第12話

 

 

 

              エドが振り返った先にいたのは、銃を自分に向けている
              ルクタスの姿だった。
              「よせ!!止めろ!」
              エドの制止に、耳を貸さず、ルクタスは、無表情で銃を
              エドに向ける。
              「君が俺のものにならないのならば・・・・・・。」
              ゆっくりと引鉄を引こうとするルクタスから、ロイを庇おうと、
              エドは間に入ろうとするが、その前に、ロイの腕によって、
              エドはロイの後ろに隠される。
              「・・・・言いたいことはそれだけか・・・・?」
              底冷えするロイの眼光に、ルクタスは、怯えたように後ろに
              下がる。その時、偶然ルクタスは、先程自分が床に零した
              油に足を取られ、後ろに倒れこむ。その時、手にした
              銃の引鉄を引いてしまい、銃声が部屋の中に響き渡る。
              「うわぁあああ!!」
              後頭部を強打したルクタスは、頭を抱え込みながら、床を
              転げ回る。その時、蝋燭を倒してしまい、一面火の海と化し、
              エドは舌打ちする。
              「・・・・・任せたまえ。」
              どうしようかと、辺りを見回すエドに、ロイは一歩前に出ると、
              発火布の手袋をした右手を、床につく。途端、練成の光が
              部屋の中に溢れ返ると同時に、床と壁一面に練成陣が
              浮かび上がる。
              「何!?どういう事だ!!」
              空気中の酸素濃度を変えて、火を鎮火させようと思って
              いたのだが、思っても見なかった反応に、ロイの顔に
              驚愕が走る。
              「!!そうか!ここは!!」
              エドは、ハッとして顔を上げる。ここは、初代皇帝の妃、
              エディーナ姫が、人体練成を行った場所。つまり、その時の
              練成陣が残っており、ロイの練成陣と連鎖反応を起こしてしまった
              ようだ。エドはさっと練成陣を見ると、ロイに向かって叫ぶ。
              「ロイ!!その壁の練成陣を焔でぶっ飛ばせ!!」
              「エディ!?」
              ハッと我に返ったロイは、エドの指摘するように、目の前にある
              壁に書かれた練成陣に向かって指を擦り合わせる。
              ドーーーーンという爆音と共に、壁は吹っ飛び、部屋の中に
              静寂が戻った。
              「みんな、無事か?」
              いち早く身体を起こしたエドは、周りを見回す。
              床に倒れ伏していたロイ、ルクタス、クロスフォードの三人は、
              エドの声に、身体を起こす。
              「一体、何がどうなっているんだ・・・?」
              茫然と呟くロイに、エドが説明しようとした時、それは起った。
              「危ない!!」
              その声に、ハッと我に返ったエドとロイが振り返った時、
              ルクタスの後ろにある壁の一部が崩れ、ルクタスに向かって、
              落ちてくるところだった。
              「殿下!!」
              エドが練成するよりも早く、ルクタスを突き飛ばしたのは、
              セーラだった。
              「セーラ!?」
              ルクタスは、慌てて起き上がると、瓦礫の山を取り除くべく、
              セーラに駆け寄った。
              「セーラ!!しっかりしろ!!セーラ!!」
              下半身を瓦礫の山に埋もれさせているセーラを助けようと、
              ルクタスは、必死の形相で、瓦礫を撤去していく。
              「どいてろ!!」
              そんなルクタスを押しのけるように、エドは瓦礫の山にの前に
              立つと、両手を合わせて、瓦礫に手を置く。途端、部屋の中に
              練成の光が溢れる。一瞬の光の洪水に、眼を細めるが、
              光が収まった時、床に倒れているセーラを一目見た瞬間、
              ルクタスはエドを押しのけるようにセーラに駆け寄ると、慌てて
              抱き起こす。
              「セーラ!眼を開けてくれ!!セーラ!!」
              ルクタスの必死の呼びかけに、弱々しくセーラは眼を開ける。
              「セーラ!!」
              セーラが眼を醒ました事に、ルクタスはホッする。そんなルクタスに、
              セーラは震える手で、頬に触る。
              「良かった・・・・。ご無事で・・・・。」 
              そう言って微笑むと、ゆっくりと眼を閉じる。
              「セーラ?おい!セーラ!!」
              ガクガクと揺さぶるルクタスを、エドは叱咤する。
              「寄せ!頭を打っている可能性がある!揺らすな!!」
              エドの言葉に、ルクタスは、ハッと我に返ると、腕の中のセーラを
              抱きしめる。
              「お願いだ!彼女を助けてくれ!!」
              悲痛な叫びのルクタスに、エドは無言で片膝を付くと、手早く
              セーラをルクタスから引き離す。そして、ゆっくりと床に横に
              させると、応急手当を施す。
              「エドワード君!!無事!!」
              そこへ、青い顔したホークアイが部下と共に部屋の中に
              飛び込んで来たが、目の間に広がる惨状に、一瞬声を
              詰まらせる。
              「ホークアイ大尉!セーラ妃殿下を早く!!」
              ロイの声に、ホークアイは我に返ると、救護班を呼びに、
              部屋の外へと走り去る。
              「セーラ・・・・。セーラ・・・・。」
              救護班が駆けつけると、ルクタスは、セーラの手を握り締めて
              涙を流し続けていた。
              「殿下、後は我々にお任せを。」
              救護班の1人が、セーラの手からルクタスの手を離すと、
