Stay by my side 〜陽だまりの中で〜
第25話 ロイの極めて不幸な一日
「本当にお久し振りね。ロイ。あなたったら、ちっとも寄り付きも
しないから、ずっと寂しかったのよ?」
そう言って、優雅な仕草でティーカップに口を付けるのは、
クレア・ブラッドレイ。この国の大総統夫人で、ロイの伯母だった。
「申し訳ありません。伯母さん。仕事が忙しく、つい不義理をして
しまいました。」
クレアの向かい側に座っているロイは、申し訳なさそうな顔で
神妙に頭を下げた。
「ホホホ・・・・。素直に、デートに忙しかったとおっしゃいな。」
クレアは、ティーカップをテーブルに置くと、ニッコリと微笑んだ。
「普段、頼まれてもここに寄り付こうともしなかったあなたが、
アポも取らずに、急にここに来た理由と言うのを、そろそろ
聞かせて頂いても宜しいのでは?」
「・・・・・他意はございません。少々不義理を致しましたので、
ご挨拶に来たまでですよ。」
ニッコリと笑うロイに、クレアもニッコリと微笑み返す。
大総統邸の一室では、長閑なお茶会が繰り広げられている。
もっとも、その時間帯が、午前7時であり、2人から醸し出される
雰囲気が殺伐としていなければ、お茶会と呼ぶに相応しいのかも
しればいが。
「そうですか。では、今度の日曜日のジョシーとのお見合いの事
でも・・・・・。」
「伯母さん・・・・・。それは、はっきりとお断りしたはずですが?」
ニコニコ笑うクレアに、ロイは不機嫌そうな顔で睨む。だが、キングの
妻であり、大総統夫人でもあるクレアは、サラリと流す。それくらい
出来なければ、ファーストレディなどやってられない。
「そうだったかしら?こんなに朝早く来たのは、あなたが待ちきれない
からだと思ったのですけど・・・・違うのかしら?」
意味ありげにクレアはロイを見る。ある意味、確かにクレアの指摘通り、
ロイは待ちきれずに、甥である事を良い事に、早朝から大総統邸に
やってきていた。本当は、午前3時頃セントラル駅に着いたのだが、
流石に夜も明けきらない時間帯に襲撃するほど、ロイも非常識ではない。
夜が明けるまで、大総統邸の前で、クマのようにウロウロしていたのを、
警備の者に見つかり、あわや警察に突き出される所だったが、身分証
の提示で難を逃れ、これ幸いと、夜が明けるまで、詰め所に居座って
いた。警備の者にしてみれば、良い迷惑である。だが、ここまでしても、
ロイには、絶対に手に入れたいものがあったのだ。ロイは、ゆっくりと
紅茶を飲みながら、慎重に口を開く。
「・・・・そう言えば、今度、伯母さんの写真展が開かれる事になったとか。
おめでとうございます。」
頭を下げるロイに、クレアは微笑むと、ロイのティーカップにお代わりを
注ぐ。
「素人ですので、あまり派手には、したくなかったのですけど・・・・
キングが君の作品は素晴らしいと褒めて下さって・・・・・・。」
ポッと頬を赤らめる姿は、初々しい乙女のようだが、実際年齢は、
50代後半。更に、万年新婚夫婦と国内外で有名な大総統夫妻の
片割れは、だんだんと惚気モードに突入していく。
(まずい!!)
ロイの脳裏に警報が鳴り響く。
全く、この伯父夫婦といい、親友のヒューズと言い、どうして自分の
周りに、惚気話が好きな人間が多いのかと、ロイは頭を抱えたくなる。
ロイがこの大総統邸に足を向けないのは、この惚気話を聞くのが
苦痛だからだ。
(くそーっ!!私だって、エディと結婚すれば!!)
