「はぁああああああああ・・・・・・・。」
着任二日目、クロード・グリーンウッド少尉は、朝から
溜息ばかりついていた。
「どうしたんですかね。グリーンウッド少尉は。」
ハボックは横にいるホークアイに尋ねる。
「さぁ・・・・。確か昨日、お昼を食べに外に行ってから、
様子がおかしいのよね。何があったのかしら・・・・。」
ホークアイは、溜息をつくと、素早く愛銃を手に取る。
「ホ・・・ホ・・・ホークアイ中佐?」
途端、引き攣った顔をするハボックに、ホークアイは
にっこりと微笑と、次の瞬間には、クロードに向かって
発砲する。
「うわああああああ!!」
全弾を撃って、多少はすっきりしたのか、ホークアイは
硬直するクロードにつかつかと詰め寄ると、ニヤリと笑った。
「グリーンウッド少尉、勤務中です。頼んだ仕事は出来たの
かしら?」
「えっ!!あっ!!あと少しです!!」
あたふたと仕事を再会させるクロードに、ホークアイは満足
そうに微笑むと、自分の席に戻り、書類に目を通し始める。
”うわぁ・・・久々に見たな。中佐の【教育的指導】。”
青い顔してホークアイを見ていたハボックに、仕事を終えた
クロードが声をかける。
「ハボック少佐、この書類はどこへ・・・・・。」
渡された書類を一瞥すると、ハボックは書類をクロードに
返しながら、ロイの机を顎で指す。
「中将の机の上にある、未処理の書類の山に置いとけ。」
「はい。」
クロードは、既に未処理の山で机の上が一杯の状態に、
唖然となりながら、そのうちの一つに、持っていた書類を
置く。
「・・・すごい量ですね・・・・・。」
茫然と呟くクロードに、ハボックは、咥えタバコを動かしながら、
肩を竦ませる。
「この程度で驚くな。中将が仕事に復帰したら、もっと凄く
なるからな。」
「はっ!?これ以上になるんですか!?」
目を丸くして驚くクロードに、ハボックはニヤリと笑う。
「今に分かるさ。」
クククと笑いながら、ハボックも未処理の山に持っていた書類を
置くを自分の席につこうとした。
「・・・・・ハボック少佐。この写真は、マスタング中将のご家族の
写真ですか?」
クロードの声に、ハボックは、振り返ると、じっと写真を凝視している
クロードの背後から写真を覗きこむ。
「ああ。マスタング中将自慢の家族だ。」
ロイの机にピタリともう一つ小さな机を並べて、その上にロイは
家族の写真を所狭しと並べていた。ロイ曰く、いつ如何なる時でも
家族の顔が見たいらしい。もっとも、写真を眺めて仕事が滞って
しまう為、しばしばその写真は、ホークアイに物質(ものじち)として
取られてしまうのだが・・・・。
「黒髪の軍服を着ているのが、マスタング中将ですか?」
クロードの質問に、ハボックは嫌そうな顔をする。
「ああ。ったく、若作りだよなぁ〜。これで35歳だぜ?」
一見、まだ20代後半にしか見えないロイは、結婚して5年経つのに、
未だに女性達から熱い視線を受けている。もっとも、既にロイは、
エドワードしか見ていないため、以前のように女性の噂はなくなっていた。
「で・・では・・・。この中将の腕の中にいる金髪の・・・・・・。」