              手早くタンカーに乗せて、部屋から運び出しす。
              「セーラ・・・・・。」
              ルクタスは、セーラの後を追うように、数歩行きかけたが、
              足に何かが当たる事に気づき、反射的に足元を見る。
              「な・・・なんでこれが・・・・・。」
              ルクタスは、表情を強張らせると、震える手を伸ばして、
              足元に転がっている、ブレスレットを拾い上げる。
              じっとブレスレットを凝視しているルクタスに、クロスフォードが
              ヨロヨロと近づき、じっとルクタスが手にしているブレスレットを
              見つめる。
              「そのブレスレットは、妃殿下のものです。」
              クロスフォードの言葉に、ルクタスは反射的に顔を上げると、
              青褪めた表情で首を横に振り続ける。
              「そんな・・・馬鹿な・・・・ありえない・・・。」
              辛そうなルクタスを、それまでじっと見つめていたロイは、
              ツカツカとルクタスに近づくと、渾身の力で、顔を殴りつける。
              「ロイ!!」
              いきなりのロイの行動に、エドが驚きの声を上げる。いくら
              ルクタスに非があると言っても、相手は皇族。いきなり
              殴りつけたら、ロイの立場が悪くなるのではと、心配する
              エドを尻目に、ロイは厳しい顔で床に倒れているルクタスを
              見つめる。
              「馬鹿だ。馬鹿だと思っていたが・・・。これほど愚かだった
              とはな・・・・・。自分の愛する者を守れない男など、存在する
              価値などない!!」
              吐き捨てるように言うロイに、ルクタスは泣きそうな顔で
              睨み付ける。
              「お前に何が分かる?愛する者に愛されているお前などに!!」
              「だから何だと?私はエディが私を愛してくれているから
              愛しているのではない。お前は、じぶん愛してくれる人間しか
              愛せないと言うのか?それが真実の愛とでも言うのか?」
              心底馬鹿にする言い方のロイに、ルクタスは睨みつける事しか
              出来ない。
              「・・・・・愛する者から恨まれる事の恐ろしさを知らぬくせに!!」
              ルクタスは、ユラリと立ち上がると、エドに縋るように一歩前に
              出るが、それを察知したロイは、エドを背に庇う形で、2人の
              間に割って入る。
              「そこをどけ・・・・。」
              ユラリと近づいてくるルクタスに、ロイは不敵な笑みで右手を
              前に翳す。
              「言ったであろう?愛する者を守り抜くと。貴様などに、私の
              エディを触れさせてたまるか!!」
              両者の間で、激しい火花が飛び交う中、一瞬の隙をついた
              エドが、ロイの背中から離れると、ルクタスの前に立つ。
              「エ・・・エディ!!」
              慌ててエドを引き寄せようとするロイの手よりも、エドが
              ルクタスの頬を殴るのが、早かった。すっ飛ぶルクタスに
              向かって、エドは涙をポタポタ流しながら叫ぶ。
              「馬鹿野郎!!セーラさんがアンタを愛していないって!?
              どこをどうしたら、そんな事が言えるんだよ!!あんなに・・・
              あんなに、セーラさんは、アンタの事だけを愛しているのに!!
              何でわからねーんだよ!!」
              「エディ・・・・・。」
              ロイは、肩を震わせてなくエドの両肩を、ロイはやさしく包み込むように
              抱きしめる。エドは涙で濡れる眼をルクタスに向けると、痛ましい
              ものを見るように、顔を歪ませる。
              「あんたは、セーラさんに愛されている。」
              エドの言葉に、ルクタスはそっと眼を伏せる。
              「ありえない。」
              「嘘じゃねー!!」
              叫ぶエドに、ルクタスはクスリと笑う。
              「セーラの愛する人間を殺したのは、俺なのに?」
              「「!!」」
              驚きに眼を瞠るロイとエドに、ルクタスは、自嘲した笑みを浮かべる。
              「彼女は、私を憎んでいる。」
              床から身体を起こしたルクタスは、懇願するように、エドに手を伸ばす。
              そんなルクタスに、ロイはエドを離すものか!!と、さらに腕に力を
              込めて、エドを自分に引き寄せる。
              「【黄金の薔薇】・・・・。私に慈悲を・・・・。救いを・・・・・。」
              ルクタスの思ってもみなかった言葉に、エドは困惑気味に、後ろから
              自分を抱きしめているロイを、見上げる。だが、ロイは厳しい顔を崩そう
              ともせずに、じっとルクタスを睨みつけている。
              「・・・・・・あんた、そのブレスレットを見ても、何とも思わないのか?」
              気まずい雰囲気の中、エドはため息をつきながら、ポソリと呟く。
              「【黄金の薔薇】・・・・?」
              眉を顰めるルクタスに、エドは感情の篭らない眼を向ける。
              「アンタが話をしなければならないのは、俺じゃねえ。セーラさん
              だよ。」
              ビクリと肩を揺らすルクタスに、エドは厳しい顔を向ける。
              「自分の殻に閉じこもる事しか出来ないアンタに、どんなに
              言葉を言っても無駄かもしれない。だが、本当にセーラさんを
              愛しているのならば、自分の世界を壊せる力を持てるはずだ。」
              エドは真剣な眼差しをルクタスに向ける。
              「あんたの望んだ【黄金の薔薇】は・・・・。あんたの直ぐ側にいたんだ。
              だから、今度は、あんたが側にいてやる番だ。」
              エドの言葉に誘われるように立ち上がると、ルクタスは覚束無い
              足取りで、部屋から出て行った。