Stay by my side 〜陽だまりの中で〜
第3話 子猫救出
「いつまで惚けているんですかッ!!大佐!!」
ショックで惚けているロイに追いついたホークアイは、
ロイの後頭部を思いっきり叩く。
「君は一体、何をするんだっ!!」
あまりの痛さで、半分涙目になるロイを無視して、
ホークアイはロイを押しのけるように、猫エドが流したと
思われる血痕をじっと見ると、くるりと背を向けて、
大通りの方へと足早に去っていく。
「待ちたまえ!中尉!!どこへ行く気だ!」
焦るロイに、ホークアイはチラリと一瞥する。
「どこって、動物病院ですが?」
何を今更とばかりに、チラリとホークアイは
ロイを見る。
「動物病院・・・?そうかっ!!」
漸く頭が働き始めたロイに、ホークアイは
溜息をつく。
「途中で血痕が消えているということは、
誰かに拾われた可能性が高いです。そして、
怪我をしているとなれば、動物病院へ行くという
図式が、どうして直ぐに出てこないのでしょうか?」
「どうやら、かなり気が動転していたようだ。
すまないな。ホークアイ中尉。」
ロイはホークアイと並びながら足早に歩く。
「いえ。お気になさらず。無能なのはいつもの
事なので、慣れております。」
さらりと痛烈なる批判を受けて、ロイはホークアイ
中尉がかなり怒っていることに気づいた。
「ちゅ・・・中尉?」
自分は何をそんなに中尉を怒らせたのか判らず、
ロイは横目で横を歩くホークアイを盗み見る。
「毎日毎日仕事をサボって、街へ視察に出るから、
残業になるんです!その結果、エド君を寂しがらせて、
このような事件が起きたんです。」
ホークアイはギロリとロイを横目で睨む。ホークアイの
言葉に、ロイは顔面が蒼白になる。自分の未練がましい
恋心が、結果的に大事なエドを傷つけた事に、ロイは
ショックを隠しきれなかった。
「大佐、無事にエド君を保護出来たら、しっかりと
お説教させて頂きますから!!」
「・・・・すまない。」
ギリリと唇を噛むロイに、ホークアイは幾分怒りを
収めて呟く。
「私にではなく、エド君に謝って下さい。」
「ああ・・・・。そうだ。そうだな。ああ、ここだ。
中尉。」
いつの間にか動物病院の前まで来た2人は、
荒々しくドアを開ける。
「あら?マスタングさん?傘を差さずに来たんですか?
濡れて・・・。」
既に顔見知りになった受付をしている看護婦に、
ロイは青褪めた顔で尋ねた。
「そんなことより、うちのエドはこちらに・・・・。」
「今連絡しようと思っていたんですよ。」
ニコニコ笑う看護婦に、ロイはエドがここにいる
ことが判り、矢継ぎ早にエドの様子を尋ねる。
「それで、エドは?怪我は?無事なんですか!!」
「・・・・・マスタングさん、ここは病院ですので、
もう少し静かに願いますか?」
騒ぎを聞きつけ、診察室から出てきた医師に、
ロイは詰め寄った。
「マルコー先生!エドはっ!!」
出てきた医者は、エドを拾ってから何かと相談に
乗ってもらっている、獣医のティム・マルコー医師
だった。
「落ち着いてください。マスタングさん。エド君は
無事ですよ。」
その言葉に、ロイは脱力したように、安堵の
溜息をつく。
「良かった・・・。エド・・・・。ありがとうございます。
マルコー先生。」
頭を下げるロイに、マルコーは苦笑する。
「いえいえ。お礼なら私ではなく、ここに連れて
きた人に。発見が早く、適切な応急処置をしてくれた
お陰で、一命を取り留めたんですよ。」
「一命を取り留めたって・・・・そんなに酷い傷
だったんですか!!」
ロイの言葉に、マルコーは両腕を組むと、怒りに
満ちた目を向ける。
「全く!犯人を見つけたら、一発殴っただけじゃ気が
すまないですよ!あんな只でさえ標準より小さい
子猫を、ナイフで切りつけるなんて!」
「ナイフで・・・・・。」
ロイは後ろで控えているホークアイを振り返る。
「中尉。」
その一言で、心得たように、ホークアイは大きく