クロードが凝視しているらしい写真を覗くと、そこには、愛息子レオンを
抱き上げて、満面の笑みを浮かべているロイの姿があった。
「金髪?ああ、レオンのことか?」
「レオン!?」
驚いてハボックを振り返るクロードに、ハボックは頷く。
「レオン・マスタング。中将自慢の息子だが・・・。それがどうかしたのか?」
急に真っ青な顔をするクロードに、ハボックは訝しげに尋ねるが、
ホークアイの自分を呼ぶ声に、慌てて返事をする。
「今行きます!!」
そして、未だに固まっているクロードの肩をポンポンと叩く。
「何があったかは知らないが、話なら後で聞いてやる。」
そう言うと、ハボックはホークアイの元へと行ってしまった。だが、強い
ショックを受けたクロードは、ハボックの言葉など聞いていなかった。
「レオン・マスタング・・・・・。男・・・・・・。」
クロードは、茫然と呟きながら、レオンとロイの写真の隣にある、結婚
したばかりの頃のロイの腕の中で幸せそうに微笑んでいるエドワードの
写真を凝視していた。
「はぁ?一目惚れ!?」
どんよりと落ち込んだクロードの姿に、見るに見かねたハボックが、
食堂に誘い二人でお昼を食べながら、事の真相を問いただす。
「はい・・・・。実は初恋なんです・・・・・。」
はぁあああと暗い顔で溜息をつくクロードに、ハボックは不審そうに
眉を寄せる。
「初恋をしたにしては、随分と暗いな。なんか、問題でもあるのか?」
どう見ても、恋して浮かれている様子には見えない。何か複雑な
事情でもあるのかと、ハボックは尋ねる。
「・・・・実は・・・・その相手というのが・・・・・・・・。」
「その相手というのは?」
ハボックは身を乗り出して尋ねる。
「・・・・男なんです・・・・。」
「そっか・・・男か・・・・って何ィィイイイイイイイ!!」
ハボックの叫び声に、食堂に集まった人たちは、何事かと凝視するが、
そんな事をハボックは構ってられなかった。驚くハボックに、深い溜息をつく、
クロードに、ハボックは小声で囁く。
「おい。笑えない冗談は止せ。」
「冗談?俺だって、そう思いたいですよ!!」
苦しそうに唇を噛み締めて俯くクロードに、ハボックはその恋が真剣であることを
悟り、そうかと呟いた。
「・・・・悪かったな。冗談だと言って。」
ハボックの言葉に、クロードは弱々しく首を横に振った。
「・・・今までのツケを払わされているのかもしれません。俺は今まで真剣な
付き合いというものをしていませんでした・・・・・・。だからかもしれません。
初めて好きになった人が、男だなんて・・・・・。」
どんよりと落ち込むクロードに、ハボックはもともと面倒見が良いこともあり、
すっかりクロードの恋を応援する気になっていた。
「落ち込むな!まだ駄目だと決まった訳ではないだろ!!」
「ハボックさん・・・・・。」
驚くクロードに、ハボックは真剣な目を向ける。脳裏には今までの自分の
悉く失敗した恋愛の数々が、走馬灯のように蘇り、目から滂沱の涙を
流していた。
”よく考えてみれば、好きになるのに、性別なんか関係ねーよな・・・。
折角コイツが初めて恋したんだ。例え、それが成就できなくても、
何とかしてやりてー!”
