4月のある麗らかな日。
エドワードを丸めこんで、昨日無事入籍を果たした、
ロイ・マスタング准将は、仕事が一段落した為、
ふと窓の外を見つめ、今はリゼンブールにいる、
最愛の妻、エドワードに思いを馳せていた。
本当は、そのまま自分の屋敷に、
エドを連れて帰りたかったが、
不機嫌なアルフォンスに引き摺られるように、
昨日のうちにエドはリゼンブールへと帰り、
今頃は、自分と暮らす為に、荷物の整理でも
している頃だろう。
「そう言えば、いつ戻ってくるのか、
聞くのを忘れたな。」
だが、もともと根無し草生活を送っていた
彼らである。どうせほとんど荷物がないのだから、
直ぐにここへ戻ってくるとは思うが、アルフォンスの
あの拗ね方では、何だかんだ理由をつけて、
ここに帰ってくるのは、まだ掛かりそうな気がする。
「まぁ、これからずっとエディと居られるんだ。
少し、アルフォンス君にエディを独占させておいて
やるか。」
などと、寛大な大人の発言をしたかと思えば、直ぐに
「だが、夫婦が長い間、離れ離れというのは、
いかんな。明後日は丁度非番だ。明日中に戻って
来なければ、迎えに行くか。」
と、エドワード限定の狭い心で、思い直すロイだった。
「しかし、良い天気だな・・・・。」
特に、長年の想い人と、結婚出来た今は、
全世界が自分達を祝福しているような、
錯覚に襲われ、はっはっはっと、1人笑い出す
ロイの姿は、はっきり言って不気味である。
だが、幸運な事に、その場には誰もいなかったので、
ロイの春爛漫。この世は、私達だけの為にある〜的
雰囲気を目撃する者はいなかった。いや、見たくは
ないだろう。その証拠に、上機嫌なロイに
当てられるのが、嫌だとばかりに、
朝から誰も寄りつこうとしない。例外があると
すれば、ホークアイ中尉だが、彼女は、
今日は非番の為、ここにはいない。
だが、そんなのほほんとした
雰囲気が満ちているロイの執務室に、
全てを吹き飛ばす勢いで春の嵐が、
しかも、二つも近づいてきている事に、流石の
ロイも想像がつかなかった。
「ロイ!!俺達は、親友だよな!!!」
「失礼するよ。マスタング准将。」
先を争うようにロイの執務室へやってきたのは、
ロイの親友ヒューズ大佐と、大総統キング・ブラットレイだった。
「大総統!それにヒューズ、一体・・・・・・。」
驚くロイに、二人は争って自分の意見を主張する。
「ロイ!仲人は、俺だよな!」
「マスタング准将、君が結婚出来たのは、全て
私が手配したからだ。よって、仲人は当然私だね?」
いきなりの事に、唖然となったロイだったが、
そこは、有能と噂される軍人。即座に状況を理解すると、
まずは、落ち着かせようと試みるが、幸せボケの人間に、
熱くなった二人の人間が止められる訳もなく、ロイの目の前で
ヒューズと大総統の口論がヒートアップしていく。
「ヒューズ大佐。大総統命令である。仲人役は譲り給え。」
「お言葉を返すようですが、この問題は、プライベートな事。
絶対に譲れません。」
バン!と大総統が机を叩くと、負けじと、ヒューズもバンバンと、
机を叩き返す。両者睨み合う中、ロイは呆れた声を出す。
「仲人?」
「「そうだ!!」」
くわっと、目を血走らせながら、同時にロイの方向へ顔を向けた
二人は、これまた同時に頷く。
「ちょ・・・ちょっと待って下さい。仲人なんて・・・・・。」
ロイの言葉に、ヒューズが食って掛かる。
「オイ!まさか、結婚式をやらねぇって言わねぇよな。」
「本当かね。マスタング君。君は、あのエドワード君の
可憐な花嫁姿を見たくはないのかね?」
君はそれでも、男かね?と、大総統にまで、恨みがましい目で
睨まれる。一瞬、エドのウエディング姿が頭を過り、一瞬、
ニヘラと顔を緩めるロイだったが、ハッと我に返ると、慌てて
言った。
「ちょっと、お待ち下さい。大総統!ヒューズも!誰も
結婚式をやらないとは言っていないでしょう。」
コホンと、咳払いをすると、ロイは二人を何とか
落ち着かせようと試みる。
「勿論、なるべく早く私も結婚式をするつもりです。ですが、
これは、私の一存では決められない事です。」
「何、まどろっこしい事言ってるんだ。今決めろ。
すーぐー決めろ!!」
駄々ッ子のように喚くヒューズに、ロイはブチ切れる。
「おーまーえーなぁ!人の話を聞け!!エディの意見も
聞いてやらなければならないだろうが!
第一、まだエディの父親に、ご挨拶してなんだぞ!」
「何だ?お前、親に挨拶もしないで、入籍しちまったのか?
