「あれ?ハボック少佐?どうしたんだ?」
エドが扉を開けると、青い顔をしたハボックが、弱々しく手を上げて
挨拶する。
「よぉ〜。元気か?エド。」
「まぁ・・・俺は・・ね・・・。」
そう言って、溜息をつくエドに、ハボックは眉を顰める。
「?どうした?」
「いや。何でもない。それよりも、なんか用があるんだろ?」
引き攣った笑みのエドを訝しげに見ながら、ハボックはここに来た
理由を思い出し、青い顔でエドに尋ねる。
「実はな・・・・。急な会議が入って・・・・・。どうしても中将に出席して
貰わないと・・・・・。」
ハボックは、エドにまるで死刑執行人のような顔で告げる。漸く取れた
休みの上、最愛の家族との団欒を邪魔されるとなると、100%怒り
狂ったロイの焔の制裁を受けるのは確実だ。そこで、ハボックは少しでも
被害を最小限に食い止めようと、エドに頼み込む。
「丁度良かった〜!!鬱陶しいから、さっさと連れてっちゃってよ。」
あけらかんと笑うエドに、ハボックの目が点になる。
”な・・・何があったんだ!?あの万年新婚馬鹿ップル夫婦が!!”
いつものエドなら、そっか・・・と呟きながら、切なそうな目を
するのだが、何故か今日に限って嬉々としてロイを連れて行けと
言う。
”まさか、夫婦の危機!?”
ありえないが、まさか結婚初の夫婦喧嘩という奴ではと、ハボックが
青くなって、エドの両肩に手を置くと、真剣な表情をする。
「エド!何が原因で喧嘩してるのかしんねーけど、早まるんじゃねーぞ!!」
いくら喧嘩していても、エドワード命のロイの事、もしも喧嘩が拗れて、
エドが実家に帰ると言い出せば、それだけで、ここら一帯は、ロイの
練成した焔で、焼け野原になるであろう。
「喧嘩?何言ってんの?・・・・まぁ、とにかく中に入って、状況を見てよ。」
げっそりとしたエドの顔に、ハボックは更に不安に狩られる。
「おい!俺が入ってもいいのか!?中将に消し炭だけは嫌だぞ!?」
ヘビースモーカーであるハボックは、タバコの煙は子供達に悪影響として、
ハボックを玄関から先に入れることを、禁止していた。以前、つい子供達に
せがまれて、玄関に一歩足を踏み入れただけで、ロイは問答無用に
ハボックを消し炭にしようとした。幸い、直ぐにエドが取り成しをしてくれた
お陰で、向こう三ヶ月の残業だけで済んだのは、未だにハボックを
恐怖のどん底に陥れている。
「大丈夫だよ。俺を助けると思ってね?」
可愛らしく小首を傾げながら、にっこりと微笑むエドに、ハボックは深い
溜息をつく。どうもエドの頼み事には弱い。どうか何事もありませんようにと、
心の中で祈ると、ハボックは半分諦めの境地で一歩家の中に足を踏み入れた。
「パパを許しておくれ!!フェリシア!レオン!!」
まるでこの世の終わりのような悲痛な叫びをしているのは、
この家の主、ロイ・マスタング。目の前には、真っ赤な顔で
仲良く並んで眠っている、最愛の子供達が眠っている。
「ああ・・・こんなに熱が・・・・。今すぐパパがお前たちの代わりに
なってあげたいよ・・・・。」
甲斐甲斐しく、2人の額に乗せてあるタオルを替えていると、
手にトレイを持ったソフィアが、心配そうに子ども部屋へと
入ってきた。
「フェリシア?レオン?具合はどう?お祖母ちゃま特製のおかゆを
作ったわよ。」
「母さん・・・・。まだ熱が下がらないんだ・・・・。あのヤブ医者め!!」
ギリリと唇を噛み締めるロイに、ソフィアも憤慨する。
「ああ!何て可哀想な2人なのかしら。こんな小さな身体で、必死に
病気と闘っているなんて・・・・。大丈夫よ。フェリシアにレオン!
このお祖母ちゃまが付いているからね〜。病気なんて直ぐに治るわよ!」
「そうだぞ!パパがついているからな!!気をしっかり持つんだぞ!」
子供達の枕元で、必死に励ますソフィア親子の様子を、一部始終を見ていた
ハボックは、隣にいるエドに、小声で囁いた。
「おい!子供達、大丈夫なのか!?」
慌てるハボックに、エドは苦笑する。
「大丈夫。ただの風邪だから。」
「風邪って・・・・・。あの中将の様子を見ていると、子供達は重病人のようだぞ!?」
ポカンと口を開けるハボックに、エドは肩を竦ませる。
「ロイが大げさ過ぎるんだよ・・・・。」
エドは溜息をつきながら、事の真相を説明する。
「昨日の夜の事なんだが・・・・・。」
お風呂から上がったフェリシアとレオンは、エドが縫った、猫の着ぐるみを
着て、ロイに見せたのだった。
「かわいいぞ!二人とも!!そうだ!カメラに収めなければ!!」
2人のあまりの可愛さに、2人の写真を撮ると言い出したロイは、
何十枚もの写真を、気が済むまで撮った結果、2人を湯冷めさせ、最愛の
子ども達に風邪を引かせてしまったらしい。
「ロイがすごく落ち込んじゃって・・・見てられないから、ロイを司令部に
連れてってよ。頼む!!」
エドに頭を下げられ、ハボックは、これも仕事だしな〜と、ロイを連れ出す
べく、子ども部屋に足を踏み入れた。
「い・や・だ!!」
「中将〜。仕事ッスよ!!頼んます!!」
プイと横を向くロイに、頭をこすり付けんばかりにハボックはロイに
懇願する。だが、そんなハボックを冷たい目で見下ろしながら、ロイは
キッパリと言い切った。
「嫌だ!こっちは有休中だ!絶対に会議などには出席せん!!