「クロード!お前には俺がついている!!」
だから何だと言われればそれまでだが、生憎クロードはハボックと知り合って
日が浅い。というより、殆ど初対面に近い。自信満々に俺について来いという
オーラを出しているハボックに、もしかしたら、この恋を成就出来る秘策が
あるのかもと、期待を持ってしまうのは、仕方がないことだった。
「お前は男同士だからと言って、諦めるのか?お前の本気の恋とは、
その程度なのか?」
「違います!!俺は真剣に彼を愛しています!!」
力一杯宣言するクロードに、ハボックはウンウンと頷く。
「そうだろ?真剣なんだろ?だったら、まず相手に自分の事を分かって
貰う事が肝心じゃねーのか?もしかしたら、相手もお前の事を好きになって
くれるかもしんねーじゃんか!」
「そっか・・・。そうですよね!!俺、頑張ります!!」
初めて明るい表情をするクロードに、ニコニコ笑いながら、ハボックは尋ねる。
「ところで、お前の初恋の相手って、誰なんだ?」
ここまで話したのだから、相手の名前を言えというハボックに、クロードは
頬を紅く染めて呟いた。
「レオン・マスタングさんです・・・・・。」
「はぁ!?」
ハボックは、笑顔のまま固まる。
「・・・・なぁ、俺の耳がおかしくなっちまったのか?今、お前なんて言った?」
「だから!レオン・マスタングさんです!マスタング中将の息子さんの。」
頬を紅く染めるクロード対称的に、ハボックの顔が蒼白になる。
「レオン?」
もう一度念を押すように、ハボックはクロードに尋ねる。
「はい。」
コクリと頷くクロードに、ハボックはもう一度尋ねる。
「マスタング中将の?」
「だから、さっきからそうだと言っているじゃないですか!!」
少しムッとしたのか、拗ねるクロードに、ハボックは物凄い形相で
クロードの両肩を掴む。
「お前、気は確かか?フェリシアならまだしも、レオンだなんて・・・・。」
いや、5歳のフェリシアでも十分犯罪だが、4歳の男のレオンよりは、まだ
納得がいく。第一、19歳と5歳の14歳差は、フェリシアの両親と同じだ。
「フェリシア?」
聞いたことのない名前に、クロードは首を傾げる。
「レオンの一コ上の姉だよ。」
ハボックの言葉に、クロードは真剣な顔でジッとハボックを見据えた。
「俺の愛はレオン一筋です。」
キッパリと言い切るクロードに、ハボックは頭を抱えた。クロードの初恋の
相手が、レオンだと知っていたら、応援するような事を言わなかったのに。
ハボックは、恐る恐るクロードを見る。
「本当に本気なのか?」
「本気です。」
きっぱりと頷くクロードに、ハボックは深い溜息をつく。
”なんでよりにもよってレオンなんだ?”
確かに、母親譲りの金髪は見事だが、黒い瞳であのロイ・マスタングの
ミニチュア版と言っても差し支えないくらいに、そっくりな顔を思い出し、
ハボックは、げんなりする。母親の教育の賜物か、性格が素直で
常にニコニコ笑って可愛いと思うが、顔はロイにそっくりなのだ。
何故こんなにもクロードが愛を覚えるのか、ハボックには不思議で
仕方がなかった。
だが、今はそんな事を言っている場合じゃない。何とかクロードに
諦めさせないと、この恋を焚き付けた自分があの火炎魔人の攻撃を
受けてしまう。
「あのな・・・クロード・・・・。」
期待に目を輝かせているクロードを何と言って諦めさせようかと、頭を
悩ませていると、背後から声が掛かった。
「ここにいたのね。ハボック少佐。」
ビクリと肩を竦ませて、ハボックが恐る恐る振り返ると、大量の書類を
持ったホークアイが立っていた。途端、ハボックの顔が青くなる。
そうだ。火炎魔人の前に、エドや子供達を溺愛するこの女帝がいたのだ。
もしもこの事がバレたら、ロイの焔よりも先に、自分は蜂の巣になってしまう。
「この書類、悪いけど至急マスタング中将に届けて欲しいのだけど・・・。」
恐怖のあまり固まってしまった為、嬉々として名乗りを上げるクロードを
止める事が出来なかった。
「ホークアイ中佐!自分も一緒に行っても宜しいでしょうか。マスタング中将に
ご挨拶をしたいのですが。」
内心、何の挨拶だよとツッコミを入れるハボックだが、そんな事情が分からない
ホークアイはあっさりと許可する。
「そうね。その方が良いわね。では、2人ともお願いします。」
そう言って、さっさと行ってしまうホークアイを、今日ほど恨んだ事がなかった。
「さあ!早く行きましょう!!ハボック少佐!!」
期待に胸を膨らませて、書類を抱きしめるクロードに、ハボックは滂沱の涙を
流しながら、がっくりと肩を落とした。
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一度は、やってみたかったネタです。長くなるので、ここで切ります。
さて、いよいよ次回は火炎魔人の登場です。果たして、ハボックの運命は!!
乞うご期待!!