Stay by my side 〜陽だまりの中で〜 
            第2話 子猫大捜査線



「ここだよね・・・・。」
猫のエドは、こっそりと東方司令部の門を仰ぎ見ると、
ゆっくりと中へと入っていった。
「みやあ。」
以前ロイに連れて来てもらった時、門の近くにいる人に
挨拶をするように言われたのを思い出し、エドは
顔見知りの軍人に近寄った。
「おっ。エドじゃないか?おまえ1人か?」
猫好きの男は、エドに気がつくと優しく頭を撫でると、
キョロキョロと回りを見渡す。眼の中に入れても痛くない
ほどエドを溺愛しているこの東方司令部の司令官の姿が
ない事に、首を捻る。
「ロイに会いに来たんだ♪」
エドはそう軍人に告げるのだが、悲しいかな、猫なので、
にゃあしか言う事が出来ない。しかし、この男には、
どうやら通じたらしい。
「そうか。マスタング大佐に会いに来たんだな?」
偉いぞと、頭を撫でる男の大きな手が気持ちよくて、
エドはうっとりと眼を細める。
「あと少しで交代だからな。俺がマスタング大佐の
元へちゃんと連れて行ってやるよ。それまで、ここで
待っていろよ?」
男は、そう言うと、時計をチラリと見た。
そろそろマスタング大佐が視察から戻ってくる時間だ。
それまで、この可愛い猫を預かっていようと、男は思って
いた。
だが、エドにしてみれば、ロイに直ぐに会えないのが
不満だった。
「むー!!折角ロイに会いに来たのに!!」
最近、ロイは仕事が忙しいらしく、あまりエドとの時間が
取れていなかった。
最初は寂しいのを我慢していたエドだったが、とうとう
我慢の限界が訪れ、会えないのなら、会いにいっちゃえ!
という思考に辿りついたのは、当然の事だった。
幸いにも、ロイに貰われた当初、ロイはエドが良くなるまで、
仕事先にも連れて行った為、東方司令部への道は判っていたし、
おまけにかわいい子猫と言う事で、東方司令部の軍人、
とりわけ影の支配者ホークアイの寵愛を勝ち取っている。
まさに、今のエドは向かうところ敵なしだった。
本人にその自覚はないが。
そんな訳で、エドは勝手知ったる何とかで、するりと男の
手から逃れると、軽い足取りで司令部内に入っていった。
「あ〜あ、逃げられた。」
残念そうに男は呟くが、どうせここにはエドに危害を
与える人間はいないと判断して、黙って見送った。
「ロイ、どこかなぁ〜。」
エドは、逸る気持ちを抑えつつ、トコトコと建物の中へと
入っていくと、目の前に、人間の足が立ちはだかった。
「ロイ!!」
ロイかと思って、嬉しそうに顔を上げるが、見たこともない
軍人の顔に、エドは顔を歪ませると、トボトボと男の横を
通り過ぎようとした。
「なんだ。この猫は。」
すれ違う寸前、頭上から聞こえる蔑んだ声に恐怖を感じ、
エドは身を竦ませた。
男の後ろに控えていた数人の軍人も、繁々と猫を見下ろす
と、口々に男に追従するように口を開く。
「全く、東方司令部に猫がいるなど・・・・司令官の
管理能力が疑われますな。」
「そこへいくと、スミス少佐の統率力は、素晴らしい
ものがあります。やはり、ここの司令官には、スミス少佐の
方が相応しいと思います。」
エドは、自分がいる事で、何でここまで言われなければ
ならないのかと、ギロリと男達を睨みつける。
「むっ?何だ?エサでも欲しいのか?」
スミスと呼ばれた男は、何かを思いついたように、
部下の1人に顎で命令する。
「ふん。いつまでもここに猫がいるのは気に食わん。
ちゃんと躾をしてからそこら辺に捨てて来い。」
「イエッサー!!」
命じられた部下は、エドの首をひょいと掴むと、卑下た
笑みを浮かべながら、建物の奥へと姿を消す。
「スミス少佐、では我々もそろそろ行きましょう。」
「ああ、無駄な時間を過ごしてしまったな。では行くか。」
スミスは頷くと、部下を引き連れて再び歩き出した。




「マスタング大佐、任務ご苦労様です。」
ロイが漸く東方司令部に戻ると、門の近くにいた