一日中だって惚気てやる!!と決意を新たにした事で、ふと自分の本来の
目的の事を思い出した。そろそろ計画を行動に移さなければと、
延々と惚気ている伯母に、ロイはコホンと咳払いをすると、さり気なく
話を元に戻す。
「伯父さんから伯母さんの写真の素晴らしさは、いつも聞いています。
今日は、その素晴らしい作品の数々を是非見せてもらおうと、
恥ずかしながら、こうして朝早くから来てしまったのです。」
ニコニコニコと、見かけ邪気のない笑顔のロイに、クレアは一瞬
胡散臭そうな顔をするが、直ぐにニッコリと見かけ人の良い笑みを
浮かべて、立ち上がる。
「そうだったの・・・・。こちらに専用の部屋があるわ。そこで
お見せするわね。」
「ありがとうございます。伯母さん。」
ロイは、逸る気持ちを抑えて、嬉々として、クレアの後に続く。
「それで、これは・・・・私が育てている月下美人の・・・・・。」
それから延々6時間。途中、お昼休憩が入りながら、クレアの
作品解説は続く。最初は、エドの秘蔵の写真が何時出るかと、
ワクワクしていたロイだったが、流石に今度の写真展に出品する
作品を中心とした、風景や植物の写真ばかり見せられて、
ロイの我慢は限界に達していた。
(わざとだな。絶対に、わざとなんだな!!)
自分がエドに惚れている事を知っているくせに、クレアはわざと
エドのエの字も言わない。
(だが、素直にエディの秘蔵の写真が見たい、いや、欲しいと
言っても、この伯母の事。それをネタに絶対に私を玩具にするに
決まっているのだ!)
似たもの夫婦である伯父夫婦は、面白い事をトコトン楽しむという
悪癖があった。飄々とした、双子の兄であるライは、そんな伯父夫婦の
思惑に乗ることなく、さっさと面倒ごとを弟であるロイに押し付けて、
自分は高みの見物をするという、要領の良さだ。よって、必然的に
伯父夫婦の玩具は昔からロイと決められていた。
(だが、私もいつまでも小さな子どもではない!!いつまでも
伯父夫婦の玩具になっているつもりはない!!)
ロイは決意を新たにすると、さり気なくクレアに話しかける。
「どれも素晴らしい作品ばかりで、ただただ感心しますよ。
・・・・ところで、人物写真は一枚もないのですが・・・・
何か理由でも?」
「あら?人物写真も見たいの?それならそうと言ってくれれば・・・・。
被写体毎に部屋を分けているのよ。人物写真は隣の部屋
になっているわ。こちらよ。」
散々写真を褒めた事で、クレアの機嫌が良い事に、ロイは内心クスリと
笑う。こんなに浮かれているならば、さり気なくエドの写真を抜き取る
事は、容易だろうと判断して、ロイも足取りも軽くクレアの後に続く。
「伯母さん・・・・これは・・・・・何ですか?」
ドドーンと暗く沈むロイに、クレアはニヤリと笑う。
「何って・・・・・・人物写真よ。この写真はね!キングと初めてデート
した時の・・・・・って、聞いてるの?ロイ?」
「はい・・・聞いてます。」
自分と夫の写った写真を、ロイに見せながら、クレアの惚気トークが
延々と続くのだった。
「あーはっはっはっ!!」
「笑うな!!ヒューズ!!」
何時間も惚気を聞かされた挙句、ロイはエドの写真を一度も目にすることなく、
「これから大切な人が来るから。」
の一言で、伯母に追い出された為に、親友のヒューズを、何時もの酒場に
呼び出して、やり場のない怒りを発散させていた。
「エディ〜。エディ〜。エディの写真がほ〜し〜い〜ん〜だ〜!!」
ウイスキーのロックを一気に煽ると、ロイは、カウンターに頭をつけて、
グスグスと泣き出す。
「あ〜あ〜。かの有名な女ったらしのロイ・マスタングともあろう人間が、
14も年下の女の子に、未だに告白出来ずにいるとはな・・・・・。」
エグエグと泣いているロイの方をポンポンと叩きながら、ヒューズは
ククク・・・と笑う。
「でも、そのエディって子とお前って知り合いなんだろ?写真くらい
さり気なく一緒に撮るとか出来ないのか?」
わざわざ苦手な人間のところまで取りに行かなくてもと言うヒューズに、
ロイはトロンとした目で睨みつける。
「私だって、一緒の写真が欲しかったさ!だから一緒に撮ろうとしたんだが、
エディに断られたんだ・・・・。幼少の時嫌な事があって、それ以来、カメラを
向けられるのが嫌になったと・・・・・。」
更に落ち込むロイに、ヒューズは、それはご愁傷様と、ニヤニヤ笑う。
所詮、他人の不幸は蜜の味なのかもしれない。
「よーし!そんなに落ち込んでいる時は、このエリシアちゃんの写真で
だな〜!!」
ヒューズは、胸のポケットから数枚の写真を取り出すと、バッと扇のように
広げてロイの目の前に翳す。
「この天使のようなエリシアちゃんの・・・・・。」
「エディ!!」
ヒューズの愛娘トークを遮るよう叫ぶと、ロイは慌てて身体を起こす。
そして、ヒューズが広げた写真の中から一枚を引っ手繰ると、じっと
穴が開くんじゃないかというくらい、凝視する。
「ロ・・・・イ・・・・?」
流石に、親友の様子がおかしい事に気づいたヒューズは、恐る恐る
声をかけるが、逆に胸倉を掴まれる。
「おい!何だって、貴様が私のエディの写真を持っているんだ!!」
「へっ!?何だって?」
惚けるヒューズに、ロイは持っていた写真を突きつける。
「何故、貴様がこの写真を持っているんだ!!」
ロイの手にしている写真を見ると、見覚えのある、金髪と金の瞳を持つ
少女が、桜の樹をバックに、にっこりと微笑んでいる写真だった。
目が据わっているロイに、内心焦りつつも、ヒューズは記憶を手繰り寄せる。
「あ〜、そうか。混ざってしまったのか。」
「どういうことだ?ヒューズ?」
返答次第では、消し炭だぞ?ん?どうする?
