「お義母さん!クッキー焼けました!味見してみて!!」
ニコニコと焼きたてのクッキーを差し出すエドに、ソフィアは
幸せそうな笑みを浮かべて、差し出されたクッキーを味見する。
「とても美味しいわ!エドワードちゃん、また腕を上げたわね〜♪」
ソフィアの言葉に、エドは頬を紅く染める。
「お義母さんの教え方が上手だからだよ。」
照れるエドに、ソフィアは、今すぐエドを抱きしめたくなったが、
その前に、可愛い孫であるフェリシアが、ツンツンとソフィアの
裾を引っ張る。
「お祖母ちゃま〜。フェリシアも、お手伝いしたの〜!!」
両手を広げるフェリシアを抱っこすると、その可愛らしい頬に
自分の頬を擦り合わせた。
「そうなの〜。フェリシアもお手伝いしてくれたから、すごく
美味しかったわ〜。」
”ああ、何て可愛い天使なのかしら!!”
感動しているソフィアだったが、次の瞬間、その可愛らしい感触が
なくなり、代わりに味気ないタオルが顔に押し付けられた。
「あっ!パパ〜!!」
見ると、何時の間に来たのか、息子のロイが自分にタオルを押し付け、
フェリシアを腕に抱きしめていた。
「・・・・母さん。顔に粉がついていますよ。」
そんな顔で可愛いフェリシアに頬擦りするなと眼で訴えるロイに、ソフィアは
引きつった笑みを浮かべた。
「あら?ありがとう。ロイ。ところで、あなたは今は仕事中ではなかったの
かしら?」
タオルで顔を拭きながら、引きつった笑みを浮かべるソフィアに、ロイは
ニヤリと笑う。
「勿論、全て終わらせています。さぁ、フェリシア、お祖母様は年で
お疲れだから、向こうでパパと遊ぼうな〜。」
そう言って、さっさと連れ去ろうとするが、フェリシアがブンブンと首を
横に振る。
「嫌なの〜。」
泣きそうな顔で訴える愛娘に、ロイは焦った顔で何とか宥めようとする。
「フェリシア!どうしてだい?パパと遊んでくれないのかい!?」
まるでこの世の終わりのような顔で顔面蒼白になるロイに、エドが
クスクスと笑いながら、ロイからフェリシアを受け取る。
「今日は、フェリシアがお茶会の準備をするんだもんな〜。」
よしよしと頭を撫でるエドに、ロイは心配そうな顔をする。
「だが、もしも火傷とかしたら・・・・・。」
「大丈夫だって!俺もお義母さんもいるし!それに、フェリシアが自分から
やりたいって言っているんだから。」
エドの言葉に、ロイはフェリシアを見る。
「お茶会の準備をやりたいのかい?」
ロイの言葉に、フェリシアはコクンと頷く。
「お茶を飲むとね、幸せになれるの。パパ、最近忙しくていないから・・・・
だから・・・・・。」
ポロポロと涙を流す愛娘に、ロイは驚きに眼を見張るが、次の瞬間、
幸せそうに微笑むと、妻の腕の中に納まっている愛娘の頭を
優しく撫でる。
「パパの為にお茶を入れてくれるのかい?」
コクリと頷くフェリシアに、ロイは嬉しさのあまり、妻ごと抱きしめる。
「嬉しいよ。パパ楽しみに待っているよ。」
そう言って、妻と娘にそれぞれキスをしているところに、息子のレオンが
トコトコと走ってきた。
「ママー、パパー、リザお姉ちゃんが来た〜。」
レオンの言葉に、ロイはエドを離すと、駆け寄ってくるレオンを抱き上げた。
「では、女性陣がお茶会の準備をしている間、お客様を一緒に持て成そうな。
レオン。」
「はーい!」
キャラキャラと声をたてて笑うレオンを抱いたまま、ロイは玄関へと足を向ける。
残ったエドとフェリシアは、仲良く笑いながら、お菓子をお皿に盛り付け始めた。
まるで絵に描いたような幸せな一家。