頷くと、クルリと背を向けて司令部へと足早に
去っていった。勿論、エドを襲った犯人達に報復する
為だ。
「それで、先生、エドに会えますか?」
ロイの言葉に、マルコーは、うーんと考え込むと、
ケージ越しならばと、許可を出す。
「まだ少し心配なので、暫く入院してください。
ああ、ここです。」
マルコーに連れられてきた場所は、入院している
ペットが別々にケージに入っていた。その中で、
酸素吸入をし、全身包帯でグルグル巻きになりながら、
点滴を受けているエドの姿に、ロイはケージに
しがみ付いた。
「エド・・・・・・・。」
ピクリとも動かないエドに、ロイは言い知れぬ不安を
感じてマルコーを振り返る。そんなロイに、マルコーは
力強く頷く。
「大丈夫です。今は漸く落ち着いて眠っているだけ
ですので。」
「そうですか・・・・。」
それでもロイは心配そうにエドを見続けていると、
そこへ看護婦が、血だらけの白のカーディガンを
手にやって来ると、マルコーに尋ねる。
「先生、このエドワードちゃんのカーディガン、
処分しちゃってもいいんですよね。」
「ええ。本人の許可は取ってありますので・・・・。」
「エドワード!?」
マルコーと看護婦の会話を聞いて、驚いてロイは
振り返った。
「エドワードとは、まさか、エドワード・エルリック嬢
ですか?」
「もしかして、お知り合いですか?エド君を連れて
きたのは、エドワードちゃんなんですよ。」
ロイの問いかけに、マルコーは肯定する。
「本当にエドワードちゃんが通りかかって、
良かった。エドワードちゃんだがら冷静に適切な
応急手当が出来たんですよ。さっきまでエド君の
様態が落ち着くまではって、ずっと付っきりだった
くらいですからね。あの子は良い獣医になりますよ。
ね?先生?」
看護婦の言葉に、ロイはおや?という顔をした
「獣医?彼女は、国家錬金術師になりたいと・・・・・。」
「彼女の夢は獣医だそうですよ。そのために、
国家錬金術師になりたいと言っていました。」
ハボックの話だと、国家錬金術師になりたがって
いるはずだが、何故そこで獣医と結びつくのだろうか
という顔をしたのだろう。困惑するロイに、マルコーは、
苦笑する。
「彼女の父親は、ご存知かと思いますが、
国家錬金術師を統括する部署のトップでしてね。
彼女は小さい頃から錬金術に長けていましたよ。」
それこそ、寝食を忘れるほど没頭していましたねと、
笑うマルコーに、ロイは少し嫉妬を覚えながら、
表面上は神妙に話を聞く。
「先生は、エドワード嬢と親しいのですか?」
「ええ。エルリック家は、ずっと猫を飼って
いましてね。私は主治医なんですよ。その関係で、
彼女はここに入り浸るようになって、将来動物の
お医者さんになる!と言ってくれた時は、すごく
嬉しかったですね。」
ニコニコと笑うマルコーに罪はない。罪はないのだが、
エドに恋心を抱いている男としては、自分の知らない
エドを知るマルコーに、内心嫉妬で狂いそうになる。
「それなのに、国家錬金術師?」
「彼女が言うには、錬金術を医療に役立てたいんだ
そうですよ。国家錬金術師になれば、最新の設備で
研究できますから。・・・まぁ、それもありますが、
本心は、父親の為でしょうねぇ。」
「父親・・・・ですか?」
ロイの言葉に、マルコーは頷いた。
「父親と伯母の確執に、大分心を痛めている
みたいです。国家錬金術師は、ご存知の通り
人間兵器と忌み嫌われています。だから、
エドワードちゃんは国家錬金術師のイメージを
払拭させたかったのでしょう。彼女はいつも
言っています。国家錬金術師は兵器ではない。
血の通った人間だと。人から悪く言われれば、
人一倍傷付くんだとね・・・・・・。」
「本当に、良い子なんです。エドワードちゃんは・・・・・。」
マルコーと看護婦は、その時のことを思い出した
のか、しんみりとした雰囲気になる。
「そうですか・・・あの子が・・・・。」
自分ですら国家錬金術師に良いイメージを
