LOVE'S PHILOSOPHY 【お子様編】

     ロイ・マスタングの野望
           〜ぼくらの七日間戦争〜

         第7話  悪党の巣   後編

 

 

 

             中央司令部の廊下を、ロイはハボックを引き連れながら、
             険しい表情で先を急いでいた。そのあまりの顔つきの鋭さから
             道行く人間は、例え大将の地位にいる人物でも、思わず
             道を譲ってしまうほどだ。
             「ホークアイ中佐!!」
             バンと荒々しく扉を開けると、ロイは副官の姿を探す。
             「中将?」
             自分の席で仕事をしていたホークアイは、ロイの只ならない
             様子に、眉を顰めると、素早く立ち上がると、ロイに近づく。
             「有休中に司令部に来るなど・・・・・何かあったのですか?」
             ホークアイに言葉に、ロイは重々しく頷くと、自分の机に
             向かうと、何やら書類を作成すると、サインをしてホークアイに
             渡す。
             「これは・・・。グーリンウッド家の家宅捜索状及び逮捕状?」
             「エディが彼らに誘拐された。」
             ロイの言葉に、ホークアイはサッと顔を強張らせる。
             「俺が街を巡回していた時に、エドが攫われるのを見かけたんですよ。
             慌てて後を追ったのですが、巻かれてしまって・・・・・。」
             「それだけではない!フェリシアにまで危害を与えたんだ!!」
             ハボックの補足に、ロイは乱暴に立ち上がると、バンと机を両手で叩く。
             「中佐、この間君に依頼した件はどうなっている。」
             「・・・・どうやら、ステラ・グリーンウッド様が関与しているかと
             思われます。」
             「やはりな。」
             ロイは顔を顰めていると、ハボックが首を傾げながら尋ねた。
             「ステラ・・・・ってどっかで聞いたような名前ですね。」
             「あれは、もう10年以上前になるか・・・・・。」
             ロイは顎に手をやり、溜息をつく。
             「まだエディと出会う前だ。あの時、上官の命令で一度だけ
             彼女と見合いをした事がある。」
             当時を思い出したのか、ホークアイも眉を顰める。
             「確か、ステラ様は、どこがいいのか、大層中将を気に入られ
             て、半ばストーカーと化していたという記憶がありますが。」
             その為、ロイの副官として常に側にいる自分が大変な被害を
             蒙ったのは、人生において一番消したい記憶の一つだ。
             「ああ。丁重に断ったのだが、よほどプライドを傷つけたのだろう。
             あり得ない事ばかり周囲に言い触らすものだから、噂を揉み消すのに
             苦労した。」
             ロイの言葉に、ハボックは、漸く思い出したのか、ポンと手を叩く。
             「ああ!確か、中将の子どもを身篭ったのだの。婚約者だの。
             1人で騒いでいましたね。あの騒動は今思い出しても、ゾッと
             しますよ。」
             ハボックは身震いする。
             「だが、何故今になって、彼女が出てくるんだ?確か8年ほど前に
             結婚したと聞いたのだが・・・・・。」
             考え込むロイに、ホークアイは口を開く。
             「その事ですが、どうやらエドワードちゃんを逆恨みしているようです。」
             「なんだと?」
             ロイの目が光る。
             「数ヶ月前、ステラ様は離婚されてから、周囲に洩らしているそうです。
             自分の不幸は全てエドワードちゃんが自分から中将を奪った事から
             始まっていると。」
             「馬鹿馬鹿しい!!何を言っているんだ!私は彼女と一度として
             付き合ったことはない!!それなのに、エディに逆恨みだと!?
             ホークアイ中佐、もはや一片の手加減はなしだ!!明日には、この
             国からグリーンウッド家の名を消滅させるぞ!!」
             「イエッサー!!」
             激怒するロイに、ホークアイも静かに怒りを燃え上がらせながら敬礼する。
             