”ああ、なんて素晴らしいのかしら・・・・・。ロイがかなり邪魔だけど。”
可愛い嫁と孫と一緒にお菓子を作れるなんて、夢のようだわと、うっとりしている
ソフィアに、エドは声をかける。
「お義母さん?どこか具合でも?」
うっとりと見つめすぎて動きが止まったソフィアに気づいたエドが、心配そうな
顔で声をかける。
「何でもないわ。ただ、幸せだな〜って。」
そう言って、鼻歌交じりに料理を再会させるソフィアに、エドはにっこりと微笑んだ。
”ああ、いまだにまだ信じられないわ・・・・。あのエドワード君が
私の義娘(むすめ)になるなんて・・・・・。”
チラリと横目でソフィアはエドの顔を盗みみながら、昔を思い出していた。
「はぁあああ。これで何件目なのかしら・・・・。」
毎日大量に送られてくる、ロイへの見合い話に、ソフィアは切れそうになった
頭を、少しでも落ち着かせようと、庭に作られた薔薇園の中にある、
東屋でお茶を飲んでいた。
「全く、私の所に持ってこないで、向こうに直接持っていって欲しいわ。」
29にもなって、まだ結婚相手も見つからない不甲斐無い息子に、
ソフィアは内心舌打ちしながら、本日も大量に送られてくる見合い写真を
興味なさそうに見る。
「たしかにね〜。彼女達は顔とか家柄はいいかも知れないけど。」
ソフィアは、これ以上見るのも無駄だとばかりに、見合い写真を放り投げる。
「それだけじゃないのよ。結婚ていうのは。」
ソフィアは、優雅な仕草で紅茶を一口飲む。
「姑(わたし)と、いかにフィーリングが合うか。それだけよ。」
ソフィアは、はあと溜息をつくと、良く手入れされた薔薇を眺めた。
「はぁ、私の義娘(むすめ)は、一体何処にいるのかしら・・・・・・。」
ソフィアは、そろそろお茶を片付けようかと、椅子から立ち上がった
衝撃で、テーブルの上に置いてあった、封筒が全部落ちてしまった。
「あ〜あ。」
ふうと、溜息をつくと、ソフィアは面倒くさそうに封筒を拾い集めた。
「あら?」
大量の見合い写真の中に混じって、2通の封筒が眼に飛び込んでくる。
差出人は、ロイとホークアイ。
「あら。うちの馬鹿息子から?珍しい事もあるものねぇ。」
感心しながらも、ソフィアが真っ先に封を開けたのは、ホークアイからの
手紙だった。
「どうせロイからの手紙なんて、大したことないわね。それよりも、
エドワード君の方が大事だわ♪」
無情にも息子からの手紙を脇に避けると、ソフィアは、嬉々としてホークアイ
からの【エルリック兄弟報告書】を読み始めた。
きっかけは些細な事だった。風の便りで、【鋼の錬金術師】の後見人が、
自分の息子だと知ったソフィアが、興味本位でホークアイに兄弟の事を
尋ねたのが始まりだった。その時ホークアイのエルリック兄弟に関する
報告書を読んだソフィアは、エルリック兄弟をいたく気に入り、それ以後も
ホークアイから情報を貰っていた。そして、今ではエルリック兄弟に夢中に
なっているのだった。
「・・・・なんて、エルリック兄弟は優しい子達なのかしら・・・・・。」
一気に報告書を読み終えたソフィアは、同封されたエドワードとアルフォンスの
写真をウットリと眺めた。今回の報告書は、先月行われた、大総統主催の
武闘大会についてだった。優勝はもちろんエルリック兄弟。優勝の褒美と
して、捨て猫禁止令と猫宿舎を願った所に、ソフィアは感動していた。
息子も大会に出たらしいが、エルリック兄弟と対戦して、敗退したらしい。
もっともその要因となったのは、エルリック兄弟を傷つけさせない為に、
