第7話

 

 

             「どうして・・・・・。」
             茫然と呟くエドに、ロイはゆっくりとエドの元へと
             ぼんやりと自分を見上げているエドの身体を抱き締める。
             「会いたかった・・・・・。エディ・・・・・・。」
             その言葉に、ハッと我に返ったエドは、慌ててロイの
             腕から逃れようとするが、ガッチリと抱き締められていて、
             エドは逃れる事は出来なかった。
             「離せよ!!大佐!!」
             「嫌だ!!」
             ますますエドを抱き締める腕に力を込めるロイに、にっこりと
             微笑みながら、クリストファーが声をかける。
             「マスタングさん。あまり強く抱き締めると、お腹の赤ちゃんが・・・・・・。」
             その言葉に、ハッと我に返ったロイは、少しだけ力を緩めると、
             心配そうにエドの顔を覗き込む。
             「大丈夫か?エディ。」
             ロイの表情に、エドの心がズキリと痛む。
             ”そんな顔をするなよ。誤解してしまうじゃんか!!”
             半分涙目になりながら、エドは俯くと小声で呟いた。
             「久し振り。大佐。ここには、任務かなにか?」
             「・・・・・君を迎えに来たんだ。」
             驚いて、顔をあげるエドに、ロイは穏やかな笑みを浮かべる。
             「何で?」
             惚けて言うエドに、ロイは苦笑する。
             「親子三人で暮らそう。」
             ロイの言葉に、エドは悲しそうに顔を歪める。
             つまり、子どもが出来たから、仕方なく責任を取るのだろう。
             自分はロイを愛している。だから、ロイはお情けで好きでもない
             自分と、結婚するなど許せないと思った。自分の想いが
             汚されたみたいで、エドは自分がすごく惨めに思えた。
             エドはロイを睨みつけながら、ゆっくりと後ずさる。
             「エディ?」
             「・・・・・このお腹の子どもは、あんたの子どもじゃない!!」
             叫ぶエドに負けずに、ロイも怒鳴る。
             「私の子どもだ!!」
             「違うって言っているだろ!!」
             怒鳴りあう二人に、クリストファーはクスクス笑う。
             「先生!!何だって、こんな奴を連れてきたんだよ!!」
             ムーッとむくれるエドに、クリストファーは、にっこりと笑う。
             「エドちゃんの大切な人だと思って。」
             アハハハと笑うクリストファーに、エドは思わず真っ赤になる。
             「なっ!!違う!!」
             「あぁ、そんなに興奮しないで下さい。お腹の子どもに、
             悪影響ですよ。」
             にっこりと微笑まれて、エドは言葉に詰まったように、
             大人しくなる。
             「微笑ましいですねぇ。夫婦喧嘩って。喧嘩出来なくなったら
             おしまいですよ。・・・・・・・私のように・・・・ね?」
             「先生?」
             先程とは打って変わって悲しそうな顔のクリストファーに、
             エドは恐る恐る声をかける。
             「・・・・・聞いてくださいませんか?私の懺悔を・・・・・・。」
             お二人には聞いて欲しいんですと、頭を下げるクリストファーに、
             毒気を抜かれたエドとロイは、一瞬顔を見合わせると、
             ゆっくりと頭を縦に振った。
             





             身重のエドを支えるように、ロイはエドの横に腰を降ろすと、
             クリストファーは、テーブルを挟んで向かい側のソファーに
             腰を降ろすと、静かに語りだした。




