Stay by my side 〜陽だまりの中で〜 
     第35話  側にいるよ




          


         「・・・・・・エディ・・?」
         その声に、ハッと後ろを振り返ると、想像に違わず、
         ロイが心配そうな顔で立っていた。
         「お・・・オレ・・・・・。」
         途端、エドは自分の今の状況に気づき、慌てて踵を返すと、
         そのまま後ろを振り返らずに、駆け出す。
         「待ちなさい!エディ!!」
         ロイの叫び声が聞こえたが、エドは耳を塞ぎながらその場から
         一刻も早く逃れようと、走るスピードをさらに上げた。

        


         ここ一週間ほど、ロイ・マスタングは、まるで何かに呪われているかの
         ように、最高に運が悪かった。
         あと少しでエドのアメストリス学園錬金術学科の入学試験。
         エドならば、何もしなくても楽勝であると思うが、一週間前から
         試験対策の名目で、仕事を休んで、エドと一緒にいる計画を立てていた。
         それで一気にエドとの親密度を高め、恋人の座を手に入れようという
         下心満載だった。しかし、ここでロイにとって、大誤算が生じていた。
         一時は同盟を結んでいたホークアイが、自分の従弟とエドがかなり
         親しいと分かった瞬間、一方的にロイとの同盟を破棄したのだった。
         やはり、上官の妻より、従弟の妻。自分と親戚関係になるという
         甘い夢を取ったホークアイは、今まで以上にロイとエドの邪魔を
         始めたのだった。
         執務室にこれでもかと高く積み上げられた書類。
         少しでも部屋から出て行こうとするだけで、銃弾の雨。
         トイレに行くにも、ハボックの監視付きだ。
         流石のロイも頭にきて、ホークアイを上官命令で諌めようとしたが、敵の
         方が一枚も二枚も上だった。
         「大総統閣下からの許可を取ってあります。」
         誇らしげにロイに見せるのは、大総統の署名付き命令書。
         受験を控えたエドの邪魔をするロイに、遠慮なく天誅を加えても
         良いという、ぶっちゃけて言えば、そんな事が書かれていた。
         「私は、エディの邪魔などしておらん!勉強を見てあげて・・・・・。」
         目の前に差し出された命令書を読んで、烈火のごとく怒ったロイより
         ホークアイの怒りは更に上をいっていた。
         「大佐、私が何も知らないとでも?」
         ラッセルから全て聞いていますよ。
         フフフフ・・・と不敵に笑うホークアイに、ロイは舌打ちする。
         そう、何とか仕事を終わらせて、愛しいエドとの時間を堪能しようと
         仕事帰りにエドの家庭教師をすべく、エドの家に押しかけるのだが、
         その度に、ラッセルやアルの妨害があるのだ。
         エドのお願いでなければ、即刻叩き出してやるのに。
         そう、憎々しげにラッセルやアルを睨みながら、教えている振りをして、
         さり気なくエドの肩に触れようとすれば、タイミングを見計らったように、
         ラッセルやアルからの質問が入る。それに適当に答えていると、
         今度は、娘が心配とセントラルから戻ってきているホーエンハイムが
         部屋へと入ってくる。そこでいつの間にか、エドにはホーエンハイムが
         教え、ラッセルとアルの相手をロイがしなければならないという図式が
         出来上がってしまうのだ。これで唯一のロイの味方である、トリシャが
         ロイを夕食に誘わなければ、ロイは到底我慢など出来なかったであろう。
         「エドワードちゃんは、私が守ります!!」
         高らかに宣言するホークアイに、ロイは深いため息をつきながら、
         未決済の書類に手を伸ばした。一刻も早くエドに逢いたいために。