いくら、豆が20歳だからって、それって、ヤバくねぇ?」
ヒューズの言葉に、ウッとロイが言葉を詰まらせる。
エドへの想いが先行して、肝心の事がすっぽり抜け落ちていた
らしく、エドの父親の存在に気付いたのは、実は入籍を
してからであった。決まり悪げに、ロイは咳払いをする。
「仕方ないだろう。父親は何年も前から行方不明だと
言うし、連絡の取りようもなかったのだからな。」
「何年も前から、行方不明?」
その言葉に、ヒューズの目がキラリンと光った。
「大総統!!」
「なっ、なんだね。ヒューズ大佐。」
いきなり叫び出したヒューズに、大総統は驚きながらも、尋ねる。
「大総統。エドの父親役をやりませんか?」
「何?父親役だと?」
怪訝そうな大総統に、ヒューズはここぞとばかりに、
大きく頷く。
「ええ。ヴァージンロードを花嫁1人に歩かせるっていうのは、
やはり、可哀想ですよ。やはり、父親がエスコートをしなければ。
それに、父親役をすれば、披露宴の時に、エドから
感謝の手紙を読んでもらえるんですよ。」
「お・・おい、ヒューズ。」
ヴァージンロードをエスコートするのは、別に良いのだが、
本当の父親でもない上、エドを育てたわけではないのだから、
披露宴の時に、感謝の手紙を読んでもらえる訳はないと
思うのだがという、ロイのツッコミが入る前に、大総統は、
心が動かされたかのように、うっとりと呟く。
「花嫁の父か。フム。悪くない。」
心は、既に花嫁の父、そのものである。感極まった大総統は、
アームストロングも顔負けといったような、滂沱の涙を
流す。
呆れて唖然となるロイとは対照的に、ヒューズは、もらい泣きを
しつつ、そっと大総統の背中を叩く。
「では、大総統がエドの父親役で、私が仲人と全ての
進行役ということで、宜しいですかな。」
「あぁ。君に任せるよ。当日は、私の権限を持って、
国で一番の式にするようにしよう。マスタング君。
エドワードを幸せにしてくれたまえよ。」
涙を流す大総統に、ロイは引きつりながらも、それでも、
敬礼をすると、真剣な表情で大総統を前に誓う。
「勿論。私の全てを持って、エドワードを誰よりも幸せに
すると、誓います。」
「うむ。良く言ってくれた。マスタング君。」
満足そうに頷くと、大総統は、ヒューズに向き直った。
「ところで、式はいつにしようかね?」
「そうですねぇ・・・・。確か、ロイの休みは、明後日でしたね。
その日では、どうです?」
先ほどとは打って変わったように、のほほんと二人は話し出す。
「いくらなんでも、早すぎだ。ヒューズ。」
窘めるロイに、大総統は自信満々に言いきる。
「大丈夫だよ。マスタング准将。我が軍は、優秀な者ばかりだ。
我らの力を持ってすれば、明後日までに、全てがセッティング
できるはずだ。勿論、最高のものをね。」
「ささっ、大総統。別室で詳しい事を話し合いましょう。
なんせ、時間がないのですから。」
「うむ。そうだな。では、失礼するよ。マスタング准将。」
二人は、来た時と同じ位に唐突に執務室を後にする。
「・・・・エディに殺される・・・・・。」
口ではそう言いつつも、自分達の結婚が周囲に認められて、
口元が緩むロイであった。
厳かな、パイプオルガンが流れる中、
大総統の腕に腕を絡ませながら、
純白のウエディングドレスに身を包んだエドは、
ヴァージンロードを、ゆっくりと進んで行く。
ほっそりとした身体にピッタリとフィットさせた
一見シンプルな形のドレスだが、実は良く見ると、
服全体に同色の糸で、細かく花の刺繍を施してあり、
実に手の込んだ一品で、大層高価なドレスで
ある事が伺える。実質二日で、とても手配できる
品物ではないのだが、大総統曰く、こんな事も
あろうかと、前々から手配していたのだと、
豪快に笑いながら言われ、唖然となったのは、
つい先ほどである。
先ほどから、エドのヴェールを持つエリシアを
ニヤケた顔でカメラに収めているヒューズにも、
最前列に陣取って、自分に痛い視線を向ける、
アルフォンスなど気にならないくらい、
今のロイは無敵で、機嫌が良い。
長い間、思いつづけたエドワード。
先日、入籍は済ませたものの、
未だ実感が沸かなかったのだが、
こうして実際に式を挙げると。
心の中で、徐々に実感が湧き上がってくるのを、
ロイは不思議だと感じた。
ロイは、考え深げに、自分に向かってゆっくりと
歩いてくるエドワードの姿を見つめる。
恥ずかしそうに、少し俯き加減のエドの姿に、
ロイは満足げに微笑む。
これで、エドワードは私のもの。
絶対に手放さない。
やがて、エドはロイの目の前までくると、
差し出されるロイの手に、そっと自分の右手を
差し出す。
エドをエスコートしながら、ロイは、そっと
耳元で囁く。
「エディ。綺麗だよ。」
「////////////ありがとう・・・。」
真っ赤になって俯くエドに、ロイは幸せそうに微笑む。
