Stay by my side 〜陽だまりの中で〜
第1話 10秒間の逢瀬
オープンカフェで、錬金術の本を読んでいたエドは、
そっと腕時計で時間を確認すると、緊張したように
溜息をつく。
もうすぐ・・・・・。
もうすぐ、ここにあの人が通る。
そう思うだけで、エドの心臓は、先程からバクバク
いっていた。
緊張の為か、喉の渇きを覚え、オレンジジュースに手を
伸ばした時、通りを挟んだ向こう側に、数人の部下を
連れ、黒いコートを羽織った、軍人が通りかかった。
(来た!!)
エドは、咄嗟にオレンジジュースに伸ばしていた手を、
慌てて本へと向ける。そして、本を読んでいる振りを
しながら、視線だけを左に向ける。
(大佐だぁ・・・・。)
大通りを、数名の部下を引き連れながら歩く、ロイの姿を
こっそりと眺めながら、頬が頬が紅くなるのを感じた。そう
思っているのは、エドだけではないらしく、ロイに熱い視線を
送ってきる美しい女性が、至る所にいた。
ロイが通り過ぎるまでの10秒間の間、エドは全身を目の
ように感性を研ぎ澄まさせて、ロイを見つめていた。
(向こうは、もう俺の事なんて、覚えていないよな・・・・。)
ロイが通り過ぎると、エドは深い溜息をついた。
ハボックからロイがよく街へ視察に現れると聞いて、声を
掛けようかと思っていたが、あまりにも多いロイファンの
女性に、エドはただ遠くから見つめることしかできなかった。
(こんなの、俺らしくないけど・・・・・。)
でも、何て声をかけていいのか、判らないのだ。
一度ウィンリィに相談しようと思ったが、恋愛よりも機械鎧命の
彼女から、まともな答えが出るはずもなく、エドはただロイを
遠くから見ることしかできなかった。
「でも、それも、もう終わりだけど・・・・・。」
再びエドは溜息をつく。そろそろ高校受験が始まる為、こうして
のんびりとカフェに入り浸る事ができない。つまり、このロイの
姿を見られるという、最高の時間も、もう取れないということで、
さらにエドを落ち込ませていた。
ロイは、緊張していた。
今日も、あの子がいるだろうか。
いや、是非居て欲しい。
そう願いながら、ロイは大通りに面しているオープン
カフェを、横目でチラリと見る。
(いた!)
いつもの席で本を読んでいるエドに気づくと、ロイは、
ホッと息を洩らす。そして、横目で彼女を見つめながら、
ゆっくりと歩くスピードを落とす。どんなにゆっくり歩いても、
10秒間しか彼女の姿をみれない事に、ロイは不満だった。
もっと彼女を近くで見つめていたい。
そう思い、何度彼女に話しかけようと思ったか・・・・。
だが、出来なかった。この、女性との付き合いに
慣れている
自分が、あの少女を目の前にすると、緊張して、
何も話しかけることができない。まるで、10代の初めて
恋をした少年のように、ただ遠くから黙って見つめる
ことしか出来ない自分に、ロイは深い溜息をついた。
(もう、私の事など忘れているのだろうな・・・・・。)
ほんの1ヶ月前に知り合った少女。少女がコートを
返しに東方司令部に来た日は、あいにくロイは、中央の
陰険ジジイ共に呼ばれて、留守にしていた。
後で彼女が訪ねてきた事を知ったロイは、かなり
落ち込んだものだった。何をする気はおきず、ボーッとしては、
ホークアイ中尉の銃の的になっている毎日だった
が、ある日、ふとハボックが洩らした、エドのお気に入りの
オープンカフェの存在を知り、こうして、女々しいと思いつつも、
毎日、エドを見かける時間帯にその前を通るようにしたのだ。
「今日も、エドがいましたね。」
カフェを通り過ぎて、未練がましくエドを振り返ろうとした時、
後ろにいたハボックが、ニヤニヤと笑いながらロイに声を
かけてきた。
だが、プライドの高いロイは、部下の言葉を無視すると、
無言で歩くスピードを速めた。そんなロイに、面白がっている
ハボックは待ってくださいよ〜と、情けない声を出しながら、
歩くスピードを早めて後を追いかけてきた。
「遅いぞ。ハボック。」
八つ当たりだと判っていても、ロイはギロリと横に並ぶ
ハボックを睨む。
「そう、怒らないで下さいよ。」
肩を竦ませるハボックに、ロイは舌打ちすると、横目で
睨みつけた。
「別に怒ってなどいない。」
「まぁ、そういう事にしておきますよ。ところで、エドもそろそろ
受験ですねぇ。」
「・・・・そうだな。」
もしかしたら、受験の為、もうカフェにはこないかもしれない。