             「こうも上手くいくとは、思わなかったわ!全てステラのお陰よ。
             ありがとう。」
             グリーンウッド家では、ルイーズとステラが、サンルームで、
             優雅にお茶を飲んでいた。ルイーズの横には、息子のリオが
             暗い表情で座っているのだが、ルイーズもステラも気づかず、
             自分達の計画がうまくいった事に、有頂天となっていた。
             「でも、あの女が我がグリーンウッド家の嫁になるなんて、
             考えただけでもゾッとするわ。いくらクロードの為だと
             言っても・・・・・。」
             そっと溜息をつくルイーズに、ステラは、紅茶を一口飲みながら、
             ニヤリと笑う。
             「あら、伯母様は優しいのね。あの女を嫁にするつもりだったの?」
             ステラの言葉に、ルイーズは、エッと顔を上げる。
             「どうせクロードも田舎娘が目新しく映ったのでしょう。一時の気の迷い
             にクロードの経歴に傷をつけてはいけませんわ。飽きるまで、愛人という
             形にしておけばいいし。」
             「そうね!それは良い考えだわ!!」
             眼を輝かせるルイーズに、ステラは満足そうに頷いた時、荒々しい音と
             共に、扉が開かれた。
             「随分、舐めたマネしてくれたな・・・・・。」
             扉の所で仁王立ちしているエドに、ルイーズは驚いて椅子から立ち
             上がったが、ステラは挑発的な笑みを浮かべてエドを見据える。
             「田舎者はこれだから嫌だわ。それでよく今まで中将夫人なんて
             名乗れたものね。」
             冷たく言い放つステラに、エドは眼を細めると、優雅な足取りで
             2人の側まで近寄る。
             「!!」
             その頃になって、漸くルイーズが、息子が恋した女性が、素晴らしく
             顔が整っている事に気づいた。ただの若い娘だとばかり思って
             いただけに、年よりも落ち着いた雰囲気に、圧倒されたように
             ポカンと口を開けた。だが、エドはそんなルイーズを気にする事なく、
             最初からただステラだけを見つめていた。
             「確かに俺は上流社会というものを知らない。」
             エドはスッと眼を細めると、ステラを見据えて言い放つ。
             「だが、拉致監禁をするような外道に成り下がった事はない!!」
             エドの言葉に、ステラは、突如笑い出す。
             「アンタ・・・・・。」
             いきなり笑い出したステラに、エドは困惑気味な眼を向ける。
             「ああ、何ておかしいの?あなたが私に意見するなんて!!」
             ステラは、笑いながら、目元を拭うと、表情を一変させて冷たい眼で
             エドを睨みつける。
             「泥棒猫の癖に!!」
             「泥棒猫・・・?」
             眉を顰めるエドに、ステラは憎々しげに呟いた。
             「私からロイを奪ったあなたに、とやかく言われたくないわ!!」
             ステラの言葉に、エドは蒼ざめる。
             「アンタ・・・まさか、ロイの昔の恋人・・・・・。」
             「恋人ではないわ。婚約者よ!!」
             ステラの言葉に、エドは絶句する。
             「そんな・・・・まさか・・・・。」
             「本当ならば、私がロイと結婚するはずだったのよ!!それを
             あなたが子どもを盾にロイに結婚を強要するから!!」
             ステラは立ち上がると、茫然となっているエドの頬を思いっきり
             叩く。
             「私こそが、ロイ・マスタングの妻だったのよ!!」
             床に倒れるエドに、ステラは怒鳴りつけると、自分の横に座っている
             男の子をきつく抱きしめる。
             「本当ならば、この子は、ロイの子どもとして、世間に認められる
             はずなのに!!」
             「その子どもは・・・まさか・・・・。」
             ショックのあまり、エドはガクガクと震え出す。
             「さぁ!早くロイと別れて頂戴!あなたが奪った私の権利を返して!!」
             勝ち誇ったような顔でニヤリと笑うステラだったが、次の瞬間
             目の前で起った小規模な爆発に、慌てて後ろに下がる。
             「私の妻はエドワード只1人だ。過去現在未来において、それだけは
             変わらん。」
             殺気を隠そうともせず、ゆっくりと部屋の中に入ってきたのは、
             ロイだった。その後ろには、ホークアイとハボック、少し離れてクロードの
             姿があった。
             「ロイ!!」
             ステラは、ロイを見た瞬間、嬉しそうに、ロイに近寄ろうとしたが、その前に、
             ロイの焔がステラを襲う。
             「ばっ!!止せ!ロイ!!」
             ロイの本気の殺気に、エドは慌ててステラとロイの間に壁を練成する。
             「正気に戻れ!馬鹿ロイ!!」
             エドはツカツカとロイに近づくと、容赦ない平手打ちをする。
             「エディ・・・・。」
             「馬鹿!!子どものいる目の前で、何してるんだ!!」
             本気で怒っているエドに、ロイは詰めていた息を吐くと、きつくエドの
             身体を抱きしめた。
             「すまない・・・・。君が誘拐されたと聞いて、気が動転した。」
             「・・・・・・・。心配かけて、ごめん。」
             エドはシュンとなると、ロイの頬に唇を寄せる。
             「君が無事で良かった・・・・。」
             ギュッと抱きしめてくるロイからエドは、そっと身を離すと、茫然としている
             男の子の元へと駆け寄る。
             「大丈夫か?怪我はないか?」
             心配そうなエドの顔に、リオはコクリと頷く。そんなリオに、エドは
             微笑むと、優しく頭を撫でる。
             「男の子だもんな。泣かなくて偉いぞ。」
             エドの言葉に、リオは初めて嬉しそうに微笑んだ。そんな2人の様子に、
             ステラはヒステリックに叫ぶ。
             「ちょっと!リオに気安く触らないで!!」
             ステラはエドからリオを引き離すと、リオに向かって手を振り上げる。
             「あなたがグズグズしているから!!」
             「止めろ!!」
             エドは素早くステラの腕を捕らえる。
             「離しなさいよ!!」
             暴れるステラの腕をエドは容赦ない力で押さえつける。伊達に最年少