         「ああ!エディに逢いたい!触れたい!抱きしめたい!!」
         流石に夜11時を過ぎてしまった為、エドの家に行く事が出来ず、
         ロイは暗い影を背負って、トボトボと家路に向かった。勿論、
         エドへの熱い想いとホークアイ達への呪いの言葉を忘れない。
         はっきり言って、近所迷惑だが、ロイの奇行に慣れているのか、
         それとも、本当に寝ているのか、ロイが酔っ払いの如く叫んで
         いても、誰も家から出てこない。
         「エディ〜。」
         グスグス泣きながら家路を歩く、もう直ぐ30歳は、かなり
         危ない人だ。野良犬さえも、ロイの姿を見た瞬間、振り返らずに
         逃げていく。
         「はぁあああああああ。」
         深いため息と共に、ロイは角を曲がる。その先に自分の家が
         あるのだが、門前に佇む黄金の存在に、ロイは信じられない思いで
         茫然となる。
         何故ここに愛しいエドがいるのだろうか。
         これは夢か幻か?
         それとも、ホークアイ中尉の罠か?
         慌ててロイは辺りを見回す。
         ひっそりと静まり返っている住宅街に、ホッと安堵の息を洩らすと、
         ロイは期待に胸を膨らませながら、ゆっくりとエドに近づいた。
         きっとここ一週間ほど二人っきりになれなかった事が悲しくて、
         エドは自分の家まで来たのだろうか。
         そんな自分勝手な妄想を抱きつつ、ロイは、にこやかな顔でエドに
         声を掛けようとしたが、その横顔を見た瞬間、ロイは眉を顰める。
         どこか思いつめたようなエドの様子に、知らず眉間に皺が寄った
         ロイは、恐る恐るエドに声を掛ける。
         「・・・・エディ・・・?」
         その声に、ハッと振り返ったエドの顔に、明らかな恐怖が見え、
         ロイは驚いたように、口をポカンと開ける。
         「お・・・オレ・・・・・。」
         そんなロイに、エドはキュッと悲しそうに眉を寄せると、
         そのまま駆け出してしまった。
         それに驚いたのは、ロイだった。
         何か困った事があって、自分の所に来たのかと思っていたエドが、
         自分の顔を見た瞬間、逃げたのだ。
         「待ちなさい!エディ!!」
         一体、エドの身に何が起きたのか。ロイは混乱する気持ちのまま、
         エドの後を、慌てて追いかけた。





