Stay by my side 〜陽だまりの中で〜
        序章  エドワード編




「え?いないの?」
騒動から3日後、漸く熱が下がったエドワードは、
ロイから借りたコートを返そうと、東方司令部へと
やってきたのだが、あいにく昨日からロイがホークアイと
共に中央司令部へ出張していると聞き、困ったように
知り合いのハボックを見た。
「どうしよう・・・。会ってきちんとお礼が言いたかったんだ
けど・・・・。」
「また来ればいいじゃないか。どうせ、去年までは、ここに
入り浸りだっただろ?」
ハボックの言葉に、エドはますます困ったように顔を顰めた。
「今、伯母さん達が遊びに来ていて・・・・。」
その一言で、ハボックは全て了承した。
エドワードの母の姉であるイズミ・カーティスは、優れた
錬金術師であり、エドと弟のアルフォンスの錬金術の
師匠でもあった。だが、この伯母は、軍を大層嫌っており、
去年、錬金術の修行と称し、軍の資料室へ入り浸っていた
エドに気づき、烈火のごとく怒り、東方司令部壊滅寸前までに
なった騒動は、まだ記憶に新しい。
「今日は、よく来れたな・・・・。」
去年、イズミによって、半殺しの目にあったハボックは、
イズミが付いてきていないか、キョロキョロと辺りを見回した。
「うん!今日はちゃんとコートを返しに行って来るって許可を
貰ったから。」
ニコニコと笑いながら、内心エドワードは溜息をついた。
その許可を取るまで、凄まじいまでのバトルを、伯母と共に
繰り広げていたのだが、マイペースな、エドの母親である
トリシャの
「借りたものはきちんと返さなければね。ちゃんとお礼を
言うのよ。」
という一言で、何とか軍へ行く許可をもぎ取ったのだ。
昔から、イズミは妹のトリシャに甘かったお陰で助かったと、
エドはほっと胸を撫で下ろしたのだが、肝心のロイが不在
では、どうしようかと、悩んだのであった。
「・・・・でも、二度目はないだろうし・・・・。」
ここへ来る前に、散々伯母に15分以内に用事を済ませる
様に、言い含められていたのだ。もしも、相手が不在の
場合は、他の人に預ける事も、無理矢理約束させられて
いた。
「・・・・じゃあ、俺そろそろ行くね。その・・・マスタング大佐に、
お礼を言っておいて・・・・。」
ションボリと肩を落とすエドに、ハボックは苦笑する。
「ああ。確かに言っておくよ。そうだ。大佐は結構頻繁に
街に視察に出るからな。もしかすっと、街で会えるかもな。」
「えっ!?」
驚いて顔を上げるエドに、ハボックはポンポンと頭を叩く。
「街で偶然会って話をしたって、伯母さんとの約束を破った
ことにならねーだろ?」
その言葉に、あっと口を開けて驚くと、次に、花が綻ぶように
微笑んだ。
「そっか・・・。ありがとう!ジャン兄!!それじゃあ!!」
嬉々として走り去っていくエドの後姿を見送りながら、
ハボックは苦笑した。
「まさか、両想いだったとはねぇ・・・。」
3日前、ハボックがエドを家まで送った後に、司令部に
戻ると、不機嫌な上司の姿があった。ロイは、ハボックが
戻るや否や、エドについて根掘り葉掘り聞いてくるので、
ハボックはピンときたのだ。
ロイ・マスタングは、あろう事か、14歳も年下の少女に
一目惚れをしたのだと。
「犯罪だとは思うけどな・・・・。」
いい年をした大人が、中学生に一目惚れ。
あまり外聞のいい話ではないと思い、何とかロイに
留まるように仕向けようと思っていたのだが、エドワードの
方もロイに一目惚れした様子に、可愛い妹分を取られるのは
癪だったが、エドの為にも、ハボックは2人の仲が上手くいく
ように願った。




