Stay by my side 〜陽だまりの中で〜 


          第14話   猫は逃げ出した



   「暗い・・・・暗すぎる・・・・。」
   ハボックは、職場の暗い雰囲気に、眉を顰める。
   その原因となっているのは、ハボックの上司2人だった。
   原因その1のロイ・マスタング大佐。
   彼は、自分が出勤する前に、エドがセントラルに行く前に、
   ここに寄った事を、誰かから聞いたらしく、かなりショックを
   受けていた。
   「あと一週間しかないのだぞ!!エディ〜!!」
   などと、朝から机に懐いては、仕事もせずにどんよりと落ち込んでいた。
   一体、何が一週間しかないのか知らないが、永遠の別れでも
   あるまいしと思い、ハボックはさっさとロイを見捨てると、
   心配そうに、原因その2である、リザ・ホークアイ中尉に
   目を向ける。
   普段の彼女からは、想像できないくらい覇気がない。
   だが、根が真面目な彼女は、それでも仕事の手を止めない。
   もっとも、書類一枚処理するたびに、深い溜息をついているが、
   処理スピードが落ちていないのは流石だった。目の前の
   駄目上司もこれくらい見習って欲しいものだ。ハボックは
   ホークアイの処理済の書類を受け取りながら微笑む。
   「大丈夫ですよ。エドは中尉を嫌っていません。」
   「・・・・ありがとう。」
   ふと寂しそうに微笑むと、ホークアイは、再び書類に目を向ける。
   何故ホークアイがこれほど落ち込んでいるのかと言うと、昨日、
   エドの家に猫エドを迎えに行った際、エドの態度がホークアイに
   対して、余所余所しかったのが原因である。
   「エドワードちゃんに嫌われてしまった!!」
   そう言って泣き出すホークアイを一晩中抱き締めて慰めていたのだ。
   朝、憔悴しきったホークアイが1人で出勤するとき、心配のあまり、
   ロイの迎えなど無視して、一緒に出勤しようかと思ったが、猫エドの
   存在があって、しぶしぶホークアイを1人で見送ったハボックだった。
   どうせ、隣のエドの家に猫エドを預けるのだから、猫エドをさっさと
   隣に預けて、ホークアイと共に出勤したかったが、エドワードと猫エドを
   激愛している上官にそれが通用するはずもなく、昨日の夜ホークアイに
   猫エドを取られて、今頃イライラして自分を待っている事だろう。それに、
   猫エドを預かってもらうという名目の元、エドワードと出会える朝の貴重な
   時間を潰されたと判った瞬間の、ロイの怒りが恐ろしい。そんな訳で、
   猫エドと共にロイの家に向かった訳なのだが、チャイムを鳴らして
   出てきたロイは、どこか思いつめた顔をしている事に、ハボックは
   おや?と首を傾げた。ロイの顔を見た瞬間、猫エドが纏わりついたので、
   直ぐにいつもの蕩けきった顔に戻ったのだが、ハボックはロイの
   違和感に眉を顰める。まるで、これから人生最大の勝負に出るような
   そんな顔をしていたのだ。
   車でエドの家に向かう途中、猫エドの様子が急に悪くなったので、
   エドに断りを入れるために訪れたエルリック家では、あいにく、エドが
   朝からセントラルに向かって、不在だったという事で、ロイは今までに
   ないほど、落ち込んでいた。
   「まさか・・・・大佐とエドは喧嘩でもしているのか?」
   もしも、そうならば、ホークアイは2人の痴話喧嘩に、巻き込まれた
   だけではないのだろうか。そう思うと、ハボックはギロリとロイを
   睨む。エドの性格から言って、喧嘩の原因は、100%いや、120%
   ロイにあると思っていた。それによって、ホークアイとエドが傷付いたというの
   ならば、それ相応の報復を受けてもらおう。
   どうしようかと思案しながら、ハボックは自分の席に戻ると同時に、目の前の
   電話がけたたましく鳴り出す。
   「はい。司令室・・・・・・・・・は?ああ、猫エドの・・・・・えっ!?」
   猫エドという単語に、ロイとホークアイが同時に、ハボックを見る。
   「猫エドがいなくなった〜!!」
   ハボックが叫んだと同時に、ロイとホークアイは同時に席を立つと、
   慌てて部屋を飛び出していった。