         「オレ、馬鹿だ・・・・。」
         闇雲に走っていたエドは、気がつくと、中央公園まで来ていた。
         フラフラと近くのベンチに腰掛けると、足を抱え込むように、顔を
         伏せる。
         「マスタング大佐に言っても、仕方ないのに・・・・・。」
         「・・・・そんなに、私は信用がないのかね?」
         背後から聞こえる、不機嫌な声に、エドは、ハッと顔を上げて振り返ると、
         底には、息を乱したロイが厳しい顔でエドを見ていた。
         「た・・・大佐・・・。オレ・・・・。」
         何故ここにロイがいるのか、混乱するエドに、ロイは厳しい表情のまま、
         ゆっくりと近づくと、じっとエドを見下ろした。
         「・・・・ご・・ごめんなさい。大佐・・・・。別にたいした・・・・。」
         「エディ!!」
         フルフルと震えるエドを、ロイはきつく抱きしめる。
         「大佐!?」
         それに驚いたのは、エドだった。ロイのいきなりの行動に、更に
         パニックになったエドは、意味もなく腕を振り回す。
         「大佐!?あの!その!オレは!!」
         「・・・エディ。そんなに私は頼りないかね・・・?」
         コツンとエドの肩に頭を乗せて、ロイは悲しそうな目で、エドの顔を見る。
         「・・・・・・・大佐・・・・・・・。」
         シュンとなるエドに、ロイは寂しそうな笑みを浮かべると、きつく抱きしめていた
         エドの身体を解放すると、ため息をつきながら、エドの隣に腰を降ろす。
         「エディ。訳を話してくれないか?」
         優しく訊ねるロイに、エドはクシャリと顔を歪ませると、その稀有な黄金の瞳から
         涙が溢れてきた。
         「エディ!?」
         いきなり泣き出したエドに慌てて、ロイは再びエドの身体をきつく抱きしめる。
         「すまない。君を泣かすつもりではなかったのだよ。」
         ただ、君の不安を取り除きたかっただけなんだとシュンとなるロイに、エドは
         悲しそうな顔で呟いた。
         一言、【恐い】のだと。
         「恐い?」
         ロイの問いかけに、エドはコクンと頷いた。
         試験日が近づくにつれて、試験に失敗する夢をみるようになったのだと、
         エドはポロポロ泣きながら、己の不安を吐露する。
         「問題、全部わかんなくって・・・・・。白紙で出しちゃう夢。」
         もしも現実に起こったらどうしようと、寝るのがすごく恐いと、エドは小さな
         身体を震わせながら、ロイに抱きつく。
         「エディ・・・・。」
         エドの告白に、ロイは頭を金槌で殴られたかのような衝撃を受けた。
         エドならば楽勝だと安心しきっていた自分が情けない。
         エドはまだ15歳なのだ。
         そして、初めての入試と人々からのプレッシャーに、エドの心は
         疲れ切っていたのだ。そんなエドの不安定な心の動きに気づかず、
         自分の事しか考えていなかった過去の自分に、ロイは消し炭にして
         やりたいほど、憎んだ。
         だが、過去は戻らない。
         過去の自分に怒りを感じる前に、今すべき事は、エドの心をいかにして
         癒すかだ。
         さて、どうしようと、ロイは、エドの身体を優しく抱きしめながら考える。
         そんな事はない。大丈夫だと言うのは簡単だ。
         だが、今のエドワードでは、その言葉は、返ってプレッシャーになってしまう
         だろう。
         何か、彼女の気を紛らわせるものは、ないだろうか・・・・・。
         その時、ふと自分の胸ポケットに入れてある、万年筆に気づいた。
         決して高価なものではないが、書き易さから愛用しているものだ。
         「エディ。これを見てごらん。」
         ロイの言葉に、エドはノロノロと顔を上げる。泣き腫らした真っ赤な目の前に、
         ロイは愛用の万年筆を近づける。
         「これは、魔法の万年筆なのだよ。」
         「はっ?魔法?」
         仮にも錬金術師。
         神だの魔法だの、そんな非科学的なものを、真っ先に否定している人間が、
         魔法の万年筆だと言っても、胡散臭さだけが残る。案の定、どんな顔をすべきか
         困惑しているエドに、ロイはニッコリと微笑みかける。
         「嘘ではないよ。これは持ち主が困った時、絶大なる力を発するんだよ。」
         どんなにホークアイから書類攻めに受けても、これのお陰で乗り切れるのだと
         おどけて言うロイに、エドはクスクス笑う。そんなエドの笑顔に、ロイは眩しい
         ものでも見るように、優しく目を細めると、エドの手に万年筆を載せる。
         「大佐!?」
         驚くエドに、ロイは蕩けるような笑みを浮かべる。
         「だから、この万年筆は、必ず君を守る。」
         だから安心して?
         そう耳元で呟かれ、エドは、真っ赤な顔でコクンと頷く。
         そんなエドに、ロイは心の底から愛おしさが溢れてきて、気がついたら、
         エドの額に、口付けしていた。
         「た・た・た・大佐ぁああああ!!」
         ボンと音を立てて、更に真っ赤な顔でパニックになっているエドに、ロイも
         釣られたように真っ赤になりながら、エドを抱きしめる。
         「これは・・その・・・おまじないだ!!」
         照れ隠しに、真っ赤な顔で叫ぶロイの声を聞きながら、エドはそっとロイの
         胸に身体を預けて、目を閉じる。相変わらず好きな人に抱きしめられて、
         心臓はドキドキしているが、先程までの不安がなくなっている事に気づき、
         エドはロイに気づかれないようにそっと笑みを零す。
         (オレ、大佐が好き・・・・・・。)
         改めて自覚する想いに、エドはロイの心臓の音を聞くように、そっと目を
         閉じる。
         「だから、私が言いたいのはだね!その・・・試験は大丈夫だと
         言いたいのであって・・・・。いや!これは、決してプレッシャーをかけるとか、
         そういう意味ではなくてだね・・・・・。」
         エドがロイの心臓の音を子守唄に、眠ってしまった事も知らず、エドの額に
         キスしてしまった、自分の行動を誤魔化すために、必死に言い訳をしている
         ロイを、天空の月は、優しく照らしていた。





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断っておきますが、まだ二人両思いではないです。
不安になっているエド子さんをロイが優しく慰める。
そんな大人のロイを書きたかったのですが、ヘタレロイ健在です。
ああ、カッコイイロイは、どうやったら書けるのでしょうねぇ・・・・。
上杉には、無理です。