兵士が、慌てて敬礼する。頷いて通り過ぎようとした
ところ、兵士はにこやかに声をかけた。
「大佐、先程エド君が遊びに来ましたよ。」
「エドが?1人でか?」
驚くロイに、兵士はニコニコと微笑む。
「ええ。相変わらず可愛いですね〜。ここで待っている
ように言ったのですが、
1人で建物の中に入っていってしまいました。」
「そうか。教えてくれてありがとう。」
ロイは愛猫が来ていることを知り、にこやかに微笑むと、
早足で建物へと向かう。その後ろをハボックが追いかけ
ながら、感嘆の声を出す。
「すごいッスね。エド。良く1人でここまで来られましたね。」
「フッ。私のエドなら当然だ。あの愛らしい容姿に優れた
頭脳。この間もな、一度しか教えないのに、ちゃんと
お手伝いができたのだぞ!?あの子は天才だ!!」
飼い主馬鹿炸裂のロイに、ハボックは苦笑する。
「お手伝いって・・・何させたんですか。」
あんな子猫にお手伝いをさせるなど、ホークアイに
聞かれたら、銃殺決定だろう。少し非難めいた眼で見て
いると、ロイは憮然とした顔をした。
「私も、まさかするとは思わなかったのだ。冗談でエドに
毎朝起こしてくれないかと言っただけだ。そしたら、毎朝
きちんと時間通りに起こしてくれてな・・・・。」
その起こし方がすごく可愛いのだと、眦を下げるロイに、
ハボックは乾いた笑いをする。
「さて、王子様の機嫌を損ねないためにも、早く
戻らなければな。」
さらに歩くスピードを上げるロイに、ハボックは、
いらぬ一言を言う。
「その前に、エドはホークアイ中尉に捕まってるでしょうね。
今日はお持ち帰り決定ですね。」
エドを気に入っているホークアイは、何とかエドを独り占め
しようと、ロイを書類攻めで残業をさせると、さっさとエドを
お持ち帰りしてしまうのは、いつもの事だ。
「今頃、さっきサボった分を含めて、大佐の机は大変な事に
なっているかも・・・・・。」
「なっ!!それだけは、絶対に許さん!急ぐぞ!
ハボック!!」
そうそういつまでもホークアイの思惑通りに事を運ばせるか
とばかりに、ロイは鬼気迫る形相で、建物の中へと入って
いったのと、向こうから人が来たのは同時だった。
「これは、マスタング大佐!失礼しました!!」
中から出てきたのは、スミス少佐と取り巻きの部下数人。
出会い頭に出逢った人物が、上官と気づき、慌てて道を
譲ると、敬礼した。
「・・・君は?」
見たこともない人間に、ロイの眉が顰められる。
「ハッ!明日付けでこちらに勤務するスミス少佐で
あります!!今日はご挨拶にと。」
「そうか。明日から宜しく頼むぞ。では、私は急いでいる
のでこれで失礼する。」
そう言って、スミスの横を通り過ぎようとしたところ、向こう
から切羽詰ったホークアイが走っている事に気づき、ロイは
表情を引きつらせた。
「マジ切れ寸前ですね。大佐、覚悟を決めてください。」
後ろでボソボソとロイに呟くハボックを、ロイはギロリと
睨みつける。
「大佐!!」
怒りの形相のホークアイに、ロイは反射的にハボックを
自分の目の前に差し出して盾とする。
だが、ホークアイはそんなハボックを脇に押しやると、
ロイの胸倉を掴んだ。
「落ち着きたまえ!サボった事は悪かったと・・・・・。」
「大佐!何を落ち着いているんですかっ!!エド君の
一大事です!!」
その言葉に、ロイは驚く。
「エドがっ!?あの子がどうした!!」
逆にホークアイの両肩を掴むと、ガクガク揺さぶった。
その手を振り解くと、
ホークアイは怒りを全開した眼でロイを睨みつける。
「先程、エド君が軍人に暴行を受けて、そのまま敷地の
外へと逃げ出しました。今、捜索隊を編成して、必死に
行方を追っています。」
「何だと!!どこの馬鹿だ!私のエドを傷つけたのはっ!!」
東方司令部のアイドルだとばかり思っていたが、影で
エドを快く思っていない人物がいたのかと、ロイは青くなった。
「その人物は直ぐに拘束しました。名前はジャック・コクトー少尉。」