             国家錬金術師資格保持者を名乗っていた訳ではない。格闘技なら、
             師匠にみっちり鍛え上げられたので、そこら辺の男とも引けを取らない。
             「離せば、子どもを叩くつもりだろ。」
             エドの静かな怒りに、ステラは圧倒されたように黙り込む。
             「俺の目の前でロイの子どもに手を上げる事は許さない!」
             エドの爆弾発言に、ロイがギョッとする。
             「待ちたまえ!私の子供はフェリシアとレオンだけだ!!」
             慌てるロイに、エドはギロリと睨みつける。
             「あんたは知らないかもしれないけど、この子はアンタの子どもらしい。」
             悲しそうに俯くエドに、ロイは慌てて近寄ると、エドを抱きしめた。
             「エディ!誓って言う!!ステラと私の間に肉体関係はない。その子どもは、
             ステラと元ご主人との間の子どもだよ。」
             「え?」
             驚いて顔を上げるエドに、これ以上エドに辛い顔をさせたくないと、ホークアイも
             ロイを援護する。
             「その通りよ。ステラ様と中将は過去に一度も恋人同士の関係は
             なかったわ。上官の命令で一度だけお見合いをしただけなのよ。」
             ホークアイに続き、ハボックもエドに取り成そうと必死に言う。
             「そうだぞ!!中将は昔からエド一筋だ!!」
             「でも・・・・・。」
             困惑気味にステラを見ると、ステラは不貞腐れた顔で頷いた。
             「ええそうよ。リオは元旦那との子どもよ。」
             「どうして、ロイの子どもだなんて・・・・。」
             エドの問いかけに、ステラは唇を噛み締める。
             「私がロイの妻になるはずだったのよ!!そうなれば、この子も、
             ロイの子どもとして、生まれてくる筈だったのに!!」
             ステラはリオを抱きしめながら号泣する。
             「あなたのせいよ!あなたが現れなければ、今頃は私は中将夫人で
             皆に羨望の眼差しを受けていたはずだったのに!!」
             ステラの言葉に、エドの目が冷たく光る。
             「あんた・・・・・。ロイの事を愛しているんじゃないのか?」
             静かな怒りに燃えるエドに、ステラは鼻で笑う。
             「ええ。勿論、愛しているわ。美貌、地位、全てにおいて、ロイほど私の
             横に立つのに相応しい人間はいないわ!」
             「・・・・俺はアンタがロイを今でも愛していると思っていた。だから、
             あんたと真剣に話し合おうと思っていた・・・・。」
             エドは冷たい眼でステラを見据えると、燃えるような瞳で言い放つ。
             「でも、ロイの事を真剣に愛していないアンタなんかに負けない!
             ロイの妻の座は、俺だけのものだ!!」
             興奮のあまり肩で息をしながら、怒鳴るエドに、最初は唖然としていた
             ロイだったが、すぐに幸せそうな笑みを浮かべて、エドをきつく抱きしめた。
             そして、エドを抱きしめたまま、ロイはステラを蔑むように見据える。
             「・・・・ステラ。私は例えエディと出会っていなくても、君を選ぶことはない。」
             唖然となるステラに、ロイは冷たく言い放つ。そのあまりの冷たさに、
             エドがピクリと身体を竦ませる。
             「どうして!?私はグリーンウッド家の者よ?あなたの出世に役立つ
             はずよ!!」
             ステラの懇願に、ロイは褪めた表情で見下ろす。
             「出世など、自分の力でどうにかしてみせる。だから、結婚は出世の為
             ではなく、心から愛する人を妻に迎えるとずっと決めていた。そして、
             私はエディと出逢った。」
             ロイは腕の中のエドの身体をきつく抱きしめる。
             「そして妻に迎える事が出来た。」
             ロイはじっとステラを見据えながら言った。
             「私の唯一の安らぎである家族に、危害を与えるというのならば、私は
             全力で排除する。たとえ、それで人から批難されても構わない。
             私にとって、家族を傷つけられる事よりも辛い事などないのだから。」
             茫然となるステラに、ロイは言うだけ言ったと、エドの肩を抱いて、
             クルリと背を向ける。
             後ろで泣き崩れるステラを、エドは気にかけながら、ロイに促されるまま
             扉へと向かう。
             「ちょっとお待ちなさいな!!」
             そこへ、今まで唖然としていたルイーズが正気に戻ると、慌ててエドを
             引き止める。
             「待って!!行かないで頂戴!!あなたが行ってしまったら、息子が・・・。
             クロードが!!」
             ロイからエドを引き離そうとするルイーズを、不機嫌も露な顔で振り払おうと
             するロイに、ルイーズは叫ぶ。
             「無礼ですわよ!マスタング中将!私を誰だと思っているの?私は、
             リヒャルド・グリーンウッドの妻・・・・。」
             「やめてくれ!母上!!」
             母親の常軌を逸した行動に、クロードがたまらずに、叫んだ。
             「クロード・・・・。私はあなたの為に・・・・。」
             ルイーズの言葉に、クロードは怒鳴りだす。
             「これ以上、俺を惨めな想いにさせないでくれ!!」
             頭を抱えるクロードを、ルイーズは茫然と見つめる。
             「・・・・マスタング中将夫人・・・・。」
             搾り出すような声でクロードはエドを呼ぶ。
             「母のご無礼をお許し下さい。」
             クロードは顔を上げると、泣きそうな顔でエドを見つめる。
             「・・・・・グリーンウッド少尉。俺はロイの妻で、フェリシアとレオンの
             母親だ。」
             その言葉に、クロードはピクリと身体を竦ませた。
             「だから、母親の気持ちは良くわかる。」
             エドは慈愛を込めた目でクロードを見る。
             「親は子どもの為に何でもできる生き物なんだよ。勿論、アンタの母親が
             やったことは、許される事ではない。でも、その心までは否定しては
             駄目だ。」
             「・・・・・エドワードさん。」
             茫然と呟くクロードに、エドはにっこりと微笑む。
             「お母さんにあまり心配をかけては駄目だぞ。」
             エドの言葉に、クロードは何度も泣きながら頷いた。
             そして、それが本当の意味でのクロードの恋が終わった瞬間だった。