パートナーを組んだホークアイの力によるものだ。兄弟に焔を
繰り出そうとしたロイを、ホークアイが後ろから殴って気絶させたと
書いてあり、ソフィアは、当然の事だと大きく頷いた。あの可愛い
エドワード君に、例え1ミクロンもの傷すらも許さないと、ソフィアは
思っていた。よくやった!ホークアイ中尉!と内心喜びながら、
ソフィアは大事そうに報告書を封筒に仕舞うと、足取りも軽く
家へと戻った。そして、自室に入ると、本棚からファイルを
取り出し、報告書を丁寧にファイリングしていく。
「本当に、なんてエドワード君は可愛いのかしら・・・・。」
この子が女の子だったら、有無を言わせずに息子の嫁にするのに。
ソフィアは残念そうに今日送られてきたエドの写真を壁に貼り付ける。
「でも、うちの馬鹿息子が相手では、エドワードちゃんは可哀想ね・・・・。
でも!義娘(むすめ)と呼びたい!!」
写真の前で悶絶する姿は、少し、いや、かなり危なかった。
そう。ソフィアは、理想の嫁をエドに限定していたりするのだ。
基準がエドであるから、毎日大量に送られてくる見合い写真に、なんの
感情も覚えないのだ。せめて、エド似の子がいないかと、最初のうちは
真剣に見ていたのだが、もともと稀有な存在のエドワードと似たような
人間がいるはずもなく、日々ソフィアは鬱憤を溜めていた。
「・・・・この際、男でもOKよね・・・・。フフフフフ・・・・・。」
その時、ピカリと脳裏に神の啓示がはっきりと聞こえたと、後にソフィアは
語る。
「・・・・そういえば、ロイの手紙は何だったのかしら・・・・・。」
そこでハタと、ソフィアは息子の手紙の存在を思い出した。
「・・・・仕方ないわね。取りに行きましょう。」
庭に置き忘れた事に気づき、ソフィアは、しぶしぶと取りに行った。
ティーセットを片付け、ソフィアは自室に戻ると、漸く息子の手紙を
開けた。最初は時候の挨拶から始まって、近状を述べた後、驚くべき
事が書かれていた。結婚したい女性がいる。その女性は、旅をしていて、
性別を偽っているが、とても素敵な女性だという一文に、ソフィアは、
半分嬉しく半分残念だった。折角エドとくっ付け様と思っていた
矢先だったため、少なからずショックを受けたのだ。
「まっ。結婚する気になっただけでもいいか。」
息子の結婚相手は、自分ともフィーリングが合う人間と思っているが、
エドワード以外なら誰でも同じだろう。それよりも、あの息子が
結婚を意識した相手に、少なからず興味を覚えた。
「・・・・・上官の娘ではないのね。」
上を目指す為には、手っ取り早く政略結婚が一番だと思うが、
ソフィアは、それには断固反対していた。
自分達夫婦がそうであるように、息子にも本当に好きな人と
結ばれて欲しいと願っていた。先程無理矢理ロイの意向を無視して
エドとくっつけようと本気で思ったのも、そういった心の現われ
なのかもしれないと、ソフィアは思った。あの優しい子なら、
息子の心の闇を照らす光になってくれる。そう、直感的に
思ったのだ。
「一体、どんな娘なのかしら♪」
エドとの事は残念だが、ロイが本気で結婚したいと思う女性が
現れたのだ。これは親としては、祝福をしなければと思い、
パラリと手紙を捲った。
「な・・・な・・・なんですってえええええええ!!」
”近々、婚約者のエドワード・エルリックを連れて、一度家に帰ります。”
その一文に、ソフィアの眼は釘付けになった。
婚約者のエドワード・エルリック・・・・。
エドワード・エルリック!!