フフフと暗い笑みを浮かべるロイに、本気で生命の危機を感じたヒューズは、
慌てて言った。
「落ちつけ!!これはだな!多分エリシアちゃんの写真を大総統に
見せに行った時に、紛れ込んだやつだよ!!」
「何だと?」
ロイの瞳がキラリと光る。
「聞いて驚け!!俺と大総統は、愛娘の写真を見せっこする間柄だ!!」
踏ん反り返って言うヒューズに、ロイは詰め寄る。
「何だと!!では何か?貴様は私ですら見たことのない、秘蔵のエディの
写真を何度も見たと、そう言うのだな!!」
何故私も誘わん!!と怒るロイに、ヒューズは、ポンと手を叩く。
「そーか。お前の言っているエディちゃんって、エドワードの事だったのか。
だったら、早く言えよ。あれ?でも大総統は、エドワードを甥の未来の
花嫁だって、昔から言っていたぞ?お前達婚約してんのか?」
首を傾げるヒューズに、ロイは苦々しい顔で呟く。
「私じゃない。・・・・ライの事だ。」
「ライ!?という事は、お前は兄ちゃんの婚約者を好きになったのか!?」
驚くヒューズに、ロイはダンとカウンターを叩く。
「ちーがーう!!あの万年新婚夫婦が勝手に決めているだけだ!!」
そして、写真の中のエドを愛しそうに撫でる。
「なぁ・・・ヒューズ。そんなに軍人が・・・国家錬金術師であることは、罪
なのか?エディを愛する資格がないのかな・・・・・・。」
自嘲した笑みを浮かべるロイの背中を、ヒューズは、バンと強く叩く。
「何弱気になってるんだ!!いいか!お前はエドワードに本気で惚れて
いるんだろ!?誰かに何かを言われて、はいそうですかと、諦める程度
なのか!?お前の想いは!!」
「いや!!エディを絶対に私の妻にしてみせる!!」
焔の点った目を向ける親友に、ヒューズは、更にバンバン背中を叩く。
「そうだろう。そうだろう。恋ってのは、障害があればあるだけ燃える
モンだぜ!!そして、それを乗り越える事が真の愛に繋がるのだ!!」
「そうか!真の愛か!!流石我が親友!!良い事を言う!!」
酔っ払い2人は、更に友情を高めていく。
「よし!!その写真はお前にやろう!!また、いいのがあれば、
貰ってきてやってもいいぞ!!」
アルコール摂取で気が大きくなっているヒューズは、出来もしないことを、
言い出す。そんなヒューズの言葉に、ロイは感動して、アームストロング
少佐顔負けの滂沱の涙を流す。
「ありがとう!ありがとう!!ヒューズ!!出来れば次は小さい頃の
エディの写真が欲しい。ああ!さぞや可愛いのだろう!!」
酔っ払っても、注文だけはしっかりと言うロイだった。
「では、ロイとエドワードの未来に乾杯!!」
「未来は明るいぞ!!」
カチンとグラスを重ねて、酔っ払い達は大笑いをする。
「・・・・楽しそうですね。大佐。」
次の瞬間、ロイの手の中のエドの写真がなくなり、代わって、ロイの
こめかみに、硬い感触は当てられる。
ギギギギ・・・・と、ロイとヒューズが恐る恐る後ろを振り向くと、右手の
銃をロイのこめかみに当て、左手でエドの写真を手にしたホークアイが、
にっこりと笑って立っていた。その後ろでは、大量の荷物を持った
ハボックが、げっそりと疲れきった表情で立っていた。
「・・・・大佐。今日は出勤ではなかったのですか?」
にーっこり。
ホークアイから絶対零度の冷気が放たれる。
「いや・・・その・・・・・。」
ホークアイが休みである事を良い事に、仕事をサボって、セントラルまで
エドの写真を貰いにき来たロイは、冷や汗を垂らしながら、目を彷徨わせる。
「昨日、書類を全部終わらせるように言ったはずです。今、ここにこうしている
