Stay by my side 〜陽だまりの中で〜 

     第32話  敵情視察



「おい!急げ!エディが危ないんだ!!」
ロイは後部座席から身を乗り出すように、運転席と
助手席の間から顔を出すと、じっと前方を見据える。
「そりゃわかってますよ!!」
これでもギリギリなんです!と叫ぶハボックに、
ロイはギロリと睨みつける。
「では、貴様はエディがどうなってもいいと、
そう言うのだな!!」
フフフ・・・・。良い度胸だ。
不気味な笑みを浮かべて発火布をちらつかせる
ロイに、ハボックは青い顔して慄く。
「いい加減にして下さい!大佐!」
絶妙のタイミングで、助手席に座っているホークアイが
ロイの後頭部を思いっきり叩く。
「痛いではないか!」
半分涙目になりながら抗議をするために、グルリと
ホークアイを振り返ったロイは、そこで見た光景に、
ダラダラと冷や汗を流しながら、固まる。
「エドワードちゃんを心配しているのは、あなただけでは
ありません。」
にーっこり。
ハボック曰く。
ああ、何て素敵な笑顔なんだ!
マイ・スイート・ハニー!
その右手の銃さえなければ。
と、絶賛されるくらいに、ホークアイは邪気の無い笑みで
ニッコリと微笑む。
「・・・・だから私は嫌だったのだ。」
ロイはホークアイに威嚇されて、渋々後部座席に座り直すと、
流れる景色を見ながら、憎々しげに呟いた。
「合宿先がリゼンブールだと?あんなド田舎なんかで・・・・。」
「リゼンブールは、エドワードちゃんの田舎ですね。」
さらりと告げられる真実に、ロイは瞬間固まるが、直ぐに、
蕩けるような笑みを浮かべる。
「リゼンブール・・・・・。何と甘美な響きなのだろうか。
住んでいる人間の純粋な心を具現化しているようではないか。
ああ、さぞ空気の澄んだ綺麗な場所なのだろうな。
エディと同じように・・・・・。」
ド田舎と言った口が、エドの田舎と分かった瞬間、まるで溢れる
泉のごとく、褒め称える言葉が出てきて、ハボックは
内心感心する。この変わり身の早さが、出世の秘訣なのかも、
本気で思った。
「・・・・エドワードちゃん。大丈夫かしら。」
後ろで、いつの間にか、リゼンブールからエドワードを絶賛している
上官を無視して、ハボックは、隣の席で青い顔で、前方を睨んでいる
ホークアイの横顔を見つめる。
「大丈夫。リザ。」
力づけるように、ハボックは、右手でホークアイの手を握り締める。
「そうね。ジャン・・・・。」
まだ青い顔をしながらも、ニッコリと微笑むホークアイに、ハボックは、
笑い返すと、キッと前方を見据える。
「飛ばしますよ!捕まってて下さい!」
ハボックは、思いっきりアクセルを踏み込んだ。