次の瞬間、ソフィアは手紙を握り締めると、部屋に備え付けの電話に手を伸ばした。
勿論、事の真偽を確かめるためだ。
ロイに取次ぎを頼んでいる間、ソフィアは、流れる汗を拭おうともせずに、
震える手で、握りつぶしてしまった手紙を広げる。
何度見ても、エドワード・エルリックの文字に、ソフィアは高鳴る胸を押さえ
切れなかった。
”これで、同姓同名の別人だって言ったら、怒るわよ!ロイ!!
いや!その前に、親子の縁を切る!!”
イライラして待つこと数分、漸く息子に繋がり、ソフィアは安堵の溜息をつく。
「お久し振りです。母さん。」
十数年振りに聞く息子の声に、ソフィアはふと表情を和らげる。
「お久し振りね。ロイ。どう?元気にしているかしら?」
「ええ。お陰さまで。」
ソフィアは、逸る気持ちを抑えつつ、ずばりと本題に入る。
「ところで、今日あなたからの手紙が届いたのよ。」
電話の向こうで、ハッと息を飲むのが判った。
「この、エドワード・エルリックという人は・・・・・・。」
”鋼の錬金術師よね!そうだとおっしゃい!!ロイ!!”
縋る気持ちのソフィアに、ロイは穏やかに言った。
「・・・・・母さんも噂で知っているかもしれませんが、史上最年少で・・・・・。」
「そんな事は聞いていません!!」
ロイの言葉をイライラしながら、ソフィアは遮った。全くなんて要領の得ない
子なのだろうかと。
「私が聞きたいのは、あなたの婚約者のエドワード・エルリックは、
あの鋼の錬金術師なのかどうかです!!」
母親の剣幕に、呆気に取られたのか、ロイは一瞬言葉を失ったが、直ぐに
真面目な声で言った。
「そうです。鋼の錬金術師、エドワード・エルリックと結婚します。」
その言葉に、ソフィアは嬉しさのあまり失神しそうになった。
「・・・・本気なの?」
遊びといったら、即効ボコる!いや、距離的に無理だから、ホークアイに
報復を頼もう!と心に決めた。
「勿論、本気です。私はエドワードを愛している。誰よりも。」
その一言に、ソフィアは流れる涙を止める事は出来なかった。
「・・・・・いつこちらへ?」
今日中につれて来い!と思ったが、相手は旅をしているエドの事。
直ぐには無理だろうと思うが、一刻も早く会いたいと願うのを
止められない。
「・・・・いつとは言えませんが・・・・。」
歯切れの悪い息子に、ソフィアは、やはりと溜息をつく。
「・・・・そう。仕方ないわね。旅をしているのでは・・・・。判ったわ。
来るときには連絡しなさい。」
「はい。それでは・・・・。」
さっさと切ろうとする息子に、ソフィアは呼び止める。
「ロイ。おめでとう。」
「!・・・ありがとう。母さん。」
ソフィアは静かに受話器を置くと、フフフフと不気味な笑みを浮かべる。
「でかした!さすが我が息子!!」
まさか、自分の思惑通りに事が運ぶとは思わず、ソフィアはロイの手紙を
抱きしめて、部屋の中をクルクル回る。
「ロイ!今日ほど、アンタを産んで良かったって思ったことは、ないわ!」
ソフィアはピタリと足を止めると、カレンダーを見た。
「こうしてはいられないわ!エドワードちゃんに会う為に、服を新調
しなければ!」
未来の義娘(むすめ)に会うのだ。第一印象は大事よね!とばかりに、
どんな服にしようかと、気分が高ぶってきたソフィアは、再び意味もなく
部屋の中をグルグル回る。
「エドワードちゃんの好みはバッチリ把握しているから、問題はないとして。
後は・・・・そう!ご近所に見せびらかし、もとい、お披露目をしなければ!!