  「俺は・・・別に・・・タイサに逢いに来た訳じゃねーぞ!!」
  エドワードの家の前で、先程からウロウロしているのは、猫エドだった。
  原因がわからないが、元気がないので、念のため動物病院に朝から
  預けられた猫エドは、一瞬の隙をついて、動物病院から抜け出し、
  気がつくと、ここに来ていたのだった。
  「ふみゃー。」
  猫エドがこれからどうしようかと、ウロウロしていたら、エドの家の隣から、
  犬を連れた少女が出てきて、猫エドに気づく。
  「あれ?猫アル?」
  エドと同じ金の髪の少女が、弟のアルの名前を呼んだ事で、猫エドは
  反射的に、顔を上げる。
  「どうしたの?猫アル?」
  少女が、猫エドを抱き上げた時、猫エドは少女が持っていた二本の
  リードのうちの一つに、猫エドのもやもやの元凶である、犬が繋がれており、
  その事に気づいた猫エドは、慌てて暴れだす。
  「離せ〜。離せ〜。」
  「きゃっ!どうしたのよ!猫アル!!」
  いつも遊んであげているじゃない!!とプクリと少女は、頬を膨らませるが、
  少女と初対面の猫エドは、そんなことお構いなしに、少女の腕の中で
  暴れだす。
  「・・・・・エド?」
  困惑気味な犬のタイサの声に、猫エドはピクリと身体を竦ませて、恐る恐る
  振り返ると、驚いた顔の犬のタイサがいて、猫エドはばつが悪そうな顔で
  プイと横を向く。
  「エド?1人か?一体今朝はどうし・・・・・。」
  犬のタイサは猫エドに話しかけたのだが、動物の言葉が判らない少女には、
  自分に話しかけていると思われたのか、自分が連れている犬たちを、
  タイサに見せる。
  「ほら!デンにマリア!タイサだよ。」
  少女に名前を呼ばれて、二匹の犬が少女とタイサの間に入る。
  「元気だった?」
  「こんにちわ。」
  にこやかにタイサに話しかける犬達を見ていられなくて、猫エドは、少女の
  腕から抜け出すと、大通りの方へと走っていく。
  「エド!!」
  それに慌てたのはタイサだった。今朝の様子といい、猫エドの不審な態度に、
  タイサは慌てて猫エドの後を追う。
  「ちょ!タイサ!?」
  いきなり猫を追いかけて外に出てしまったタイサに慌てた少女は、青くなって
  エドの家の中に駆け込んだ。
  「ちょ!!大変よ!!アル!!タイサと猫アルがっ!!」
  「どうしたの?ウィンリィ?」
  けたたましい声に、猫アルを抱いたアルが、慌てて二階から降りてきた。
  「大変よ!猫アルとタイサがっ!!って・・・・・あれ?猫アル?」
  ポカンと口を開けるウィンリィに、アルは眉を顰める。
  「猫アルがどうしたの?」
  「あー・・・ごめん。私の勘違いだった・・・・・じゃあ、何でタイサが?」
  ウーンと首を傾げるウィンリィに、アルは不審な目を向ける。
  「タイサ?あの犬がどうかしたの?」
  「うーん・・・あのね・・・さっき、猫アルにそっくりな猫が門の前にいたから、
  てっきり、猫アルかと思って、抱っこしたのよ。そしたら、急に逃げちゃって、
  それをタイサが追いかけて行っちゃったから、知らせに・・・・・。」
  「猫!?猫アルにそっくりな!?」
  アルが驚いて、ウィンリィに詰め寄る。その恐ろしいまでの剣幕に、ウィンリィは
  ただ言葉もなくコクリと頷いた。
  「もしかして、首に真っ赤なリボンをつけていなかった?」
  アルの言葉に考え込む。
  「そー言えば・・・・赤いリボンだったわ。」
  「猫エドだ!!」
  叫ぶアルに、ウィンリィはポカンとなる。
  「はっ!?エド?エドがどうしたの!?」
  「違う!姉さんじゃなくって、猫の方!!」
  「猫って・・・猫アルだけじゃなくって、もう一匹飼ってたの?」
  一体いつの間にと、驚くウィンリィに、アルは焦った顔をする。
  「うちの猫じゃないんだけど、姉さんの知り合いの猫なんだよ。
  すごく可愛いんだ。その猫、具合が悪いはずなのに・・・・そんなにうちの
  猫アルに逢いたかったんだ・・・・・。」
  姉の事があり、ロイを無理矢理追い返したが、猫エドだけは引き取れば良かったと、
  アルは後悔していた。
  (ったく!あの無能大佐!何してんだよ!!)
  あの男の話では、猫エドは今朝は具合が悪いらしい。それなのに、なんで
  あの男はちゃんと面倒をみないのだろうか。
  (やっぱ、あの男は姉さんに相応しくない!!猫エドもあんな男に飼われたら
  可哀想だ!こうなったら、一刻も早く猫エドを捕獲して、うちで引き取ろう!!)
  ロイが文句を言ったら、犬のタイサを熨しつけて押し付けてやる。
  第一、最初に猫エドが怪我をしたのも、あの男がちゃんと世話をしていないからだ。
  文句など言わせない!!
  アルは決意も新たに玄関を飛び出そうとする。
  「ちょっと待って!私も捜す!!」
  自分がちゃんとしっかり持っていなかったからと、責任を感じたウィンリィも
  猫エド捜索に力を貸すと言う。
  「ありがとう!とにかく、誰よりも早く見つけないと!!」
  アルとウィンリィは、慌てて家から飛び出していく。後に残された犬2匹は、
  訳が判らず、キョトンとお互い顔を見合わせたが、猫アルは、心配そうな顔で、
  じっと玄関の扉を見つめていた。
  
  




  「ふえーん・・・・。タイサなんか嫌いだ・・・・・。」
  トボトボと猫エドが歩いていると、そこは行き止まりだった。
  「あれ?ここって・・・・確か・・・・・・。」
  辺りをキョロキョロ見て、猫エドは、そこが犬のタイサと初めて出逢った
  路地裏である事に気づいた。
  行き止まりの為、猫エドがションボリと肩を落として、踵を返した所、
  前方に立っている黒い犬に気づいて、思わず立ち止まる。
  「鬼ごっこは、もう終わりかな?エド?」
  「・・・・・・タイサ・・・・・。」
  犬のタイサは、猫エドを睨みつけていた眼を、凶悪なまでに細めると、
  怯える猫エドに、ゆっくりと近づいていった。





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タイサ・・・恐がらせてどうする?とツッコミを入れつつも、作者は君を
一番応援しているぞ!と励ましたり・・・・。さて、黒アル、本領発揮!
ロイは無事に、黒アルよりも先に愛する猫と再会出来るでしょうか!
そして、セントラルに行ってしまったエド子さんはっ!?