「で?情報はガセだったのか?」
ブルブルとこめかみを引き攣らせながら、ロイは、駅構内を
見回す。いつものように、賑わっている構内は、、テロが
起こったとは思えないほどの活気が漲っている。
「は・・・ハ・・ハ・・・ハ・・・・。何にしても、何も無かったようで
良かったではないですか。」
ハボックは、引き攣った笑みを浮かべる。
ああ、事実を確認しないで、報告したフュリーは、ロイに散々
イビられるんだろうなぁと、心の中で合掌。いや、ホークアイを
心配させたのだから、これくらい当然だろうと、ハボックは
ウンウン頷く。
「しかし、ガセとは言え、やはり不安だな。」
ロイは、人込みを見つめながら、ニヤリと笑う。
その、いかにも何か企んでいますという笑みに、ハボックは
半歩下がる。すごく嫌な予感がしたからだ。
「乗客が心配だ。早々に列車をイーストに戻すように通達しろ。
テログループが、列車内に潜伏している可能性があるからな。」
嘘だ。ガセネタをいい事に、エドを引き止める作戦だと、
ハボックは瞬時に悟った。
「ハボック。何をしている?急ぎ通達を。」
ギロリとロイに睨まれ、ハボックは姿勢を正すと、命令を
遂行すべき、踵を返すが、それをホークアイが止める。
「お待ちを。大佐。」
なんだ?と不機嫌そうな顔のロイに、ホークアイは、
一歩前に出る。
「テログループが列車内に潜伏していた場合、列車を
イーストに戻す事は、返って危険かと。幸い、次の
停車駅は、補給の為に二時間ほど停車します。
特別列車を手配していただければ、私がエドワード
ちゃんを救出します!」
大佐は、ここで陣頭指揮を願います。と敬礼つきで
進言するホークアイに、ロイの眉が跳ね上がる。
「何を言う!エディは私が救出する!!オイ、ハボック!
至急特別列車を用意させろ。それから、ホークアイ中尉は
ここに残って、指揮を取れ。」
怒るロイに、ホークアイも負けてはいない。不敵な笑みを
浮かべて、線路の向こうを指差す。
「大佐。どうやら、雨が降りそうです。」
見ると、遥か線路の向こうには、雨雲が覆っていた。
先程まで晴天だっただけに、ロイのショックは大きい。
「雨の日は無能、いえ、役立たず、もとい、司令官自ら
出向く事件ではないかと。」
さり気に禁句を盛り込んで、ロイにダメージを与える
ホークアイの凛々しさに、ハボックは、かっこいいなぁと
惚れ直していた。
恋は盲目である。
だが、ここで引き下がっては最愛の人をホークアイに
取られるとロイは気力を奮い立たせる。
「何を言う!私の未来の花嫁が危険に晒されている
のだぞ!未来の大総統夫人の危機だ!私自らが
出向かなくてどうする!」
いや・・ですから、あんたら、まだくっ付いてないでしょうと
ハボックは、内心ツッこむ。
「・・・・・大佐。虚偽は罪になるのですよ?」
ニッコリと微笑みながらホークアイは銃を抜く。
「フフフ・・・・。既に決められた未来を言って何が悪い?」
不敵な笑みを浮かべて、ロイも戦う気満々に発火布で
覆われた右手を翳す。
一触即発の事態に、何ともいえない間延びした声が、
ロイ達にかけられる。
「あ〜の〜。マスタング大佐〜。」
「何だ!この大事なときに!!」
イライラとしながら振り返ったロイの目の前に、
人の良さそうな恰幅の良い男と、その後ろには、
金髪に銀の瞳の青年が立っていた。
「あれ?」
どっかで見たような顔だなぁ〜と、青年の顔を
見ながら、ハボックは首を傾げる。
「あなたはっ!」
「中尉?」
ハッと息を飲むホークアイに、ハボックは眉を顰める。
そんなハボック達に気づかず、ロイと恰幅の良い男の
会話が始まった。
「お役目ご苦労様です。マスタング大佐。」
ピシッと敬礼する男に、ロイは満足そうに頷いた。
「駅長。先程、テロ予告が届いたと聞いたのだが・・・・。」
ガセだったのか?と眉を顰めるロイに、駅長は、太った
お腹をさすって、笑う。
「いえ。事実です。ですが、この青年とエドワードさんの
おかげで、未然に防ぐ事が出来ました。」
駅長の言葉に、ロイはピクリと反応する。
「エドワードだと・・・・?」
ギロリと眼を鋭くさせるロイに、駅長は満面の
笑みで頷く。
「ええ。黄金の姫君と名高い、あのエドワード・
エルリック嬢ですよ。2人で、テログループを
捕らえて下さったお陰で、無事定時に列車を
運行させる事が出来ました。」
犯人達は、あそこですと、駅長が指差す方向には、
ホーム中央でぐるぐる巻きにされている男の団体が、
数名の駅員の監視の元、大人しくしていた。    
だが、ロイはそんなことよりも、エドワードの名前に酷く
反応した。
「何だと!エディが捕まえたのか!それで、彼女に
怪我は?今どこにいる!」
駅長の胸倉を掴むと、ガクガクと揺さぶる。
「エドは無事ですよ。」
そんなロイに、それまで黙っていた青年が、ニヤリと人の
悪い笑みと共に口を開く。
「・・・・・君は・・・・・。」
エドと親しげに呼ぶ青年に、ロイは青年とエドが
顔見知りである可能性に気づき、表情を険しくさせる。
「オレの名前はラッセル・トリンガム。エドの友達ですよ。」
今はねと、不敵に笑う青年に、ロイは駅長を突き
飛ばすように離すと、ツカツカと青年の目の前に立ち、
厳しい顔で見下ろす。
「私の名前は・・・・・。」
「知っていますよ。」
ロイの言葉を遮って、青年はニッコリと笑う。
「東方司令部のロイ・マスタング大佐ですね?エドの
【ただの知り合い】でしかない。」
【ただの知り合い】という部分を強調したところに、ラッセルの
ロイへの敵意を感じ取り、ロイは目を細める。
「・・・・以後、お見知りおきを。大佐。」
不敵に笑うラッセルとロイの間に火花が散った。
そして、そんな2人を硬い表情で見守るホークアイを、
ハボックは心配そうな顔で見つめていた。
          


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さて、いよいよラッセル登場!