             グリーンウッド邸からの帰り、車内には、重苦しい空気が立ち込めていた。
             「ロイ、怒ってるの?」
             先程から一言も口を聞かないロイに、エドは心配そうな顔で覗き込む。
             「悪かったよ。まさか、角を曲がった瞬間、クスリを嗅がされるなんて
             思わなくって・・・・・。」
             シュンとなるエドに、ロイは無言で抱き寄せると、きつく抱きしめた。
             「ロイ?」
             「すまない。君を怒っているんじゃないんだ。ただ。今回の件は私が
             原因で、そのことで君や子供達を傷つけたと思うと、やりきれないんだ。」
             ロイの言葉に、助手席に座っているホークアイも大きく頷く。
             「本当に。呆れて物が言えません。これというのも、あの時、容赦なく
             スッパリと断らなかった中将の落ち度です。大方、私はあなたに
             相応しくないだの、相手に気を持たせる事を言ったのでしょう。
             さて、中将懺悔するなら今のうちです。似たようなケースは、
             他にありませんか?今後同じような事が起こった場合、私は
             全力でエドワードちゃんと中将を別れさせます!!」
             ジャキンと銃を片手に脅すホークアイに、ロイは顔を引き攣らせた。
             「ない!!エディと出会って、私は過去の女性達とスッパリと
             別れた!!」
             「それならいいのですが・・・・。」
             まだ納得が行かないホークアイに、ロイは縋るような眼でエドを
             見つめた。
             「エディ・・・・。君は信じてくれるね?」
             まるで子どものような顔でじっと自分を見るロイに、エドはクスクス
             笑うと、そっとロイの額に口付ける。
             「心配しなくても、俺はずっとロイの側にいるよ。」
             「愛している。エディ。」
             ロイは幸せそうに微笑むと、ホークアイ達に気づかれないように、
             素早くエドの唇を奪った。












********************************
 グリーンウッド=悪党の巣。
 でも、実際の悪党はロイさんというのを書きたかったのですが、
 やはりロイさんはヘタレです。ソフィア母さんも出してルイーズ母さんとの
 一騎打ちをさせたかった。でも、更に暴走しそうなので、諦めました。
 ソフィア母さんファンの方、申し訳ありません。