初め、ドレスを着るのを散々嫌がったエドだったが、
「私の為に着てくれないのかね?」
という、ロイの悲しそうな顔に、エドは惚れた弱みで、
渋々着る事を承諾する。本当は、今でも嫌なのだが、
ロイの嬉しそうな顔に、ロイが喜んでくれるのなら
別にいいかと、と思うエドだった。
だが、エドは知らない。それがロイの計算であることに。
二人は、一段高い場所まで来ると、クルリと参列者へと
向く。錬金術師であるからではないが、今まで散々
地獄を見てきた二人である。今更神に誓う真似をしたく
ないし、それよりも、今まで自分達を暖かく見守ってくれた
人達に誓った方がいいと、二人が選んだのは、神前婚では
なく、人前婚であった。ロイはゆっくりと皆を見回すと、
良く通る声で誓いの言葉を口にする。
「私、ロイ・マスタングは、エドワード・エルリックを、
生涯でただ1人の人として、永遠に愛する事を、
今まで、私達を暖かく、時には厳しく見守って下さった
全ての人達の前で、宣言する。」
ロイは、そっとエドを見つめると、安心させるように
頷く。それに勇気付けられたかのように、
エドも厳かに宣言する。
「俺、エドワード・エルリックは、今まで俺達を支えてくれた
全ての人達に誓う。ロイ・マスタングを永遠に愛すると。
どんな時も二人支え合って、生きていく。
俺、男だけど。でも、ロイが好きで、この気持ちは、
絶対に誰にも負けないって、みんなに誓う!!」
「エディ・・・・。」
真っ赤になって、それでも、しっかりと前を向いて
宣言するエドを、ロイは嬉しそうにエドを抱き締める。
「嬉しいよ。君にそこまで想われて。」
「ロイだって、俺の事、すごく愛してくれてるだろ?」
にっこりと笑うエドに、ロイは素早く指輪の交換を
済ませると、ヴェールを持ち上げて、深く
口付けを交わす。幸せそうな二人の姿に、
人々は、歓声を持って祝福する。
この時のことが、誓いの5分間キスと後々まで語り草と
なり、先に誓いの3分間キスで有名になっていた、
ヒューズに、記録を塗り替えられたと、泣かれるのは、
また別のお話。
「愛している。エディ。」
「俺も、愛してる。これからも、宜しくな♪ロイ。」
これからずっと一緒にいられるね。
たくさんの人達が祝福してくれた恋だから、
幸せにならなきゃ。
これからの事は、のんびりと、手を取り合って、
一歩一歩二人で進んで行けばよいのだから。
・・・・とりあえず、チュウから始めましょ。
「で?君は何でココにいるんだね?アルフォンス君。」
結婚式の翌日、朝早くから鳴り響くチャイムの音に、
内心怒りに震えながらドアを開くと、目の前に
ニコニコと微笑むアルフォンスの姿があり、
怪訝そうにロイは尋ねる。
「実は、今度、ウィンリィが家に戻って来ることに
なってしまってぇ〜。」
相変わらずニコニコと微笑むアルの姿に、ロイは
嫌な予感を覚える。
「まさか、年頃の女の子と、一つ屋根の下では
暮らせないですよねぇ〜。」
家を焼いた為、エド達はピナコ・ロックベル家に
居候していたのだが、この度孫娘のウィンリィが
帰ってくるという。ロイにしてみれば、そのままアルと
ウィンリィが結婚すれば、エドを取られずにすむし、
一安心だと思うのだが、世の中そう上手く事が進む
訳ではない。アルとウィンリィの間に恋愛感情は
全くと言っていいほどなかった。それどころか、
エドワード親衛隊リゼンブール本部の隊長及び
副隊長の間柄であるという。ちなみに、ホークアイ
を中心に中央司令部の面々がエドワード親衛隊
中央(セントラル)支部を結成しているのを、
ロイは知らない。知っていれば、即軍を辞めて、
どこか片田舎でエドと共に暮らしていくことだろう。
「と、言う訳で、ボクもお世話になりますぅ〜。」
可愛らしくお辞儀をしつつ、勝ち誇った笑みを浮かべる
アルに、ロイは嫌な予感が的中した事を知った。
こうして、ロイの甘く、せつない新婚生活がスタートしたのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いつかは、こんな日が来ると思っていたよ・・・・。」
ゆっくりと発火布の手袋を嵌めつつ、ロイは呟いた。
「手加減なんて、できませんからね。」
対するアルは、不敵に笑いつつも、用心深く間合いを取る。
「おい!どうしたっていうんだよ!やめろよ!二人とも!!」
風が吹きすさぶ中、対峙するロイとアルに、エドの制止の声が
木霊するが、男達の熱き戦いに、それは何の意味を持たない。
果たして、勝つのはロイか。アルか。それとも・・・!?
次回、『大佐の結婚生活シリーズ 5月 ・・・・戦ってたら、
怪我しちゃいました。』を、お送りします。
乞うご期待!!
なお、予告もなく内容が変更する場合があります。
ご了承下さい。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