それと・・・・マスタング家の嫁としての教育と称して、エドワードちゃんを
独り占め!!!」
まさか、自分がかけた電話が元で、エドワードに多大なる誤解を与えて
しまったことに気づかず、ソフィアは目の前の幸せに、有頂天になっていた。
「・・・・・来ない・・・・。」
ところが、待てど暮らせど、息子の婚約者とついでに息子の姿は、ソフィアの
前には現われなかった。
「ま・・・まさか・・・破談になったのではっ!!」
大体、話が上手すぎると思ったのだ。あのボンクラ息子にエドワードを
GET出来る甲斐性があるとは到底思えない。
「事の真相を問いただそうかしら・・・・?いえ!もしも破談になっていたら、
私、ショックで寝込むわ!!」
などと、日々悶々と暮らしているソフィアの元に、ロイから一通の手紙が
届いた。
「ああ・・・やはり、破談なのね・・・・。」
流石の息子も、破談になって気落ちしたのだろう。漸く気分が整理できて
事の真相を手紙に書いてきたのかと思い、沈む心で封を開けた。
「は!?入籍?子どもが生まれた!?」
予想に反しての明るいニュースに、ソフィアは一瞬喜んだが、直ぐに
何かがおかしいと感じた。第一、あのエドワードの性格から言って、
姑に一言の挨拶もせずに、抜き打ちで入籍と出産をするだろうか?
息子の手紙には、子どもが生まれた興奮からか、いまいち状況が
伝わってこない。そこで、ソフィアは、ホークアイに事の真相を
尋ねる事にしたのだ。
「そ・・・そんな!!」
「残念ながら、事実です。」
ホークアイから聞かされた真実に、ソフィアは、脳天が割れるほどの
衝撃を受けた。あのロイがエドワードを強姦し、あまつさえ妊娠させたこと。
そして健気なエドワードが、その事がロイの出世に響くと行方を
くらませたこと。そして、何とかロイはエドを説き伏せて入籍したことなど、
詳細に語られ、ソフィアはフラフラと力なくその場に座り込んだ。
「そ・・・それで、エドワードちゃんは・・・。」
「先月、無事女の子を出産して、明後日セントラルの自宅へと
帰ってきます。」
「・・・・・・私、エドワードちゃんに、何て言って詫びればいいのかしら・・・。」
茫然と呟くソフィアに、ホークアイは安心させるように言った。
「そんなに心配しなくても、大丈夫だと思います。エドワードちゃんは、
とても幸せそうでした。」
「そ・・・う・・・?色々とありがとう・・・。リザさん。」
「いえ。それでは。」
ソフィアは、ゆっくりと受話器を戻すと、近くにあったメモ用紙を、壁に
叩きつける。
「あの馬鹿息子ぉおおおおおおおお!!今日ほどアンタを産んだ事を
後悔したことはないわ!!何が婚約者よ!!全然合意じゃなかった
じゃないの!!」
ソフィアは、慌てて時計を見る。
「今から支度して、エドワードちゃんに会わなければ!!」
ロイの母親として、エドワードにはきちんと詫びたい。そして、馬鹿息子に
天誅を加えてやる!!