             「私の妻が亡くなって、そろそろ一年が経とうとしています・・・・。」
             思っても見なかった話にエドは困惑した目でクリストファーを
             見つめる。
             「当時の私は、お金だけが全てだと信じていた。私の父は
             腕の良い医者でしたが、治療代をほとんど取らないような人でした。
             お陰で、家はいつも貧しく、そんな父に愛想をつかした母は、
             私が8歳の時に、家を出て行ってしまったのです。
             私はその時、思いました。お金さえあれば、幸せになれると。」
             そこで一旦言葉を区切ると、クリストファーは溜息をついた。
             「・・・・・結婚してから、私は最愛の妻を幸せにしたくて、
             一層仕事に重点を置くようになったのです。妻は大人しく、
             優しい人で、私は妻も私の意見に賛同していると
             思い込んでいたのでした。ですが・・・・・・。」
             ギリッと唇を噛み締めるクリストファーに、ロイが見かねて声を
             かける。
             「それ以上は・・・・・・。」
             「いえ!聞いてください。」
             クリストファーは顔を上げると、ロイとエドを見て悲しそうに微笑んだ。
             「あなた達は私達と同じ過ちを繰り返そうとしている。だから、
             聞いて欲しいんです・・・・。」
             クリストファーは再び話し始めた。
             「ある日、私は医学学会の為、一ヶ月ほどセントラルへ出張する
             事になりました。ところが、出発の前夜、妻が思いつめた顔で、
             私にこう言いました。お金など欲しくはないと。それよりも、
             ずっと一緒にいて欲しいと・・・・。私はその言葉に、我を忘れました。
             私が仕事をしているのは、愛する妻の為なのに、妻からそれを
             否定され、どうしようもない怒りを、一方的に妻にぶつけてしまった
             のです。妻の意見など一切聞かずに、一方的に私はひどい言葉を
             ぶつけ、その罪悪感から、家を飛び出したのです。その時の、
             彼女の悲しそうな顔が、今でも浮かぶんです・・・・・。」
             流れ落ちる涙を、グイっと拭うと、息を吐き呼吸を整える。
             「一ヵ月後、セントラルから戻った私が知らされたのは、私が
             帰ってくる前日に、妻が流行り病で亡くなったという事でした。」
             その言葉に、エドとロイは息を呑む。
             「妻は、私の仕事の邪魔になると、自分の事を一切私に知らせるなと、
             周りの人間に頼んだそうです。そしてそこで初めて妻が妊娠4ヶ月だった
             という事を知らされたんです。」
             クリストファーはクククと笑い出す。
             「可笑しいですよね。私は医者なのに、妻の不調にも、妊娠にも、
             全く気がつかなかった。妻がどんな想いで、あんなことを言い出したのか、
             私は自分の気持ちが精一杯で、妻を全く思いやらなかった。私達は
             夫婦なのに、誰よりも遠い他人だったんです・・・・・。」
             クリストファーは、上着の内ポケットから、大事そうに手帳を取り出すと、
             ロイとエドに見せる。
             「・・・・妻の日記です。遺品を整理したら出てきたんです。この日記には、
             私の体調を気遣う事しか書いていまません。喧嘩した日も、私に
             済まないと、嫌われたくないと書いてあります。」
             クリストファーは、愛しそうに、手帳をめくる。
             「そして、死ぬ数日前からは、私に会いたいと・・・・・ただそれだけが・・・・。」
             嗚咽を洩らすクリストファーに、エドは何と言っていいかわからず、
             心配そうにロイを見る。ロイは、ただ静かにエドの肩を抱き寄せると、
             じっとクリストファーを見つめていた。
             「・・・・・・それからの私は生きる屍でした。何もやる気がおきない・・・・いえ、
             私はただ【死】だけを望んでいたのです。そして、そんな中、あなたに
             出会ったのですよ。エドワードさん。」
             「俺!?」
             驚くエドに、クリストファーは、頷く。
             「事故で土砂崩れに巻き込まれたなんて、嘘です。あの時、私は
             死ぬ気でした・・・・・・。」
             エドはハッと息を呑む。
             「最初、あなたを見たとき、私は目を疑いました。そして、同時に
             妻が私を罰する為に、来てくれたんだと思いました。
             それほど、あなたは妻に似ていた。もっとも妻の瞳は翠色でしたが。」
             クリストファーは、寂しそうに笑う。
             「ですが、あなたは私に生きるように言ってくれた。まるで妻が
             私を許してくれたような気がして、嬉しかった・・・・・・。」
             クリストファーは、手帳を大事に仕舞うと、次にロイに視線を移す。
             「実は、マスタングさんと列車で出会ったのは、偶然ではないんです。」
             「え!?」
             驚くロイに、クリストファーは照れくさそうに笑う。
             「実は、リゼンブールのロックベルさんとは、昔からの知り合い
             なんです。」
             「なっ!!」
             絶句するエドに、クリストファーは、これまでの経緯を語って聞かせる。
             「昨日、往診の帰りに、久々にロックベルさんの家に寄ったんです。
             驚きましたよ。エドワードさんの写真が飾ってあるから。」
             そこで、エドとロイの事を聞いたのだと笑った。
             「では、列車の中で私と知り合ったのは・・・・・・・。」
             「はい!勿論図りました!」
             あっけらかんと笑うクリストファーに、ロイは脱力する。
             「あなたに、エドワードさんを任せても良いのか、ちょっと
             試させて頂きました。」
             もしも、ロイがいい加減な男だったら、絶対にここに連れて来なかったと
             いうクリストファーに、ロイは穏やかに微笑む。
             「・・・・ありがとうございます・・・・。」
             クリストファーは、ふと真顔になると、そっと目を伏せる。
             「もしも、時間が戻りやり直せるのならば、私はあの喧嘩の日に
             戻りたいです。自分だけでなく、相手の不満も聞き、一方的ではなく、
             本音でぶつかり合うような、派手な夫婦喧嘩をしたかったです。
             そして・・・・・・喧嘩が終わったら、私は妻を思いっきり抱き締めたかった。
             だが、実際には、私は最愛の妻を不幸せなまま逝かせてしまった・・・・。」
             クリストファーは顔を上げると、二人に微笑む。
             「だから、お二人はこれからの事を、じっくりと話し合われるべきだと
             思うんです。私達のように、相手を想うあまり、自分の考えに
             だけ、固執してほしくない・・・・・。後悔して欲しくない。ただ、それだけ
             です・・・・・・。」
             クリストファーは、晴れ晴れとした笑顔でソファーから立ち上がると、
             エドに向かって言う。
             「エドワードさん。お幸せに。妻の分まで・・・・・。」
             では、私はこれでと扉に向かうクリストファーに、ロイが慌てて
             立ち上がる。
             「ありがとう。エドワードに会わせてくれて・・・・・。」
             ロイの言葉に、クリストファーは、にっこりと微笑む。
             「いい結果になるように、祈っていますよ。」
             パタンと閉じられた扉を合図に、ロイはゆっくりと床に片膝を立てると、
             俯くエドの両手を握り、エドの顔を覗き込む。
             「私は、君の夫やお腹の子どもの父親になる資格が、
             ない男なのだろうか・・・・・・。」
             「大佐・・・・・・。」
             ギュッと唇を噛み締めるエドの唇を右手で優しく撫でる。
             「確かに、半年前、私は君を無理矢理犯した。」
             ロイはエドの手を握ったままの、自分の左手をギュッと握る。
             「だが、私は初めて会った時から、君を・・・・君だけを愛している。」
             ロイの告白に、エドは信じられないというように、首を横に振る。
             「嘘だ!!」
             「嘘じゃない!!」
             ロイは腕の中にエドを抱き寄せる。
             「・・・・愛している。エディ・・・・・。私と結婚してくれ・・・・・・・。」
             ロイはエドの顎を捉えると、深く唇を重ね合わせた。