そう言うと、ホークアイは底冷えする眼をスミス少佐に向ける。
「スミス少佐、あなたの部下だそうですね・・・・。」
「なっ!!私は知らんぞ!!」
尋常でないロイとホークアイの様子に、スミスは青くなった。
「・・・・・あなたの指示だと言っていますが?」
「なっ!!そんな馬鹿な!!第一、私が命じたのは、
猫を捨てて来いというだけで・・・。」
絶句するスミスの胸倉をロイは掴むと、睨みつけた。
「その猫は、私の大事な猫だ!!もしもあの子に何かあったら、
貴様消し炭にしてやる!!」
「そんな・・・たかが猫一匹で・・・・。」
その言葉は、ロイとホークアイとハボックの怒りが爆発した。
スミスの胸倉をグイグイと締め上げるロイの後ろから、
ホークアイが無表情で銃を向けた。
「貴様!!私のエドをたかが猫一匹だとぉおおおおお!!」
「下がって下さい。大佐!銃が撃てません!!」
本気の2人に、スミスはますます顔を青くさせた。
「大佐、中尉、この馬鹿は俺に任せて、エドを探して下さい。」
ハボックは、咥えタバコを吐き出すと、ボキボキ指を鳴らしながら、
スミスに近づく。
「ああ。頼んだぞ!行くぞ!中尉!!」
「ハボック少尉、私の分を残しておきなさいね。」
あっという間に、外に飛び出していく上官2人を、
青ざめた表情で見送っていたスミスは、残ったハボックが
自分より階級が下だと判り、急に居高な態度を取る。
「なんだ、貴様!上官に対して暴力を振るう気かっ!!
軍法会議にかけるぞ!!」
「ふん。出来るもんならやってみな!それより前に貴様を
動物愛護協会に突き出してやる!!」
負けじと叫ぶハボックに、スミスは、心底馬鹿にした顔で
ハボックを見る。
「高々猫一匹、どうだと言うんだ。」
「アンタ・・・・・やっぱ許せねーよ。」
そう呟くと、ハボックは、スミスの鳩尾に強烈な一撃を
お見舞いする。
「言っとくがな、あの子はうちらのオアシスなんだよ。それに、
高々猫一匹だと言うがな、エドは大総統も気に入っていて、
【少佐】の位を持ってるぜ。」
たまたま視察に訪れた大総統が、エドを気に入り、【少佐】の官位を
与えたのは、軍の中であまりにも有名の話だ。
その事を思い出して、スミスは今度こそガクガクと震えだした。
床に座り込むスミスを、いつの間に来たのか、事情を察知した
【エド可愛がり隊】の面々がスミスとその部下達を取り囲むように
立っていた。
「明日から勤務するスミス少佐とその部下達だ。向こうで念入りに
歓迎会をしてやろうじゃないか。」
ハボックの一言で、可愛がり隊面々は、指をボキボキ鳴らして
スミス達に近づく。
「うぎゃあああああああああああああ!!」
男の野太い悲鳴が、東方司令部中を響き渡った。



「エド!!どこだ!エド!!」
死にそうな顔でエドの名前を叫ぶロイの後ろでは、ホークアイは
近所に聞き込みをしていた。
「大佐!!向こうの路地に傷付いた猫が歩いていくのを見たとの
目撃情報が!!」
ホークアイの言葉に、ロイは慌てて路地へと駆け出した。
良く見ると、道には点々と血の跡があり、エドの怪我の酷さが
測られ、ロイは怒りに目の前が真っ暗になる。
最近、ロイは忙しくてのんびりとエドに構ってやれなかった。
それを寂しく思ったエドが、ロイの勤務する東方司令部へと
やって来たのは、想像に難くなかった。
「すまない。エド。エド。」
どんなに怖かっただろう。
どんなに痛かっただろう。
早くこの腕の中に抱きしめてやりたい。
ロイはエドの姿を求めて、血の跡を辿って、角を曲がる。
「!!」
そこは、袋小路になっており、それまで続いていた血痕が、
道の真ん中でプツリと途絶えていた。
「エド・・・・・。」
茫然と立ち尽くすロイを、ポツポツと降り出した雨が静かに
濡らしていた。




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猫エドが大変な事に!!一体猫エドはどこへ行ったのか!!
そして、ロイは無事愛猫エドと再会出来るのか!?
待て次回!!