そう決心すると、ソフィアは弾かれるように立ち上がって、部屋を
慌しく出て行った。
初めて見るエドに、ソフィアは一目で眼を奪われて、思わず凝視して
しまった。それがエドを怖がらせる結果になった事に気づき、ソフィアは
居たたまれない気分になった。頭の中ではエドへの謝罪がグルグルと
回っているのだが、何から言っていいのか、途方にくれたまま、
ロイが開けたドアを無言で入っていった。
”気まずい・・・・・。”
その後、気分を落ち着かせようと、皆でお茶を飲むことになったのだが、
自分の目の前に座っているエドは、子どもを抱きしめたまま萎縮して、
小さな身体をますます小さくさせていた。その原因を作ったのが己の
息子だと思うと、ソフィアのイライラは最高潮に高まった。
その怒りをロイにぶつけようとしたところ、驚くことに、エドが涙ながらに
ロイを庇ったのだ。
”この子は、なんて穢れのない子なのだろう・・・・。”
傷付いたのは自分の方なのに、それでも傷つけた相手を思いやる心に、
ソフィアは知らずに笑みを浮かべた。
”ああ、絶対に私はこの子を守ろう・・・・・。”
ソフィアは、そう心に固く決めるのだった。
幸いにも、エドとの関係は直ぐに修復され、ソフィアは大満足だった。
子どもが出来たから、仕方なくロイと一緒になったのではと危惧していたの
だが、それが取り越し苦労に終わった事に気づいて、ソフィアは嬉しかった。
フェリシアを挟んで、仲睦まじい若夫婦を見るにつけ、ソフィアは心底
安心したのだった。
だが、心の奥底では、エドにキチンと謝っていない事が、重く圧し掛かって
いたのも事実だった。だから、自然に口に出たのだろう。エドが
嬉しそうに第二子を身篭ったと電話で知らせに来た時、リゼンブールでの
出産を薦めたのだ。エドの母親の眠る地で、心から、ロイのした事を
謝ろう、そうソフィアは考えていた。
言葉巧みにエドをエドの母親の眠る墓まで連れてきたソフィアは、
そこでエドとエドの母親のトリシャの墓に頭を下げたのだった。
「リザさんからロイのした事を聞きました。謝っても許してくれない事は
分かっています。でも、ごめんなさいと、言わせて・・・・・。」
頭を下げるソフィアに、エドは驚いて首を横に振り続けた。
「違うの!ロイは悪くない!!悪いのは・・・。」
「ロイなのよ。エドワードちゃん。あなたは何も悪くない。ごめんなさい。
傷つけて、本当にごめんなさい・・・・。」
エドの言葉を遮ると、ソフィアはエドの身体を抱き寄せた。
「違う!傷つけたのは、俺の方なんだ!ロイはずっと俺を愛しているって
言ってくれたの。でも、俺は弱かったから・・・信じ切れなかった・・・・。」
ポロポロと涙を流すエドを、ソフィアは優しく涙を拭った。
「エドワードちゃんがそう思うのは当然の事よ。ロイはね・・・人を愛すると
いう事が出来なくなってしまった・・・・。あのイシュヴァールの戦いで。」
ポツリと呟かれた言葉に、エドはハッとなる。
「だから、結婚したいと思う人がいると手紙に貰った時は、すごく
嬉しかったの。これで漸く息子が人間に戻れたと、そう思った・・・・。」
それなのに・・・・と、肩を震わせるソフィアを、エドが優しく抱きしめていた。
「エドワードちゃん?」
「俺、初めて会った時から、ずっとロイが好きだったの・・・・。」
頬を紅く染めるエドを、ソフィアは茫然と見つめた。
「俺、実は咎人なんだ・・・・。」
悲しそうな顔で微笑むと、エドは母の墓に視線を向ける。
「昔、お母さんをどうしても蘇らせたくて、弟と2人で禁忌を犯した・・・。」
その言葉に、ソフィアはハッとした。
「その時のリバウンドで、俺は左足を、弟は全身を持っていかれた・・・。」
エドはギリッと唇を噛み締める。
「俺は直ぐに右腕と引き換えに、弟の魂を練成して鎧に定着させた。」
エドは悲しそうな顔でソフィアに向き直ると、微笑んだ。
「全てが終わって、俺は自分のやった事に、すごく恐怖を感じた。
怖くて・・・怖くて・・・どうしようもなくて、俺は自分の中に逃げ込んだ。」
回りの人間が、自分を優しく包み込もうとしたから、それが余計に辛かった
のだとエドは言った。
「そんな時だった・・・ロイと出逢ったのは・・・・。」
