「真っ赤なおっ鼻の〜トナカイさんは〜」
両手に大荷物を持って、大きな声で歌いながら、
エドはゴキゲンに街中を歩いていた。
後ろから付いてくるアルは、そんなエドの様子に
苦笑する。
「ゴキゲンだね。兄さん。」
アルの言葉に、エドはニコニコ笑ってクルリとアルに
振り向きながら後ろ向きに歩く。
「そりゃあ!クリスマスだからな!!」
「危ないよ!兄さん!!」
青くなるアルに、対してエドはどこまでも上機嫌だ。
「大丈夫だって!心配性だなアルわあああああああ!!」
「兄さん!!」
たまたまそこが坂道で。
たまたまそこに氷が張っていて。
たまたまそこが大きなクリスマスツリーを飾っている最中で。
たまたまツリーの一番天辺に飾る星が落っこちて。
たまたまその下をエドが歩いていたため、
起った事故。
星の直撃を、何とか紙一重の差で回避したエドだったが、
足が滑って、スッテンコロリ。
哀れ脳震盪を起こして、病院へと運ばれてしまった。
そして、悲劇はその後に起ったのだった。
「暇ッスねぇ〜。」
業務時間でありながら、例年にないほど、暇を持て余し、
ハボックは、タバコの煙と共に溜息をつく。
毎年この時期になると、殺人的な忙しさなのだが、
今年に限っては、12月に入った途端、事件が減り、
司令部全体が、暇を持て余していた。
「なんだ、ハボック、溜息などついて。幸せが
逃げてしまうぞ?」
自分の席で踏ん反り返って新聞を読んでいたロイが、
そんなハボックの様子に、呆れ顔だ。
「准将!暇過ぎて、おかしくなりそうです!!」
ハボックの切実な訴えに、ロイは嫌そうに顔を歪める。
「全く・・・・忙しければ休みを寄越せと言うくせに、
暇になった途端、仕事をくれとは、支離滅裂だぞ。」
「極端過ぎるからですよ〜!!ああ!何をして
時間を潰せばいいんッスかっ!!」
頭を手で掻き毟りながら、ハボックはロイに懇願する。
「もう効果絶大なんですから、いい加減あのラジオ放送を
止めましょうよ!!」
「何を言う!これからが本番なのではないかっ!!
私は誰がなんと言おうとも、あのラジオ放送を辞める
つもりはない!!第一、犯罪が減っているのに、
何故私が批難されなければならないんだっ!!」
憤慨するロイに、ハボックは溜息をつく。
「全く、何であんな内容で犯罪が減るんだか・・・・・。」
もともと12月に入ると、一年の総決算とばかりに、
犯罪が一番起りやすい。そこで、軍は毎年ラジオ放送で、
一般人に、犯罪に十分注意するように、呼びかけていた。
ところが、何を思ったのか、今年に限っては、誰がその
ラジオ放送をやるかで、熾烈極まりない押し付け合い
合戦がされる中、ロイ・マスタング准将だけが嬉々として
立候補したのだった。
何時もは面倒だと逃げているくせに、何故今年は積極的に
ラジオ放送に取り組んでいるのかと、不思議に思った
ハボックは、ラジオ収録にくっついて行くと、ロイに尋ねた。
「フッ。先手必勝だよ。」
意味深な言葉と共に、ブースに入っていくロイに、首を傾げて
いたハボックだったが、ロイの収録を見た瞬間、頭を抱えた。
「何やってんですか!准将〜!!」
普通なら、一般人に注意を促す内容のはずである。しかし、
あろう事か、ロイは犯罪者達に向けて、脅したのである。
「私の名前は、ロイ・マスタング。地位は准将。中央司令部
勤務だ。今年の4月、私は念願かなって、愛する人を妻に
迎えた。つまり、今の私は新婚なのだ。そこで、犯罪者、
もしくは、犯罪予備軍に告ぐ!!今後一切、私の管轄内で
事件を起こし、その結果妻といる時間が減るような事が起れば、
地獄の底まで貴様らを追いかけて、骨すらも残らない
ほど消し炭にするぞ!!」
私は殺(や)ると言ったら、必ず殺(や)るぞ!!と言い切ったロイの
この放送が、全国に向けて流された途端、中央司令部の
管轄内での事件が、ピタリと収まった。
流石に、人間兵器と恐れられている焔の錬金術師で、おまけに、
エドワードフリークのロイに、まともに喧嘩を吹っかける勇気のある
人間は、この国にはいなかったようである。
しかし、意外なところから、不満が起った。
最初は事件がない事を素直に喜んでいたのだが、
その状況が長くなるにつれて、軍の内部から不満が上がったので
ある。平和な事は良い事だ。しかし、開店休業状態の
この状況を何とかして欲しいと、皆心の中では不満が一杯だった。
それの筆頭に上げられるのは、実はホークアイだった。
ホークアイは、仕事責めにして、ロイを苛めてはストレス解消を
行っていたのだが、肝心の仕事がなくては話にはならない。
今日も日々膨れ上がってくるストレスを発散させる為に、朝から
射撃場に篭っていた。
「こんなに暇なら、今日も有休を取れば良かったじゃないですか。」
クリスマス・イブには、エドと恋人時代に戻って、朝からデートを
楽しむのだと、嬉々として有休を取った上官に、ハボックは
言う。
「私もそうしたかったのだがね、仮にもクリスマスに責任者が
不在というのは、外聞が悪いと、上からイヤミを言われてね。」
途端、不機嫌になるロイに、ハボックは地雷を踏んだ事に気づき、
慌ててフォローを入れる。
「し・・しかし、今日も定時に上がれるから、いいじゃないですか!!
帰れば、可愛い奥さんがいて、准将は幸せ者ですよ!!それに、
今日はクリスマスだから、もしかして、大将が何か計画している
かもしれないッスよ!!」
「それもそうだな。」
既に頭の中では、エドがあーんな事やこーんな事をしているのを、
想像しているのだろう。急に締りのなくなったロイの顔に、
ハボックはガックシと肩を落とした。とりあえず、後でロイに見つ
からないように、フォローの電話でもしておくかと、ハボックが
達観した笑みを浮かべると、荒々しく扉が開かれた。
「アルじゃねーか。どうした?」
蒼ざめた表情で肩で息を整えているアルに、ハボックは声を
かける。
「アルフォンス君?まさか、エディに何か!!」
切羽詰ったアルの様子に、ロイは最愛のエドに何かあったのではと、
顔を蒼ざめる。
「大変です!兄さんが・・・兄さんが・・・・・。」
ポロポロと涙を流すアルに、ハボックは、両肩を掴む。
「落ち着けって!!」
「兄さんが・・・さっき道を歩いていたら、転んで頭を打ってしまって、
今、病院で入院しています!」
「何だと!?エディ!!」
アルの言葉に、ロイは椅子から音を立てて立ち上がると、慌てて
執務室を飛び出していった。
「エディ!!無事か!!」
病室の扉を、荒々しく開けて中に入ると、以外にもエドが
上半身を起こして、窓の外を眺めていた。
頭に巻かれた包帯姿が痛々しく、ロイは悲しそうな顔をすると、
エドに近づき、ゆっくりと、身体を抱きしめた。
「君が入院と聞いて、心臓が潰れてしまったかと思ったよ。」
でも、元気そうで良かったと、嬉しそうにエドの身体を更にきつく
抱きしめるロイに、それまでぼんやりとしていたエドが、
じっと見つめながら一言呟いた。
「・・・・アンタ・・・・・誰?」
「エディ!?」
その瞬間、ロイの中で時間が止まった。