「エドー!!」
家に入ろうかと門を潜ろうとした時、隣の家のウィンリィが、
エドに気づき声をかける。
「ウィンリィ?どうかしたのか?」
早く来て!と急かす幼馴染に、訝しげに思いつつも、エドが
ウィンリィに引っ張られるように、ウィンリィの家の庭にやって
くると、ウィンリィの飼っている犬のデンが、横たわっており、
その足元には、5匹の子犬が我先にとお乳を飲んでいた。
「あっ!産まれたんだ!!」
眼を輝かせているエドに、ウィンリィは誇らしげに言った。
「そうなのよ〜。見て見て〜。とおっても可愛いでしょう!!
エド〜。犬もいいと思わない〜?」
猫なで声のウィンリィに、ハッとウィンリィの思惑に気づいた
エドが、身を固くする。
「駄目!うちは昔から猫派なの!!」
両手を顔の前で交差させてバッテンを作るエドに、ウィンリィは、
ちぇっと頬を膨らませる。
「え〜。いいじゃん!一匹くらい!けち!!」
剥れるウィンリィに、エドはそっぽを向いた。
「ケチで結構!俺の家は、代々猫しか飼わな・・・。」
「エド?」
急に固まるエドに、ウィンリィは不審そうな顔で見ると、
なんといつの間に来たのか、全身黒い色をした一匹の子犬が
エドの足に身を摺り寄せていた。
「・・・・思いっきり気に入られたようね。エド〜。」
ニコニコと笑う幼馴染を横目で睨みながら、エドは足元の
黒い子犬をひょいと抱き上げた。
「!!」
顔を見ると、犬の黒い瞳がじっとエドを見つめており、
不覚にもエドは黒い毛並みと黒い瞳に、今日逢えな
かったロイ・マスタングを思い浮かべ、思わず頬を
赤らめた。
「どうしたの?エド?まだ熱があるんじゃ・・・。」
急に真っ赤な顔になるエドに、まだ熱が下がって
いなかったのかと、ウィンリィが心配そうな顔で
見つめると、エドは真っ赤な顔のまま、ギュッと子犬を
抱きしめて、ウィンリィを見た。
「う・・うちは本当なら猫しか飼わないんだけど・・・
ウィンリィも子犬の貰い手を捜すの大変だろうから、
これだけうちで引き取ってもいいぞ!!」
早口で言うエドに、一瞬ポカンとした顔になったウィンリィ
だったが、伊達に幼馴染は、やっていない。直ぐにエドが
何かを隠している事に気づき、ニヤニヤしながら頷いた。
「いいわよ〜。その代わり、ちゃんと世話をしてね。エド?」
「そ・・それじゃあ、俺行くな!!」
慌てて子犬を抱きしめたまま、エドが帰ろうとすると、
ウィンリィがニヤニヤと笑いながら、留めの一言を叫ぶ。
「エド〜。いくら子犬に好きな人を重ねても、名前まで
一緒にしちゃ駄目だよ〜。」
スッテンと転ぶエドの様子に、ウィンリィは、お腹を抱えて
ゲラゲラ笑い出した。



「くっそー。ウィンリィのやつ〜。」
シャワーを浴びてすっきりしたエドは、濡れた髪を
ゴシゴシタオルで拭きながら、自室へと戻った。
ベットの直ぐ下に犬用の簡易ベットを作り、その中に
入れておいた犬は、先程あげたミルクによってか、
満足そうに眠っていた。
「べ・・・別に大佐が犬のような顔をしている訳じゃ
ねーぞ!!」
真っ赤な顔で、犬に言い訳をするエドだった。
「でも、この黒い毛並みとか・・黒い瞳が・・・。」
似ていると思ったのだ。そう思ったらこの子犬が
手放せなくなってしまった。
「名前・・・どうしよう。」
ウィンリィの言うとおり、ロイと名前を付けようかと、
ふと脳裏を過ぎるが、直ぐに頭をブンブン振った。
何恥ずかしい事考えてんだよ!!俺の馬鹿馬鹿!!
恥ずかしさのあまり、悶絶していたら、クゥーンという
鳴き声に、ハッとエドは我に返った。いつの間にか
子犬が眼を醒ましていて、こちらをじっと見つめていた。
「お前、本当に大佐みたい・・・・・。」
じっと自分の顔を見つめてくる子犬に、ふとエドが
そんな事を呟いた途端、子犬が嬉しそうに尻尾を
振ってワンと鳴いた。
「・・・・・大佐?」
まるで、大佐という名前に反応したような気がして、
エドは恐る恐る呼んでみると、子犬はさらに嬉しそうに
一声鳴くと、エドの側までやってきた。
自分の手にじゃれている子犬を、茫然と見つめていた
エドだったが、だんだんとその顔に笑みが浮かび、そっと
子犬を自分の目線の高さまで抱き上げた。
「よし!お前の名前は、今日から【タイサ】だっ!!」
「ワン!}
嬉しそうに鳴く子犬に、エドはにっこりと微笑むと、
子犬をギュッと抱きしめた。
「今日から宜しく!タイサ!!」
その後、夕飯が出来たと呼びに来た弟が、嫉妬のあまり
タイサと姉を引き離そうとするまで、エドはタイサを
何時までも腕に抱きしめて、離さなかった。



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今回はエド視点です。何故、イズミ伯母さんは、軍人が嫌いなのかとか、
エドが東方司令部に入り浸れたのかは、本編にて語られます。
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