持っていないというのに、エドは兵器をちゃんとした
人間としてみてくれる。そう思っただけで、ロイの心に
暖かいものが溢れてきた。
「・・・・・ミャア・・・・。」
そこへ、か細い声が聞こえ、ロイは反射的に
振り返った。先程まで眠っていた猫のエドが、
自分の方へ来ようと、必死に立ち上がろうとして
いるところだった。
「エド!!」
慌てるロイに、マルコーはケージを開けると、
猫エドを診察する。
「・・・・大丈夫だよ。エド。すぐ良くなるから・・・・。」
傍らで必死に励ますロイに、安心したのか、
猫エドはトロンと眼を閉じると、スヤスヤと寝息を
たてた。
その様子に、マルコーはロイに向かってにっこりと
微笑んだ。
「心配なさらずとも、もう大丈夫ですよ。」
「は・・・い・・・。ありがとうございました。先生。
ところで、ご迷惑でなければ、毎日見舞いに
来ても宜しいでしょうか?」
本当なら、ここに泊り込みたいロイだったが、
そんなことをすれば迷惑なだけだという事は
十分承知しているため、せめて見舞いだけでもと
懇願する。
「ああ。構いませんよ。マスタングさんの顔を
見れれば、エド君の回復も早くなると思いますし。」
「ありがとうございます!!明日また来ます!」
頭を下げるロイに、マルコーは、ニコニコと微笑む。
「それでは。」
と、会計を済まそうと受付に行こうとするロイを、
マルコーは呼び止める。
「ところでマスタング大佐。」
「はい?」
振り返るロイに、マルコーはどこか面白がるような
顔で尋ねる。
「つかぬ事をお聞きしますが、東方司令部で「大佐」の
地位にいる方は、あなたの他にいらっしゃいますか?」
「いえ?私以外にはいませんが・・・・。それが何か?」
訝しげな顔のロイに、マルコーは、にっこりと微笑む。
「いえ。大した事ではありませんので。お引止めして
すみません。」
そう言って、仕事を再開させたマルコーに、訝しげに
思いつつも、ロイは歩き出した。去っていくロイの後姿を
チラリとマルコーは横目で見る。
「あの猫好き一家の中で、特に猫好きのエドワード
ちゃんが、犬を飼い始めたのには驚きましたが・・・・・。」
そう呟くと、マルコーは一つのカルテを手に取る。
「エドワードちゃんの犬の名前が【タイサ】で、
マスタング大佐の猫の名前が【エド】ですか・・・・・。
これは、面白くなってきましたよ。」
フフフと不気味な笑いをするマルコーに、看護婦の
叱責が飛ぶ。
「先生!トリップしていないで、仕事してください!!」
ガツンとマルコーの後頭部に、分厚いバインダーが
クリティカルヒットする。
病院を出ると、いつの間にか雨が上がっていた。
暗い雲の隙間から零れるように陽が差していて、
それが自分の心を表しているようだった。
エドの一命が取り留めた事で、ロイは、司令部に
戻る道を歩きながら、ほっと安堵の溜息を洩らした。
帰ったら犯人達を消し炭にしなければ、
気がすまない。そう思い、ロイは歩くスピードを早めた。
「・・・・・そうだ。彼女にお礼をしなければ・・・・・。」
たまたま通りかかったブティックを前に、先程みた、
血だらけのエドのカーディガンを思い出し、足を止めた。
「彼女のイメージなら・・・・・。」
ロイがエドワードの服を買うために、ブティックに足を
踏み入れた時、東方司令部では、そのエドワードが
更なる騒動を引き起こそうとしていた。
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猫エドちゃんが一命を取り留めて、本当に良かったです〜。
マルコー先生も面白がっているし、果たして
このカップルは無事にくっつくんでしょうか。
まだまだドタバタは続きますが、
気長にお付き合い下さい。
さて、次回はいよいよエドとあの方との
出会いというか再会です。
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