という事は、仕事を終わらせたと解釈しても、宜しいのですね?」
「いや・・・その・・・・・。」
シドロモドロのロイに、ホークアイは銃の安全装置を外す。
「宜しいですね!!」
「すみません!!出来心なんです!!」
慌てて土下座をするロイに、ヒューズはゲラゲラ笑いながら、ホークアイに
声をかける。
「中尉も大変だな。ロイを連れ戻しにわざわざセントラルまで・・・・・・。」
「いえ?まさか。私もそこまで暇じゃありません。今日、私がセントラルに
来たのは、エドワードちゃんの護衛です。」
エドの名前に、ロイは慌てて顔を上げる。
「エディ!?エディがセントラルに来ているのか!!」
そのまま店を飛び出そうとするロイを、ホークアイの銃が止める。
「今、エドワードちゃんは、大総統邸に滞在しています。・・・先のテロの事件に
巻き込まれたからと、心配した大総統のご命令です。しかし、エドワードちゃんを
無事にセントラルに護衛する役は、本当は、大佐の仕事だったんですよ?」
呆れた顔のホークアイに、ロイは驚く。
「そんな話聞いてないぞ!!」
叫ぶロイに、ホークアイはニヤリと笑う。
「2・3日前に、大至急書類として、大佐の机の上に置いておきましたが・・・・
読んでなかったようですね。」
ウッと言葉を詰まらせるロイに、ホークアイはわざとらしくため息をつく。
「朝から連絡のつかないあなたに代わり、私がエドワードちゃんの護衛に
ついたのです。まぁ、そのお陰でエドワードちゃんと楽しく過ごせたので、
良かったですが。」
ちなみに、ハボックは運転手兼荷物持ちとして連れて来られた。
「・・・・運がなかったッスね。大佐・・・・・。」
ハボックに同情の目で見られ、ロイは頭を掻き毟る。
「では何か!?私はエディとのデートをフイにしてしまったと!?」
大失態だ!と床に転がるロイに、ホークアイは悪魔の笑みを浮かべる。
「では、大佐。直ぐに司令部に戻って、溜めた書類を処理していただきます。
それまで、この写真は私が預かります。」
「そ!!それだけは!!」
涙を流して懇願するロイに、ホークアイは更にニッコリと微笑む。
「ちゃんと仕事を終わらせて頂ければ、この写真はお返ししますし、
三日後のエドワードちゃんの護衛役を譲ってもいいです。」
「なに!?それは本当かね!!中尉!!」
エドの護衛役と聞いて、ロイのない筈の犬の耳がピンと立ち上がり、見えない
尻尾が盛大に振られる。
「はい。三日後の午後、エドワードちゃんはイーストシティに帰りますので。」
「よし!!東方司令部に戻るぞ!!ついて来い!!」
すごい勢いで立ち上がると、ロイは店を飛び出して行った。
「単純ですね。大佐は。」
「そうでなければ、私が困るわ。」
ニッコリと笑う女帝に、絶対に逆らわないと心に誓ったハボックだった。
「どうしてこうなるんだ!!」
三日後、嬉々としてセントラルの大総統邸にやってきたロイを待っていたのは、
エドワードだけではなかった。意地の悪い笑みを浮かべたホーエンハイムも
一緒にいたのだった。
「では、護衛を宜しく。ああ、護衛だから扉の外で警護するように。」
ホーエンハイムは、イーストシティにつくまで、散々ロイに嫌がらせをしたのだった。
教訓:仕事はサボらないようにしましょう。
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【Stay】シリーズと言うより、【大佐ヘタレ】シリーズと言った方が良いかもと
思う今日この頃。
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