとって、一番大事な事だと
思いますよ。そうではありませんか?マスタングさん。」
「え?」
クリストファーの言葉に、弾かれる様に顔を上げるエドの目に、
扉の前で佇むロイの姿があった。
「エディ・・・・・・。」
「大佐・・・・。何で・・・・・・。」
穏やかな笑みを浮かべるロイに、エドは茫然と佇む事しか出来なかった。