ロイという名前で、エドの顔に明るさが蘇る。その美しい笑顔に、ソフィアは、
目が離せずに、じっとエドの顔を見つめた。
「ロイだけが俺を叱ってくれた。ロイだけが暗闇で蹲る俺に光を・・・希望を
くれた。だから、俺はこんな罪に穢れた俺はロイの隣に相応しくないと
思ってロイから逃げたんだ・・・・・。」
俯くエドを、ソフィアは優しく抱きしめる。
何故エドにこんなにも魅かれたのか、判った気がした。
誰よりも辛い想いをしたから、誰よりも輝いているのだ。
そして、ロイにこの子が必要だったと同じに、この子にロイが
必要だったとわかり、ソフィアは嬉しかった。
「でも、そんな俺でもロイは側にいていいって言ってくれた。必要だって・・・
だから、もう俺に謝らないで・・・・。俺、謝られると、どうしていいか
判らなくなる・・・・・。」
「ありがとう・・・。ありがとう・・・・。エドワードちゃん・・・・。」
ポロポロと涙を流すエドを、ソフィアは泣きながら何度も『ありがとう』と呟いた。
ありがとう、息子と出逢ってくれて。
ありがとう、息子を愛してくれて。
ありがとう。
ありがとう。
言葉にしきれない思いを『ありがとう』に乗せて、ソフィアはエドに呟いた。
「エドワードちゃん、これからも宜しくね。」
「はい!お義母さん!!」
真っ赤に泣き腫らした眼で見詰め合うと、2人は大きな声で笑い合った。
「お祖母ちゃま〜。早く〜なの!!」
「早く食べようよ!!」
可愛い孫2人に手を引かれて、リビングへ足を向けると、陽だまりの中、
幸せそうにロイとエドが微笑んでいて、不覚にもソフィアは
目頭が熱くなった。
「お祖母ちゃま?」
「どしたの?」
急に立ち止まった祖母に、フェリシアとレオンが不思議そうに
首を傾げる。
「何でもないの。さぁ、お茶会を始めましょうね。」
孫に微笑むとゆっくりとソフィアは陽だまりの中へと足を踏み入れた。
幸せな風景を完成させるために。
「母さん!あなたには、遠慮というものはないのですか!」
「だって、フェリシアとエドワードちゃんが、私の為に作ってくれた
お菓子なのよ?何であなたにあげなければならないの?」
憮然とした顔で言う母に、ロイはピクリと顔を引きつらせた。
「母さん、それは私の為にですねぇ!!」
「そうそう、リザさん、さっきエドワードちゃんとも話していたの
だけど、この後一緒に買い物に行きましょうよ。」
激昂するロイを無視して、ソフィアはホークアイに話しかける。
「いいですね。是非ご一緒させて下さい。」
にこやかに微笑むホークアイに、ソフィアは満足そうに頷く。
「という訳だから、ロイは1人で留守番ね。」
クルリんと首だけを振り向かせると、ソフィアはニヤリと笑う。
「なっ!!何でですか!!」
驚くロイに、ホークアイがトドメの一言を言う。
「申し訳ありませんが、先程渡した書類は大至急ですので、
私が戻るまでに仕上げて頂きたいのですが。」
「そうよ。折角の休みなのに、わざわざあんたの仕事を
持ってきてくれたのだから、さっさと仕事に戻りなさいな。」
私も休暇中なのだがという言葉は、ホークアイの鋭い視線に
飲み込まれる。ソフィアとホークアイの最強タッグの前では、
ロイは大人しくなるしかない。
そんな攻防をロイ達が繰り広げている中、ロバートとエドは、
のほほんとマイペースにお茶を楽しんでおり、子供達はそんな
2人の側で、楽しそうに遊んでいた。
これも、幸せな風景のひとつである。
********************************
何故、ソフィアさんが初対面のエドに夢中だったのかというと、こういう訳だったのです。
今回、ソフィア×エドをお届け、もとい、ソフィアさんとエドのエピソードを
お届けしました。如何でしたでしょうか?
ソフィアさんの性格上、ロイのやった事は絶対に許せないのです。
自分の息子だから、なお更って感じですかね。
でも、エドの幸せの為に、(←ここがポイント)あえて、そっとしおくことに
しましたが、やはり収まらない怒りは、ロイへと向いています。
勿論、ホークアイが仕事を持ってきたのは、わざとです。
ロイでストレスを解消しようとする2人には逆らってはいけませんというお話。