そう思い、彼女の姿が見れなくなる日が来るのかと、
さらにロイは落ち込む。
「エドの奴、進路に悩んでるみたいですよ。」
ポツリと呟かれた言葉に、ロイは意外そうな顔をする。
「何故だ?彼女は、大学からも勧誘が来るほどの
頭脳の持ち主だと聞くが。」
高校をスキップして、大学の研究所からスカウトの話が
出るほどの天才少女。
ロイは中央にいる時から、天才少女の噂は聞いていたが、
まさかその少女がエドだと気づかず、後でその話を聞いて
ロイは驚いた。
「そう。だから進路に悩むんですよ。彼女、どうやら
国家錬金術師になりたがっているらしくて、軍、特に
国家錬金術師嫌いの伯母さんと、ここ数ヶ月、進路に
ついて、バトルを繰り広げていますよ。」
俺、家が隣だから、時々被害を受けるんですよ・・・と、
肩をがっくりと落とすハボックに、ロイは複雑な顔をした。
確かに彼女が自分と同じ国家錬金術師になってくれれば、
少しは自分との接点が出来るかもしれないと思うが、
エドには、国家錬金術師になってほしくないと願っていた。
国家錬金術師は、戦争が起これば、直ぐに召集されて、
人間兵器として、戦場に送り込まれる。現に、自分も
数年前に戦争に駆り出された1人だ。だからこそ、
あの血生臭い戦場へ彼女を送りたくない。
「伯母さんの言う事も、もっともだよ。彼女に
戦場は似合わない・・・。」
ロイはポツリと呟くと、無言のまま先に行った。
(それだけじゃないんスけどねぇ・・・・・。)
がっくりと肩を落とす上官の後姿を見つめながら、
ハボックは咥えタバコに火を点す。
(まさか、イズミさんが国家錬金術師を嫌っている理由が、
私怨とは思わないだろうなぁ。)
隣に住んでおり、なおかつエルリック姉弟と親しいハボックは、
何故イズミが軍、とりわけ、国家錬金術師を嫌っているのか
知っていた。
原因は、エド達の両親、母親のトリシャと父親のホーエンハイムに
あった。
たまたまイーストシティに視察に訪れていた国家錬金術師でもあり、
国家錬金術師を統括する機関のトップの光のホーエンハイムが、
街を歩いていた、当時20歳のトリシャを見初めたのが、そもそもの
始まりだったらしい。その時、40歳のホーエンハイムは、己の年を
考えずに、トリシャに猛烈なアタックをして、半年後、
半ば攫うようにして、結婚したのが、妹のトリシャを溺愛するイズミと
ホーエンハイムとの確執を生んだきっかけだ。
その後、子どもを伸び伸びと育てたいと、イーストシティにトリシャと
子供達だけ戻ったのも、イズミには気に食わないらしい。
夫婦は常に一緒にいるものだが、イズミの信条であるがゆえに、
ホーエンハイムの中央への単身赴任には、難色を示していた。
「おまけに、去年の事件・・・・。」
思い出すだけでも震えがくる、去年のイズミ東方司令部襲撃事件。
去年、エドが父親に強請って、中央の最新錬金術の資料を、
東方司令部へ郵送してもらい、資料室に入り浸っている事に
気づいたイズミが、東方司令部を襲撃したのだ。
その時、エドは、自分は国家錬金術師になるつもりだと、
宣言したのがまずかった。
あの時の、イズミの台詞は、未だにハボックは忘れられない。
「いいか!エド!!軍、とりわけ、国家錬金術師など、
ロリコンの集まりだ!!そんな所へ、可愛い姪をやれるか!!」
最初、なんて極端な意見の持ち主だと思ったが、目の前の、
14歳年下の少女に、本気で恋をしている国家錬金術師を
見るにつけ、イズミの言葉は正しいかもと、ハボックは
思い始めていた。
「この恋は、成就するんですかねぇ。」
全く接点のない二人。しかも、イズミという最強の壁が
立ちはだかっている。
前途多難だなぁと、ハボックは哀れみを込めた視線を、
上官の背中に向けた。
「何かきっかけでもあればなぁ。」
だが、そのきっかけが、今まさに、東方司令部へと足を踏み
入れた事に、
ハボックはまだ気づいていなかった。
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勿論、エドが人間兵器になることに、イズミさんは
怒っています。それと同時に、やはりホーエンハイムが
許せないようです。
イズミさん曰く、
「あんなロリコンがトップにいるくらいだから、他の奴も
そうに違いない!」・・・・・極端な人です。
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