誰がなんと言おうと、私は子供達の看病をする!!」
「そんな〜。俺に蜂の巣のなれと!?」
殺生な!!と涙を流すハボックに、フンと横を向くロイだったが、
次に聞こえた弱々しく自分を呼ぶ愛娘の声に、ロイは慌ててフェリシアの
顔を覗きこんだ。
「・・・パ・・・パ・・・・・。」
「どうしたんだい?フェリシア。心配しなくても、パパは何処にも行かないよ。
ちゃんとフェリシアやレオンの側にいるからね。」
可愛い小さな手を握り締めながら、ロイはフェリシアに笑いかける。
「お仕事・・・行かなきゃ・・・駄目・・・・。」
「フェリシア・・・・。」
苦しい息でそう呟くフェリシアに、ロイは茫然となる。
「ロイ。子供達は大丈夫だから・・・・。」
そっと声をかけるエドに、ロイは泣きそうな顔で振り向く。
「エディ・・・。私は仕事よりも子どもたちの・・・家族の方が大事なのだよ。」
「うん。ロイの気持ちは良く分かるよ。でも、だからって、仕事をしないのは、
駄目だぞ。俺、いつも子供達に言っているんだ。与えられた仕事は、ちゃんと
やりなさいって。他の人に迷惑をかけたら駄目だろうって・・・。お父さんが
破ったら駄目じゃん・・・・。」
「エディ・・・・。」
ロイはぎゅっと最愛の妻の身体を抱きしめる。
「わかっ・・・・・。」
「そうよ。子供達の事は全て私に任せなさい!!」
仕事に行くと言おうとした時、勝ち誇ったソフィアの声に、ロイは俄然闘志を
燃やした。今、自分が仕事に行けば、母にエドや子供達を独占されて
しまう。そんな事は絶対に許さない!!
ロイの瞳に焔が点った。
「・・・ロ・・・ロイ・・・・?」
急に不敵な笑みを浮かべるロイに、エドは恐ろしくなって声をかける。
「エディ。君は何の心配もしなくていいからね。そうだ、ちょっと急用を
思い出したから、電話をしてくるよ。直ぐに戻るが、子供達を頼む。」
ロイはエドに素早くキスをすると、軽い足取りで部屋を出て行く。
「ロイ、そろそろ支度をしないと・・・・。」
10分後、ニコニコとした笑みで戻ってきたロイに、エドは着替えるように
言うが、ロイは上機嫌で首を横に振った。
「その必要はないよ。エディ。会議は中止になったから。」
「へっ!?何で?」
驚くエドに、ロイはクスクス笑う。
「さぁ・・・何でだろうね。どうやら、半数以上の人間が、都合が悪くなったらしい。」
いけしゃあしゃあと言うロイに、ハボックは内心会議に出席する人間を脅したなと
直感する。
「さて、ご苦労。ハボック。もう戻っても良いぞ。」
存外に、邪魔者はさっさと帰れ!消し炭にするぞ!!と脅され、ハボックは
溜息をつきながら、敬礼する。
「では、失礼します。」
「あっ!ハボック少佐!そこまで送るよ!!」
部屋を出て行くハボックに、エドは慌てて後を追いかける。
「さて・・・母さん。子供達は私が見ますので、どうぞ、お引取りを。」
「何を言っているの?可愛い孫達の看病をするのは、当然の事!!
あなたこそ、全く役に立たないのだから、さっさと仕事に行けば良かったのに!」
エド達が去った後、後に残されたロイとソフィアは、看護役を巡って、激しい
バトルを繰り広げていた。
「パパ〜、ごめんなさいなの〜。」
「ごめんなさい〜。」
枕元に、ションボリとした2人の天使に、ロイは優しく微笑むと、2人の頭を優しく
撫でる。
「謝る事はないよ。お前たちのせいじゃないんだ。パパは、お前たちが直って、
すごく嬉しいんだよ。だから笑って?」
翌朝、看病が効いたのか、すっかり全快になったフェリシアとレオンの代わりに、
今度はロイが風邪を引いてしまって、朝からダウンしていた。
「そうよ〜。フェリシアとレオンはな〜んにも悪くないの。さぁ!そんなに
ションボリしないで、向こうでお祖母ちゃまと遊びましょうね〜。」
邪魔者がベットの住人になっている隙にとばかりに、嬉々としてソフィアは
孫達の手を引いて、寝室から出て行った。
「くそっ!!何であの人はピンピンしているんだっ!!ゴホッ。ゴホッ!!」
咳き込みながら、ロイはソフィア達が出て行ったドアを睨みつける。
夕べ一晩中ソフィアと子供達の看病をしていたのだが、何故かロイにだけ
風邪が移ってしまったのだ。
「まぁ、子供達が直ったから、それは良いのだが・・・・。納得いかん!!」
だが、ロイも負けてはいない。子供達は母に取られてしまったが、病人だからと
普段以上にエドにベッタリするロイの姿が見られた。この日のソフィアとロイの
エディ&子ども達争奪戦は、引き分けに終わった。
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ロイさんが、回を重ねるごとに壊れていっています・・・・・。
こんな旦那で、本当にいいのか!?エド子!!